龍人鳥の徒然フォト日記

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カテゴリ:街歩き、村歩き、ポタリング( 151 )


2018年 04月 21日

『赤坂山王界隈三題/ミラー、極太、藤の花』

4月21日(土曜)、晴れ。

ミラー張りのビル。
いつぞやの、ドラポタ江戸府内ポタリングのときのことを思い出す。
皆で、このビルに己の姿を映し、写真を撮ったことがあったなあ...。

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極太自転車。
光る大理石風の壁。
光るスキンヘッド。

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藤の花/日枝神社境内。

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参拝者は日本人より外国人観光客の方が多い。
藤の花をみると、盟友、大給守さんから教えてもらった岩村田藩主を揶揄した狂歌を思い出す。
「金は内藤志摩守 裾からぼろが下がり藤」。

フォト:2018年4月21日


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by ryujincho | 2018-04-21 23:34 | 街歩き、村歩き、ポタリング | Comments(0)
2018年 04月 21日

『逆光のいたずら』

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逆光のいたずら、フレア・ゴースト。
フレア・ゴーストは、写真を撮ったときには画像の何処に何色で現れるか分からない。
撮ってみての、お楽しみ。
この写真では、画面最下部に紫色で現れた。

フォト:2018年4月21日


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by ryujincho | 2018-04-21 23:33 | 街歩き、村歩き、ポタリング | Comments(0)
2018年 04月 21日

『弁慶橋の boat house』

4月21日(土曜)、晴れ。
赤坂近くの某ホテル・レストランで古希の祝いをして貰った。
フランス産ホワイト・アスパラガスの備長炭焼きを前菜で頂戴した。
2004年春のアムステルダムで期間限定のホワイト・アスパラガスを食して以来の美味であった。
そんな味わいがあるとはまだ知らず、弁慶橋を渡ってレストランに向かうのであった。

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フォト:2018年4月21日

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by ryujincho | 2018-04-21 23:31 | 街歩き、村歩き、ポタリング | Comments(0)
2018年 03月 25日

『江戸川・利根川・渡良瀬川CRポタリング/渡良瀬遊水地』 etw-4

3月24日(土曜)、晴れのち薄曇り。
東武/川間駅から江戸川左岸CRを走り、関宿に到着。
当初の予定では、関宿から、再び、江戸川左岸CRを南下し、矢切か柴又あたりまで走るというプランであったが、コースを変更し、古河へ向かうこととした。

利根川左岸CR、渡良瀬川CRを走る。
古河桃まつりに立ち寄ったり、古河城本丸跡を眺めたりしながら、渡良瀬遊水地へと向かう。

渡良瀬川CRを走り、国道354号線に至る。
渡良瀬川に架かる三国橋を渡り、渡良瀬川左岸から右岸へ移る。

「三国橋(みくにばし)」。
なかなか良い名の橋である。
これは、下総国(茨城県)、下野国(栃木県)、武蔵国(埼玉県)の三国を跨ぐことから、三国橋と命名された。
現在の橋は、埼玉県加須市向古河と茨城県古河市桜町を結んでおり、武蔵国と常陸国の「二国橋」であるが、初代の橋は現在の橋より上流にあり、下総、下野、武蔵の三つの国に跨っていたので、まさしく「三国橋」であったという。

三国橋西詰から北西に走り、渡良瀬遊水地の中央エントランスへと向かう。
しばらくすると、渡良瀬遊水地が見えて来る。
水量が随分と少ないように見える。

中央エントランスから渡良瀬遊水地に入る。
渡良瀬遊水地は、西橋、東橋、北橋で、南ブロック、谷中ブロック、北ブロックの3ブロックに分けられている。

西橋、東橋を走り、左回りで、谷中ブロック、北ブロックを周遊する。
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北ブロックを眺める。
やはり、水量が少ない。
少ないというよりも水抜きをしているように見える。
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渡良瀬遊水地はラムサール条約登録湿地である。
干潟状態となった遊水地にシギ類などが群れていてもおかしくないのだが、鳥影はダイサギかチュウサギと思しきサギが1羽のみ。

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「前回、ここへ来たとき、上総さんは口笛でウグイスを藪の外へ誘い出していましたね」と南国守さん。
「そう。あれば大成功!それに味をしめ、手賀沼でも口笛ウグイス誘い出し作戦を展開。口笛での鳴き真似を縄張り侵入と勘違いし、藪から外に出て来たウグイスをバッチリ、カメラに収めました」。

