龍人鳥の徒然フォト日記

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2018年 05月 14日

『信州史跡めぐり&宴の旅/戸倉上山田温泉から上田へ(下)』 sp-12

5月12日(土曜)、晴れ時々薄曇り。
jitensha を携え、二泊三日の信州の旅。
二日目。

戸倉上山田温泉から上田方面へと向かう。

千曲川左岸サイクリングロード(一部、一般道兼用)を走る。
途中、オシャレな黄色の大望橋の袂から千曲川を眺めたり、冠雪の北アルプスを眺めたり、ニセアカシアの倒木に遭遇したり、地震警報に遭遇したり、グランドゴルフおばちゃんに遭遇したり、養蜂箱に遭遇したりしながら、快調に走る。

グランドゴルフおばちゃんから「「あんた方、上田の方へ行くんだったら、こっちへ行っちゃ駄目ですよ。川にはまってしまいますよ。上田はあっちの道を行くんですよ」と親切なアドバイスを頂戴し、しばらく走ったところ、千曲川沿いのサイクリングロードは途切れ、複雑な交差点に出た。
千曲川ねずみ橋西詰の小網交差点である。
ここから、国道18号線のバイパス(上田坂城バイパス)を走る。
国道18号線は千曲川右岸を通っているのだが、バイパスは左岸を通っている。

しばらく走ると、上田市に入った。
千曲市、埴科郡坂城町、そして、上田市へ。
自走しているので、何だか満足感を感じる。

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先ほど、養蜂箱に出遭ったが、またまた、養蜂箱に遭遇。
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アップで。
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更に、ズームアップ。
ミツバチが元気よく巣箱を出入りしている。
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トンネルに入る。
トンネルの名は「半過(はんが)トンネル」。
全長は忘れたが、結構長いトンネルであった。
この辺りの地形は、西から山が迫り、山と千曲川の間は隘路となっている。
川沿いは旧道(県道77号線)で、その西側に、トンネルを掘り、バイパスを新たに設けたようである。


半過トンネルを抜けると、少し先に、もうひとつ、トンネルが見える。
「岩鼻トンネル」である。
岩鼻トンネルには入らず、バイパスを左に反れ、千曲川沿いに出る。
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畔の潅木にホオジロの姿が見える。
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川沿いの道を進むと、右手に奇妙な岩山が現れた。
落石防止であろか、コンクリートで箱根の函嶺洞門(2007年、バイパス完成により通行禁止となった)のような洞門が造られている。

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岩山を過ぎると、ぐっと開けて、右手に公園、その西側の国道18号線バイパス沿いに「上田 道と川の駅」 なる施設があった。
これが、先ほど、グランドゴルフおばちゃん、お勧めの「川の駅」なのであった。

この辺りの予備知識なしに走っていたので、この岩山を見たとき、これが何かは分からなかったが、このあと、見た案内板で「岩鼻(いわばな)」なる名勝であることを知った。

公園に入り、南側から「岩鼻」を眺める。
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岩鼻とは。
「上田市文化財マップ」(上田市マルティメディア情報センター)によれば、次の通りである。
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岩鼻(半過、下塩尻)
種別 県指定、天然記念物
指定 昭和49年1月14日
千曲川を挟んで向かい合ってそそり立つ半過岩鼻(ひん岩)と下塩尻岩鼻(緑色凝灰岩の大岩壁は、千曲川に削られてできたもので、その景観はたいへん雄大です。
半過岩鼻にえぐるように開いた大穴は、川の浸食力のものすごさを物語っています。
この向かい合う岩鼻の景観と、そのすそを洗いながら悠々と流れ下る千曲川の広大な景観とがうまく調和して、ここは大正10年に日本百景の一つに選ばれました。
半過岩鼻山頂の千曲公園は、その入選記念につくられました。 
このすばらしい景観に併せて、岩鼻一帯にはここ特有の珍しい動植物の生態や分布が見られることから、長野県では岩鼻一帯の約13ha(うち約2haは地続きの坂城町分)を県天然記念物に指定し、その保護に努めています。
ここは、野鳥チョウゲンボウの集団繁殖崖として有名でしたが、最近は飛んでいることも少なくなり、気がかりです。
また、サハリンや北海道に自生するモイワナズナが、本州ではここだけにとび離れて分布していることや、数々の寒地系植物が自生することでも有名な場所となっています。
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千曲川左岸の半過岩鼻と右岸の下塩尻岩鼻、これらふたつの崖は、元は陸続きで、千曲川の浸食により、こうした地形になったのである。

かつて、岩鼻より上流は湖であった。
岩鼻近くに見える「塩尻」という地名は、かつての湖の北端に位置していたことに由来するとされる。
また、南佐久郡の「海の口」や「海尻」といった地名は湖の南端に位置していたことに由来するとされる。
これらの地名が上流に湖があったことを示しているという。

