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龍人鳥の徒然フォト日記

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2019年 02月 23日

『雛飾り/旧村川別荘』

2月23日(土曜)、晴れ。
手賀沼鳥見ポタリングに。
帰路、ハケの道を通る。
旧村川別荘に立ち寄る。

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手賀沼北岸の高台にある旧村川別荘は、村川堅固、堅太郎の親子二代の別荘。

村川堅固(1875- 1946年)は、東京帝国大学文学部史学科卒、同教授、西洋史学者。
その長男、村川堅太郎(1907年 - 1991年)も、東京帝国大学西洋史学科卒、東京大学教授、西洋史学者。

文京区目白台にある1911年(明治44年)築の自宅(主屋・洋館)と1920年(大正9年)築の蔵は、「村川家住宅」として国登録有形文化財となっている。

1926年(昭和元年)に自ら設計し建築された千葉県我孫子市寿の別荘は、「旧村川堅固別荘」として千葉県の近代産業遺跡となっている。

村川堅太郎は、高校時代の世界史の教科書、山川出版社刊「詳説世界史」で馴染みのある人物である。

フォト:2019年2月23日


by ryujincho | 2019-02-23 23:33 | 街歩き、村歩き、ポタリング | Comments(0)
2019年 02月 23日

『子之神大黒天延寿院』

2月23日(土曜)、晴れ。
手賀沼鳥見ポタリングに。
帰路、ハケの道を通る。
子之神大黒天を参拝。

花王山延寿院
真言宗豊山派
本尊 不動明王
合祀 子将神像、えびす、大黒天ほか
通称 子之神大黒天

由緒
子之神大黒天略縁起の刷物によれば、行基が諸国国分寺巡錫の折りに下総国分寺で薬師如来と十二神将及び大黒天を刻んで安置したが、国分寺が度々火災の厄にあうので、尊像を各地に奉遷することとした。
そして、「子大将神と大黒天の尊像は宥啓阿闍梨自ら笈に納めてこれを背負い、奉遷の地を求めて国内を巡行して諸方を遊歴して我孫子の里に杖をはこべば、三方に湖水を見下し、松杉のそれにも増して厄除ひいらぎの霊木の群茂に阿闍梨は奇しき感応に随喜し、当地を法化有縁の地と定め」て、康保元年(964年)甲子の年正月八日子ノ日に一宇を建立したという。
その後、足腰の病に効験があるとの信仰がひろまり、参詣者で賑わうようになったという。
延寿院は、開山開基不詳であるが、古くから子之神の別当寺で、大正7年(1918年)に我孫子駅南口付近から子之神境内(当地)に移転、同境内にはもと石造鳥居が建っており、今も子野大権現の石祠があって、神仏混淆の色彩が強い。
延寿院は移転して仏堂を修築したが、堂は昭和45年(1970年)に罹災、翌年に現本堂の改築をみた。

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狛犬コレクション。

当院の狛犬は珍しい。
何が珍しいかというと、狛犬が鎮座する位置が、本堂に向かって右に吽形、左に阿形となっていることである。
時折、こうした狛犬をみることがあるが、多くの寺社仏閣の狛犬は、社殿あるいは本堂に向かって、右に阿形、左に吽形となっている。
寺院の仁王像然りである。

右/吽形。
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アップで。
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左/阿形。
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アップで。
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角度を変えて。
右/吽形。
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左/阿形。
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狛犬の決まり事(但し、例外もある)をここで今一度、整理しておきたい。
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入って正面から見た時、右が「阿形」、左が「吽形」とされている。
-------------------------
右の「阿形」について:
・雌として扱う事が多い。
・耳が垂れているものがある。
・子供を連れているものがある。
・頭に擬宝珠を乗せているものがある。
・たてがみは巻き毛のものがある。
--------------------------
左の「吽形」について:
・雄として扱う事が多い。
・耳が立っているものがある。
・角が生えているものがある。
・玉や鞠を持っているものがある。
・たてがみは直毛のものがある。
---------------------------
例外もいろいろある。
例えば;
・阿吽形の位置が左右逆のもの。
・左右とも「阿形」のもの。
・阿吽形共、耳が垂れているもの。
・阿吽形共、耳が立ったもの。
----------------------------