遊水地の北側からの眺め。
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前回、来たときには、満水の遊水地で青年らがウィンド・サーフィンを、そして、少年らがカヤックの練習をしていたが、今回はそうした姿はない。
干潮時の有明海状態なので、ボートよりも、ムツゴロウ捕りの潟スキーの練習にもってこいかもしれない。

今日の jitensha 。
ヨシ焼きの跡をバックに。
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ヨシ焼きの焼けた跡は黒々としているが、焼けずに残っている枯れたヨシも随分とある。
黒々と焼けた跡には、近いうちに新芽が吹き出るであろう。
そんな写真も撮ってみたいとも思うのであった。

遊水地をぐるりと一回りし、再び、中央エントランスに。

掲示板を眺める武衛と南国守さん。
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どちらも赤の自転車装束がお似合い。
赤の衣装といえば、還暦の祝いを想像するが、南国守さんは、つい先日、古希を迎え、武衛さんは、もう直ぐ、シックスティ・セブン。
斯く申す小生も、あと20日余で古希である。
老いてから自転車を始めたことなどを縷々綴った伊藤礼翁の自転車三部作、「こぐこぐ自転車」、「自転車ぎこぎこ」、「大東京ぐるぐる自転車」に倣えば、その域に達しつつある。
引き続き、小生なりに「こきこき自転車」を綴っていこうと思っている。

ヨシ焼きのポスター。
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ヨシ焼きの実施日は3月17日、悪天候で中止の場合は3月18日と24日が予備日となっている。
先ほど、ヨシ焼きの黒々とした跡を見たし、予備日の今日24日は特段の入場規制はなかったので、3月17日に終わったのであろう。

前夜、信州在の盟友にしてドラポタ・メンバーの大給守さんから、3月11日に行ったという千曲川河川敷の野焼きの写真が送られて来ていた。

その写真がこれ。
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その返礼(???)として、渡良瀬遊水地のヨシ焼きの様子をポスターからトリミングしてここに掲載しておこう。

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右下に小さく、「第18回 渡良瀬遊水地フォトコンテスト 入選作品『炎の舞い』」と付記されている。
千曲川河川敷の野焼きについてもフォトコンテストをしてはどうかと、大給守さんに提案しておこう。

自然紹介。
掲示板に数々の鳥の写真がある。
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数ある鳥の写真の中で、ツルシギの写真に目を惹かれた。
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「去年の12月、手賀沼でツルシギをカメラに収めました。我孫子野鳥の会のホームページを見たところ、ツルシギは掲載されていないので、手賀沼では初お目見えではないかと思うております」と武衛さんと南国守さんに自慢げに話すのであった。

手賀沼のツルシギは、こちらをポチッ!



渡良瀬遊水地をあとにして最寄駅へと向かう。
JR古河駅なら約5km、東武新古河駅なら約3km、東武柳生駅なら約1km。

前回、こんなことがあった。
東武新古河駅から輪行と思い、同駅へ。
駅前で jitensha を畳もうとしたところ、栃木県内で事故があり、ずっと電車は止まっていたが、つい先ほどから運行が再開されたばかりとのことで、下り電車がようやく新古河駅に到着したところであった。
これじゃ、上り電車が動いても満員であろうから、そんなところへ jitensha を担いで乗ったら他の乗客から顰蹙を受けるだけ。
ということで、JR古河駅へ向かい、JRで帰途に就いたことがあった。

今回は東武を利用しようということで、最も近い柳生駅へ向かった。

柳生駅に到着。
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いつもなら、駅に到着したら先ず時刻表を見るのだが、このときは時刻表を見ずに jitensha を畳むなど輪行準備に入った。

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輪行準備を終え、改札を入ろうとしたところ、上り電車が入って来る気配。
上り電車のホームは跨線橋を渡った向こう側。
階段に足を掛けようとしたときには、上り電車は既に入線。
こりゃ、次の電車しか仕方がないと思ったとき、「乗ります!」との武衛さんの声。
階段を上りながら、車掌さんと武衛さんの目が合い、声を掛けたのである。

電車は待ってくれ、無事、乗車。
上り電車は南栗橋行きであった。
あとで時刻表をみたら、柳生駅でこの電車を逃していたら、33分待ちになっていたところであった。
待って貰って助かった。