上流に湖があったというのは、2014年秋の「佐久平&八ヶ岳の旅」のことを綴ったブログで、南佐久郡の「海の口」や「海尻」の地名に関連して縷々述べた中で、「仁和3年(887年)あるいは仁和4年(888年)に起きたとされる八ヶ岳(天狗岳)の水蒸気爆発による大崩落によって千曲川の下の深山(現在の八那池洞門付近)が泥流によってせき止められ、海の口から海尻にかけて大きな湖ができた」ということであった。

この地には、伝承として、「多くの子ネズミを従える大ネズミが村に住みつき、田畑を荒らし回り、困った村人たちは、大きなネコをけしかけ、大ネズミを岸壁まで追い詰めたところ、大ネズミは死に物狂いで岩壁を食い破ると、湖の水がほとばしり、大ネズミや子ネズミは、ネコともども、流れ去った」との言い伝えもあるという。
岩鼻付近には「鼠」という地名があり、一説にはこの伝承に由来すると考えられている。
そういえば、先ほど、国道18号線バイパスに入ったのは「千曲川ねずみ橋」西詰交差点であったが、橋の名に「ねずみ」がついていた。
なお、「鼠」は、かつて、ここら辺りに信濃国の国府へ知らせる狼煙台があったことから、「不寝見」に由来するという説もある。

地名好きの小生にとって、これらの伝承と地名はなかなか興味深いものである。

「上田 道と川の駅」案内板。
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グランドゴルフおばちゃんは「川の駅」を強調していたが、国道18号線バイパス沿いの「道の駅」と千曲川沿いの「川の駅」の合体版であった。

案内図を見ながら、「半過古墳なるものがありますよ」と武衛さんの声。
今回は、信州史跡めぐりの旅である。
古墳は大歓迎である。
早速、半過古墳の方へ。

「半過古墳群10号墳の石室(移転復元)」。
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「半過古墳群10号墳の石室(移転復元)
-バイパス工事で発掘された中の沢遺跡・半過古墳群ー
中の沢遺跡と半過古墳群は、国道18号上田坂城バイパスの工事にともない、平成18~19年度に発掘調査が行われました。
遺跡は、ふたつのトンネルの間にあり、弥生時代から平安時代の住居のほか、半過古墳群の4つの古墳が発掘調査されました。
古墳からは人骨や青いガラス玉の首飾り、金銅製の耳飾り、鉄剣、土器などの副葬品が見つかりましたが、特に移築復元したこの10号墳は、副葬品が多く出土し、棺桶に入った遺体が骨となってそのままの形で残っていました。
直径7mほどの円墳で、遺体を納めた石室の全長は5mほどあります。
ここから少なくとも5人分の骨が見つかっており、女性や子供と考えられる骨もありました。
そのため、古墳は半過周辺を治めていたリーダーの家族墓と思われます。
ふつう、古墳は墳丘と呼ぶ土盛りが地上に見られますが、4つの古墳は背後の山から崩れた土砂で埋まっていたため、石室内がほとんど荒らされずに残ったものと考えられます。
10号墳から出土した須恵器(フラスコ形瓶)は東海地方で作られた7世紀後半のものであることから、古墳の遺体が埋葬された時期を特定するうえで貴重な資料となりました。
半過周辺には多くの古墳がありますが、発掘調査されたものは少なく、当時の生活を知る上で大きな成果となりました。
中の沢遺跡からは縄文時代早期(約8000年前)の押型文土器や、弥生時代(約2000年前)の石包丁(稲の穂を摘む道具)、平安時代(約1000年前)の鉄を精錬した鍛冶炉なども見つかっています。
道路工事にともない、遺跡は消滅しましたが、半過の歴史の1ページを後世に伝えていくため、ここに古墳を移築復元しました。
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半過古墳群10号墳石室(移築復元)。
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半過古墳群全景(写真中央が10号古墳)。
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棺桶に入った痕跡が残る人骨(左)。
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出土した鉄剣と須恵器(フラスコ形瓶)。
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川の駅ゾーンから千曲川を望む。
予定外の、半過古墳群10号古墳を見学出来たのは、グランドゴルフおばちゃんの「川の道に、是非、寄ってください」とのアドバイスのお陰だなあ、感謝、感謝と思いながら...。
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国道18号線バイパスをしばらく走る。
上田大橋西詰の手前でバイパスから外れ、千曲川左岸サイクリングロード(一部、一般道)に入る。

