龍人鳥の徒然フォト日記

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2017年 05月 30日

『コチドリ・ファミリー 2017.5.30』

5月30日(火曜)、晴れ。
昨日、出遭ったコチドリ・ファミリーは、今日も元気にしているだろうかと気になる。
で、手賀沼北岸の道路沿いの駐車場へ行ってみた。

昨日は未舗装バラス敷きとアスファルト舗装が混在する大きな駐車場にいた。
だが、今日は場所を変えて、一軒、店を挟んで西隣の小さな駐車場にいた。

小さな駐車場では、奥の生垣を剪定作業中の地主さんらしき人が、そして、その少し手前に、コチドリの親鳥の姿が。
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さて、雛は?
親鳥が見ている方向に雛がいるのだろうと思い、そちらに目を遣ると、いた、いた、雛が。
親鳥を見て、一安心、雛を見て、二安心。
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ちょこまかと動き回る雛の姿を眺め、楽しませて貰う。
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駐車場には1台だけ車が置かれている。
雛はそちらの方へ歩いて行く。
車の陰に入った。
あれ?車の陰に2羽、いる?
目の錯覚か?
いや、錯覚ではない。
雛と親鳥か?
いや、雛が2羽だ!
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<鳥見ング>図。
雛、2羽が、カワユク、しっかりと写っている。
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昨日は雛が2羽いるような感じでながら、定かでなかったが、やはり、雛は2羽、いたのであった。

車の陰から1羽は出て来たが、もう1羽は何処かへ。

更に、駐車場で遊ぶ雛を眺め、楽しむ。
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一頻り、駐車場で遊んだ雛は奥の家庭菜園へ入って行った。
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そして、親鳥も家庭菜園の方へ。
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家庭菜園の何処へ行ったかと目を凝らす。
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雛はネギ畑の近くにいた。
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親鳥はネギ畑の雛から少し離れたところに姿を現した。
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親鳥は、雛がいるネギ畑とは反対の方を向いて、ピィーと、一声、鳴く。
もう1羽の雛に合図を送っているのであろうか...。
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こうして、昨日と今日と場所を変えて、コチドリ・ファミリーに遊んで貰った。

手賀沼北岸を東へ走り、鳥見ポタリングを更に続ける。

フォト:2017年5月30日、手賀沼北岸にて
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# by ryujincho | 2017-05-30 23:31 | 鳥見雑記 | Comments(0)
2017年 05月 29日

『コチドリ・ファミリー 2017.5.29(Ⅳ)』 kc-4

5月29日(月曜)、晴れ。
手賀沼鳥見ポタリング。

手賀沼の畔で、顔見知りの BIRDERさんから、北岸の道路沿いの駐車場でコチドリの親子が見られるとの情報を貰った。

手賀沼北岸の道路沿いには駐車場が複数ある。
コチドリが好きそうな、河原の砂や石に似た、未舗装バラス敷きの駐車場の前で jitensha を止めた。

親鳥の姿は見ることが出来たが、雛の姿は見当たらない。
親鳥は、変なおっさんが雛のいるところへ近づかないよう、遠ざけよう、遠ざけようとしているように思える(NHK『ダーウィンがきた』の見過ぎかな?)。
雛の姿を見たいが、これ以上、親鳥を追い掛けるのは気が引ける。
jitensha を止めていた駐車場前の歩道まで戻った。

すると、未舗装のバラス敷きのところをコチドリ3羽が歩いている姿が目に入った。
父鳥、母鳥、雛1羽のコチドリ・ファミリーである。
3羽は駐車場の奥の草地に入る。

これで草地の奥に隠れてしまうのだろうな、今日のコチドリ観察はこれで終わりだなと思った瞬間、雛が再び現れ、草地で遊び始めた。

雛ちゃん、大サービスやね、と感謝し、お邪魔ながら、少し、近寄らせて貰い、しっかりとその姿を見させて貰った。

こうして雛の姿をしっかり見させて貰ったことでもあり、これで満足と、再び、jitensha をとめている歩道へ戻った。

コチドリ・ファミリーに感謝!と思い、駐車場を見渡すと、何と、歩道近くの未舗装バラス敷き区画のところに親鳥がいるではないか。
駐車場奥の草地から jitensha をとめている歩道まで戻るときに、後ろをついて来たのだろうか。
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雛の姿は見当たらない。
雛には、先ほど、草地で十分に遊んで貰ったので、そのまま帰ろうとした瞬間、歩道と駐車場の間の白いパイプの柵の近くで何か動くものが。