扁額コレクション。
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本堂を背にして狛犬を眺める。
本堂を背にしてカメラに収めるというのも滅多に出来ることではない。
本堂を背にしてカメラに収めることが出来る位置に鎮座していることが珍しいとも言える。
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本堂脇の七福神。
下段、左から、布袋、恵比寿、大黒天、福禄寿、弁財天
上段、左から、毘沙門天、寿老人
七福神の後ろに見えるのは「かねのわらじ」に関わる説明板と奉納された「かねのわらじ」。
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金の草鞋の奉納に関わる説明板に目を通す。
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かねのわらじ
ここの本尊子之神さまは
常に諸病を除去し、一切の
宿願を叶えてくれる
精神力を持つ神とされ
特に腰下の疾患には
ご利益があるとされています。
この脚腰の象徴であるわらじは
健全な永い人生の歩みを表し
たとえどんな茨な道でも
すりきれること無く
まして小判の形を踏み残すという
云われがあります
子之神大黒天
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秋には境内で柴燈護摩火渡りが催される。
秋が愉しみである。

フォト:2019年2月23日



by ryujincho | 2019-02-23 23:32 | 街歩き、村歩き、ポタリング | Comments(0)
2019年 02月 23日

『コブハクチョウ 2019.2.23』

2月23日(土曜)、晴れ。
手賀沼鳥見ポタリング。

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手賀沼のコブハクチョウ。
こうして母衣(ほろ)のように翼を丸く広げて泳ぐ姿をしばしば目にする。
コブハクチョウが編み出した、微風を受けての、楽チン泳法なのかもしれない。

フォト:2019年2月23日


by ryujincho | 2019-02-23 23:31 | 鳥見雑記 | Comments(0)
2019年 02月 22日

『正面顔コレクション/オオジュリン、二態』

2月22日(金曜)、晴れ。
正面顔コレクション。
オオジュリン、二態。

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フォト:2019年2月22日、手賀沼南岸


by ryujincho | 2019-02-22 23:35 | 鳥見雑記 | Comments(0)
2019年 02月 22日

『リフレクション 2019.2.22』

2月22日(金曜)、晴れ。
手賀沼鳥見ポタリング。
ミミカイツブリ、オオジュリン、ホオジロたちに遊んで貰いながら、東端の曙橋に至る。

曙橋から西を眺める。
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柏駅近くの高層マンションが手賀沼西端の畔に写り込んでいる。
水面への映り込みといえば、畔のすぐそばの木々などが多いが、距離的に離れたものもこうやって写り込むのだ。
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フォト:2019年2月22日




by ryujincho | 2019-02-22 23:34 | Comments(0)
2019年 02月 22日

『ホオジロ 2019.2.22』

2月22日(金曜)、晴れ。
手賀沼鳥見ポタリング。

ホオジロ。
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冬、ホオジロの鳴き声を聞いたことがない。
春先からでないとホオジロは鳴かないのであろうか。

フォト:2019年2月22日


by ryujincho | 2019-02-22 23:33 | 鳥見雑記 | Comments(0)
2019年 02月 22日

『オオジュリン 2019.2.22』

2月7日(木曜)、晴れ。
手賀沼鳥見ポタリング。
オオジュリン。
今シーズン、初見。
しかし、その姿をカメラには上手く収められなかった。

2月22日(金曜)、晴れ。
2週間ぶりに、手賀沼鳥見ポタリング。
オオジュリンの姿が随分と増えていた。
2週間前の今シーズン初見のときはカメラの収めることが叶わなかったが、この日はあちらこちらの葦の原で撮り捲り、初撮りとなった。

手賀沼南岸/西の葦の原にて。

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手賀沼南岸、東の葦の原にて。
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更に東の葦の原にて。
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その後も南岸を西から東へ走りながら、何羽ものオオジュリンに遊んで貰った。


フォト:2019年2月22日


by ryujincho | 2019-02-22 23:32 | 鳥見雑記 | Comments(0)
2019年 02月 22日

『ハジロカイツブリ 2019.2.22』

2月22日(金曜)、晴れ。
手賀沼鳥見ポタリング。

手賀沼南岸/ヒドリ橋から眼下を眺める。
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首の長いカイツブリが泳いでいる。
ズームアップしてカメラに収める。
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首の長いカイツブリといえば;
・カンムリカイツブリ
・ハジロカイツブリ
・ミミカイツブリ
の3種がいる。

手賀沼でよく見掛けるのはカンムリカイツブリ。
しかし、遠目ではあるが、カンムリカイツブリとは違うように見える。
ということで、更にズームアップ。
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ハジロカイツブリかミミカイツブリのようである。

