龍人鳥の徒然フォト日記

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2013年 11月 12日

『船上バードウォッチング( V )~ハヤブサの鉄塔~』

ジャパン・バード・フェスティバル。
船上バードウォッチング。

手賀沼の最西端近くに至る。
「今日はいなようですが、あの鉄塔にハヤブサがとまっていることがあります。鉄塔の上から二段目でよく見掛けます」との案内あり。
手賀沼南岸には鉄塔がずらっと並んでいる。
どの鉄塔か、目印(四阿近く)をこの目で確認。
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ミサゴ、ハヤブサと猛禽類の話題が続いたので、口直し(???)に、コブハクチョウに登場願おう。
コブハクチョウは、本来、ヨーロッパとアジア西部に生息し、冬になるとヨーロッパ南部やアフリカ北部に渡る鳥である。
日本においては外来種である。
動物園などで飼育されていたものが逃げ出して野生化したものや、皇居のお濠で放鳥して繁殖したものなどである。
このまま増え続けると生態系に影響が出るとも言われている。
手賀沼でも、以前は、2、3のファミリーだけであったが、最近は10ファミリーくらいはいるのではないかと思われる。
コブハクチョウは、古代ローマの頃から飼育が始まり、中世では「王の鳥」と讃えられ、今では、デンマークの国鳥となっている。
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ハクチョウと言えば、印西市(旧・本埜村)の「白鳥の郷」に、そろそろ、北からの客人、オオハクチョウが飛来してくる頃だ。
jitensha を駆って、会いに行かねばならない。

いつもお世話になっている手賀沼公園。
沖合いから眺めるのも一興である。
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ボート屋さんで貸しボートを借りれば、カヤックは要らんやんと思ったりもするが、それじゃ、オシャレじゃないだろうと囁く声も聞こえる。
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釣り糸を垂れる人たち。
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jitensha と鳥見のギョーカイで大いに愉しんでいるが、魚釣りのギョーカイとなると、若い頃にちょこっとやっただけで、その後は全くお付合いがない。
しかし、面白さの点では全て共通であることは間違いない。

いつもお世話になっている手賀大橋。
沖合いから眺めるのも一興である。
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手賀大橋を挟んで、手賀沼の東側の下沼、西側の上沼をめぐり、手賀大橋北詰の桟橋に戻って来た。
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所要時間約1時間の、船上バードウォッチング。
着桟する頃に晴れ間が見えて来たが、生憎の曇り空。
雨じゃないんだから、贅沢を言っちゃ駄目だ。
大いに楽しめた、そして、ベンキョーになった、船上鳥見であった。

フォト:2013年11月3日
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# by ryujincho | 2013-11-12 04:05 | 鳥見雑記 | Comments(0)
2013年 11月 11日

『船上バードウォッチング( IV )~カンムリカイツブリ~』

ジャパン・バード・フェスティバル。
船上バードウォッチング。
カンムリカイツブリ。
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サイクリングロードから、気取ったように、すっと首を立てて泳ぐカンムリカイツブリの姿をよく見掛ける。
船上から、葦の原の水際で賑やかに羽音を立てて水面を蹴って遊んでいる群れが見られた。
こういう風景は、船上バードウォッチングならではのものであった。

フォト:2013年11月3日
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# by ryujincho | 2013-11-11 06:26 | 鳥見雑記 | Comments(0)
2013年 11月 10日

『船上バードウォッチング( III )~下沼ミサゴと上沼ミサゴ~』

ジャパン・バード・フェスティバル。
船上バードウォッチング。
手賀沼は、手賀大橋を挟んで、西を上沼、東を下沼と称する。
ミサゴは上沼と下沼で棲み分けしているといわれている。

下沼で、カラスを露払いに従え、杭に止まるミサゴに遭遇した。
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トリミングしてみた。
不鮮明ながら、ミサゴの特徴である白色の頭部が確認できる(白色の腹部は見えていないが)。
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背後の、葦の原とススキの向こうはサイクリングロード。
サイクリングロードからこの杭は見えるだろうか?
それはサイクリングロードを走ることでの検証だ。

手賀大橋をくぐり、上沼をめぐる。
上沼でも、杭に止まるミサゴに遭遇した。
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これもトリミングしてみた。
不鮮明な写真ながら、白色の頭部と腹部がしっかりと見えている。
白い羽毛で覆われた足も特徴的である。
白い靴下を履いたような足で杭に止まる姿は、猛禽類とは言え、可愛らしくもある。
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背後の葦の原とススキの向こうはサイクリングロード。
葦の原とススキが邪魔することなく、サイクリングロードに自転車が走っている姿が見える。
サイクリングロードからこの杭をしっかりと見ることができるだろう。

これで、<上沼ミサゴ>と<下沼のミサゴ>の居場所が分かった。
この杭の上空を飛翔していることもあるだろう。
これで手賀沼鳥見ポタリングの楽しみがまたひとつ増えた。

フォト:2013年11月3日

(つづく)
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# by ryujincho | 2013-11-10 04:19 | 鳥見雑記 | Comments(0)
2013年 11月 08日

『船上バードウォッチング( II )~旦那、ちょいと、はずかしいぜ~』

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ジャパン・バード・フェスティバル。
手賀沼を船上バードウォッチング。
普段ならススキの向こう側のサイクリングロードから眺める風景である。
その眺めは、湖面を背景に不等辺三角形を描くカワウ三羽となる。
船上からの眺めは、ススキを背景に不等辺三角形を描くカワセミ三羽となる。
「旦那、正面から間近に見られると、ちょいと、はずかしいぜ」とカワウの声。
「カヤック、買ったら、いつでも正面から見てやるぜ」と応える。

フォト:2013年11月3日
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# by ryujincho | 2013-11-08 23:58 | 鳥見雑記 | Comments(0)
2013年 11月 07日

