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龍人鳥の徒然フォト日記

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2018年 10月 23日

『壱岐島・筑後川流域古墳めぐり/三日日、壱岐島内探訪(11)原の辻遺跡』 kk-23

10月18日(木)、晴れ。
壱岐島南東部方面、探訪。
壱岐市立一支博物館、そして、原の辻遺跡ガイダンス施設で、事前ベンキョーをした後、原の辻遺跡を実地見分するため、原の辻一支国王都復元公園へと向かう。

原の辻遺跡。
船着き場跡。
原の辻ガイダンス施設を出たところで、受付嬢に船着き場跡の場所を教えて貰った。
「ずーっと先に、赤と白のポールがありますでしょう。そこが船着き場跡です」と指差す彼方に目を凝らす。
「うん、見えました!」。
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筆者は前掲の写真でポールが視認出来る。
しかし、ぱっと見た限りでは、何が何だか分からない。
よって、分かり易いように、トリミングしたのがこれ。
手前の白いキャンバス状の右、4分の1あたりの奥に彼方の森の緑と少し重なって白い縦線が見えるが、如何だろうか。
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この目で視認したのち、超ズームアップで、紅白に塗り分けられたポールを捉えたのがこれ。
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時間の都合上、船着き場跡には立ち寄らす、環濠集落へ向かう。

環濠。
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説明板に目を通す。
説明書きのアクリル板に映った二つの姿は武衛さんと筆者である(霊ではありません。念の為)。
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環濠
原の辻遺跡は、丘陵の周りに何重にも溝(環濠)を巡らせています。
また、湧き水を溜めた水汲み場や土器捨て場なども見つかっており、外敵や動物の侵入を防ぐだけでなく、生活の場としても使われていたようです。
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道路上遺構。
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土器溜り。
ガラスの覆屋となっている。
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説明板に目を通す。
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土器溜り
一般の土器や石器などとともに、まつりに使われてた土器がこの辺りにまとめて捨てられていました。
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ガラス越しに、中を覗いてみる。
ガラスに空が映り込み、よく見えない。
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ガラスに目を近づけて、中を覗く。
底に土器の破片らしきものが見える。
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前方に物見櫓が見える。
更に先へ進む。
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物見櫓近くから中心域に入る。
現地で入手したパンフレット「原の辻一支国王都復元公園」(壱岐市教育委員会)の図を参照すると、中心域は次の通りである。
中心域は;
■物見櫓、番小屋、交易司の家、使節団の宿舎、譯の家(「譯(やく)」とは通訳のこと)などの区画
■交易の倉の区画
■長老の家、集会所などの区画
■迎賓の建物、使節団の倉、従者の宿舎などの区画
■王の館の区画
■主祭殿、脇殿、祭器・儀器の倉、食材の倉などの区画
■穀倉の区画
などに区分されている。

これらの建物のうちの幾つかを写真と共に紹介しておこう。

物見櫓(見張り台)と番小屋。
左に少し屋根の見えている建物は使節団の宿舎。
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角度を変えて、物見櫓と番小屋。
左奥に見える建物は交易司の家。
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物見櫓(見張り台)
集落の外の動きを見張る建物。
音(鳴り物など)で危険を知らせます。
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穀倉。
右手奥にみえるのは物見櫓と番小屋。
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角度を変えて。
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穀倉
収穫された米や麦などを入れる倉。
中心域の人々の暮らしに使う。
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高床式構造をアップで。
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鼠返し盤を見るたびに、古代人の知恵に感心するのである。
更に申せば、造船に携わっていた者として、ラットガード(鼠除け、鼠返し。自船から張り出している係留索に取り付けてネズミが索を伝って船内に入って来るのを防止するための漏斗型・傘型のブリキ製金具)を思い出すのである。

「祭りや儀式の場」の区画に入る。
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祭りや儀式の場
主祭殿や脇殿のほか、祭りや儀式を行うための倉庫があります。
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後の時代の神社の鰹木や千木を思わせる屋根に鳥が止まっている。
作り物の鳥かと思いきや、本物であった。
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鳥が止まっているのは建物の裏側。
表側に回ってみる。