パイプの影の間に雛がいた。
雛も親と一緒に、駐車場億の草地から jitensha をとめた歩道へ戻る小生の後ろをついて来たのであろうか。

柵から身を乗り出して、雛にカメラを向ける。

柵の隙間から外界を眺めながら、<社会勉強>をしている雛。
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こちらを向いてくれる雛。
この雛ちゃん、やっぱり、サービス精神旺盛なんや!と感謝しながら、シャッターを切る。
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雛は柵の近くから未舗装バラス敷きの区画へ戻り、遊びを続ける。
歩く。
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立ち止まる。
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辺りを見回す。
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地面をついばむ。
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親鳥は雛から少し離れた場所にいる。
親鳥は、時折、ピィーと鳴くが、雛のそばへは行かない。
前話で、親鳥がピィーと鳴くのは、変なおっちゃんが近くにいるよ、と雛に伝えているのかと思ったが、そうではなさそう。
親鳥は、時折、ピィーと鳴いて、自分がいる場所を雛に伝えているように思えた。

雛は暫く遊んだり、地面をついばんだりして、親鳥のいる方へちょこちょこっと走って行った。
これは<鳥見ング>図にて。
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コチドリ(成鳥)の体長は約16cmで、日本で観察できるチドリ類では最小と言わている。
小さなチドリということで、コチドリ(小千鳥)と名付けられていることは申すまでもなきことであろう。
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コチドリの成鳥は、黄色の太いアイリング、嘴から眼を通り側頭部へ続く黒い過眼線、額の黒い斑紋、頸部の黒い首輪状の斑紋などの特徴がある。
その特徴を、<鳥見ング>図、超拡大版で。
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「コチドリ生長記」を見ると、雛はもっともっと小さいときからちょこちょこと動き回り、小さいながら虫などの餌をしっかりと食べている。
今回、見た雛は孵化してから相当日数が経過し、かなり成長した姿であった。
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コチドリ・ファミリーに大いに楽しませて貰った。
写真データを見たところ、1枚目は12時05分、最後の1枚は12時31分、約30分に亘って楽しませて貰ったこととなるが、随分と長い時間、楽しませて貰ったような気がした。
コチドリ・ファミリーに感謝!

フォト:2017年5月29日、手賀沼北岸にて

(「コチドリ・ファミリー 2017.5.29」 完)
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# by ryujincho | 2017-05-29 23:40 | 鳥見雑記 | Comments(0)
2017年 05月 29日

『コチドリ・ファミリー 2017.5.29(Ⅲ)』 kc-3

5月29日(月曜)、晴れ。
手賀沼鳥見ポタリング。

手賀沼の畔で、顔見知りの BIRDERさんから、北岸の道路沿いの駐車場でコチドリの親子が見られるとの情報を貰った。

手賀沼北岸の道路沿いには駐車場が複数ある。
コチドリが好きそうな、河原の砂や石に似た、未舗装バラス敷きの駐車場の前で jitensha を止めた。

親鳥の姿は見ることが出来たが、雛の姿は見当たらない。
親鳥は、変なおっさんが雛のいるところへ近づかないよう、遠ざけよう、遠ざけようとしているように思える(NHK『ダーウィンがきた』の見過ぎかな?)。
雛の姿を見たいが、これ以上、親鳥を追い掛けるのは気が引ける。
jitensha を止めていた駐車場前の歩道まで戻った。

すると、未舗装のバラス敷きのところをコチドリ3羽が歩いている姿が目に入った。
父鳥、母鳥、雛1羽のコチドリ・ファミリーである。
3羽は駐車場の奥の草地に入る。

これで草地の奥に隠れてしまうのだろうな、今日のコチドリ観察はこれで終わりだなと思った瞬間、雛が再び現れ、草地で遊び始めた。

雛ちゃん、大サービスやね、と感謝し、お邪魔ながら、少し、近寄らせて貰う。
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<鳥見ング>図。
ふわふわの羽毛の雛ちゃん。
カワユイ!
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こうして雛の姿をしっかり見させて貰った。
これで満足と、再び、jitensha をとめている歩道へ戻った。
すると、再び、...。