『船上バードウォッチング( I )~間近に~』

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ジャパン・バード・フェスティバル。
船上バードウォッチング。
手賀沼の鳥たちを船上から探鳥するのだ。
いつもサイクリングロードから眺めているものが間近に見られるのだ。
1日3回、1回あたり40名という枠あり。
朝早く、受付に赴き、整理券をゲット。
手賀大橋北詰の桟橋から出発。
コースは手賀大橋を挟んで、先ず、東側の下沼をめぐり、続いて、手賀大橋をくぐり、西側の上沼をめぐる。
下沼で、沖合いの<カワウ専用林立杭>を船上から間近に観た。
杭に止まるカワウたちはその動きを時々刻々変えてゆく。
勿論、こちらも動いているのだが...。

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カワウとウミウは、大きさ、色ともよく似ているが、相違点も幾つかある。
その中で、最も特徴的なことは、カワウは嘴の根元の黄色部分に丸みがあり、ウミウは嘴の根元の黄色部分が尖っているということである。
カワウの群れの中に、稀に、ウミウが混じっていることもあるそうだ。
この林立する杭を<カワウ専用林立杭>と前述したが、サイクリングロードを走りながらいつも思うこと、それはこの林立する杭の本来の目的は何だろう?ということである。
林立する杭を間近に見てもその答えはない。
これは、やっぱり、手賀沼漁協のひとに聞くしかないだろう。

フォト:2013年11月3日
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# by ryujincho | 2013-11-07 23:58 | 鳥見雑記 | Comments(0)
2013年 11月 06日

『ジャパン・バード・フェスティバル/三景』

鳥の大型折り紙。
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「GG もやってみたいなあ...」と独り言。

すっかり、ジャパン・バード・フェスティバルのお馴染みさんになった、小笠原のゆるキャラ「メグロン」。
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メグロンの両親は小笠原諸島母島に生息するハハジマメグロ。

バンドが演奏する歌に合わせ、手拍子を打つローカル・ヒーロー「テガヌマンクート」。
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以前、見たことのある「テガヌマン」とは違うような気がするなあと思い、調べたてみた。
「テガヌマン」第2号が、この「テガヌマンクート 」であった。
手賀沼の守り神の鳥オオバン(我孫子市の<市の鳥>)がテガヌマンクートに化したとのこと。
オオバンの英名/coot に因んで、第2号は「クート」と名付けられたとのことである。

折り紙鳥やメグロン、テガヌマンクートの外、山階鳥類研究所で七つのミニ講座を受講し、本当の鳥のベンキョーもしたことをここに申し添えておこう。

フォト:2013年11月3日
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# by ryujincho | 2013-11-06 23:58 | 鳥見雑記 | Comments(0)
2013年 11月 05日

『ジョン・グールドの鳥類図鑑』

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ジャパン・バード・フェスティバル。
書籍の出店を覗いてみる。
ジョン・グールドの鳥類図鑑を手に取り、眺める。
ジョン・グールドの細密な鳥の図が好きだ。
毎年、図鑑は我慢して、絵葉書を買い求め、楽しんでいる。
今年は、山階鳥類研究所のミニ講座の受付で、ジョン・グールドの鳥絵葉書セットを貰った。
同じ鳥絵葉書でも、何だか、値打ちのある鳥絵葉書を貰った気分。

フォト:2013年11月3日
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# by ryujincho | 2013-11-05 23:58 | 鳥見雑記 | Comments(0)
2013年 11月 04日

『カワセミのいる風景/Part II 』

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ジャパン・バード・フェスティバル。
この「翡翠」は、こんな図鑑に載っていた。
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「觀鳥金門 金門賞鳥指南」(金門政府 編印)。
台湾の鳥類図鑑だ。
大陸のあの簡体字を見るとぞっとする。
台湾のあの繁体字(日本でいうところの旧字体)を見るとほっとする。

フォト:2013年11月3日
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# by ryujincho | 2013-11-04 23:58 | 鳥見雑記 | Comments(0)
2013年 11月 03日

『カワセミのいる風景』

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ジャパン・バード・フェスティバル。
船上バード・ウォッチングには人数制限がある。
朝早く、受付に赴いた。
受付を済ませ、何気なく桟橋を眺めていたところ、朝霞の中、翡翠色の姿を見た。
贅沢な言い様ながら、<かわせみ池>ではカワセミを見過ぎの感ありだが、場所が異なると趣きもまた異なる。
朝から何だか得をした気分。

フォト:2013年11月3日
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# by ryujincho | 2013-11-03 23:58 | 鳥見雑記 | Comments(0)
2013年 10月 31日

『ロケ地探訪記/木津川流れ橋』

木津川に架かる流れ橋、「上津屋橋(こうづやばし)」。
この橋は映画やテレビドラマの時代劇でしばしば目にする橋だ。
最初に観た、この橋が映し出される映画が何であったかは思い出せないが、勝新扮する座頭市がこの橋の上で演じた見事な殺陣が印象に残っている。
そのシーンが「座頭市シリーズ」の何作目であったかは、最早、記憶にないが、そのシーンを観たとき、五条大橋での牛若丸と弁慶の戦いをモチーフにしているんじゃないかなと、ふと、思ったことはしっかりと覚えている。
そうしたことから、以前から一度、この目でこの流れ橋を見てみたいと思い続けていた。

