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龍人鳥の徒然フォト日記

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2016年 09月 30日

『街歩き/駒場&渋谷 2016.9.30/(上)』 

9月30日(金曜)、晴れのち曇り。
2ヶ月に1回の大放談会の日である。
大放談会といっても、メンバーは備前さん、伊豫さん、そして、小生の3名。
まあ、格好よく言えば、鼎談である。

史跡めぐりなど軽く散策したあと、一献傾けながら歓談というのが毎度のパターン。
今回は備前さんの企画で、彼が少年期を過ごしたという町を散策し、一献という趣向。

集合刻限と場所は、11時30分、京王井の頭線駒場東大前駅。
井の頭線に乗るのは数十年ぶりである。
JR渋谷駅・東京メトロ渋谷駅と京王井の頭線を結ぶコンコースで、岡本太郎の『明日の神話』を鑑賞する。
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前回、この巨大壁画を鑑賞したのは、壁画がここに設置された年、2008年のことで、これも久しぶりである。

この壁画は、1969年、メキシコオリンピックに向けてメキシコ中心部に建築中だったホテルのために製作されたが、依頼主の経済的事情で作品の所在は不明となり、その後、2003年にメキシコ国内で発見され、日本に移送、修復し、各地で一般公開の後、吹田市、広島市、長崎市、東京都渋谷区などが誘致運動をした結果、2008年、渋谷のこの地に恒久的に設置されることになったたという曰く付きの壁画である。

このコンコースでは、巨大壁画の鑑賞のほか、もうひとつ楽しみがある。
それは、渋谷駅前スクランブル交差点を渡る群衆の図である。
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ウィークデーの午前11時過ぎなので、まだ、群衆の数は少ない。
夕方、もう一度、来てみようと思いながら、井の頭線に乗車。

駒場東大前駅で下車。
自宅を出る前に、電車の時刻を電脳網の「乗換案内」でチェック。
到着駅を「東大駒場」と打ち込んだところ、これは間違いで、「駒場東大前」が正しいことに気付く。
普通、東大本郷とか東大駒場とかいうのに、何故、駅名は駒場東大前なんだろう、駅員さんに問うてみようと思いつつ、問わずに改札を通過。
その答えは、昼餉のときに自然発生的に知ることとなり、スッキリ。
その答えは、後ほど綴ることとしたい。

東大駒場キャンパス。
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昼餉は東大構内で、というのが本日の趣向。
我々の世代は、大学構内の食堂となると、いわゆる、ガクショクである。
しかし、昨今は然様なガサツなものではない。
レストラン風、いや、洒落たレストランで、その名も"ルヴェ ソン ヴェール駒場"。

食事を注文。
「酒、飲みましょか」。
「散歩のあとの一献だけど、まっ、いいか。飲みましょう」。
「シェリー酒があります」。
「それにしましょう」。
「シェリー酒といえば、リバプールの中華レストランでのことを思い出しますね。伊豫さん、IM さん、KI さん、小生の4人で出張。リバプールの中華レストランで夕食を摂ったとき、シェリー酒大好き人間の KI さんが TIO PEPE、TIO PEPE と何度も言うんで、中華レストランにそんなもん、ある訳ないやんと言いながら、駄目もとで聞いてみたら、ありましたね」。

「備前さんは、いつ頃から目黒に住んでいたんですか」。
「昭和27年から」。
「小学1年生ですね」。
「そう。夜行列車で上京したんだよね。いまでいうところの、瀬戸だね」。
「昭和20年代、30年代は夜行列車がいっぱいありましたね。親父が東京へで出張するときは、『銀河』で。神戸駅へ見送りに行った記憶があります。『銀河』、ええ名前です」。
「こちらへ来た当時の井の頭線は路面電車のようなもので、駒場駅と東大前駅というのがあったのだけれど、この二つの駅を合体して、駒場東大前駅になったんだ」。
「そうですか。それで謎が解けました。何故、東大駒場前駅じゃなくて、駒場東大前なのかと思っていたもので」。
いつ新駅になったのかと調べてみたところ、1965年(昭和40年)であるから、小生が大学生となり、上京する3年前であった。
親戚の家へ行くのに、隣の、池の上駅で下車していたのだが、池の上駅のひとつ手前の、駒場東大前は開業3年目のまだ新しい駅だったのだ。
今の今まで、知らんかった、街歩きのお陰で、京王電鉄の歴史をベンキョーできたんや、と思うのであった。