フォト:2017年5月29日、手賀沼北岸にて

(つづく)
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# by ryujincho | 2017-05-29 23:39 | 鳥見雑記 | Comments(0)
2017年 05月 29日

『コチドリ・ファミリー 2017.5.29(Ⅱ)』 kc-2

5月29日(月曜)、晴れ。
手賀沼鳥見ポタリング。

手賀沼の畔で、顔見知りの BIRDERさんから、北岸の道路沿いの駐車場でコチドリの親子が見られるとの情報を貰った。

手賀沼北岸の道路沿いには駐車場が複数ある。
コチドリが好きそうな、河原の砂や石に似た、未舗装バラス敷きの駐車場の前で jitensha を止めた。

親鳥の姿は見ることが出来たが、雛の姿は見当たらない。
親鳥は、変なおっさんが雛のいるところへ近づかないよう、遠ざけよう、遠ざけようとしているように思える(NHK『ダーウィンがきた』の見過ぎかな?)。
雛の姿を見たいが、これ以上、親鳥を追い掛けるのは気が引ける。
jitensha を止めていた駐車場前の歩道まで戻った。

すると、未舗装のバラス敷きのところをコチドリ3羽が歩いている姿が目に入った。
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何処にいるかって?
その答えは、<鳥見ング>拡大図にて。
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写真、右上と左下の姿ははっきりと見える。
もう1羽は右上に見える1羽の左斜上にいる。
色の濃さからして、左下と右上は親鳥に見える。
但し、更に拡大してみると、右上の1羽も雛のように見えなくもない。
残り1羽は色が薄く、雛であることは間違いない。
=宿題=
コチドリは、父鳥と母鳥の両方が子育てをするのであろうか?
それとも母鳥だけでなのであろうか?
因みに、コチドリの雛は、孵化した後、親鳥に餌を貰うことなく、雛自らが餌をついばむと聞いたことがあり、母鳥のみで子育てするのかもしれない。
今後のベンキョー事項とする。

コチドリの成鳥は、黄色の太いアイリング、嘴から眼を通り側頭部へ続く黒い過眼線、額の黒い斑紋、頸部の黒い首輪状の斑紋などの特徴がある。
こうした特徴から、体が未舗装バラス敷きに同化する保護色であっても、その姿は視認出来る。

一方、雛はそうした特徴の色が薄く、未舗装バラス敷きに同化して、まさに保護色となり、その姿は視認し辛い。
ということで、雛をズームで撮ろうとするが、ピントが合わない。
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雛のいる近くまで行ってみたいが、機嫌よく遊んでおり、それを邪魔するつもりはない。
遠く離れた歩道からコチドリ・ファミリーを眺める。

コチドリ・ファミリーは駐車場の奥の方へ歩いて行く。
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雛ちゃん、親鳥から離れて、何処へ行くんだい?
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駐車場の奥の草地に入る。
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草地の奥で親子3羽が合流した。
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親子3羽、<鳥見ング>図。
左/雛、中央/親鳥。
右(少しだけ顔が見える)は親鳥のようにも見えるし、雛のようにも見える。
となると、雛は2羽、いることとなるが、さて?
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これで草地の奥に隠れてしまうのだろうな、今日のコチドリ観察はこれで終わりだなと思った瞬間、雛が再び現れ、草地で遊び始めた。
雛ちゃん、大サービスやね、と感謝し、お邪魔ながら、少し、近寄らせて貰う。

フォト:2017年5月29日、手賀沼北岸にて

(つづく)
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# by ryujincho | 2017-05-29 23:38 | 鳥見雑記 | Comments(0)
2017年 05月 29日