東武電車は jitensha にやさしい鉄道会社というイメージは以前から持っていた。
数年前、栃木市駅から北千住まで特急に乗車した。
新幹線なら最後部座席の後ろに荷物置きのスペースがあり、jitensha はそこに置くのだが、東武特急にはそうしたスペースがなかった。
止む無く、空いた席の床に jitensha を置いていたところ、車掌さんが来て、「大丈夫です。この席は予約券を発券しないように指示しておきますから」と嬉しい言葉があった。

今回も乗り遅れそうになった客に対する車掌さんの配慮があった。
発車時刻は定刻から1、2分は遅れたであろう。
柳生駅、新古河駅、栗橋駅の乗降客の皆さんにはご迷惑をお掛けしたが、終着駅/南栗橋駅には定刻で到着。

ポタリング人生の中で、前回は新古河駅が余りよい思い出ではない思い出に残る駅となったが、今回はいい意味で柳生駅が思い出に残る駅となった。

途中、コース変更をしたお陰でほとんど向かい風に悩まされることなく、良きポタリングとなった。

=備忘録=
これまでの古河に関わるポタリングをここで整理しておきたい。
①2014年12月23日
 JR古河駅~古河市内名所旧跡めぐり~JR古河駅
 武衛殿、南国守殿、上総
②2016年3月22日
 JR古河駅~古河桃まつり+渡良瀬遊水地(東区画の一部のみ)~JR古河駅
 上総単独
③2016年4月9日
 東武川間駅~江戸川左岸CR~関宿~境大橋~利根川左岸CR~渡良瀬遊水地~JR古河駅
 南国守殿、上総

このほか、信州の盟友にしてドラポタ・メンバーの大給守殿が、江戸勤番時代に、大口径 ”巨人号”で、江戸川河口近くの屋敷/渡良瀬遊水地往復約200キロミターズ走行(期日、所要時間、失念)というのがあったこともここに書き残しておきたい。

フォト:2018年3月24日
フォト#9:2018年3月11日、大給守殿提供

=追記=
渡良瀬遊水地のあれこれ詳しいことについては、兄弟ブログ「上総守が行く!(二代目)」/「利根川水系三川 菜の花ポタリング/渡良瀬遊水地」の第5話で縷々綴っており、そのブログをここに貼り付けておきたい。

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(完)


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by ryujincho | 2018-03-25 23:34 | 街歩き、村歩き、ポタリング | Comments(4)
2018年 03月 25日

『江戸川・利根川・渡良瀬川CRポタリング/古河城本丸跡』 etw-3

3月24日(土曜)、晴れのち薄曇り。
東武/川間駅から江戸川左岸CRを走り、関宿に到着。
当初の予定では、関宿から、再び、江戸川左岸CRを南下し、矢切か柴又あたりまで走るというプランであったが、コースを変更し、古河へ向かうこととした。

利根川左岸CR、渡良瀬川CRを走り、古河市内に入る。
古河総合公園で開催中の古河桃まつりを見物し、再び、渡良瀬CRを走る。

古河城本丸跡。
今は河川敷の野球場となっているが、嘗ては、渡良瀬川の東岸のこの辺り一帯に古河城の城郭が広がっていた。
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古河公方足利成氏が康正元年(1455)に古河へ移座し、古河城は整備・拡張されていった。
その一応の完成をみたのは、土井利勝が本丸に御三階櫓を造営した寛永12年(1635)のことである。
城郭の規模は南北1800メートル、東西650メートルほどであった。
本丸には御三階櫓・菱櫓・巽櫓・弓櫓・御殿があったが、本丸御殿は江戸中期に取り壊されている。
明治7年(1874)、その威容を誇った古河城は、その前年に発効された廃城令によって取り壊され、建物や門、石垣に至るまで払い下げられた。
そして、明治43年に始まる渡良瀬川河川改修工事によって、立崎郭・頼政郭・二ノ丸・本丸・東帯郭・西帯郭・三ノ丸を失うこととなった。
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古河城三の丸より見たる二階櫓と菱櫓 明治3年(1870年) 武藤松庵撮影。
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古河城範囲推定復元図(原図『古河城跡分布調査報告書Ⅰ』古河市教育委員会)。
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図の右下に「御成門」、「諏訪郭」、「古河歴史博物館」が図示されている。
古河歴史博物館は、古河城の出城である諏訪郭跡である。
古河歴史博物館の前に、鷹見泉石記念館がある。
鷹見泉石記念館は、蘭学者にして古河藩家老であった鷹見泉石の晩年の住居を一部改装した建物である。
鷹見泉石の晩年の住居は、古河城の余材を使って建てたと伝えられている。

