龍人鳥の徒然フォト日記

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2018年 01月 25日

『久しぶりの、ジョサイア・コンドルゆかりの地』

1月24日、晴れ。
甲武信さん、品濃さん、小生の定例「三人の会」。
今回は、ジョサイア・コンドル設計の上野池之端/旧岩崎邸(都立旧岩崎庭園)を見学し、旧岩崎邸北側の坂道、無縁坂を上り、東大構内のジョサイア・コンドル像を眺め、そのあと、日暮里の蕎麦や「川むら」で一献という趣向。

旧岩崎邸。
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前回、ここを訪ねたのは2009年8月8日、夏、真っ盛りの頃であった。
今回は、数日前の降雪が残る雪景色である。
そして、前回と大きく異なるのは、今回は、ガイドさん付きということである。
説明書きを読むよりも、ガイドさんの話を聞きながらの見学は、より一層、ベンキョーになる。

ガイドさんの話の中でベンキョーになった事例を、ひとつ、ふたつ、記しておこう。
旧岩崎邸の敷地は、江戸時代、越後高田藩榊原家江戸上屋敷であった。
隣の東京大学本郷キャンパスは、江戸時代、加賀藩前田家江戸上屋敷であったことはよく知られているが、榊原家の屋敷跡というのは知らなかった。
越後高田藩榊原家は譜代大名加賀藩前田家は外様大名、譜代が外様を見張るためにこうした屋敷配置にしたというのがガイドさんの話。

古地図を広げて、そう説明するガイドさん。
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ガイドさんの話をもうひとつ。
正面玄関のステンドグラスと前庭の大銀杏の話題あり。
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江戸時代、越後高田藩榊原家屋敷時代からこの地にあったと思われる大銀杏は、5月には新緑を、12月には黄葉を、正面玄関のステンドグラスに映し出すという。
流石、ジョサイア・コンドルである。

ガイドさんの案内を受けながら、邸内を見学。
詳しく説明があったが、ここでは割愛。
邸内で数多の写真を撮ったが、雪景色をメインに数葉だけ、ここに掲載しておこう。

南側1階。
窓越しに雪の庭園を眺める。
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1階バルコニー。
列柱はトスカナ式。
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大階段。
邸内細部にジャコビアン様式の意匠を見ることが出来る。
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2階バルコニー。
列柱はイオニア式。
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旧岩崎邸の見学を終え、次は東大本郷キャンパス内に建つジョサイア・コンドル像の見学である。

東大本郷キャンパスは、旧岩崎邸の北側の「無縁坂」を上って行けば、直ぐだ。
ところが、無縁坂は雪が固まり、鏡面仕上げ風となっている。
滑って転んで救急車では、何にもならない。
東大本郷行きは諦め、日暮里の蕎麦や「川むら」へ直行。

無縁坂は登らなかったが、この坂について少しだけ触れておこう。

この無縁坂は、森鴎外の『雁』に登場する。
「...そのころから無縁坂の南側は岩崎の邸であったが、まだ今のような巍々たる土塀で囲ってはなかった。きたない石垣が築いてあって、苔蒸した石と石との間から、歯朶や杉菜が覗いていた。あの石垣の上あたりは平地だか、それとも小山のようにでもなっているか、岩崎の邸の中に這入って見たことのない僕は、今でも知らないが、とにかく当時は石垣の上の所に、雑木が生えたい程生えて、育ちたい程育っているのが、往来から根まで見えていて、その根に茂っている草もめったに苅られることがなかった...」。

岩崎邸の塀は『雁』では土塀となっているが、現在は煉瓦塀である。
煉瓦色が坂の景色をつくっており、森鴎外が眺めた頃の景色とは大いに異なっているのであろう。

森鴎外の『雁』の話を甲武信さんと品濃さんにしたところ、品濃さんから「『無縁坂』といえば、さだまさしですね」との話が出た。
「あれば、長崎のことじゃないですかね」と言ったが、のちほど、調べたところ、さだまさしの『無縁坂』は「東京都台東区池之端1丁目から文京区湯島4丁目へ登る坂、無縁坂を舞台に、息子の年老いた母に対する想いを歌った楽曲である」とあった。
さだまさしの出身地、坂の町、長崎とごっちゃになり、あの無縁坂は長崎の坂道と思い込んでいたようだ。
因みに、さだまさしの、あのフニャフニャとした歌い方は余り好きではないが、あの歌い方がさだまさし調であることもまた事実である。

無縁坂に触れたことでもあり、東大構内のジョサイア・コンドル像についても少々触れておきたい。
この像を初めて訪ねたのは、前述の通り、2009年の夏であった。
いろんな像を眺めるとき、その作者のことがいつも気になるのだが、このときはジョサイア・コンドルの風貌容姿に気を取られ、作者のことまでは思いが及ばなかった。
そのまま月日は経ったが、数ヶ月前、テレビ東京「開運なんでも鑑定団」で新開竹太郎の「牛臥置物」なるものが出品された。
この番組のよいところは、出品物の真贋や評価額のみならず、作者のプロフィールについて簡潔明瞭に解説がなされることである。
新開竹太郎の作品のひとつとして、何と、東大構内のジョサイア・コンドル像が紹介されたのであった。
次回、ジョサイア・コンドル像を訪ねたときには、像に刻まれた「新開竹太郎」の名を探してみたいと思っている。

日暮里の蕎麦や「川むら」にて、東近江の銘酒「喜楽長」を頂戴しながら、趣味の話で大いに盛り上がった。

フォト:2018年1月24日


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by ryujincho | 2018-01-25 23:32 | 街歩き、村歩き、ポタリング | Comments(0)


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