10月28日、京阪八幡市駅まで輪行。
駅前で地図と名所旧跡の写真が掲載された観光案内板に目を通す。
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流れ橋の写真に貼り紙がある。
「台風18号により、『流れ橋』は流出し、通行止めになっています」と書かれている。
テレビ・ニュースで渡月橋が濁流で冠水しているところが何度も出て来たあの台風である。
桂川、宇治川、木津川の三川はいずれも同じ状況であったのだろう。
いつものことながら、斯様な被害を受けたところを能天気にポタリングするのは気が引けるが、何はともあれ、先ずは現場にと思い、御幸橋の袂から「京都八幡木津自転車道」を走り、木津川に架かる流れ橋へと向った。
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木津川橋梁(京阪本線)、木津川大橋(国道1号)、新木津川大橋(第二京阪道路)の三つの橋をやり過ごすと流れ橋が見えて来た。
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正面の位置から橋を眺める。
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橋が健在なら、サイクリングロードから両脇が茶畑の未舗装の道を下り、流れ橋を渡るところであるが、今回、それは叶わない。
小振りながら、小貝川に架かる流れ橋「小目沼橋」を渡ったときのことを思い浮かべながら、もう一枚、アップで。
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サイクリングロード脇の石標柱「ながればし」と一緒に記念写真。
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石標柱に刻まれた説明書きに目を通す。
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いわれ
流れ橋は木津川にかかる木橋で日本最長と言われ、大水のたびに流れるところに特徴がある。
そのことから流れ橋と呼ばれている。
橋名 上津屋橋(通称 流れ橋)
橋長 355.9メートル
幅員 3.0メートル
構造 
増水しては橋桁まで水が達すると全長を八分割してワイヤーで連結された橋床が流れる。
橋床は橋脚に片方がつながっているため流失する事はない。
減水後、復元出来る。
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成程!上手い仕掛けが施されているのだ。
であれば、ワイヤで連結された橋床が何処かに見えてもよいはずだが、この目で見たときはそれらしきものは見えなかった。
で、前掲の写真を今一度じっくりと見てみた。
あった!
全部ではないが、8分割の一部であると思われる橋床が橋の川下側に横たわっている。
前掲の写真では見辛いので、拡大してみた。
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盟友、六々守殿に「木津川の流れ橋を訪ねました。台風18号で、文字通り、流れ橋になっていました」とLINE 電子飛脚便を遣わしたところ、「復旧に3000万円とか。周辺の人は税金3000万円、淀川に流しましてん...と言うているそうです」との返信があった。
ワイヤを手繰って橋床を元に戻すその作業に3000万円掛かるということであろうと思いながら、電脳網で「流れ橋 3000万円」で検索したところ、京都新聞の記事にヒットした。
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「流れ橋」流れすぎ? 多額の修復費に疑問も
木津川に架かり、京都府八幡市と京都府久御山町を結ぶ「流れ橋」(上津屋橋)が、先月の台風18号による増水でまた流れた。
1953年の架設以来、ちょうど20回目で、2011年からは3年連続の流出。
4月末に約3500万円かけて修繕したが、わずか5カ月で通行不能となった。
再復旧される見通しだが、今回も前回と同額の修繕費用が見込まれ「府民の税金を木津川に流しているようなものだ」と厳しい声も上がっている。
(中略)
経費削減と工期短縮のため、2010年に約8千万円かけて橋板と橋桁をワイヤロープで連結する「ユニット化」工法を取り入れた。
(中略)
橋の架かる府道を管理する府道路管理課は「永久橋にするには20~30億円の費用がかかり、現実的でない」とし、現在の形で橋を維持する方針だ。
同課によると、通勤・通学、観光も含めた1日の平均利用者数は10年度で歩行者416人、自転車320台。
10年に第二京阪道路が通り、橋が流れても大きく遠回りせず対岸に渡ることができるようになったため、生活の道としての役割は小さくなった。
流れ橋は八幡市の主要観光地として知られる。
市観光協会への問い合わせは月平均80件近くあり、木津川サイクリングロードの見どころの一つにもなっている。
(中略)
橋につぎ込む費用の効果は目に見えて表れるものではない。
お金には換算できない知名度や話題性も考慮し、流れ橋の将来像を描いてほしい。
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うん!その通りや!
お金には換算でけへん!
これを無駄遣いというなら、ほかにいっぱい、無駄遣いしとるとこ、あるやろ。
京都新聞はん、ええこと、言わはる。

流れ橋ながれて業者ニンマリし 霹靂火
(評:そんなこと、言うたら、叱られまっせ/川柳子)

自転車道の案内板を眺める。
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帰館後、偶々、録画されていた映画「眠狂四郎」を観ていたところ、木津川の架かる「流れ橋」と思しき橋が登場した。
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ここ暫らく、NHK BSプレミアムシネマで市川雷蔵主演の「眠狂四郎」シリーズが立て続けに4本放送された。
勝手に録画されていたと申しては映画に対し失礼であるが、「映画」のキーワードで自動録画予約しているので、大方の映画は勝手に録画されているのだ。
その4本とは、シリーズ第一作「眠狂四郎殺法帖」、第二作「眠狂四郎勝負」、第五作「眠狂四郎炎情剣」、第六作「眠狂四郎魔性剣」であった。
木津川に架かる流れ橋と思しき橋が登場したのは、第五作「眠狂四郎炎情剣」(1965年作品)であった。
勝新太郎主演の「座頭市」は映画26作品のほかテレビ・ドラマや舞台もあり、勝新太郎の当たり役となった。
市川雷蔵主演の「眠狂四郎」は12作品があり、市川雷蔵の当たり役となった。
何れも大映だ。
戦後、大手五社(六社時代もあり)の一画を占め、数々の娯楽・文芸作品を製作してきた大映であったが、1971年、経営不振により、大映の名は消えたのであった。

「京都八幡木津自転車道」を更に走り、山城大橋に至る。
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終点/木津・泉大橋まで12km、最寄り駅はJR木津駅。
スマホで検索する。
JR木津駅から京都駅まで約40分。
山城大橋からの最寄駅は近鉄新田辺駅。
距離は分からないが、大した距離ではないだろう。
スマホで検索する。
新田辺駅から京都駅まで急行で約20分。
前日からちょいと風邪気味でもあり、早めに帰館することとし、近鉄新田辺駅に向った。
駅前で「一休さん」と一緒に記念撮影。
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ここ、京田辺市には、臨済宗大徳寺派の寺院、霊瑞山酬恩庵(別称、一休寺)がある。
流れ橋が復旧した頃に、もう一度、京都八幡木津自転車道を走り、流れ橋、そして、一休寺も訪ねてみたい。

フォト:2013年10月28日、29日
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# by ryujincho | 2013-10-31 23:58 | 映画三昧 | Comments(0)
2013年 10月 30日

