龍人鳥の徒然フォト日記

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2018年 05月 27日

『野毛古墳群・田園調布古墳群・等々力渓谷横穴群めぐり/九品仏』 tk-6

5月26日(土曜)、晴れ。
史跡めぐりの相棒、武衛さんと古墳めぐりに出掛けた。

先ず、本日のメイン・イベント、野毛大塚古墳を探訪。
続いて、等々力渓谷3号墳を探訪。
等々力渓谷を経て、等々力不動尊を参拝。
そして、御岳山古墳、狐塚古墳、八幡塚古墳を探訪。

八幡塚古墳の探訪を終えたところで、ちょうど、昼餉時となった。
九品仏方面で昼餉を摂ることにし、環状8号線に出て、東へ走る。
玉川浄水場交差点を左折し、九品仏駅方面へ行こうとしたそのとき、交差点の角で、懐かしく、且つ、面白いもの(と言っては失礼になるかもしれないが)が目に入った。
連れの武衛さんに思わず、「あれを!」と交差点向かいのビルのガラス窓を指差したのであった。

小口整形外科。
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何故、懐かしく、且つ、面白いもの(と言っては失礼になるかもしれないが)なのかについて、説明しておかねばならないだろう。
jitensha を始めた頃、あるいは、それ以前から、面白い看板をコレクションしていた。
尾仲内科(内科で「おなか」)、越後貫歯科(越後貫の読みは「おごぬき」、アゴが抜かれそう)、荒井歯科(荒い歯科は困るが、洗いはクリーニング、歯磨きに通じるから良し!)、荒井皮膚科(粗い皮膚を想像)、奈良歯科(奈良の鹿を想像)、ひら歯科(ヘラジカを想像)などなど。
越後貫歯科に関わるブログを綴った際、越後貫さんから書き込みを頂戴したこともあった。

そうした中、2012年1月の世田谷ポタリングで、浄真寺(九品仏)を参拝し、駒沢方面へ向かう途中、奥沢7丁目の通りで「小口整形外科」と書かれた電柱の巻き看板を見た。
そのときのことをマイ・ブログに「浄真寺から駒沢オリンピック公園方面に向う。電柱の"巻き看板"を眺めながら走るのも、ポタリングの楽しみのひとつである。面白い看板を見つけた」とのキャプション付きで「小口整形外科」と「おか歯科」の電柱巻き看板の写真をアップ。
「小口整形外科」は大きな口をおちょぼ口に整形を想像、「おか歯科」は博多弁のようで面白いと思ったのであった。

なお、以前、マイ・ブログでこうしたことを綴ったとき、「医学は尊いもの、笑っちゃいけませんね」との言葉を添えており、この気持ちは今も変わりはない。

2012年当時の電柱巻き看板「小口整形外科」(アーカイブより)。
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環状8号線から北へ入る。
奥沢6丁目の通りの蕎麦屋で昼餉を摂り、九品仏へ向かう。

九品仏に到着。
2012年の世田谷ポタリングの際に参拝して以来、6年ぶりである。
6年前、等々力不動尊は境内に入らず、山門からの参拝であったが、九品仏では総門をくぐり、境内に入り、しっかりとお参りした。
ここが都内なの?と思わせる風情で、都内の寺院の中で最もお気に入りの寺となったのである。

「九品佛浄眞寺總門」。
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由来。
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当山はひろく「九品仏(くほんぶつ)」の名で親しまれているが、正式には「九品山唯在念仏院淨眞寺(くほんざんゆいざいねんぶつじょうしんじ)」、浄土宗に属し、境内約12万㎡(3万6千坪)は往古の面影を保存する都内有数の寺である。
開山は江戸時代初期の高僧「珂碩(かせき)上人」で、四代将軍徳川家綱公の時、延宝6年(1678)に、奥沢城跡であったこの地を賜り、浄土宗所依の経典である観無量寿経(かんむりょうじゅきょう)の説相によって堂塔を配置し、この寺を創建された。
「江戸名所図絵」に描かれている堂塔の配置と現状とはほとんど変わりはないが、昭和40年に本堂・仁王門とも茅葺を鋼板葺に改修した。
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寺紋コレクション。
この紋は「有馬竜胆車」(多分)。
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扁額コレクション/「般舟場」。
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扁額 般舟場(はんじゅじょう)
当山二世珂憶上人の高弟珂慶上人の御筆で流麗雄渾な筆致である。
般舟とは般舟三昧の事で常に行道念仏として現前に諸仏を見奉るを言う。
般舟三昧経三巻は弥陀経典中最古のもので浄土三部経と共に古来より重ぜられている。
当山は院号を唯在念仏院と称し念仏の道場であり参する人々に願往生の心を自然に発さんが為書かれたものである。
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閻魔堂。
お懐かしゅうございます、閻魔様。
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閻魔堂には葬頭河婆の像も安置されている。
葬頭河婆像は何やら恐ろしげなので、撮影は控えた。
前回のブログを見ると、「葬頭河婆は、ちょいと、怖ろしげなので、フォトのサイズは小さめで」とのキャプションが付し、写真を掲載している。
前回は恐ろしさを感じながらも写真は撮ったのだが、今回はちょっと...。
あれから6年、古希となったことは無関係ではないような気もする。