『コチドリ・ファミリー 2017.5.29(Ⅰ)』 kc-1

5月29日(月曜)、晴れ。
手賀沼鳥見ポタリング。

手賀沼の畔で、顔見知りの BIRDERさんから、北岸の道路沿いの駐車場でコチドリの親子が見られるとの情報を貰った。

手賀沼北岸の道路沿いには駐車場が複数ある。
コチドリが好きそうな、河原の砂や石に似た、未舗装バラス敷きの駐車場の前で jitensha を止めた。

時折、ピィー、ピィーという鳥の鳴き声が聞こえる。
駐車場の奥の方から聞こえる。
そちらの方に目を凝らす。
親鳥が座り込んで鳴いている姿を見つけた。
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<鳥見ング>図。
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親鳥のピィー、ピィーという鳴き声は「変なおっさんが来たから気をつけろよ~!」と雛に伝える合図のように聞こえる。

雛の姿は見当たらない。
親鳥は急に立ち上がり、河原に似た未舗装バラス敷きのところからアスファルト敷きの方へと走る。
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野鳥を追い回すのは本意ではないが、暫し、勘弁して貰う。

今度はアスファルト敷きのところで、再び、座り込む。
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一声、ピィーと鳴く。
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すっくと立ち上がった。
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ピィーと鳴きながら、駐車場の奥の方へ歩いて行く。
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ちらっと、後方の様子を窺っているよう。
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雛の姿は見当たらない。
雛の声も聞こえない。
親鳥は、変なおっさんが雛のいるところへ近づかないよう、遠ざけよう、遠ざけようとしているように思える(NHK『ダーウィンがきた』の見過ぎかな?)。
雛の姿を見たいが、これ以上、親鳥を追い掛けるのは気が引ける。
jitensha を止めていた駐車場前の歩道まで戻った。
すると...。

フォト:2017年5月29日、手賀沼北岸にて

(つづく)
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# by ryujincho | 2017-05-29 23:37 | 鳥見雑記 | Comments(0)
2017年 05月 29日

『カワウ談義 2017.5.29』

5月29日、晴れ。
手賀沼鳥見ポタリング。

顔見知りの人と、杭にとまったカワウを眺めながら、カワウ談義。
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「カワウが羽を広げているのは、羽を乾かしているからだそうですね」。
「そのようですね。普通、水鳥は羽に油分があって水を弾くのですが、カワウは油分が少ないので水を弾かないそうです」。
「水鳥なのに、おかしなことですね」。
「油分がないと浮力が減り、その分、潜りやすくなり、深いところまで潜れるというメリットがあるそうです。カワウは、進化の過程で、油分が少ないことによるメリットとデメリット、即ち、深くまで潜れるというメリットと羽を乾かさねばならず、面倒臭いというデメリットの両方を選択したということになりますね」。
「カイツブリは羽を乾かしていないから、油分が多いということになりますね。カワウとカイツブリはそれぞれ、どれくらいの深さまで潜れるのでしょうね」。
「さて、そういう話になると、鳥の博物館の学芸員さんに尋ねなければなりませんね。

筆者としては、カイツブリとの比較ではなく、ペンギンとの比較が頭の中を過ぎったが、ペンギンの話をし始めると長くなってしまうので、カワウ談義はここまでとした。
そのとき、上空をカワウが東から西へ通り過ぎて行った。
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このカワウは、何処で何時間、羽を乾かしていたのだろう...。

フォト:2017年5月29日、手賀沼にて
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# by ryujincho | 2017-05-29 23:36 | 鳥見雑記 | Comments(0)
2017年 05月 29日

『カイツブリ・ファミリー 2017.5.29(Ⅴ)/5分後、二度目の給餌』 kt-5

5月29日(月曜)、晴れ。
手賀沼鳥見ポタリング。
一昨日、雛を背中に乗せたカイツブリ親子に出遭った。
昨日、また、遭えるかと思い、出掛けたが、空振りだった。
で、今日、また、遭えるだろうとの期待を持って出掛けた。