手元の「鳥くんの比べて識別!野鳥図鑑670」を参照してみると次の通りである。
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ハジロカイツブリ
・くちばしはやや上に反る。
・(冬羽)頭の黒色部は目より下まである。
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ミミカイツブリ
・くちばしは真っ直ぐ。
・(冬羽)頭の黒色部は目の下に及ばず、境界線は直線的。
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写真を今一度眺める。
・くちばしは上に反っているように見えるが、遠目なので断定は難しい。
・頭の黒色部は目より下まである。
よって、これはハジロカイツブリと同定する。

(参考)
「我孫子野鳥を守る会/手賀沼周辺の鳥図鑑」と直近の「我孫子市鳥の博物館/手賀沼水面鳥類センサス調査(2018年12月14日)」も参照。

ハジロカイツブリ
手賀沼周辺では、秋の中頃から冬の終わりまで、沼で観察される。 
あまり多くない。
2018年12月14日調査:個体数12羽、先月より個体数が少なくなった(先月は72羽)。

ミミカイツブリ
手賀沼周辺では、主に秋の中頃から冬、まれに沼で見られる。
2018年12月14日調査:個体数1羽、手賀沼では記録の少ないミミカイツブリが先月に続き観察された(先月も1羽)。


いつの日か、手賀沼でミミカイツブリにも遭ってみたいものである。


フォト:2019年2月22日




by ryujincho | 2019-02-22 23:31 | 鳥見雑記 | Comments(0)
2019年 02月 17日

『相模国史跡めぐり/小田原港』 ss-5

2月16日(土曜)、曇りのち晴れ。
相模国史跡めぐり。
先ず、曽我梅林で観梅。
続いて、曽我兄弟ゆかりの地、城前寺訪問。
続いて、宗我神社参拝。
続いて、酒匂川CR走行。
続いて、久野1号古墳探訪。
続いて、小田原漁港へ。

久野1号古墳から南進し、小田原市街地に入る。
ポタリングでの小田原は久方ぶり。
以前、小田原で見て、今回、もう一度見ておきたいものがふたつある。
それは国道1号線のキロポスト「日本橋から85km」と小田原漁港の小田原提灯を模した灯台である。

国道1号線のキロポスト「日本橋から85km」。
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小田原漁港の小田原提灯灯台。
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石碑「旧灯台址」と鳥たち。
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石碑「旧灯台址」をアップで。
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ゴイサギ(?)。
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ウ。
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2010年12月の「湘南・小田原ポタリング」のときのことを綴ったマイ・ブログを読み返してみるとこんなことを綴っていた(抜粋)。
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小田原港。
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港口の灯台を見て、思わず、口ずさんだ歌、それは申すまでもなく、♪エッサ エッサ エッサホイ サッサ おさるのかごやだ ホイサッサ 日暮れの山道 細い道 小田原ぢょうちん ぶらさげて...♪、童謡「おさるのかごや」だ。
小田原提灯なる言葉は、幼き頃に、この童謡から学んでいるが、しからば、小田原提灯とは何ぞや?
電子辞書/広辞苑を紐解くと、「不用のときは折り畳んで腰にさし、用いるときには伸ばして広げられるようにした細長い提灯。天文年間(1532~1555年)、小田原の甚左衛門という者の創製をいう」とある。
言わば、折り畳み傘や、折り畳みjitenshaの如きものだ。
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「岸壁のこの辺りで、大給守さんと”野立て”をやったんですよ」と、2010年12月の湘南・小田原ポタリングのときの思い出を筆者は武衛さんや南国守さんに語る。

これも、2010年12月の「湘南・小田原ポタリング」のときのことを綴ったマイ・ブログを読み返してみるとこんなことを綴っていた(抜粋)。
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「そろそろ、4時。日暮れ前に、着火式を行いたく、料理人大給殿、宜しくご指南の程を」。
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斯くして、上総の、おニューの火器/EPIgas/REVO-3700と重ね鍋/snow peak/ multi compact cook set SCS-020 は、大給守殿のご指南の下、無事、デビューを果したのであった。

走行距離52.20kmの、富士見三昧ポタであった。
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これにて、曽我梅林、曽我兄弟ゆかりの寺/城前寺、宗我神社、酒匂川CR、久野1号古墳、小田原漁港と盛りだくさんなポタリングは終了。
小田原漁港からは小田原駅より早川駅の方が近い。
早川駅から輪行にて帰途に就く。
走行距離24km。

フォト:2019年2月16日
フォト#11~#14:2010年12月4日(アーカイブより)