これらのことも含め、暫し、古河城範囲推定復元図を眺めながら、2014年の暮れのドラポタ企画で、武衛さん、南国守さん、小生の3人で初めて古河市内をめぐったときのことを語り合うのであった。

話は少し戻るが、サイクリングロード沿いの古河城本丸跡に到着したとき、「古河城本丸跡」と刻まれた石碑と説明板が2年前の4月に南国守さんとここを走ったときの様子と違っていることに気づいた。
2年前は、木柱に「古河城本丸跡」と墨書され、土手に敷かれたパイプの上に説明板が乗せられていたと記憶(2年前のことではあるが、しっかりと覚えている)。
今回は、石碑と説明板が真新しく、それらの台座には、保護用のテープであろうか、まだ、黄色いビニールテープが残っているのである。
石碑の裏をみたところ、「2018年3月18日 古河ライオンズクラブ」の文字が刻まれていた。
出来立てのホヤホヤであったのだ。

2年前の4月の古河城本丸跡の様子は、兄弟ブログ「上総守が行く!(二代目)」/「利根川水系三川 菜の花ポタリング/渡良瀬川の巻」の第4話で縷々綴っているので、それをここに掲載しておこう。

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見てくれは悪いが、2年前の説明板の方が中身が濃い。

渡良瀬遊水地を目指し、走る。

フォト:2018年3月24日

(つづく)

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by ryujincho | 2018-03-25 23:33 | 街歩き、村歩き、ポタリング | Comments(0)
2018年 03月 25日

『江戸川・利根川・渡良瀬川CRポタリング/古河桃まつり』 etw-2

3月24日(土曜)、晴れのち薄曇り。
東武/川間駅から江戸川左岸CRを走り、関宿に到着。
当初の予定では、関宿から、再び、江戸川左岸CRを南下し、矢切か柴又あたりまで走るというプランであったが、コースを変更し、古河へ向かうこととした。

変更コースは次の通り。
関宿
~境大橋、利根川渡河
~利根川左岸CRを北上
~渡良瀬川CR
~古河総合公園/
~渡良瀬川CR
~古河城跡
~渡良瀬遊水地
~最寄駅(東武/新古河駅 or JR古河駅)

このルートは2年前の4月初旬に南国守さんと走ったことのあるコース。
そのとき、利根川・渡良瀬川分岐点あたりで小生の愛馬がパンク。
パンク修理に長けた南国守さんの手を借りてチューブ交換したことを思い出す。

そのときのことを兄弟ブログ「上総守が行く!(二代目)」/「利根川水系三川 菜の花ポタリング/利根川の巻」の第3話で次のように綴っている。

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今回は何のトラブルもなく、2年前のパンク事件の<現場>を通過し、渡良瀬川CRを走る。

右手に気球が見えて来る。
以前、気球に乗せてもらって上空から桃の花見物をしようと張り切って古河の桃まつりに来たが、強風で気球は中止で、残念!ということがあった。
ということで、気球が桃まつりの目印であることを知っていたのであった。

気球を目印に、渡良瀬川CRを外れ、桃まつりが開催されている古河総合公園(古河公方公園)へと向かう。

古河桃まつり。

会場に近づくに連れ、ソース焼きそば、いか焼きの、いい匂いが。
そして、にぎやかな音楽が聞こえて来る。

メイン・ステージ。
キッズらが元気に踊っている。
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「キッズらの踊り、なかなか上手いものですね」。
「最近、学校でダンスが必修科目になっているからでしょうね」。
「ヒップホップもいいけれど、日本舞踊など伝統舞踊も大事にせねば、ですね」。

次は筑西市〇〇小学校の皆さんです、とのアナウンスの声。
古河桃まつりは、古河市内だけでなく、近隣の町も一緒になっての祭りなのである。

池に映る桃の花。
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桃の花は桃色だけとは限らない。
白もあれば朱色もある。
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桃にまじって、コブシの花もがんばっている。
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遭遇布袋劇現代的人形桃林内之図。
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桃の花を愛でながら林の中を散策していたところ、布袋劇(ほていげき、ブータイシー)の人形に遭遇した。
布袋劇は台湾の人形浄瑠璃とでもいうべき人形劇。
布袋劇の人形には、伝統的な人形もあれば、この人形のように現代的な人形もあるという。