『ロケ地探訪記/坂野家住宅』

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ポタリングの途中、休憩しているときに、見知らぬ人ながら、同好の士と会話を交わすことがある。
「小貝川CRはいい自転車道だと思いますが、如何ですか」。
「あの自転車道は自転車の少ないのがいいですね。そして、自然がいっぱい」。
「福岡堰までは幾度か走ったことがあるのですが、福岡堰から北へは行ったことがありません」。
「少しだけですが、北の方へ走っています。少し北へ走って、左へ折れて、西へ走り、常総市や坂東市を経由して芽吹橋へ出るルートをよく走ります」。
「芽吹橋は利根川の橋ですね。利根川右岸CRを走って芽吹橋まで行ったことはありますが、芽吹橋を渡ったことはありません」。
「そのルートの途中に、坂野家住宅というのがあります。時代劇でよく使われる昔の家です。これはお奨めです。是非、訪ねられるとよいでしょう」。

9月21日、南国守殿と共に、坂野家住宅を訪ねた。
JR我孫子駅~利根川右岸CR~芽吹橋~坂野家住宅(常総市)~鬼怒川CR~小絹駅(関東鉄道)を走った。
このポタリングの珍道中は別の機会にブログを綴るとして、ここでは「ロケ地探訪記/坂野家住宅」を綴ってみたい。

坂野家住宅。
江戸時代から続いた豪農の屋敷である。
外も中も写真は自由に撮れるが、一部屋だけ写真の撮れない部屋がある。
それは、ここで撮影された映画やテレビドラマの写真や資料が展示されている部屋である。
数多くの映画やテレビドラマが展示されているが、印象に残っているのは、映画では「桜田門外の変」と「花のあと」、テレビドラマでは「利家とおまつ」や「篤姫」であった。

映画「花のあと」は、このポタリングに出掛ける、つい数日前、NHK BSプレミアムシネマで放送され、録画していたものを観たばかりであった。
藤沢周平原作、中西健二監督、北川景子主演の2010年公開作品である。
流れのよい映画だ。
武家の娘で女剣士を演じる北川景子が、殊の外、よい。
武家の娘としてのきりっとした所作は勿論のこと、チャンバラが滅茶苦茶に上手いのである。
おっと、チャンバラという言葉は当たらない、見事な太刀捌き、あるいは、見事な殺陣と言い直しておこう。
殺陣については半年以上の準備を重ねたとザテレビジョンのインタビューで北川景子自身が語っている。
殺陣の指導は高瀬将嗣である。

坂野家住宅を訪れたあと、もう一度、映画「花のあと」を見直してみた。
坂野家住宅と映画「花のあと」のシーンを重ね合わせてみた。

竹薮。
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映画「花のあと」には出て来なかったが、撮影にはよく使われるとのことだ。

外塀。
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外塀に続く表門。
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この表門での、映画「花のあと」のワン・シーン。
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前庭と母屋。
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表玄関。
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表玄関での、映画「花のあと」のワン・シーン。
「花のあと」では、脇玄関も使われているが...。
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我々が訪れたときは中秋の名月が過ぎた間なしで芒の生け花が飾られていたが、「花のあと」では屏風が立てられていた。

北川景子の女剣士ぶり。
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いい女優さんだ!

資料展示室。
内部は撮影禁止。
この部屋の中に、多数の映画やテレビドラマ関連の写真や資料が展示されていた。
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映画「花のあと」/クレジットタイトル。
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「風土博物館 坂野家住宅」の名がしっかりと見える。
「常総フィルムコミッション」の名はあちらこちらの映画のクレジットタイトルでよく見掛ける。
最近は、何れの町のフィルムコミッションもロケ誘致に熱心である。
「ワープステーション江戸」は、オープン当初、訪れたことがある。
オープン当初は、第三セクターのテーマパークであったが、経営破綻し、今は、NHKエンタープライズの経営となっているとのことだ。
江戸市中で橋が出て来るシーンは「ワープステーション江戸」で撮影されたものが多い。
これを機会に「ワープステーション江戸」へもう一度行ってみよう。

フォト:2013年9月21日、9月24日
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# by ryujincho | 2013-10-30 23:58 | 映画三昧 | Comments(0)
2013年 10月 29日

『ロケ地探訪記/鞆の浦』

昨年の秋、鞆の浦を旅した。
ハリポタ藩恒例の、秋の大遠征「しまなみ街道」にプラスしての、「鞆の浦の旅」であった。
或る町kb 在住で、鞆出身の盟友、安芸守殿に鞆の浦闖入の通行手形の発給を申し出たところ、時々、帰省しているから、案内してあげましょうとのことで、その言葉に甘え、案内して貰った。
そのときのことを兄弟ブログ「上総守が行く!」の2012年11月27日付で次の通り綴っている(抜粋)。
***quote***
美味しい昼餉を頂戴した潮待ち茶屋から、町歩きをしながら、港に向う。
(中略)
保命酒屋。
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保命酒(ほうめいしゅ)は鞆名産の薬用酒。
福山藩は江戸幕府に献上したとも。
また、アメリカ艦隊が来航した際の幕府饗応でペリーもこれを飲んだとも。
店先で保命酒の試飲をしながら、店の人と雑談。
宮崎駿監督作品「崖の上のポニョ」と鞆の町の関わりを話題にしたところ、新たな情報が。
「鞆の浦は、しばしば、映画の撮影で使われます。最近では、アメリカ映画『X-MEN』の撮影もそのひとつです。鞆の浦を長崎に見立ててということでした」。
「それって、もう、公開された映画ですか」。
「第5作です。まだ、公開されていません。主演のヒュー・ジャックマンはオサルさん顔ですが、すごく、素敵です」。
「最近のハリウッド映画は余り好きではありませんが、『X-MEN』は好きです。是非、見たいですね。鞆の浦が出てくるのが楽しみやなあ」。
帰宅後、第5作について電脳で調べたところ、今年4月20日付で次のような記事があった。
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【4月20日】オーストラリア人俳優ヒュー・ジャックマンが主演する米人気映画シリーズ『X-MEN』の最新作『The Wolverine』の撮影地が、当初予定されていた日本からオーストラリアへと変更されたことが20日、発表された。
同作は前年、日本で撮影が行われる予定だったが、3月に発生した東日本大震災の影響で製作が中断されていた。
オーストラリアでは、2008年にも、前3作の過去を描いたシリーズ4作目『ウルヴァリン:X-MEN ZERO(X-Men Origins: Wolverine)』の撮影が行われている。
ジュリア・ギラード豪首相は、新作の撮影によって8000万豪ドル(約67億円)超の投資効果と2000人の雇用創出が見込まれるとして歓迎している。
---------------------------------------------------------------------------------
鞆の浦で、まだ、撮影されていないような内容の記事である。
鞆の浦の人が撮影があったと言われているのだから、撮影されたのであろう。
であれば、鞆の浦で撮影された分はどのようになるのだろうか。
調べてみたが、それ以上の情報は見つからなかった。
何れにせよ、『X-MEN』第5作は注目すべき作品であることに変わりはない。
(後略)
***unquote***

