龍人鳥の徒然フォト日記

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2018年 05月 14日

『信州史跡めぐり&宴の旅/科野大宮社』 sp-13

5月12日(土曜)、晴れ時々薄曇り。
jitensha を携え、二泊三日の信州の旅。
二日目。

戸倉上山田温泉から、千曲川左岸サイクリングロード(一部、一般道)を自走し、上田に到着。
昼餉は、手打ち蕎麦の「刀屋」で、極太の量的にも大満足なざるそばを頂戴する。
蕎麦パワーを充填したことでもあり、元気いっぱいで、上田市内の史跡めぐりに出動。

上田市内の史跡めぐりのメインは、国分寺跡・国分尼寺跡と総社。
これは、史跡めぐりの相棒、武衛さんと、数年前から、各地の国府跡、国分寺跡・国分尼寺跡、総社を三点セットでめぐることをテーマとして来ている。
ということで、事前に、信濃国の国府跡、国分寺跡・国分尼寺跡、総社の所在地などを調べている中で、次のことが分かった。

1)国の名について:
信濃国は、古くは、シナノキ(科の木、級の木)が多かったことから「科野」と呼ばれた。
シナノキは、幹の直径は1m、樹高は20m以上にもなる巨木で、樹皮は繊維が強く、古代人はこの繊維を使い、織物を織り、衣服とした。
今でも、シナノキの繊維はロープの材料とされ、木材は割り箸やマッチの軸、ベニヤ板などに利用されている。
「科野国」は、大宝4年(704年)、諸国印鋳造時に「信濃国」に改められた、或いは、和銅6年(713年)、好字を以て地名とせよという好字令により「信濃国」に改められたともいう。

2)信濃国府について:
『和名抄』では、信濃国府は筑摩(つかま)郡に在りとすることから、現在の松本市近辺と推定される。
しかし、国分寺・国分尼寺と総社は国府に置かれることが通例であり、信濃国分寺・国分尼寺と総社は小県(ちいさがた)郡(現在の上田市)に置かれていることから、国府は、当初は上田市近辺に置かれ、のちに、松本市近辺へ遷ったとするのが学界の通説であるという。
但し、国府の遺構は、上田市、松本市、いずれからも発見されていない。

3)信濃国分寺跡・国分尼寺跡について:
所在地 長野県上田市大字国分1049
通常、国分寺と国分尼寺は少し距離を置いて築造されていることが多いが、信濃国分寺と国分尼寺は隣接している。
これは珍しい事例である。
なお、後継寺院の国分寺は、国分寺跡・国分尼寺跡の北側に位置している。

4)信濃国総社について:
推定その1/科野大宮社(上田市常入字上常田723-1)
推定その2/伊和社(松本市大字惣社539)
上述の通り、国府は上田市近辺から松本市近辺に遷ったという説があり、それに伴い、総社も上田市近辺と松本市近辺に位置しているということとなる。
なお、科野大宮社と伊和社が総社であるとする絶対的な根拠はなく、推定である。

本来なら、国分寺跡・国分尼寺跡を訪ね、そのあと、総社を訪ねるというのが順序であるが、所在地の都合で、先ず、信濃国総社である科野大宮社へ。

県道141号線を南東に走る。
科野大宮社前交差点を左折し、科野大宮社に至る。

科野大宮社。
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扁額コレクション/其の一。
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「科野」の「野」は、「野」にあらず、「㙒」に近いが、そうでもなく、これ以上は漢字で表せないので、拡大写真で。
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扁額コレクション/其の二。
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狛犬コレクション。
阿形。
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吽形。
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御神紋「穀ノ木(カジノキ)」。
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御神紋 穀ノ木
桑科ノ植物で山野ニ自生シ古代カラ神ニ捧ゲル神木トシテ尊バレタ
コノ神木ハ諏訪大社本宮ヨリ寄贈
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唐破風棟鬼飾り(寺院ではこういうが神社でもこういうのかな?)の御神紋。
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幔幕に染め抜かれた御神紋。
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カジノキとは?
ウィキペディアを参照してみた。
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カジノキ(梶の木、学名:Broussonetia papyrifera)は、クワ科コウゾ属の落葉高木。
単にカジ(梶)またはコウ(構)とも呼ばれる。
古い時代においては、ヒメコウゾとの区別が余り認識されておらず、現在のコウゾはヒメコウゾとカジノキの雑種といわれている。
江戸時代に日本を訪れたフィリップ・フランツ・フォン・シーボルトは、この両者を混同してヨーロッパに報告したため、今日のヒメコウゾの学名が Broussonetia kazinoki となってしまっている。
カジノキは神道では神聖な樹木のひとつであり、諏訪神社などの神紋や日本の家紋である梶紋の紋様としても描かれている。
葉はブタ、ウシ、ヒツジ、シカなどの飼料(飼い葉)とする。
樹皮はコウゾと同様に製紙用の繊維原料とされた。
中国の伝統紙である画仙紙(宣紙)は主にカジノキを用いる。
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カジノキの漢字表記は、前掲の「御神紋」では「穀」とあり、通常は「梶」と書く。
調べてみたところ、中国も含め、カジノキの漢字表記は、梶、穀、構、楮、栲などいくつもある。
『諏方大明神画詞』には、「穀」と「梶」の両方の表記が見られるという。
カジノキ、コウゾ、ヒメコウゾなどが混同されていたとのことなので、漢字表記も混同していたのかもしれない。