古河桃まつりに来たのは今回で二度目。
桃の花は同じなれど、今回は小学校の必修科目であるキッズダンスや布袋劇の現代的人形など新しい空気に触れることが出来た。
同じ場所に来ても、こうした新しい発見があることがまた楽しいのである。

渡良瀬川CRへ戻る。

フォト:2018年3月24日

(つづく)





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by ryujincho | 2018-03-25 23:32 | 街歩き、村歩き、ポタリング | Comments(0)
2018年 03月 25日

『江戸川・利根川・渡良瀬川CRポタリング/関根金次郎ゆかりの地』 etw-1

3月24日(土曜)、晴れのち薄曇り。
久方ぶりの三人ポタ。
ここしばらく、我らの jitensha club ドラポタは、武衛さんと小生の二人ポタが多かったが、この日は1年数ヶ月ぶりに南国守さんも出馬。
朝、9時半、東武/川間駅に集結。

コースは次の通り。
川間駅
~江戸川サイクリングロード(CR)、北上
~東宝珠花/関根金次郎の墓・碑(+いちいのホール内/関根金次郎記念館)
~関宿/花見
~江戸川CR、南下 ※
~利根運河へ
~運河公園/花見
~東深井古墳群
~江戸川CRに戻り、南下
~多分、柴又か矢切あたりでフィニッシュ
~金町駅 or 松戸駅

※印以降はポタリングの途中でコース変更。
詳しくは追って。

川間駅を出発し、江戸川左岸CRを北上する。

右手に、いちいのホール(旧関宿町役場)が見えて来る。
関根金次郎の墓と碑の目印となる建物である。
江戸川左岸CRから外れ、いちいのホールを目指し、一般道を走る。

関根金次郎の墓と碑。


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墓石には「覇王院殿棋道大成大居士」と刻まれている。
関根金次郎は「近代将棋の父」とも呼ばれる棋士。
そうした棋士に相応しい戒名である。
将棋の駒の形をした石碑には「関根金次郎碑 関根金次郎自書」と刻まれている。

関根金次郎の墓と碑は、江戸川CRを走る都度、あの辺りにあるんだろうなあ、一度、立ち寄ってみたいなあと思いつつ、月日が経った。
昨今の将棋ブームの到来もあり、関根金次郎ゆかりの地を訪ねておきたいとの思いが湧き出で、武衛さんと南国守さんにお付き合い戴き、念願が叶った。
墓に参り、碑を眺めながら、幼き頃、辰巳柳太郎と島田正吾の主演(どちらが阪田と関根を演じていたかは記憶の彼方)の新国劇「王将」で、「関根はん、わし、あんたに負けへんで」の台詞があったことが思い出される。
新国劇を舞台で見たことはなく、多分、テレビ中継であったのだろう。

ここで、関根金次郎についてウィキペディアを紐解いてみた。
----------------------------------------
関根金次郎は、1868年4月23日(慶応4年4月1日)、下総国葛飾郡東宝珠花村(後の千葉県東葛飾郡二川村東宝珠花、さらに関宿町、現在の千葉県野田市東宝珠花)の生れ。
東宝珠花村の近くにあった岡田村の寺子屋に通わせられるが、途中、将棋を指してばかりのため、やめさせられてしまう。
次に学校に通わされると、学校では将棋好きの校長先生と指し、村では老人らと指し、一日ごとに強くなる実感を得る。
ついには、あまりの強さに村中で相手がいなくなり、宝珠花小僧の異名で呼ばれるようになった。
学校に行くふりをして弁当持参で遠くの村にも遠征した。
その後、親によって学校に行くのをやめさせられ、奉公に出されるも、将棋を指してばかりで1週間 - 10日ほどで追い出され、奉公先を転々とする。
11歳の春、将棋指しを志して上京。
(中略)
ライバル阪田三吉とは1894年(明治27年)に初手合わせを行い、3度戦って関根の2勝1敗。
最後の対局(1918年(大正7年))までに生涯32局戦い、関根の15勝16敗1分だった。
対戦後期は阪田に対して分が悪くなっていたが、弟子の土居市太郎七段が1917年に阪田を平手で破っていたこともあり、棋界の分裂など紆余曲折もあったが、十二世名人、小野五平の死後の53歳(1921年(大正10年))で、十三世名人の位に就く。
(後略)
-----------------------------------------