シェリー酒が運ばれて来た。
「久しぶりのシェリー酒、旨いですね」。
「ロンドンで飲んだジン・トニックも旨かったなあ」。
「どんなジンかな」。
「ビフィーター、ゴードン...」。
「この間、テレビでジン・トニックの薀蓄を語っていた番組を見ました。ジンはシップスミス VJOP、トニック・ウォーターはフィーバー・ツリー。この組み合わせのジン・トニックが本場ロンドンの味だと。シップスミス VJOPの香り付けは普通より量の多いジュニパーベリー。フィーバー・ツリーのトニック・ウォーターはキニーネ入り。元々、トニック・ウォーターはマラリア予防のキニーネを飲み易くするために作られた薬用飲料水で、更に飲み易くするためか、ジンを加えるようになったということのよう」。
「インドでのマラリア予防。それで、ボンベイ・サファイアというジンもあるんだね」。
「そうそう、ボンベイ・サファイアの、あの青い、透き通ったボトルが旨さを誘いますね」。

料理が運ばれて来た。
「ワイン、飲みましょか」。
「散歩は千鳥足になるかも。でも、飲みましょ」。

昼餉を終えて、柳宗悦によって創設された「日本民藝館」へ。
これは小生の希望で。
柳宗悦は、叔父の嘉納治五郎の別荘が我孫子(千葉県)にあったことから、我孫子に住まいするようになり、同地に志賀直哉らを呼び、我孫子に文人らが集結し、白樺派文学が進展するきっかけをつくったことにより、我孫子市には「白樺文学館」なるものがあり、そこで、柳宗悦の草稿を見たり、地下の音楽室では夫人で声楽家の柳兼子の歌声を聴いたりしたこともあり、駒場の「日本民藝館」を是非訪れてみたいと常々思ったいたので、丁度、よい機会を得、リクエストしたのであった。

日本民藝館本館。
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入館料1100円也。
展示の民藝品の数々を鑑賞。
よくぞ、これだけのものを蒐集したな、そして、分類も、と思うほどに。
展示品もさることながら、建物の内部の造りそのものも見応えがある。

備前さんが係りの人と何やら会話をしたあと、戻って来た。
「大原孫三郎の援助を得て、1936年(昭和11年)に、この地に日本民藝館ができたとのこと」と。
大原孫三郎は、倉敷紡績(クラボウ)、倉敷絹織(クラレ)など経済界で活躍する一方、大原美術館を開設するなど文化事業にも熱心な人であった。
大原孫三郎が柳宗悦の民藝運動にも関わりを持っていたとは知らなかった。
ベンキョーになった。

館内は撮影禁止なので、外で何枚か<カメラ取材>を。
本館入り口の水鉢。
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同じく、本館入り口の水甕(かな?)。
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本館南西角外壁。
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本館南面外壁。
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道を挟んで西側の日本民藝館西館。
こちらは、旧柳宗悦邸を民芸館にしたもの。
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西館の脇に碑が建っている。
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碑の裏面に刻まれた文字。
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不二之碑
日本民藝館創立五十周年記念
昭和六十一年十月
柳 宗理 建立
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柳宗理は、日本民藝館三代目館長。
初代館長は柳宗悦、二代目は陶芸家の濱田庄司(1894-1978)、三代目は宗悦の長男でプロダクトデザイナーの柳宗理(1915-2011)、四代目は実業家(富士ゼロックス元会長)の小林陽太郎(1933-2015)、現在はプロダクトデザイナーの深澤直人となっている。

昭和61年(1986年)が50周年、今年は80周年。
ということで、只今、『創設80周年特別展/柳宗悦・蒐集の軌跡―日本の工芸を中心に-』が開催されているのであった。

見慣れた銘板、登録有形文化財。
「第13-0053号/この建造物は貴重な国民的財産です/文化庁」。
日本民藝館本館、西館共に、登録有形文化財に指定されている。
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「駒場公園を抜けて、渋谷方面へ歩いてゆきましょう。途中、あれこれと眺めながら」との備前さんの案内に従い、日本民藝館をあとにした。

フォト:2016年9月30日

(つづく)

by ryujincho | 2016-09-30 23:57 | 街歩き、村歩き、ポタリング | Comments(0)


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