カイツブリの親子が泳いでいる。
期待通り、カイツブリの親子に遭遇。
雛の遊泳練習の様子、親鳥の背中で眠る様子、そして、父鳥からエビを貰う様子などを眺めた。

父鳥は雛にエビを与え、雛が見事に呑み込んだことを見届けたのち、再び、水中に潜り、そのまま姿を見せず。
母鳥と雛は泳ぎ始めた。
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ちょっと、目を離した隙に、雛の姿を見失ったが、母鳥の背中が丸く盛り上がっている。
雛は花鳥の背中に乗り、母鳥の翼の中に潜り込んだようだ。
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母鳥は雛を背中に乗せ、マコモの茂みの方へ泳いで行く。
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雛の姿が見える。
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<鳥見ング>図で見てみると、母鳥の背中からずり落ちそうに、或いは、降りかけているように見える。
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マコモの茂みに至る。
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<鳥見ング>図で見てみると、雛はしっかりと母鳥の背中に乗っかっている。
先ほどは、ずり落ちそうになっていたのであろう。
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カコモの茂みにいるカイツブリの親子から目を離し、全景を楽しむ。
杭の上には、さきほどからずっとカルガモが2羽、そこにコブハクチョウが現れた。
カイツブリ、カルガモ、コブハクチョウと、ちょっとした動物園である。
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コブハクチョウが「羽ばたきますよー」との仕草を見せる。
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連射、連射、連射...。
その一部をアップロード。
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<ハクチョウ・ショー>が終わったところに、再び、カイツブリの父親が現れた。
嘴にエビを銜えている。
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マコモの茂みの方へ泳いで行く。
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母鳥と雛が待っている方向へと泳いで行く。
「おとうちゃーん!」と雛が呼んでいる声が聞こえる(ような気がする)。
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父鳥の嘴にはエビがしっかりと銜えられている。
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雛が父鳥の方へ泳いで行く。
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雛が父鳥からエビを貰い始める。
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父鳥から雛にエビが渡った。
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雛がエビを銜えている。
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嘴を上に上げることなく、エビを呑み込んだようだ。
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先ほど、見た父鳥から雛への給餌のときは、母鳥は給餌の様子を眺めていたが、今回の母鳥の動きを見ると、父鳥と雛の間でエビの受け渡しが始まった頃から、正面、或いは、反対側に向きを変えている。
雛を狙う猛禽類とかの天敵の襲来を見張っていたのかもしれない。

一度目に見た給餌から二度目の給餌まで随分と時間が経ったような気がしたが、フォト・データを見ると、5分程度の間隔であった。
父鳥は1日にどれくらい雛に餌を運んで来るのであろうか。
ご苦労さん!

父鳥は餌を求めて、何処かへ。
母鳥と雛は、マコモの茂み近くで、父鳥が餌を持って帰って来るのを待っている様子。
雛はエビを食べて満腹になったのか、母鳥の背中で眠ってしまったようだ。
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遊泳練習、給餌、背中におんぶなどの様子を大いに楽しませて貰った。
随分と長い時間、楽しませて貰ったような気がする。
写真データを見たところ、1枚目は10時51分、最後の1枚は10時58分、小一時間に亘って楽しませて貰ったこととなる。

カイツブリ・ファミリーに感謝!

五月雨に鳰の浮巣を見にゆかん 芭蕉
(さみだれに におのうきすを みにゆかん )  

四方より花吹き入れて鳰の湖  芭蕉
(しほうより はなふきいれて におのうみ )

鳰(にお)はカイツブリのこと。
鳰の湖(におのうみ)は琵琶湖のこと。

芭蕉が琵琶湖でカイツブリを眺めるのを楽しみにしていたことがよく分かる。
                  
フォト:2017年5月29日、手賀沼にて

(「カイツブリ・ファミリー 2017.5.29」 完)
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# by ryujincho | 2017-05-29 23:35 | 鳥見雑記 | Comments(0)
2017年 05月 29日

『カイツブリ・ファミリー 2017.5.29(Ⅳ)/父鳥、登場、そして、給餌』 kt-4

5月29日(月曜)、晴れ。
手賀沼鳥見ポタリング。
一昨日、雛を背中に乗せたカイツブリ親子に出遭った。
昨日、また、遭えるかと思い、出掛けたが、空振りだった。
で、今日、また、遭えるだろうとの期待を持って出掛けた。

カイツブリの親子が泳いでいる。
雛は遊泳練習中であるようだ。
遊泳練習を終え、雛は親の背中に乗っかり、東のゾーンから西のゾーンへ。
雛は親鳥の背中で眠ってしまったようで、親鳥は西のゾーンで<停泊>。