いちいのホール内に関根金次郎記念館があるそうだが、これは次回の楽しみとし、江戸川左岸CRに戻る。

今日の jitensha 。

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延々とつづく菜の花。
まさに菜の花街道といってもよい江戸川CRを関宿に向けて走る。
風は穏やか、気温も穏やか。
まさにポタリング日和である。

関宿に到着。
川間駅近くの江戸川CRをスタートしたときの標識は「河口から44.5km」であった。
関宿の標識は「河口から59.5km」であったはずだから、関宿まで15kmと頭の中で計算した。
関宿に到着したが、あるべき場所に「河口から59.5km」の標識はなかった。
その代わりに(???)、利根川の標識である「(河口から)121.0k(m)」をカメラに収めた。
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桜。
都心では、この日、満開の予想なるも、都心から40kmほど離れたこの地では、まだ、一輪、二輪と僅かに開花し始めたばかりであった。

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関宿の桜はまだだし、運河公園の桜も同じような状態であろうと考え、「古河へ行きましょうか。この時期、桃まつりをやっているはずです。渡良瀬遊水地にも行ってみましょう」と小生から提案。
「途中でのコース変更はポタリングの妙。そうしましょう」と武衛さん。

古河は、小生はこれで四度目。
武衛さんは、二度目。
南国守さんは、三度目。

今回の変更コース、川間~関宿~境町~利根川左岸CR~渡良瀬川CR~渡良瀬遊水地~古河は、2年前に南国守さんと小生の二人ポタで走ったコースである。
地図はなくてもバッチリ!である。

今日の jitensha 。
関宿城博物館と蕾が膨らんだ桜と共に。
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利根川に架かる境大橋を渡り、利根川左岸へ。
境大橋へ向かうとき、向かい風を感じる。
当初の江戸川CR南下コースを取っていたら、ずっと向かい風であったかもしれない。
古河へのコース変更は好判断であったようだ。

境大橋を渡りきったところにあるスーパーマーケットで昼弁当をゲット。
ちょうど、12時を知らせるチャイムの音が...。

フォト:2018年3月24日

(つづく)




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by ryujincho | 2018-03-25 23:31 | 街歩き、村歩き、ポタリング | Comments(0)
2018年 03月 14日

『東京駅丸の内駅前広場』


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3月14日(水曜)、晴れ。
丸の内 KITTE 6階屋上庭園から丸の内駅前広場を展望。

2012年10月、東京駅丸の内駅舎の保存・復元工事が完了した後も、丸の内駅前広場は長らく工事中であった。
その丸の内駅前広場の再整備工事も2017年11月に完了。
丸の内 KITTE 6階屋上庭園から丸の内駅前広場を展望したいと思いつづ、年が明けた。
2月半ば、都内で所用があったので、朝一番に丸の内 KITTE に赴いた。
6階屋上庭園へ向かおうとしたところ、KITTE の商業スペースは午前11時オープンとのことで、上階行きのエレベーターもエスカレーターも動いておらず。
所用を済ませ、午後、再び、丸の内 KITTE へ。
勇んで6階屋上庭園へ行ったところ、庭園の整備の都合でJR線路側にしか立ち入れず、駅前広場を横正面近くから眺めることが出来なかった。
で、今回、再び、超広角レンズを携えて、丸の内 KITTE 6階屋上庭園へ赴いたのであった。

ということで、二度、足を運び、念願が叶ったことでもあり、上掲の縦長写真につづき、横長写真もアップしておこう。

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フォト:2018年3月14日



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by ryujincho | 2018-03-14 23:33 | 街歩き、村歩き、ポタリング | Comments(0)
2018年 03月 14日

『信任状捧呈式の儀装馬車に出遭った』

3月14日(水曜)、晴れ。
皇居東御苑を散策。
品川での放談会に向かうべく、東京方面へ歩く。
行幸通りに入ろうとしたところ、おまわりさんから「今から信任状捧呈式を終えた儀装馬車がここを通りますので、ここには入れません」との声。

しばらくすると、皇居から東京駅へ向かう儀装馬車とその一行が走って来た。

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この日は丸の内 KITTE 6階の屋上庭園から丸の内駅前広場の風景を撮ろうと思い、超広角レンズだけを携行していたので、儀装馬車一行を間近に捉えることが出来なかった。