仁王門。
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阿形。
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吽形。
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鐘楼。
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鐘楼の四周には干支が彫られている。
我が干支「子」。
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ぐるっとめぐって「龍」。
これは、龍コレクション+アルファ。
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本堂。
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扁額コレクション/「龍護殿」。
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本尊 釈迦如来。
ご本尊様、お久しゅうございます。
普段、何処の寺院でも本尊を真正面から撮ることは控えているが、今回は特例でご容赦いただき...。
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本尊 釈迦如来につづいて、九体の阿弥陀如来、即ち、九品仏を参拝。

本堂の向かいの三つの阿弥陀堂に三体ずつ、合計九体の阿弥陀如来像が安置され、それぞれ、上品上生(じょうぼんじょうしょう)、上品中生、上品下生、中品上生、中品中生、中品下生、下品上生、下品中生、下品下生という、浄土教における極楽往生の九つの階層を表しており、これらをあわせて九品(あるいは九品往生)といい、この九品の仏を由来として、浄真寺は通称「九品仏」と呼ばれている。

上品阿弥陀堂。
上品阿弥陀如来像三体のうちの、上品上生仏。
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中品阿弥陀堂。
中品阿弥陀如来像三体のうちの、中品上生仏。
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中品阿弥陀堂の表に「中品下生佛像御遷座中」とある。
阿弥陀堂の左奥を見る。
本来、安置されているところに中品下生仏の御姿はない。
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中品阿弥陀堂内。
左側、中品下生仏の御姿がない。
表の立て札に「平成30年から2ヶ年間」とある。
中品下生仏の本座還着をお待ちしたい。
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中品上生仏の脇に「祝 中品上生佛大修繕完了 中品堂本座還着」とある。
”平成九品佛大修繕事業”の中で着々と修繕が進められているのである。
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下品阿弥陀堂。
下品阿弥陀如来像三体のうちの、下品上生仏。
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九体阿弥陀は、ここ、浄真寺のほかに浄瑠璃寺(京都府木津川市)にも安置されており、浄瑠璃寺は九体寺(くたいじ)とも呼ばれている。
浄真寺の阿弥陀像は江戸時代の作、浄瑠璃寺の阿弥陀像は平安時代の作。
いずれも『観無量寿経』に説く「九品往生」の考えに基づくものである。
史跡めぐりの相棒、武衛さんの話によれば、浄瑠璃寺の九体阿弥陀像は小ぶりであるという。
浄瑠璃寺にはまだ参ったことがない。
京都府ではあるが、地図を見ると、奈良・東大寺の北東、数キロのところである。
是非、参ってみたい。

支柱コレクション/その1。
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支柱は礎石の上に置かれている。
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支柱コレクション/その2。
木立の奥に見える御堂は、上品阿弥陀堂。
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礎石に乗せられた支柱の下端は朽ちかけている。
支柱も平成の大修繕が必要かもしれない。
あるいは、新たな年号での大修繕が必要かもしれない。
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サギソウ。
花期は7月から9月。
その頃には、境内の池の周辺で、サギが羽根を広げたような姿を見せているのであろう。
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仏教行事「お面かぶり」。
(掲示板の写真、接写)
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正式には「二十五菩薩来迎会」という。
3年に一度、本堂と上品堂の間に渡された橋を菩薩の面をかぶった僧侶らが渡るという。
次回は2020年に催されるとのこと。

浄真寺の参拝を終え、再び、古墳探訪に。
次は、鵜木大塚古墳である。
九品仏から、再び、環状8号線に出て、南東方面へ走る。

フォト:2018年5月26日

(つづく)

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by ryujincho | 2018-05-27 23:36 | 街歩き、村歩き、ポタリング | Comments(0)


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