それから約10ヶ月が過ぎた今年7月の或る日、近所のシネコンへ映画を観に行った。
ロビーでいいものが目に入った。
映画のリーフレットだ。
これについて、本ブログの2013年7月28日付で「映画三昧」と題し、次の通り綴っている(抜粋)。
***quote***
(略)
「ウルヴァリン SAMURAI」。
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昨年9月末、鞆の浦に遊んだ。
その際、"X-MEN"の新作の撮影が鞆の浦で行われたと聞いた。
以来、この映画の公開を楽しみに待っていた。
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前宣伝のリーフレットには「東京での撮影を終えた一行は、広島県福山市に移動。『崖の上のポニョ』のモデルにもなった鞆の浦に滞在し、...」と記されている。
昨年の鞆の浦の風景が目に浮かび、何か懐かしい気がする。
ヒュー・ジャックマンとスクリーンで会うのは「レ・ミゼラブル」以来となる。
「レ・ミゼラブル」での演技と重ね合わせて観るのも楽しみのひとつとなろう。
昨年9月、鞆の浦を案内してくれた、盟友、安芸守殿に「封切りは9月13日」の言葉と共に、このリーフレットを送ってあげよう。
***unquote***

9月12日、日本テレビ "金曜ロードSHOW!"で「ウルヴァリン:X-MEN ZERO」(2009年作品)を観た。
9月13日、「ウルヴァリン SAMURAI」が封切られた。
近所のシネコンへ観にいこうと思いながら、日が経った。

10月5日、ハリポタ藩恒例の、秋の大遠征「しまなみ街道の旅」に出掛けた。
1年ぶりにJR福山駅に降り立った。
尾道へ行くため、新幹線から在来線に乗換えようとした際、ウルヴァリンが目に飛び込んで来た。
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尾道で瀬戸田(生口島)行きの渡船に乗った。
ここでもウルヴァリンが目に飛び込んで来た。
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鞆の浦ロケ地について、ポスターにはこう記されている。
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渡船の揺れと原画拡大で文字が読み辛くなっているので、書き下しておこう。
------------------------------------------------
「鞆の浦は素晴らしかった」
日本全国50数か所の漁村の中から、「ウルヴァリン:SAMURAI」ロケ地に選ばれた鞆の浦。
素朴な日本の原風景の残る港町として、美術監督の心をつかみました。
ヒュー・ジャックマンさんもテレビの取材で「鞆の浦は素晴らしかった」とコメント。
セットではなく人々が暮らす町そのものを使った、日本国内での海外大ヒットシリーズ映画ロケは快挙です。
鞆の浦はマリコの別荘がある長崎の港町の設定。
ギャングに追われ逃避行を繰り広げるウルヴァリンとマリコが、絆を深め、心を通わす重要な場所として登場します。
------------------------------------------------
その通りである。
某家の屋敷が上手く使われていた。

翌6日、大島の「水軍レストラン」で昼食。
ここでもウルヴァリンが目に飛び込んで来た。
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「今治 大三島ロケ作品」とある。
調べてみた。
大三島の西側、宮浦がロケ地となっていた(ウルヴァリンが青年将校の矢志田を助けた海岸のシーンであると思われる)。
「アイシネマ今治 10月5日~ 上映」とある。
今治では封切られたばかりなのであった。
アイシネマ今治もいい名前である。
地方の映画館の名前を知るのも楽しいことだ。
余談ながら、小生が子供の頃に住んでいた町の洋画専門の映画館(勿論、二番館)は「白鳥座」というお洒落な名前であった。
いまはもうない。
「白鳥座」は文化の発信場所であったと今でも思っている。
少なくとも小生にとっては...。

「しまなみ海道の旅」でこれだけウルヴァリンに遭遇したことでもあり、この映画を絶対に見落とす訳にはいかなくなった。
近所のシネコンの上映情報を見たところ、昼に1回、夜に1回と上映回数が随分と少なくなっていた。
数日後、夜1回だけとなっていた。
こりゃいかんと都内の映画館を調べたところ、有楽町/TOHOシネマズ日劇で3D字幕版が終日上映されていた。
10月17日、有楽町へ足を運んだ。
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映画を観ながら分かったロケ地は次の通りである。
・鞆の浦/某家屋敷
・大三島/宮浦
・東京/増上寺(背景に東京タワーが堂々と。東京スカイツリーでないのがよい)
・東京/上野駅ペデストリアンデッキ
・JR東日本/新幹線「なすの」の屋根の上(「なすの」は皇室の方々が那須御用邸で静養される際に利用される車両でもあり、アダマンチウムの大きな爪で屋根をガリガリ言わすのは如何なものか。新幹線なら、やはり、東海道新幹線+富士山じゃないの?と、ふと、思った)

映画評も少しは述べておかねばならないだろう。
「X-メン」シリーズ、「ウルヴァリン」シリーズはいつも楽しませて貰っており、今回もの「ウルヴァリン SAMUAI」も、物語の展開も含め、出来としては悪くない。
強いて申せば、題名の「ウルヴァリン SAMURAI」の「SAMURAI」は余計だろう。
原題だって、"The Wolverine"である。
ファッションモデル系女優であるTAO(矢志田マリコ役) との福島リラ(ユキオ役)は背が高く、英語も話せるということで起用されたのであろうが、演技はもう少し勉強が必要であろう。
ボンドガールの、浜美枝が懐かしい(と申せば、齢がバレそうだが...)。