近くの家庭農園でチョウを撮ったりして、時間潰し。
水辺に戻ってみると、カイツブリの親子は、再び、東のゾーンにいた。

「お子さん、すくすくと育ってますね」とカイツブリの母鳥に声を掛ける(右側の)カルガモさん。
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父鳥が水の中から現れる(写真右、水面から顔を出している)。
嘴で、白い、あるいは、透明に近い色の、エビを銜えている。
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雛は母鳥から離れ、父鳥の方へ向かって泳ぎ始める。
父鳥もエビを銜えて、雛の方に向かっている。
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父鳥が雛にエビを与えようとしている。
母鳥も反転して、雛が父鳥からエビを貰うのを見守っている(母鳥は、左側のカルガモの影にいる)。
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雛が父鳥からエビを貰った。
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雛はエビを呑み込み始めた。
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雛の嘴の先にエビの頭とヒゲが僅かに見えている。
雛は見事にエビを飲み込んだのである。
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小さな画像なのに、何故、父鳥から雛への給餌の様子がそんなに仔細が見えるのかって?
それは、パソコンで画像を拡大して見ているから。
ということで、給餌の観察記録として、拡大<鳥見ング>版もアップロードしておこう。
写りは、然程、よろしくないが...。

父鳥から雛へエビを与えようとしている。
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雛が父鳥からエビを貰った。
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雛はエビを呑み込み始めた。
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雛の嘴の先にエビの頭とヒゲが僅かに見えている。
雛は見事にエビを飲み込んだのである。
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昨今、人間社会では「イクメン」という言葉があるようだ。
子育てする男性のことをいうのだそうだ。
カイツブリの社会では昔からそれが当たり前。
人間社会だって、「イクメン」などと言われずとも、昔から、男も子育てをやっている。
昔と今じゃ、ちょいと形は違うんだろうけどね...。

フォト:2017年5月29日、手賀沼にて

(つづく)
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# by ryujincho | 2017-05-29 23:34 | 鳥見雑記 | Comments(0)
2017年 05月 29日

『カイツブリ・ファミリー 2017.5.29(Ⅲ)/背中に乗っかって』 kt-3

5月29日(月曜)、晴れ。
手賀沼鳥見ポタリング。
一昨日、雛を背中に乗せたカイツブリ親子に出遭った。
昨日、また、遭えるかと思い、出掛けたが、空振りだった。
で、今日、また、遭えるだろうとの期待を持って出掛けた。

カイツブリの親子が泳いでいる。
雛が親の背中に乗ってくれれば、ラッキーと思いながら、暫く、親子を見つづける。
雛は親の背中に乗りたがっているような仕草を見せるが、親鳥は甘やかすことなく、背中には乗せず、遊泳練習をさせている。
かなり長く、遊泳練習が続いた。
親鳥は「はい、泳ぎの練習はここまで!」と合図をしたのか、遂に雛が親の背中に乗っかった。

「雛、親鳥の背中に乗っかるの図」。
写真5葉とその<鳥見ング>版の都合10葉にて、その模様を。
a0289546_1215528.jpg
<鳥見ング>図。
a0289546_122582.jpg
親鳥は雛を背中に乗せ、東から西へと泳いで行く。
a0289546_964159.jpg
<鳥見ング>図。
先ほどまで雛は進行方向に向いていたが、今度はこちらを向いている。
この<鳥見ング>で、雛が親鳥の背中にどうやって乗っかっているのかがよく分かる。
雛は親鳥の翼の中に入って、翼の隙間から顔を出しているのであった。
a0289546_965341.jpg
西へ、西へと泳ぎ進み、杭を通過。
a0289546_924541.jpg
<鳥見ング>図。
この角度から見ると、親鳥が翼を少し立てて、その中に雛が入り込んでいるということがよく分かる。
a0289546_925432.jpg
反対側(西側)の杭に近づく。
a0289546_937820.jpg
<鳥見ング>図。
完全にリラックスしている雛。
親鳥の背中は、ねんねこの如し、暖かいのだろう。
a0289546_9371749.jpg
西側の杭を通り過ぎることなく、杭の手前で<停泊>。
雛は、親の背中で、ねんねこに包まれ、眠ってしまったようである。
a0289546_9514839.jpg
<鳥見ング図>。
a0289546_9522587.jpg

