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龍人鳥の徒然フォト日記

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2018年 10月 23日

『壱岐島・筑後川流域古墳めぐり/四日日、筑紫野市/五郎山古墳(中)』 kk-28

10月19日(金)、雨、晴れ、雨、晴れ。
朝、壱岐島を出発、九州郵船ジェットフォイルとJR鹿児島本線を利用して、博多経由、筑紫野市原田の五郎丸古墳へ。

原田の読みは、「はらだ」ではなく、「はるだ」。
九州では「原」のつく地名は「はる」と呼んでおけば、先ず、間違いはない。

五郎丸古墳。
先ず、古墳館で、石室の壁画を事前ベンキョー。
館内に設けられた石室(レプリカ)に入り、石室内の様子を事前ベンキョー。
つづいて、古墳と実際の石室内見学へ。

古墳館は丘の南西角にある。
南側からぐろっと回って、古墳がある丘の上へと向かう。

丘の上は公園となっている。
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「県内文化財一斉公開 ふくおか歴史 彩 発見」と染め抜かれた幟旗。
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五郎山古墳の墳丘全貌と石室入口(南西側)。
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石室入口の掲示された貼り紙。
「石室公開 10月20日(土)9:00~16:00」。
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今年4月、遠賀川流域の古墳をめぐった。
遠賀川流域の古墳は、春と秋に一般公開を行っており、春の部を狙っての探訪であった。
五郎丸古墳は遠賀川流域からも筑後川流域からも離れているが、筑後川流域古墳の一般公開(今年は10月20日)に合わせて行っているようである。
五郎丸古墳の石室の一般公開は10月20日であるが、我らは一般公開とは別に事前予約をしていたので、この日(公開日の前日)の見学と相成った次第である。

石室内を見学する。
石室内は撮影禁止(先刻、古墳館でレプリカの石室に入り、数多の装飾壁画をカメラに収め済み)。

墳丘を裾下から眺める。
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墳丘の西側の裾からずっと下がると「学びに場」と名付けられた区画となっている。
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説明書きに目を通す。
リーフレットや古墳館の展示資料で目を通している内容とほぼ同じだが、現場で古墳を前にして目を通す説明書きはまた格別である。

左/説明文。
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五郎山古墳
五郎山古墳は、古墳時代にこの地方を治めた豪族の墓で、昭和22年(1947)年に地元の人によって発見されました。
すでに盗掘を受けていましたが、石室にたくさんの壁画が描かれているなどから、昭和24(1949)年に国の指定を受けました。
古墳は、6世紀の中頃(約1400年前)に築かれた円墳で、直径約32m、高さは約7mあります。
古墳の周りには周溝と呼ばれる浅い溝が巡っています。
墳丘の中には、全長約11mの横穴式石室があり、壁面には「馬にまたがった人」「祈りを捧げる人」「弓を引く人」などの人物画や、被葬者の冥福を祈るための「鳥」、「船」、魂を守護したといわれる「靭」「弓」など、当時の人々の生活や考え方を知ることのできる貴重な絵が「赤」「黒」「緑」の3色を使って描かれています。
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戦後、間もない頃にも拘らず、文化財の保護活動がなされている、各地でこうしたことを目にし、感慨に更けるのである。

右/五郎山古墳奥壁に描かれた色彩画。
随分と汚れている。
資料とはいえ、折角の装飾壁画であり、もう少しきちっと管理して貰いたいものである。
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更に斜面を下ると、墳丘断面模型と共に4種の説明が添えられている。
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石室内部断面模型。
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五郎山古墳の形。
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五郎山古墳は、径約32mの円墳です。
墳丘は、上下二段に築かれており、幅約1.5m~2.3mのテラス(平坦面)が巡っています。
これは、高く築いた古墳の斜面が崩れないようにするための工夫です。
古墳の廻りには幅約2m、深さ約0.3mの「周溝」と呼ばれる浅い溝が巡っています。
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五郎山古墳 平面図。
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五郎山古墳 墳丘断面図。
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築造方法。
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築造方法
現存している墳丘は高さ約6mで、1段目までは元の丘陵と削って形を整えた(地形整形)ものです。
2段目からは、土を薄く突き固め、層を重ねて盛る「版築技法」で築かれています。
確認調査の結果、墳丘が崩れて低くなっていることがわかったので、整備にあたり、築造当時の高さ(約7m)まで復元しました。
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古墳探訪を始めたばかりの頃は、古墳は版築方法で築造されたものと思い込んでいたが、各地の古墳をめぐるに連れ、地形整形の古墳があることを知った。
五郎山古墳は、丘陵全体の地形から見て、地形整形であることがよく分かる。

墳丘の周囲をぐるっと回り、二段築、テラス(平坦面)、周溝跡を実地見分する。
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本ブログを綴りながら、今一度、前掲写真と断面図を見比べてみる。
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実地見分、拡大写真。
手前の黒い部分はアスファルト舗装の遊歩道。
その奥の、ざらざらした黒い個所は周溝跡の復元。
そして、2段築の墳丘(薄茶色の個所はテラス)。

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五郎山公園案内図。
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この図は方位は北が右となっている。
上を北にするよう、90度、左回転した図がこちらの図。
こちらの方が頭の中で方位を<変換>しなくて済む。
即ち、古墳館は丘の南西角(左下角)、五郎山古墳は丘陵部の南側(下端)に位置し、石室開口部は南西側である。
この案内図には、石室開口部の方角もしっかりと読み取れるよう描かれている。
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木々が開けている東側から、多分、あの辺りが大宰府であろうと想像しながら遠望する。

丘を下り、古墳館に戻る。

フォト:2018年10月19日

(つづく)


by ryujincho | 2018-10-23 23:28 | 秋の九州史跡めぐり 2018 | Comments(0)


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