建物に貼られたプレート。
「主祭殿 祭りや儀式を行うための中心建物。一支国の王が神を祀るための建物」とある。
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主祭殿、全景。
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少し角度を変えて。
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先ほどの屋根の止まっていた鳥は逆光気味であったので、順光でもう一度。
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神代の、神々しい鳥のように見える。
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食材の倉。
奥の建物は祭器・儀器の倉。
右手に柱の上に鳥の模型が置かれた門が見える。
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食材の倉
祭りや儀式に備える食膳の食材を納める倉。
特に選りすぐった収穫物や酒などを置く。
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祭器・儀器の倉
嘗めの祭りなどクニのまつりの儀式で使用する器や衣、装飾品・楽器・供物の調理に使う調理具などの道具類を収納する倉。
(パンフレットより)
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柱の上に鳥の模型が置かれた門から外に出てみる。
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門の外から、食材の倉と祭器・儀器の倉を眺める。
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門の柱の上に設えられた鳥の模型をアップで。
今年4月、吉野ヶ里遺跡を訪ねた際も門の柱の上に置かれた鳥の模型を見た。
鳥の模型が置かれた門は、鳥居の原型という説もある。
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王の館。
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何故、王の館が門の外にあるのだろうと思ったが、この門は居住域へ入る門ではなく、祭儀場の門と考えれば納得がいく。
パンフレットのページを繰ってみたところ、「祭儀場は周囲を生垣で囲み、出入口には鳥形をのせた門柱が建ててあります」とあり、十分に納得。

周溝状遺構。
(北から南に向かって)
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周溝状遺構
周りを溝で囲んだ場所は、重要な儀式が行われたところと考えられています。
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説明板から右手(西)に目を移す。
周りを溝で囲まれた矩形がくっきりと。

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南側から眺める。
北に祭儀場の生垣、そして、その向こうに主祭殿の屋根が見える。
右手奥に、物見櫓の屋根、そして、その彼方の丘の上に一支国博物館の白い建物も微かに見える。
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西に目を遣る。
右に主祭殿、左に王の館が見える。
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周溝状遺構に関するパンフレットでの解説は次の通り。
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周溝状遺構
祭儀場の南側に、周囲を溝で取り囲んだ場所があります。
溝の中からは鉄剣や鉄鎌などが見つかっています。
何らかの儀式が執り行われたものと考えられています。
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再び、祭儀場を抜け、居住域の真ん中辺りを広場を歩く。
右手/穀倉、左手/物見櫓と番小屋。
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広場を回り込むと、北側、奥に集会所と長老の家、そして、その手前の右手に交易の倉。
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時計を見る。
午後2時10分。
次の探訪地が控えていることでもあり、原の辻遺跡の見学はここまでとする。

道路上遺構を北へ向け走り、一般道へ向かう。
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前方の丘の上に一支国博物館の白い建物が見える。
ズームアップ!
ビューシアターのカーテンは閉まっている。
これが開くと前方に、今、我々がいる場所、目印は物見櫓が遠望されるのである。
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今年は、4月に吉野ヶ里遺跡、そして、今回の原の辻遺跡と、弥生時代を代表する大きな遺跡をふたつも見学する機会を得た。

前第22話で触れた通り、弥生時代の遺跡で国の特別史跡は;
・登呂遺跡(静岡県)
・吉野ヶ里遺跡(佐賀県)
・原の辻遺跡(長崎県)の三ヶ所である。
残るは、最も早く国の特別史跡に指定された登呂遺跡(1952年指定)だけ。
早いうちに訪ねておかねばなるまい。
これら三つの遺跡を制覇した暁には、<比較論>を綴らねばならないだろう。

次の探訪地は、興神社と壱岐総社神社。
原の辻遺跡から一般道を北西に向け、走る。

フォト:2018年10月18日

(つづく)


by ryujincho | 2018-10-23 23:23 | 秋の九州史跡めぐり 2018 | Comments(0)


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