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龍人鳥の徒然フォト日記

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2018年 10月 23日

『壱岐島・筑後川流域古墳めぐり/五日日、八女古墳群/弘化谷古墳』 kk-32

10月20日(土)、晴れ。

この日のプランは、八女古墳群探訪+アルファ。
九大本線筑紫吉井駅発、久留米経由、鹿児島本線西牟田駅で下車。
先ず、八女古墳群のうち、西側に位置する「石人山古墳(せきじんやまこふん)」、「弘化谷古墳(こうかだにこふん)」と、隣接の「広川町古墳公園資料館」から。

石人山古墳を探訪。
続いて、弘化谷古墳へ。

石人山古墳の南側を東へ進み、坂を上る。
坂を上り切ると小さな公園と駐車場になっている。
公園から先ほど探訪した石人山古墳を眺める。
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駐車場の先に、よく整備された墳丘が見える。
木々が生い茂った、こんもりとした墳丘も好きだが、草が刈られ、よく整備された墳丘も好きだ。
要は、どちらも好き!ということなのだが...。
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駐車場の入り口に立つ石標。
「石人山 弘化谷古墳公園」と刻まれている。
足の便からして、当地に来るときは四輪に乗って来るというのが一般的であろう。
ということで、ここに駐車場が設けられ、石人山古墳と弘化谷古墳、ふたつの古墳めぐりは、ここからのスタートするのが一般的なのだろう。
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弘化谷古墳。
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磁石を取り出し、方位を確認。
横穴式石室の開口部は西南西。
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説明板に目を通す。
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国指定史跡 八女古墳群
弘化谷古墳(こうかだにこふん)
昭和52年7月19日指定
広川町教育委員会

1.所在地 福岡県八女郡広川町大字広川字弘化谷
2.築造年代 6世紀中頃(古墳時代後期)

3.外形 
高さ約7m、直径約39mに復原される2段築成の円墳。
濠と周堤を含めた外径は約55mとみられ、当地方では最大である。

4.石室
西南西に開口する横穴式石室で、昭和45年3月に果樹園造成工事中に発見されたため、大破したが、単室と推定される。
割石を積み上げた石室の正面に、県内では珍しい肥後系の石屋形を設置しているのが大きな特色である。
石室は、現存、長さ約4.5m、最大幅4.1m、高さ3.6m。

5.出土品
盗掘を受けているため、イアリング・管玉、やじり、土器など、副葬品の一部が乗っていたに過ぎない。
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6.壁画
石屋形の奥壁、両側壁・天井石の内面と全面小口の計7面に、赤・緑・黄の3色で、三角形文・双脚輪状文・円文・矢筒(靫、ゆき)などを描き、上段の7個の靫だけは輪郭を線刻する。
なお、双脚輪状文は、桂川町・王塚古墳など全国でも4例しかない、極めて珍しい文様だが、意味は不明。
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説明書きでは「双脚輪状文は、桂川町・王塚古墳など全国でも4例しかない、極めて珍しい文様だが、意味は不明。双脚輪状文」とある。
今年4月、桂川町/王塚古墳を訪ねた際、隣接の王塚装飾古墳館で、壁画の文様について、いろいろとベンキョー。
双脚輪状文についてもベンキョーした。
双脚輪状文の意味は不明ながら、団扇に長い柄をつけて貴人にかざす翳(さしば)をかたどったものではないかとの説もあるとのことであった。

今回、石室の中を見学することは叶わなかったが、後ほど、立ち寄った「広川町古墳公園資料館」で弘化谷古墳石屋形の複製を見学し、詳細をベンキョーした。
それについては、続編にて。

弘化谷古墳を見分する。
6時方向から3時方向に円墳を眺める。
周濠と周堤が見事に復元されている。
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南側の周堤下からの眺め。
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周堤を6時方向から3時方向に歩く。
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3時方向の辺りに墳丘に上る石段が設けられている。
石段を上る。
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北西側を眺める。
先ほど、探訪した石人山古墳の<こんもり>が見える。
手前の広場は、先ほど、通って来た、小さな公園と駐車場。
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北側を眺める。
先ほどの石人山古墳と同様に、北側が開けている。
彼方に見える山並みは、脊振山地。
その南麓にある吉野ヶ里遺跡が頭に思い浮かぶ。
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念のため、磁石を地面に置いて方位を確認。
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墳頂の北縁近くに立つ。
周濠(灰色)と周堤(薄茶色)が見て取れる。
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東側は森となっている(写真はなし)。

南側に目を遣る。
墳丘のすぐ近くを一般道が通っている。
この一般道が、今朝方、西牟田駅からこちら方面へ走って来た際に通り過ぎた県道86号線であることを後ほど知ることになる。
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墳頂に上れ、大満足。
石段を下る。
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先ほど、墳頂から眺めた南側の一般道に出てみる。
何と、西牟田駅からこちらへ向かう際に通り過ぎていたことに気付く。
前方ばかりに集中していたからであろうか、墳丘は目に入らなかった。
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来た道を戻る。
古墳の北側の公園を通り過ぎようとしたとき、先ほど、墳頂から眺めたときには気づかなかったものが目に入った。
遥か彼方に、白い仏像らしきものが見える。
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ズームアップし、確認。
観音像である。
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更にアップ!
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脊振山地の山並みを背景にした、真っ白な観音像。
この観音像は?と調べてみた。
大本山成田山新勝寺の久留米分院、高さ62mの、大慈母観音像であった。
この日、10月20日は亡き母の誕生日。
これも何かの縁であろう。

弘化谷古墳脇の駐車場、小さな公園、坂道、石人山古墳の南側の畑地・空き地、石人山古墳のくびれ部付近から、クモの巣だらけの遊歩道を進み、石段二つを下り、jitensha を止めた場所に戻る。

石人山古墳の北側にある「広川町古墳公園資料館」へ向かう。

フォト:2018年10月20日

(つづく)





by ryujincho | 2018-10-23 23:32 | 秋の九州史跡めぐり 2018 | Comments(0)


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