映画を観ているとき、しばしば、このシーンは何処で撮影したんだろうと思うことがある。
「ロケ地探訪」は映画を観てからロケ地を訪ねるということであろう。
今回は、その逆で、ロケが行われたということを知った後に映画を観た。
いわば、<後付け>である。
こういうことも旅の面白さのひとつであろう。

鞆の浦/医王寺からの眺望。
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フォト#1、#10、#11:2012年9月30日
フォト#2、#3:2013年7月23日
フォト#4~#7:2013年10月5日
フォト#8:2013年10月6日
フォト#9:2013年10月17日
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# by ryujincho | 2013-10-29 23:58 | 映画三昧 | Comments(0)
2013年 10月 25日

『 Intermission 』

暫らく行脚に出掛けます。
ブログは暫らく休載させていただきます。
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フォト:2013年10月11日
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# by ryujincho | 2013-10-25 05:11 | Comments(0)
2013年 10月 12日

『秋、讃岐路』

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花石榴 また黒揚羽 放ち居し  中村汀女

石榴赤し ふるさとびとの 心はも  高浜虚子

石榴の花は夏の季語、石榴の実は秋の季語。
今日、「小鳥来る」が秋の季語であることをラジオでベンキョーした。

小鳥来る石榴割れるを待ち焦がれ 霹靂火

石榴の実の割れた姿、これもまた美しい。

小鳥来る我らの季節もやって来る 霹靂火

渡り鳥がやって来る、留鳥も山から里へおりて来る。
鳥見が楽しみだ。

フォト:2013年10月7日
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# by ryujincho | 2013-10-12 23:58 | Comments(0)
2013年 10月 11日

『秋、讃岐路』

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フォト:2013年10月7日
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# by ryujincho | 2013-10-11 23:38 | Comments(0)
2013年 10月 11日

『秋、讃岐路』

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フォト:2013年10月7日
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# by ryujincho | 2013-10-11 23:37 | Comments(0)
2013年 10月 04日

『 Intermission 』

暫らく行脚に出掛けます。
ブログは暫らく休載とさせていただきます。
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フォト:2013年9月20日、手賀沼にて
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# by ryujincho | 2013-10-04 08:51 | Comments(0)
2013年 10月 03日

『彼岸花=Part V=/坂野家の彼岸花』

ヒガンバナ。
土手に咲く花、寺社のまわりに咲く花、路傍の咲く花を眺めて来たが、屋敷まわりに咲く花もまた美しい。
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フォト:2013年9月21日、旧家/坂野家住宅(茨城県常総市)
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# by ryujincho | 2013-10-03 20:48 | Comments(0)
2013年 10月 03日

『彼岸花=Part IV=/白花曼珠沙華』

日暮れ前、夕方4時頃、市内の道を走っていたところ、畑の脇に咲く白いヒガンバナに出遭った。
白いヒガンバナはシロヒガンバナ(白彼岸花)ともシラハナマンジュシャゲ(白花曼珠沙華)ともいう。
白いヒガンバナはショウキズイセンとヒガンバナの自然交雑種であることを、今回、ベンキョーした。
ベンキョーすると、この花をより親しく感じる。

白いヒガンバナに赤いホオズキがアクセントに。
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空の青とマッチして。
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フォト:2013年9月27日
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# by ryujincho | 2013-10-03 20:34 | Comments(0)
2013年 10月 02日

『彼岸花=Part III =/呼び名』

日陰に咲くヒガンバナ。
それもまた美しい。
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ヒガンバナには千以上の別名や方言があるという。
広辞苑で彼岸花を紐解くと、カミソリバナ(剃刀花)、シビトバン(死人花)、トウロウバナ(燈籠花)、ステゴバナ(捨子花)、マンジュシャゲ(曼珠沙華)、テンガイバナ(天蓋花)などが挙げられている。
不吉で忌み嫌われることに由来する名もあるが、反対に、仏教の経典に由来する名もあり、吉凶、相反する名を持っている。

利根運河の中程、運河公園の南側土手に咲く大輪の彼岸花(実際はヒガンバナ科の鍾馗水仙)。
♪赤い花なら曼珠沙華♪ならぬ、花は黄色なのである。
そこへクロアゲハが飛んで来る。
黄色に黒、絵的にはちょっと不気味な感じである。

♪赤い花なら曼珠沙華♪は双葉あき子の唄かと思いきや、YouTubeで聴いてみたところ、双葉あき子の唄は別の唄で、「恋の曼珠沙華」(西条八十 作詞、古賀正 男 作曲、昭和23 年)であった。
♪赤い花なら曼珠沙華♪は谷真酉美が唄う「長崎物語」(梅木三郎 作詞、佐々木 俊一 作曲、昭和13年)であった。
新しいところでは、山口百恵が唄う♪マンジューシャカ 恋する女は マン ジューシャカ 罪作り♪、「曼珠沙華」(阿木曜子 作詞、宇崎竜 童 作曲、昭 和53年)。
或るとき、某氏から、あれは、何故、マンジュシャゲではなく、マンジュシャカと歌っているのかねとの問いがあった。
で、調べたことがあった。
-------------------------
曼珠沙華はサンスクリット語で天界に咲く花という意味。
サンスクリット語では manjusaka と書く。
manjusaka の音写である「曼珠沙華(マンジュシャカ)」が、いつの頃からか、マンジュシャゲと読まれるようになったと考えられる。
-------------------------
日向に咲いても、日陰に咲いても美しいのは、吉兆、相反する多くの名を持っているからであろう。

フォト:2013年9月27日、柏あけぼの山農業公園にて
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# by ryujincho | 2013-10-02 23:58 | Comments(0)
2013年 10月 02日