またまた、グランド・ゴルフ場が現れる。
先刻、見たのはいかにもグランドゴルフ場という風情であったが、それとは異なり、こちらはモトクロス・バイクを走らせてもよさそうな、ダートでハードなグランドゴルフ場である。
先刻のメンバーとこちらのメンバーで対抗戦をしたら、さて、どちらが勝利するであろうか。
いやいや、勝敗ではない、どちらがPPK(長野県はPPK、ピンピンコロリ運動が活発)かということであろう。

そんなことを思いながら走っていると、左手、右岸に上田の市街地が見えて来た。
そろそろ、左岸から右岸に渡らねばならない。
地図を出して確認しようと思った、ちょうどその時、犬の散歩中のご婦人に遭遇した。
地図をみるより、人に尋ねるのが一番。
「上田駅前に行くには、いずれの橋を渡れば、近いでしょうか」。
「次の橋を渡り、右へ行くと直ぐですよ」。
「ありがとうございました」。

上田橋を渡る。
千曲川の下流方面を眺める。
川沿いを走るときは、上流から下流へ下るということをモットーとしているが、今回は諸般の事情で遡上。
遡上ではあるが、ここまでは平坦な道で、楽チンだったなあと、川の流れを眺めながらそんなことを思うのであった。
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上田駅前の宿に到着。
丁度、12時。
まだ、時間が早く、チェックインは出来ないが、フロントに荷物を預け、身軽となる。

戸倉上山田温泉を出発したのが9時半。
ここまでの走行距離は20km。
2時間半で20km、寄り道も多いし、フォト・タイムも多いし、急ぐ旅でもないし、丁度、いいペース。

昼餉は「刀屋」。
今回の旅の企画段階で、武衛さんから「上田へ行くのは数十年ぶり。刀屋の蕎麦が懐かしい」とのメールがあり、旅程に「昼餉 刀屋」を織り込んだ。
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昼時である。
混み合っている。
店先には、日除けの葦簀張りが立てられ、床几が置かれている。
床几に座り、しばし、待つ。
蕎麦は勝負が早い。
直ぐに席は空き、店内に案内される。

品書きをみる。
もりそば(小)もりそば(中)もりそば(並)もりそば(大)
ざるそば(小)ざるそば(中)ざるそば(並)ざるそば(大)

小、中、並、大の量が分からない。
いつぞや、多摩湖をポタリングしたとき、近くの武蔵野うどんの店に入った。
うどんは、小、中、大とあり、「大って、何玉ですか?」と問うたら、「〇〇グラムです」とグラムで返事があり、グラムで言われても検討がつかず、おったまげたことがあった。
因みに、讃岐地方の讃岐うどんの店(讃岐地方だから讃岐うどんに決まているが、讃岐地方の店という意味で)の品書きは「小(1玉)、中(2玉)、大(3玉)」と書かれており、これは分かり易い。

小声で「おねえさん、隣の席の人の、あれは、大ですか?並ですか?」と尋ねた。
「あれは、中です」。
「えっ、あの量で、中ですか」。
「はい、うちの店は量が多いんですよ」。

「中」でも結構な量である。
「並」というと、「中」より少なめの感じがするが、「中」より「並」の方が多いのも面白い。
「中」にするか、「並」にするか、武衛さん、南国守さん、小生の3人、しばし、討議。
GGの胃袋には、「中」が丁度よさそうとの結論に達す。
前日、森将軍塚古墳を探訪したことでもあり、もりそばを頼もうと思った瞬間、南国守さんが「ざるそばの、中を三つ」と注文。
「森」と「盛り」の掛詞の目論見は見事に崩れた。
大袈裟に書けばそんなことだが、大勢に影響はない。

ざるそばが運ばれて来た。
極太である。
「中」ではあるが、その姿は「大盛り」である。
蕎麦屋の、もりそば、ざるそばといえば、その量はお上品である。
食べたかどうか、よくわからないような量である。
酒を飲んだあとなら、丁度よい量だが、昼餉としては不満が残る量である。
ところが、刀屋のそばはそうではない。
腹いっぱい、喰ってくだされ!と、そばが言っているような感じである。

腹いっぱい、喰った。
量的にも、「中」で、丁度よかった。

「おねえさん、何度も質問されているでしょうから、聞きにくいんですが、店の名、『刀屋』の由来は?」。
「昔は刀の仕事をしたそうです。刀といっても刀鍛治ではなく、刀の鍔です。祖父の代に食堂を始めました。そのあと、蕎麦屋に。食堂時代の名残りで、お腹がいっぱいになる蕎麦になったんです」。

刀屋の蕎麦に大満足し、店を出る。
昼のピークを過ぎ、先ほどに比べると、店先は静か。
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上田市内の史跡めぐりに出発する。

フォト:2018年5月12日

(つづく)


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by ryujincho | 2018-05-14 23:42 | 信州史跡めぐり 2018 | Comments(0)


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