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龍人鳥の徒然フォト日記

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2018年 10月 23日

『壱岐島・筑後川流域古墳めぐり/三日日、壱岐島内探訪(5)壱岐市立一支国博物館(Ⅱ)』 kk-17

10月18日(木)、晴れ。
壱岐島南東部方面、探訪。

壱岐市立一支博物館。
上階で、ビューシアター、そして、「魏志倭人伝」のコーナーを見学。
そのあと、展示室へと移る。

何処の博物館、資料館においても、展示で興味があるのは、古墳時代のものと国府跡・国分寺跡・国分尼寺跡である。
それに比べれば、弥生時代は、弥生時代には申し訳ないことだが、興味の度合いは低い(当博物館は、弥生時代の環濠集落、原の辻遺跡がメインではあるが)。
更に、縄文時代は、土器・土偶を見学するのは好きだが、時代が長く、ベンキョーすることが多過ぎるので、深入りはしていない。
旧石器時代も同様である。

展示室はスロープの両側に数々の展示がなされており、階段を下りることなく、下の階へ行けるつくりとなっている。

展示を見ながら気づいたのだが、時代が逆行している。
即ち、壱岐国分寺跡の出土品に関する展示の次に、古墳時代の出土品の展示が続き、そして、弥生時代となっているのである。
これは冒頭、「先ず、上階へ行ってください」との案内があり、ビューシアターを見せたいがためで、その流れで展示は上階から見ることになり、時代が逆行してしまうのである。
本来は、下の階の古い時代から上階の新しい時代へと進み、最後にビューシアターに至るように見学させるべきなのである。