『彼岸花=Part II =/ショウキズイセンからヒガンバナへ』

利根運河の土手に咲く黄色い花はヒガンバナだと思い込んでいたが、ショウキズイセンであった。
ヒガンバナを求めて、jitensha を走らせる。
あちらこちらに赤い花を見せているが、赤と白が混ざって咲くなど、琴線に触れるような咲き方の花はない。
布施弁天下に至る。
あった。
赤いヒガンバナに加え、白いヒガンバナも。
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白いヒガンバナはシロヒガンバナ(白彼岸花)ともシラハナマンジュシャゲ(白花曼珠沙華)ともいう。
白いヒガンバナはショウキズイセンとヒガンバナの自然交雑種である(これ、今回、ベンキョーしました)。

花の周りをナミアゲハ(並揚羽)が飛んでいる。
数年前、利根運河でショウキズイセンの黄色い花に真っ黒なクロアゲハが飛んで来たときは不気味であったが、赤いヒガンバナにナミアゲハは然様な感じにはならないのが不思議だ。
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ヒガンバナの雄しべがナミアゲハの翅に重なり、美しい。
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ナミアガハの口吻が見える。
ヒガンバナの蜜はどんな味なのであろう。
因みに、ヒガンバナの鱗茎(球根)には毒が含まれているが、蜜に毒はない。

「花と蝶」。
よき語呂の言葉に相応しい光景だ。
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この世の中で苦手なものは蝶と蛾だ。
翅を広げているところを見ると鳥肌が立ってしまう。
だが、ガマンして直視。
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蝶がいなくなっても緋色の花は美しい。
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フォト:2013年9月27日、布施弁天下にて
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# by ryujincho | 2013-10-02 11:55 | Comments(0)
2013年 10月 01日

『彼岸花=Part I =/ヒガンバナじゃなくって、ショウキズイセンだった』

赤いヒガンバナをあちらこちらで見掛けるようになった。
白いヒガンバナバナもちらほらと見られる。
黄色いヒガンバナもある。
毎年、この季節になると黄色いヒガンバナを楽しませてくれる利根運河へ行ってみた。
しかし、少々、遅かった。
既に花の盛りは過ぎていた。
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結実が見られる。
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ヒガンバナは結実しないはずだ。
ヒガンバナの結実について、調べてみた。
----------------------------
日本に生えているヒガンバナは、三倍体であるため、花粉が使い物にならず、普通は結実しないが、近縁種のショウキズイセン(黄色)とは雑種を作ることが出来、その場合は、何故か、白花のヒガンバナとなる。
----------------------------
長らく、黄色いヒガンバナと思い込んでいたのが、今になって、黄色はショウキズイセンだと知った。
ショウキズイセンについて、調べてみた。
----------------------------
ショウキズイセン(鍾馗水仙)。
ヒガンバナ科ヒガンバナ属の多年草。
別名ショウキラン(鍾馗蘭)。
茎先に鮮やかな黄色い花を横向きに数輪ずつつける。
実は円柱形で、緑色に熟する。
葉は線形で、花の後に出て、翌年の夏までに枯れる。
----------------------------
成程!
随分とベンキョーになった。

花の盛りが過ぎてしまったのは残念!と思いながら土手を眺めていたところ、ひとつだけ、蕾が目に入った。
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来年は蕾がいっぱいの頃から数回、通ってやろうと思った。
次はまだ旬であろう赤いヒガンバナの咲くところへ jitensha を走らせた。

フォト:2013年9月27日、利根運河にて
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# by ryujincho | 2013-10-01 22:51 | Comments(2)
2013年 09月 29日

『独り占め Part II 』

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フォト:2013年9月27日、利根運河にて
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# by ryujincho | 2013-09-29 22:18 | Comments(0)
2013年 09月 29日

『独り占め』

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フォト:2013年9月27日、利根運河にて
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# by ryujincho | 2013-09-29 21:51 | Comments(0)
2013年 09月 29日

『共存共栄』

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2013年9月27日、利根運河にて
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# by ryujincho | 2013-09-29 21:19 | Comments(0)
2013年 09月 29日

『キバナコスモス/三景』

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フォト:2013年9月27日、利根運河にて
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# by ryujincho | 2013-09-29 20:59 | Comments(0)
2013年 09月 27日

『ふたつの、大本山』

今日は、9月27日。
丁度、一ケ月前、まだまだ、暑い最中であった8月27日、大放談会のメンバー、備前さん、伊豫さんと共に、鶴見の総持寺を訪れた。

「香積台(こうしゃくだい)」(総合受付)
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「香積台。これはまた立派な建物ですねぇ」、「二条城の如き趣きですねぇ」などと宣いながら、金鶏門をくぐり、大祖堂へ向う。

大祖堂。
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大祖堂は、一般的にいわれる開山堂と法堂を兼ねた本堂客殿である。
昭和40年(1965年)、二祖・峨山禅師の600回大遠忌を記念して、竣工・落慶したそうだ。
コンクリート造りではあるが、なかなか趣きのある建物である。
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堂内に入る。
丁度、午後の法要が始まったところであった。
面白いと言っては罰があたるかもしれないが、法要の所作はなかなか面白いものであった。

大祖堂から少し離れたところに仏殿が見える。
仏殿は、大祖堂に比べるとこじんまりとした木造の建物である。
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再び、門の方へ向う。
玉兎門、中雀門、金鶏門を横通ししている回廊を眺める。
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床は光るほどに磨かれている。
地べた写真ならぬ、床置き写真を撮ってみた。
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大祖堂での法要を終えた坊さんたちが回廊を歩んで来る。
市川海老蔵似の若い坊さんに備前さんがインタビュー。
「みなさん、ここで1年間、修行されるんですか」。
「そうです、人によっては、総持寺に加え、永平寺でも修行する人もいます」。
「総持寺も永平寺も大本山ですが、何か違いはあるのでしょうか」。
「どちらも大本山ですが、違いは、総持寺には檀家さんがおられるということかと」。