(完)


by ryujincho | 2019-02-17 23:35 | 相模国史跡めぐり 2019 | Comments(0)
2019年 02月 17日

『相模国史跡めぐり/酒匂川を渡河、久野1号古墳へ』 ss-4

2月16日(土曜)、曇りのち晴れ。
相模国史跡めぐり。

先ず、曽我梅林で観梅。
続いて、曽我兄弟ゆかりの地、城前寺訪問。
続いて、宗我神社参拝。
続いて、酒匂川方面へ、そして、急遽、久野1号古墳探訪も。

県道716号線を南へ向け走る。
千代交差点で県道716号線は西へ方向を変える。
どんどん西へ走る。
国道255号線(南の国道1号線と北の国道246号を結ぶ、足柄平野を南北に走る幹線道路 )を横切り、更に西へ。
先ほど、宗我神社で目を通した曽我谷津岩本遺跡の説明板にあった「足柄平野」を走っているのである。
酒匂川左岸に至り、左岸沿いに南へ走る。
鈴廣かまぼこの工場(恵水工場)を通り過ぎ、富士見大橋東詰に至る。
富士見大橋は県道717号線/酒匂川に架かる橋である。

曽我梅林、城前寺、宗我神社のときは曇り空であったが、酒匂川方面へ向かう途中からすっかり良い天気となった。

今日の jitensha。
酒匂川、松並木、そして、多分、その向こうに富士山が見えるであろうと思うところに jitensha を並べて。
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富士見大橋を渡る。
富士見大橋西詰から酒匂川右岸サイクリングロードに入り、南へ走る。

河畔で休憩。
酒匂川の流れを眺める。
川幅は広く、ゆったりと流れている。
左に見える橋が富士見大橋、白い建物は鈴廣かまぼこ/恵水工場。
初めて酒匂川を渡ったのは、2010年12月、平塚から小田原まで走ったときであった。
そのときは河口近くの酒匂橋(国道1号線)を渡ったので、内陸での川の流れは見ておらず、こうした風景を眺めるのはこれが初めて。
因みに、前回、酒匂橋を渡るとき、富士の姿を見た。
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「酒匂川は相模川とはまた別の趣き」。
「酒が匂う、いい名前。因みに、読みは、川は『さかわ』、地名は『さこう』」。
「源流は?」。
「スマホで検索してみよう」。
「酒匂川は、富士山の東麓と丹沢山地の西南部を主な源流とし、JR東海の御殿場線・東名高速道路と並走するように流れ、丹沢山地と箱根山の間を抜け、足柄平野を南下、小田原市で相模湾へと注ぐ。静岡県内では鮎沢川と呼ばれる」。
「相模川の源流は?」。
「スマホで検索してみよう」。
「水源は山中湖」。

飯泉橋西詰に至る。
飯泉橋は国道255号線/酒匂川に架かる橋である。
酒匂川沿いから外れ、国道255号線に入り、小田原方面へ走る。

昼餉時である。
国道沿いの蕎麦屋で昼餉を摂る。

武衛さん曰く「この辺りの西に久野古墳があります」と。
手元の地図は範囲外なので、スマホで検索し、久野古墳方面へと走る。

方向としては、小田急小田原線の足柄駅の西である。
伊豆箱根鉄道大雄山線を横切り、小田急小田原線足柄駅の北側の踏切を渡り、更に西へ向かう。
国道271号線を横切り、久野坂下交差点なるところに至る。
武衛さんがおっちゃん四人組を見付け、久野古墳への道を尋ねる。
「交差点を北へ。凄い坂なので、自転車じゃダメだね」。
「自転車は漕ぐばっかりじゃなく、<押し>もありますんで。有難うございました」。

確かに凄い坂である。
最初から<押し>である。
坂の上に辿り着く。

振り返って、上って来た坂を眺める。
手前は平坦、乗用車2台の辺りから急坂が始まる。
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写真で激坂を表すのはなかなか難しいが、先頭の白い乗用車が下り初めているのは何となく見て取れる。

急坂が始まる辺りをトリミング図にて。
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あとで、グーグルマップを見たところ、距離にして300mくらい、久野古墳の資料を見たところ、標高50mとあったので、かなりの激坂であったことは間違いない。

坂道を上り切ったところはT字路。
そこに立つ案内標識。
久野古墳 1号墳まで100m、2号墳まで1800m、15号墳まで2000m。
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久野1号古墳に到着。
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「小田原市指定 第一号古墳」。
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説明板に目を通す。
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小田原市指定史跡(昭和36年3月30日指定)
久野1号古墳
所在地 小田原市穴部44