三脚なしの手持ち望遠は手振れ、ブレ、ブレ、更に、腕もワルイで、写りはいまひとつだが、カイツブリ親子の2017年初夏の記録として...。

フォト:2017年5月29日、手賀沼にて

(つづく)
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# by ryujincho | 2017-05-29 23:33 | 鳥見雑記 | Comments(0)
2017年 05月 29日

『カイツブリ・ファミリー 2017.5.29(Ⅱ)/水浴び』 kt-2

5月29日(月曜)、晴れ。
手賀沼鳥見ポタリング。
前々日に続き、カイツブリの親子に遭遇。
雛を親の背中に乗ってるいる姿を期待するも、いつも、いつもその姿を見られるとは限らない。
じっと、岸から親子の様子を眺めているとこんな姿を見ることが出来た。

子育て中とはいえ、身だしなみに余念のない、カイツブリのおっかさん。
a0289546_1572994.jpg


フォト:2017年5月29日、手賀沼、<鳥見ング>加工にて

(つづく)
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# by ryujincho | 2017-05-29 23:32 | 鳥見雑記 | Comments(0)
2017年 05月 29日

『カイツブリ・ファミリー 2017.5.29(Ⅰ)/遊泳練習』 kt-1

5月29日(月曜)、晴れ。
手賀沼鳥見ポタリング。
一昨日、雛を背中に乗せたカイツブリ親子に出遭った。
昨日、また、遭えるかと思い、出掛けたが、空振りだった。
で、今日、また、遭えるだろうとの期待を持って出掛けた。

いた、いた、カイツブリの親子が泳いでいる。
雛が親の背中に乗ってくれれば、ラッキーと思いながら、鳥見をつづける。

優しげに雛を見つめる親、甘えたように親を見つめる雛。
a0289546_1133177.jpg
雛が親に近づいて行く。
背中に乗るかな、乗るかな、と期待して、眺める。
a0289546_113406.jpg
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a0289546_117867.jpg
乗らずに親子は離れてしまった。
a0289546_1184694.jpg
再び、親子で泳ぎ出した。
遊泳練習中なのであろう。
a0289546_1203132.jpg
親は愛情たっぷりだが、甘やかすことなく、育てているようである。

岸に立ち、カイツブリの親子を見続ける。

フォト:2017年5月29日、手賀沼にて

(つづく)
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# by ryujincho | 2017-05-29 23:31 | 鳥見雑記 | Comments(0)
2017年 05月 28日

『オオヨシキリ 2017.5.28(Ⅲ)』

5月28日、晴れ。
手賀沼鳥見ポタリング。

オオヨシキリ。
さあ、鳴くよ、鳴くよ。
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嘴を少し開いて。
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嘴を大きく開いて、ギョシ、ギョシ、ギョシ。
a0289546_16501948.jpg
で、ちょっと、一服。
a0289546_16503154.jpg


フォト:2017年5月28日、手賀沼南岸にて
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# by ryujincho | 2017-05-28 23:33 | 鳥見雑記 | Comments(0)
2017年 05月 28日

『オオヨシキリ 2017.5.28(Ⅱ)』

5月28日、晴れ。
手賀沼鳥見ポタリング。

オオヨシキリ。
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フォト:2017年5月28日、手賀沼南岸にて
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# by ryujincho | 2017-05-28 23:32 | 鳥見雑記 | Comments(0)
2017年 05月 28日

『オオヨシキリ 2017.5.28(Ⅰ)』

5月28日、晴れ。
手賀沼鳥見ポタリング。

オオヨシキリ。
気持ちのいいくらいに、大きく、くちばしを開けて鳴く。
a0289546_15541330.jpg
喉の奥が見えんばかりに、大きく、くちばしを開けて鳴く。
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フォト:2017年5月28日、手賀沼南岸にて(トリミング)
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# by ryujincho | 2017-05-28 23:31 | 鳥見雑記 | Comments(0)
2017年 05月 27日

『手賀沼上空雲龍図』

5月27日(土曜)、晴れ。
手賀沼鳥見ポタリング。

途中から、今にも龍が現れそうな雲行きに。
a0289546_1301119.jpg
顔馴染みの BIDERさんも愛機を構え、龍の出現を待つ。
a0289546_1302896.jpg
暫くすると、再び、晴れに。
龍は現れなかった...。