鳥居横の説明板。
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市指定記念物(天然記念物)
一、種別 記念物(天然記念物)
一、名称 科野大宮社の社叢
一、所在地 上田市大字常入字常田7231-1番地
一、指定年月日 昭和44年5月9日

科野大宮社は、大巳貴命(おおなむちのみこと)と事代主命(ことしろぬしのみこと)を祭神とする。
延喜式にはないが、それ以前からの古社で、国分寺との関係も考えられ、あるいは、信濃国府の総社であったかとも思われる。
境内は、東西49m、南北38m、面積2,142m2で、社叢の30余本のうち、主なものは、けやき4本(枯れ死した神木1本を含む)、すぎ3本、むろ2本、大いちょう1本などがある。
昭和47年3月10日
上田市教育委員会
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総社の件については、「信濃国府の総社であったかとも思われる」と遠慮がちに述べられている。

この辺りは、地形的には、千曲川右岸、北陸新幹線、しなの鉄道などが通る平地、そこから東は台地となり、科野大宮社はその台地の常田地区に位置している。
国府は、常田地区の東隣の古里(こさと)地区にあったという説もあるが、それを示す遺構は発見されていない。

国府の所在地が不明な場合には、国府、国府台、総社、惣社などの地名のところに所在していたと推定するのがよい、或いは、総社そのものが現存する場合には、その近くにあったと推定するのがよいといわれている。
なお、日本の律令制において、国司着任後の最初の仕事は赴任した令制国内の定められた神社を順に巡って参拝することであったが、平安時代になって国府の近くに総社を設け、そこを詣でることで巡回を省くことが制度化された。
よって、もし、信野国府が上田市近辺から松本市近辺に遷された時期が平安時代とすれば、総社は上田市近辺には設けられず、松本市近辺に設けられれたこととなり、伊和社(松本市大字惣社)が信濃国の総社ということも出来よう。

いずれにしても、信濃国府跡の所在地は不明なので、科野大宮社を訪ねたことを以て、信濃国府跡を訪ねたこととしたい。

今一度、科野大宮社とその社叢を眺める。
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次の探訪地、信濃国分寺跡・国分尼寺跡へと向かう。

フォト:2018年5月12日

(つづく)




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by ryujincho | 2018-05-14 23:43 | 信州史跡めぐり 2018 | Comments(2)
Commented by ogyunokami at 2018-06-20 15:50 x
科野国由来は、古来科の皮の繊維から作った布を朝廷への税として納めており、全国で最大量の納税が行われていたため、科野を冠することを許されたと言う説があります。
科が付く地名が多い事は広く知られておりますが、布の製作工程の名前も残ります。干す行程は保科、煮る工程は仁科、染色工程は蓼を使用しており蓼科等です。
Commented by ryujincho at 2018-06-21 18:32
大給守殿 
保科、仁科、蓼科は布の製作工程の名前であること、ベンキョーになりました。
これをヒントに、同じ「科」が付く、豊科、立科、浅科、明科、更科などを調べたところ、全く別物の由来であることもベンキョーしました。
「科」は段丘や傾斜地の意であることから、これが「科野」の由来との説もあり。
小生は、地名の由来は地形からという基本ということをモットーとしており、この説をブログに書こうと思うも、科野大宮社の御神紋は「カジノキ」であり、植物つながりで、「科」は「シナノキ」説でブログを綴ってみました。
いずれにせよ、地名の由来を知るのは楽しいことです。


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