文句を垂れるのはこのくらいにして、本ブログでは、時代順+興味深いもの順、即ち、古墳時代、国分寺跡、そして、弥生時代の順で綴ることとしたい。

古墳時代。
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「壱岐を治めていた人が眠るお墓」。
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壱岐を治めていた人が眠るお墓
島の中央部に長崎県最大の前方後円墳である双六古墳をはじめ、大きな古墳が作られています。
これらの古墳は当時の壱岐を治めていた首長のお墓と考えられています。
古墳の石室の中からは、埋葬された首長が生前に使っていたもの、金銅製の馬具や大刀などの権力を象徴するもの、トンボ玉や銀製空玉(うつろだま)などの装飾品が見つかっています。
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壱岐の首長の古墳からわかること
挑戦・新羅で使われていた土器、中国・北斉製の二採陶器やトンボ玉など東アジア諸国との交流によって入手したものをたくさん持っているのが特徴です。
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壱岐の首長のお墓 国史跡「壱岐古墳群」。
双六古墳 笹塚古墳
兵瀬古墳 掛木古墳
鬼の窟古墳 対馬塚古墳
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左/国重要文化財「金銅製雲珠」(八方に広がる固定金具)/国史跡 笹塚古墳 出土
右/国重要文化財「金銅製宝珠貝飾付辻金具」(イモガイをあしらった固定金具)/国史跡 笹塚古墳 出土
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左/国重要文化財「金銅製パルメット文飾金具」(パルメット文様の起源はエジプトにあり)/国史跡 笹塚古墳 出土
右/国重要文化財「金銅製亀形飾金具」(国内唯一の亀を模した馬具飾り)/国史跡 笹塚古墳 出土
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国内唯一の、金銅製亀形飾金具。
前日、壱岐風土記の丘古墳館のパネル写真でこの金銅製亀形飾金具を見たとき、是非、実物を見たいと思った。
ここで実物に出会うことが出来、大満足!
ということで、今一度、アップで。
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出土土器。
左/国重要文化財 新羅土器 蓋破片(新羅国と笹塚古墳に眠る有料者との友好の証)/国史跡 笹塚古墳
右/国重要文化財 新羅土器 短頸壺と壺蓋(新羅国と双六古墳に眠る有料者との友好の証)/国史跡 双六古墳
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「壱岐の有力者が眠るお墓」。
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壱岐の有力者が眠るお墓
壱岐を治めていた首長が眠る大きな古墳は島の中央部につくられていて、その大きな古墳を取り囲むように、ひと回り、小さな古墳がたくさんつくられています。
一つの場所に数基から数十基が集まってつくられていることから「群衆墳」と呼ばれています。
これらの古墳の首長の一族や首長に仕えた有力者がつくったお墓と考えられます。
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壱岐の有力者のお墓。
百田頭古墳群 百合畑古墳群
釜蓋古墳群 釜蓋古墳出土遺物
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「壱岐の海人が眠るお墓」。
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壱岐の海人が眠るお墓
壱岐島には長崎県に存在する古墳の約6割にあたる280基ほどの古墳があります。
島の各地に壱岐の海人がつくった古墳が点在しています。
壱岐の海人がつくった古墳の中には、石室の壁に船やクジラなどの絵を細い線で彫り込んだ線刻画が描かれているものもあります。
クジラを捕獲する様子を描いた線刻画は、埋葬された人物が生前、海で活躍したことを物語っています。
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(パネル/央)
上段、左/壱岐の海人の古墳からわかること
上段/右/石室に描かれた線刻画
下段/壱岐の海人が眠るお墓
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壱岐の古墳からわかること
壱岐の海人は金銅製品などの副葬品は少ないものの、石室の壁に線刻画を描いて自分の存在を後世に残しているのが特徴です。
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石室に描かれた線刻画
(本ブログ、第6話、壱岐風土記の丘古墳館の巻で「鬼屋窪古墳/捕鯨の様子を描いた線刻画。左下に、大小、2頭の鯨が見て取れる」のキャプション付きで拡大図を掲載済み)
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海人が眠るお墓
大塚山古墳 カジヤバ古墳
鬼屋窪古墳 松尾古墳
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大原天神の森古墳模型(前方後円墳)
長崎県壱岐市郷ノ浦大原触
縮尺 1:50
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島内各地の山や森の中にはたくさんの古墳が残っています。
これらの古墳の多くはまだ発掘調査が行われていません。
こえらの古墳は壱岐の古墳時代の歴史を解明する上で貴重なものばかりです。
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壱岐島内古墳出土品。
左/須恵器 小形平瓶/壱岐島内古墳 古墳時代 今から1700年前~1300年前
央/須恵器 小形横便/壱岐島内古墳 古墳時代 今から1700年前~1300年前
右/須恵器 宝珠付坏蓋/壱岐島内古墳 古墳時代 今から1700年前~1300年前
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妙泉古墳出土品、当田古墳出土品。
左/須恵器 はそう/妙泉寺古墳 古墳時代 今から1700年前~1300年前
央/須恵器 坏/当田古墳 古墳時代 今から1700年前~1300年前
右/須恵器 坏/当田古墳 古墳時代 今から1700年前~1300年前
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「国内唯一の亀を模した馬具飾り」。
パネルと馬の模型で解説。
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国内唯一
金銅製亀形飾金具
馬の額の部分に取り付けて使用する金具。
四方に広がる手脚には鋲が打たれており、紐で固定することができる作りになっているのが特徴。
長寿の生き物として知られる亀を模すことで、持ち主自身が長生きしたいという気持ちが込められていたものと思われます。
ミュージアムショップにてマグネット販売中。
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「ミュージアムショップにてマグネット販売中」の記述は、商魂逞しく、素晴らしい!

先ほど、実物をアップで撮ったが、こちらの方が鮮明。
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取り付け方。
まことに分かり易い説明である。
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下段パネルに、馬の模型に関し、次のように記されている。
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現在も対馬に実在する対州馬(たいしゅうば)をモデルに再現しました
対馬の中でも数少ない貴重な馬、対州馬!
大きさも実寸大でつくられている
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馬の話が出た。
これまでに、馬の伝来や古代牧での馬の生産などについていろいろベンキョーした。
馬の伝来には諸説あり、それを綴り出すと長々となるので、ここでは割愛する。
現存する小型在来馬は、前述の対州馬も含め、次の8種となっている。
・北海道和種(北海道、俗称:道産子)
・木曽馬(長野県木曽地方)
・野間馬(愛媛県今治市野間)
・対州馬(長崎県対馬)
・御崎馬(宮崎県都井岬)
・トカラ馬(鹿児島県トカラ列島)
・宮古馬(沖縄県宮古島)
・与那国馬 (沖縄県与那国島)
中・大型在来馬(南部馬など)の純血種は絶滅している。

ガラス床の下に、石室の床面が再現されている。
金銅製装飾金具が手前、左角に見える。

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金銅製装飾金具をアップで。
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時代は変わり、次は、壱岐国分寺跡のコーナーへ。

フォト:2018年10月18日

(つづく)




by ryujincho | 2018-10-23 23:17 | 秋の九州史跡めぐり 2018 | Comments(0)


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