雲水群像。
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ここで、総持寺の歴史について簡単に触れておこう。
省力化のためには、関係文を転記するのが最もよい。
だが、総持寺のホームページには盛り沢山のことが書かれているので、ここではウィキペディアを転記(一部、筆者加筆)することとしたい。
--------------------
能登国櫛比庄(現在の石川県輪島市)の真言律宗の教院「諸嶽観音堂」が「総持寺」の前身である。
元亨元年(1321年)、 曹洞宗四世の瑩山紹瑾は、「諸嶽観音堂」への入院を住職の定賢から請われる。
同年、住職の定賢より「諸嶽観音堂」を寄進され、寺号を「総持寺」、山号は「諸嶽観音堂」に因み「諸嶽山」と改名し、禅院とする。
元亨2年(1322年)、 後醍醐天皇より「曹洞賜紫出世第一の道場」の綸旨を受けて、官寺、大本山となり、曹洞宗を公称する。
元和元年(1615年)、徳川幕府より法度が出され、永平寺と並んで大本山となる。
明治44年(1911年)、現在地に移転。
(鶴見への移転に至る背景は、総持寺のホームページをご覧ください)
この寺基移転に伴い、能登の「総持寺」(石川県輪島市門前町)は「総持寺祖院」と改称されている。
---------------------------

「鶴見に、斯様に立派なお寺があるとは知りませんでした」。
「永平寺は鬱蒼とした木々に囲まれた静かな佇まいながら、ここ、総持寺は大都会のお寺!という感じですね」。
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「総持寺の『総持』は、どういう意味なんでしょうかね」。
「また、調べておきましょう」。
後刻、備前さんから「総持寺の総持とは梵語だそうです。意味は善を持して失わず、悪をおこさぬようにする意だそうです」の旨、電子飛脚便が到来した。
成程!いい言葉だ!
そう思いながら、梵語そのものではどのようなものなのだろうかと広辞苑を紐解いてみた。
----------------------------
【総持(そうじ)】
[仏](梵語 dharani 陀羅尼の漢訳)善を持して失わず、悪を起さないようにする意。
⇒陀羅尼・⇒真言
---------------------------
「⇒陀羅尼・⇒真言」とあるので、陀羅尼、真言についても、広辞苑を紐解いてみた。
---------------------------
【陀羅尼(だらに)】
(梵語 dharani 総持・能持と漢訳。よく善法を持して散失せず、悪法をさえぎる力の意)梵文の呪文を翻訳しないで、そのまま読誦するもの。
一字一句に無辺の意味を蔵し、これを誦すれば、もろもろの障害を除いて種々の功徳を受けるといわれる。
一般に、短いものを真言、長いものを陀羅尼という。
秘密語。密呪。呪。明呪。
----------------------------
【真言(しんごん)】
[仏]
①真実の語。
②(梵語の mantra の訳語)密教で、心理を表す秘密の言葉。呪。陀羅尼。
③真言宗の略。
----------------------------
ベンキョーになった。
因みに、永平寺の「永平」は、中国に初めて仏法が伝来した後漢明帝のときの元号「永平」からであり、意味は「永久の和平」である。
「永平」と「総持」、相通じる言葉と思える。
どちらも大事なことだ。

「大放談会」は単なる飲みながらの放談であったが、1年くらい前から、「ミニ歴史めぐり」のあと、飲み会をやることが慣例となった。
これまで、「赤穂浪士ゆかりの地/泉岳寺、浅野屋敷跡」、「奥の細道ゆかりの地/千住」、「近藤勇ゆかりの地/流山」、「日蓮ゆかりの地/池上本門寺」を訪ねた。
今回は、伊豫さんの発案で鶴見の総持寺となった。
いいところへ連れて行った貰った。
伊豫さんに感謝!である。

次回は11月下旬の開催。
御茶ノ水・聖橋をはさんで、ニコライ堂と湯島聖堂を訪ね、神田あたりで一献というプランだ。
題して、「ふたつの聖堂」。
楽しみ、楽しみ...。

=備考=
本ブログでは、「総持寺」と記しているが、能登も鶴見も旧字体の「總持寺」であることをここに特記しておきたい。

フォト:2013年8月27日
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# by ryujincho | 2013-09-27 09:29 | Comments(0)
2013年 09月 26日

『夕空に遊ぶ』

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フォト:2013年9月16日、手賀沼東端にて
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# by ryujincho | 2013-09-26 18:17 | Comments(0)
2013年 09月 26日

『北の鎌倉』

手賀沼夕を暮れポタ。
その帰り、旧村川別荘の前を通り掛かった。
何やら、灯りが連なって見える。
旧村川別荘で「竹灯籠の夕べ」なる催しが開かれていた。
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旧村川別荘。
それは、西洋史学者、村川堅固、堅太郎親子の別荘で、今は文化遺産となっている。
或る書き物に「村川堅太郎は山川出版社の『高校世界史教科書』で馴染みのある学者」とあった。
この教科書には随分とお世話になったが、村上堅太郎の名はよくは覚えていない。

この地は、明治から大正、昭和初期にかけて、嘉納治五郎、柳宗悦、志賀直哉、武者小路実篤、バーナード・リーチ、杉村楚人冠、柳田國男など多くの著名な文化人が居を構えたり、別荘を持ったことから、「北の鎌倉」と称された。

フォト:2013年9月14日
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# by ryujincho | 2013-09-26 11:01 | Comments(0)
2013年 09月 19日

『兎の餅つき』

夕暮れ散歩。
9月19日、中秋の名月だ。
かわせみ池にて月を眺める。
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里山の端に昇る月を眺める。
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散歩のとき、いつもメモ帳代わりに携行しているコンデジで月を撮っていたところ、「写りますか」と背後からおっちゃんの声。
おっちゃんの手にもコンデジ。
「月の形は写りますよ。でも、コンデジだから、兎の餅つきまでは写りませんよ」。

「兎の餅つき」の由来である健気な兎の話を思い起しながら、月を眺める。
月の模様は、世界の国々によって、いろいろあるようだ。
由来は別として、日本の「兎の餅つき」に近い模様としては、中国の「兎が薬草をついて漢方薬をつくっている」やベトナムの「おばあさんが足でコメを踏んで脱穀している」などがあるようだ。

フォト:2013年9月19日17時41分、18時1分
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# by ryujincho | 2013-09-19 23:58 | Comments(2)