龍人鳥の徒然フォト日記

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2018年 05月 14日

『信州史跡めぐり&宴の旅/戸倉上山田温泉、朝餉前の早朝散歩』 sp-9

5月12日(土曜)、晴れ時々薄曇り。
jitensha を携え、二泊三日の信州の旅。
二日目。

戸倉上山田温泉。
前夜は、信州の盟友、大給守さんも交えての宴で大いに盛り上がった。
早朝、目が覚める。
朝風呂に浸かる。
極楽である。

宿の近くを早朝散歩。
これも旅の楽しみのひとつ。

朝5時40分。
人通り、皆無。
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「山口洋子 千曲川展示館 うたフォーラム」の幟旗。
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前8話で、前日、千曲川左岸を走っている途中、jitensha を止め、千曲川の流れを眺めた。
そのときの写真に添えて、「♪ あーあー、川の流れのよーにー ♪ いや、ここは千曲川、美空ひばりじゃなくって、五木ひろしかも。♪ 水の流れに 花びらを そっと浮かべて 泣いたひと ♪ 」とキャプションを付けた。

その五木ひろしが歌う♪ 水の流れに 花びらを そっと浮かべて 泣いたひと ♪ は、作詞 山口洋子、作曲 猪俣公章の『千曲川』、1975年のヒット曲である。

山口洋子千曲川展示館は2014年に亡くなった山口洋子の遺品を展示しているという。
近くの、千曲川万葉橋の角にある万葉歌碑公園には、山口洋子直筆の『千曲川』の歌碑もあるという。

千曲川といえば、島崎藤村の『千曲川旅情の歌』ということになろうが、千曲川を題材にした作品で山口洋子も名を連ねるというのも時代の流れであろう。

温泉街のクラブやスナックでは、余毎、山口洋子作詞の歌がカラオケで歌われていることであろう。
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城山には「戸」「倉」「上」「山」「田」の大看板と、大きな温泉マーク。
左の赤い建物は、善光寺大本願別院。
右手に、小さく、荒砥城跡の物見台も見える。
荒砥城については、続編で詳しく。

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温泉マークをアップで。
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温泉マークというと、一時期、何やらいかがわしいニュアンスだったこともあったが、温泉マーク(温泉記号ともいう)は、温泉・鉱泉を示す歴とした地図記号である。
この記号の歴史を紐解くと、地形図の地図記号として最初に現れるのは、1884年(明治17年)の陸軍参謀本部陸地測量部が作成した「假製2万分1地形圖圖式」においてであるという。
昨年であったか、一昨年であったか、温泉マークは外国人観光客が暖かい飲み物とかラーメンと勘違いする恐れがあるとのことで、丸に湯気の中に湯に浸かる三人を加えた、新たな記号が考え出された。
しかし、大分県をはじめ、全国の温泉県から猛烈な反対があり、温泉マークの変更は見送りとなった。
日本の大事な観光資源である温泉は、我々が馴染んでいる温泉マークも含めての温泉である。
外国人観光客の中には、この温泉マークも見たいと思い、来日して人もいるのではないだろうか。
お役所が温泉マーク改悪案を取り下げたことはまことに喜ばしいことである。
そんなことを思いながら、山頂に誇らしく掲げられていう温泉マークを見上げるのであった。

早朝の温泉街、人通りはないが、鳥は早朝から出動である。
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おまけ写真。
宿のエレベーター内に掲げられていたポスター。
「千曲市 国の名勝 姥捨 棚田の田毎の月」。
第4話で綴った森将軍塚からの眺望の中で、姥捨、田毎の月に触れたことでもあり、掲載する次第である。
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宿に戻る。
大給守さんが「朝餉前に、荒砥城跡に行きましょう」と。
荒砥城跡のことは前夜の宴で話題にし、久しぶりに行ってみたいなあと話したことでもあり、一もに二もなく、大賛成!

フォト:2018年5月12日

(つづく)

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by ryujincho | 2018-05-14 23:39 | 信州史跡めぐり 2018 | Comments(0)


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