ということで、トリミング拡大図をここに掲載しておこう。

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この日は、アイスランドとバーレーンの駐日大使の信任状捧呈式が行われたとのことである。

信任状捧呈式について、宮内庁のホームページに次の通り記されている。
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信任状捧呈式の馬車列の運行予定について
信任状捧呈式の馬車列の運行予定につきましては,適宜お知らせいたします。
※ 馬車列をご覧になる際には,以下の事項についてご協力をお願いいたします。
① 歩道での滞留は他の歩行者のご迷惑となりますので,ご遠慮いただき,皇居外苑(二重橋前付近等)においてご覧ください。
② 静粛を保ち,馬車列の運行の妨げや他の通行の迷惑にならないようご配慮をお願いします。
特に,フラッシュ撮影や馬車と併走するなどの『馬を驚かせる行為』はおやめいただき,安全な馬車列の運行にご協力をお願いいたします。
(参考)信任状捧呈式馬車列経路
(往路)東京駅→行幸通り・和田倉門交差点(直進)→皇居外苑→皇居正門→宮殿南車寄
(復路)宮殿南車寄→皇居正門→皇居外苑→和田倉門交差点(直進)・行幸通り→東京駅
※なお,当日,荒天等の場合には,馬車列から自動車列に変更になることがあります。
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儀装馬車について
儀装馬車は,皇室の重要な儀式を行う際に使用される美しく飾られた馬車です。
儀装馬車には1号から4号まであり,そのほとんどが明治の終わりから昭和の初めに製造されたもので,美術品的価値も有しています。
儀装馬車4号は,外国からの特命全権大使が新任に当たって,天皇陛下に信任状を捧呈する儀式(信任状捧呈式)の際,大使の送迎に使用しています。
新任大使の送迎に馬車を使用している国は,世界的に見ても英国やスペインなど数か国ですが,我が国の場合,自動車より馬車を希望する大使が多く,国際親善の実を挙げています。
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現在使用している儀装馬車4号の概要
大正2年,国内において製造。
船底型割幌(ふなぞこがたわりほろ),漆塗で車体の胴は海老茶色,重量1,098㎏,全長4.51m,幅1.90m,高さ2.24m,2頭曳の座馭式(ざぎよしき),4人乗りの馬車です。
車体の胴両側に金高蒔絵の御紋章があります。
昭和60年の文仁親王成年式などの儀式にも使用されました。
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信任状捧呈式に儀装馬車が使われるということはおぼろげには知っていたが、実際にこの目で見たのは初めてのことだった。
格式というものは素晴らしいことだと思う。

フォト:2018年3月14日



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by ryujincho | 2018-03-14 23:32 | 街歩き、村歩き、ポタリング | Comments(0)
2018年 03月 14日

『松の大廊下跡』

3月14日(水曜)、晴れ。
11時半から品川で大放談会。
3月14日でもあるので、品川へ向かう前に皇居東御苑/松の大廊下跡へ。

平川門から東御苑へ。

梅林坂。
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この梅林坂の梅はいつも手入れが行き届いていて気持ちがよい。

天守台。
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久方ぶりに、石垣の裾に刻まれた几号水準点を眺めた。

松の大廊下跡。
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これまで幾度も「赤穂浪士討入凱旋の旅」でこの地を訪ねている。
その都度、この説明板を見ているが、英語版を読み下したことはない。
ということで、ここで、英語版を読み下しておこう。
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The Site of Matsu-no-o-roka
Here is the site of the Matsu-no-o-roka, one ot the longest and widest
corridors of the Tokugawa Shogun's Edo Castle palace, where in 1701
a daimyou(feudal lord) called Asano Takumi-no-kami abruptly attacked
Kira Kozuke-no-suke, a high ranking expart in ceremonies in the
Tokugawa Shogunate. While Kira escaped with slight injuries, Asano
was ordered by the Shogunate to commit honourable suicide on the
same day. The incident became the prologue to the story of the 47
ronins (former subjects of Asano), who, in the following year, would
accomplish their master's wish to kill Kira. A famous story which
has been recreateed in various forms, such as Bunraku (puppertry),
Kabuki, nobels and TV dramas, for centuries.
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追手門を抜け、東京駅方面へと向かう。

フォト:2018年3月14日



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by ryujincho | 2018-03-14 23:31 | 街歩き、村歩き、ポタリング | Comments(0)