この古墳は、久野古墳群の1基で円墳です。
形状等この古墳も、久野古墳群の1基で円墳です。
久野配水池内の発掘調査で、幅約12mの周濠が確認され、周濠までを含めた規模は直径60m以上と推定され、県下でも最大級の円墳という事ができます。

箱根外輪山明神岳東側の裾は、いくつかの洪積丘陵を形成していますが、この古墳は、その丘陵上に展開する古墳群の内、最大の規模を持ち、「王塚」とか「百塚の王」と俗称されていました。
以前は、4基ないしは5基の陪塚(大きな古墳の周囲の小古墳で、従者の墳墓ともいわれる)かと思われる小円墳が存在したといわれますが、現在は、2基が残るだけで、陪塚かどうか明らかではありません。

内部主体については未調査ですが、古墳群成立の初期で、6世紀前半までには築かれていたものと考えられます。

小田原市教育委員会
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墳丘に上ってみる。
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墳頂で手を広げているのは南国守さん。
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墳頂から、東側に広がる足柄平野を眺める。
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酒匂川沿いの松林をズームアップ。
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墳頂から南側を眺める。
道を挟んで住宅の向こうは傾斜地。
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墳丘から下り、墳丘の東側の裾を歩く。
説明板に「箱根外輪山明神岳東側の裾は、いくつかの洪積丘陵を形成していますが...」とあるが、墳丘の東側は傾斜地となっており、そうした地形がしっかりと見て取れる。
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墳丘の東側の裾を北へ進むと、先ほど、墳頂からは木陰に隠れていた国道271号線も見えている。
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南西から墳丘を眺める。
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もうひとつの説明板にも目を通す。
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久野古墳群
久野諏訪ノ原丘陵には「久野百塚」や「久野九十九塚(くじゅうつくもづか)」と言われるほど、多くの古墳が点在していました。
近年の調査でも120基におよぶ古墳の存在が想定されています(図1)。
古墳には現在でも塚状の高まり(高塚)をもっているものもありますが、すでに削平・埋没していまい、発掘調査で初めて確認されるものもあります。

久野古墳群の中で一番目を引くのが「百塚の王」とも称される久野1号古墳です。
足柄平野を治めた首長の墓にふさわしく、この辺りからは足柄平野を一望することができ、逆に平野からも久野1号線がよく見えます。
久野1号墳では、本格的な発掘調査は行われていませんが、久野坂下窪遺跡の調査では周溝が検出されており、周溝を含めた直径は60mを越え、神奈川県内でも最大の円墳と言える規模であったと考えられます。

以前は、この辺りにも多くの古墳があったと言われていますが、今ではここから150m西に所在する高塚を含め、幾つかの高塚が確認されるだけとなっています。
しかし、久野2号墳・4号墳は良好な状態で残り、久野15号墳・総世寺裏古墳は、石室の一部が見学できるように保存されています。

また、古墳から出土した遺物は、小田原市郷土文化館で展示・公開されており、往時の面影を知ることができます。
中でも、久野2号墳で出土した大刀や玉類、耳館などは優れたものであり、久野15号墳でも須恵器(写真1)や玉類(写真2)など、様々なものが出土しています。
これらの出土遺物は古墳に埋葬された人物の権力を示しています。

小田原市教育員会
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久野諏訪ノ原丘陵古墳分布図
記号/黒、大:名称が付加されている古墳(久野1号墳など)
記号/黒、小:分布調査で古墳の可能性があるとされた高塚
記号/白:公図等により古墳の存在が想定されるもの

西側
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東側
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説明板に「久野2号墳・4号墳は良好な状態で残り、久野15号墳・総世寺裏古墳は、石室の一部が見学できるように保存されている」とあり、案内標識もあるが、今回は時間の都合上、したこれらは次回の愉しみとし、久野1号古墳だけとした。
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久野1号墳をあとにして、小田原市街地方面へと向かう。
先ほど、上った激坂ではなく、T字路を直進し、別の坂道を下る。

坂道の途中で、南側に広がる小田原市街地を眺める。
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小田原城も見える。
ガードの近くまで寄って、小田原城をズームアップ!
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坂道を下り切り、小田急線沿いに南へ走り、小田原市街地へと向かう。

フォト:2019年2月16日

(つづく)


by ryujincho | 2019-02-17 23:34 | 相模国史跡めぐり 2019 | Comments(0)