龍人鳥の徒然フォト日記

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2018年 05月 06日

『初夏の利根川~利根運河~江戸川ポタリング/東深井古墳群の巻』 te-1

5月5日(土曜)、晴れ。
利根川~利根運河~江戸川コースを単騎ポタリング。
このコースを走るのは久しぶりのことだ。

利根川は、いつもはサイクリングロードとなっている右岸内側土手コースを走るのだが、今回は冒険心(???)が湧いて、利根川右岸外側土手コースを走ってみた。

根川右岸外側土手コースは、初めて走るコースである。
しばらくはサイクリングロード風であったが、すぐに途切れて一般道に合流してしまった。
「こりゃー、やっぱり、内側の土手ロードを走るべきであった」と思いながら、県道7号線、国道16号線を経由して、利根運河に出た。

利根運河/利根川方面。
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利根運河/江戸川方面。
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久しぶりに、東深井古墳群に立ち寄ってみた。
これまでも、利根運河CRを走ったときに、ときどき、立ち寄って見学したことがある古墳である。
或るとき、盟友、大給守さんは江戸川CRを河口方面から遡上、小生は利根川CRを遡上し、利根運河CRを走り、江戸川・利根運河合流地点で、落ち合い、東深井古墳群を見学、その近くのベンチで<ラーメン野点>で昼餉を摂り、<野点>のあと、それぞれ、再び、来た道を辿り、帰館したというようなこともあった。
それはいつのことであっただろうかと、記録を紐解くと、2011年10月10日のことで、随分、昔のことであった。

古墳めぐりをテーマに掲げて以降、東深井古墳群を訪ねるのは今回が初めてである。

説明板その1/「東深井古墳について」。
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東深井古墳について
古墳時代の人々は、一族の首長や権力のあった人が死ぬと、多くの時間と労力を費やして古墳を築きました。
古墳は、死者への敬意と悲しみを表現した重要な遺跡です。
東深井古墳群が造られ始めたのは埴輪の研究により6世紀から7世紀の初め頃と考えられています。
かつては40基を超える古墳がありましたが、現在はこの公園にある13基だけとなっています。
古墳上には、人(武人・貴人・女子)・動物を表しあ形象埴輪や円筒形をした円筒埴輪が出土しています。
埴輪は、死者への供物として、また、古墳を飾るための墳丘上や裾に囲むように立てられていました。
深井古墳群では、発掘を行ったほとんどの古墳から埴輪が出土しています。
中でも7号古墳からは出土例が少ない魚の埴輪や鳥の埴輪が、9号墳からは盾をもつ人物埴輪が発見されています。
このような埋蔵文化財(古墳をはじめ海図かや集落跡、出土した土器や石器など)は、私たちの貴重な財産を大切に保存・活用し、後世の人々に継承していきましょう。
流山市
流山市教育委員会
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魚形埴輪。
これまでに、いろいろな埴輪を見て来たが、魚の形をした埴輪があることは初めて知った。
この魚形埴輪ついては、のちほど、述べたい。

説明板その2/「東深井古墳群」。
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東深井古墳群
古墳時代後期(6~7世紀)に造られた有力者一族の墓。
前方後円墳1基と円墳11基の群集墳。
人物や馬、鶏、珍しい魚などの埴輪が出土。
東深井地区公園は昭和59年(1984)設置。
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「東深井古墳の森案内図」。
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以前、ここへ来たとき、古墳群をぐるっと回ったことはある。
しかし、当時は古墳めぐりをテーマとはしておらず、古墳といわれてみなければ、古墳には見えないような崩れた古墳が多いな、と思った程度であった。

今回は、魚形埴輪が出土したという円墳の7号古墳と、唯一の前方後円墳という9号墳を中心に見学することにした。

「〇号墳」が図示されており、それらに「円墳」や「前方後円墳」が矢印で示されているようだが、風化、劣化して、なかなか見辛い案内図である。
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東奥の、7号墳と9号墳をアップで。
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案内図の右下に記された注意事項。
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注意事項
この古墳は、地権者の方々の御好意により開設されたものです。
いつもきれいに大切にしましょう。
古墳は古代人のお墓です。
墳丘に登らないでください。
古墳の墳丘や廻りをみだりに掘ることは法律で禁止されています。
流山市
流山市教育委員会
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もっともな内容の注意書きである。

17号古墳。
古墳特有の<こんもり>は視認できない。
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10号古墳。
こちらの古墳も<こんもり>は視認できない。
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魚形埴輪が出土した7号古墳。
この古墳は、しっかりと<こんもり>が視認できる。
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7号墳から前方後円墳の9号墳へ。
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9号墳。
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前方後円墳とのことだが、一見しただけではそれは分からない。
「9号墳」の標識から時計回りで周囲をぐるっと回ってみることにした。

北側へ歩く。
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北側の斜面は削られており、一部は駐車場になっている。
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北斜面を東へ進むと右に回り込むと、前方後円墳の南斜面と思われる踏み分け道になる。
少し進み、西側から眺めてみる。
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更に少し進んで、西から眺める。
左側(北側)は9号墳と思しき<こんもり>、踏み分け道を挟んで右側(南側)も<こんもり>らしき地形である。
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ぐるっと時計回りで回って、再び、「9号墳」の標識前に戻って来た。
前方後円墳の形は具体的には確認できなかったが、「9号墳」の標識側が前方部か後円部の西端とし、この一画が東西方向の前方後円墳であると思えなくもない。

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新緑。
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コゲラが木を突っつく音が聞こえる。
音のする方に目を凝らし、音の主を探す。

いた!
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東深井古墳群は、鳥見スポットでもある。
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古墳めぐりの相棒、武衛さんに同道してもらい、今一度、この9号古墳を<吟味>してみようと思うのであった。


(メモ)
7号古墳出土の魚形埴輪について:
流山市立博物館に展示されているのではないかと同館に確認の電話を入れた。
レプリカが展示されているとのことであった。
本物は野田市立郷土博物館に収蔵されているとのことであった。
本物の見学は可能か同館に確認の電話を入れた。
常設展示はしていないという。
毎年2月と3月に収蔵物の特別展示を行うという。
開催年によって特別展示されるものは異なるという。
来年2月、3月の特別展示で、魚形埴輪が展示されるかどうかは分からないという。
東深井古墳群は流山市であるにも拘らず、そこからの出土品である魚形埴輪は野田市に収蔵されており、これについて尋ねてみた。
歴史学者の下津谷達男氏が東深井古墳群の発掘調査に携わったことによるものだという。
下津谷達男氏についてネット検索してみた。
同氏は野田市の出身で、國學院大學で王朝文学を学ぶ学生の頃に、東深井古墳群をはじめ、江戸川沿いの古墳の発掘調査に関わり、以後、王朝文学から考古学に転身した経歴を持ち、晩年(?)には野田市立郷土博物館の館長も務めたという人物であった。
そうしたことから、流山市内の古墳出土品ではあるが、野田市立郷土博物館に収蔵されているのだと想像するのであった。
先ずは、近いうちに、流山市立博物館でレプリカを見学してみようと思うのであった。


フォト:2018年5月5日

(つづく)





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by ryujincho | 2018-05-06 23:31 | 街歩き、村歩き、ポタリング | Comments(0)


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