フォト:2017年5月27日、手賀沼にて
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# by ryujincho | 2017-05-27 23:34 | 鳥見雑記 | Comments(0)
2017年 05月 27日

『カイツブリ・ファミリー 2017.5.27(Ⅱ)』

5月27日(土曜)、晴れ。
手賀沼鳥見ポタリング。
カイツブリの親子に出会う。

先ほどまで、親鳥の背中に乗っかっていた雛は独りで泳ぎ出した。
親のあとを追いかけながら。
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雛は「もう一度、背中に乗せてくれよぉ」と親の背中に乗りそうになるが...。
a0289546_11524910.jpg
「だめ、だめ、自分で泳ぎなさい」といわれてしまったよう。
写真の写りがよろしくなく、不鮮明ながら、雛は<沈没>しそうになっている?
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雛は気を取り直して泳ぎ始めた。
親鳥は振り返って、雛の様子を見ている。
a0289546_11585164.jpg
もう一度、背中に乗せてやるのかと思ったが、甘やかしはしなかった。
背中に乗って欲しいのは、こちとらの<鳥見写真>的に、との思いだけで、親鳥には親鳥の教育方針があるのだ。

フォト:2017年5月27日、手賀沼にて
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# by ryujincho | 2017-05-27 23:33 | 鳥見雑記 | Comments(0)
2017年 05月 27日

『カイツブリ・ファミリー 2017.5.27(Ⅰ)』

5月27日(土曜)、晴れ。
手賀沼鳥見ポタリング。
カイツブリの親子に出会う。

親鳥は雛を背中に乗せて。
a0289546_1814732.jpg
雛は親鳥の背中から降りて遊泳。
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フォト:2017年5月27日、手賀沼にて
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# by ryujincho | 2017-05-27 23:32 | 鳥見雑記 | Comments(0)
2017年 05月 27日

『オオバン・ファミリー 2017.5.22 & 5.27』

5月22日、手賀沼で鳥見。
オオバンの親子に出遭う。
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オオバンの雛。
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雛の額板は赤いが、成長するにつれ、白色に。
いつも、この変化を観察して行こうと思うも、そうしたことに遭遇したことは皆無。

5月27日、手賀沼で鳥見。
再び、オオバン・ファミリーに出遭った。
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オオバンの雛たち。
a0289546_18322316.jpg
赤い額板に加え、弁足(木の葉形状の水かき)にも注目。
a0289546_18323587.jpg
雛の額板が成長するにつれ、赤から白色に変化していくところを観察したいといつも思うのだが、そうした姿に遭遇したことは未だ一度もない。
さて、今年は?

フォト#1、#2:2017年5月22日、手賀沼にて
フォト#3、#4:2017年5月27日、手賀沼にて
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# by ryujincho | 2017-05-27 23:31 | 鳥見雑記 | Comments(0)
2017年 05月 23日

『オオカミ談義』

仲間内でオオカミ談義。
山に仕掛けた害獣駆除のためのワナの話題に端を発し、三峯神社の眷属の狼は数あるご利益の中のひとつとして四足退散の守護神でもあること、W大探検部は秩父でオオカミ探しをしているとのこと、はたまた、眷属のおかみ様や真神の子孫の大口マックも登場。
これらの談義を「オオカミ談義」と題し、綴り残しておきたい。

5月半ば、輪友、大給守さんからドラポタ・メンバー宛てに国許便りが到来。
-------------------------------
方々
今日はキノコ会開催の山で、 斜度40度以上の急斜面に紅葉の若木を記念植樹。
獣道を通り、ほぼ絶壁状態の斜面に5本植樹。
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土曜の雨で2~3年の原木から椎茸が一気に出てきて、15分ほどの収穫で添付フォトの通りの収穫。
大きいものは直径17cm。
a0289546_17382017.jpg
スーパーで売っている、菌床栽培の椎茸と比べると別物の旨さ。
早速、塩を振り、炙って食すと、絶品旨さ。 
いくらでも食えます。

植樹メンバーには猟師もいます。
シカその他の食害を看過できず、山に檻や足をとらえるワナを仕掛けています。
山に仕掛けた檻での捕獲はゼロ。
足をとらえるワナで、これまでに、鹿4頭、タヌキ1頭、ハクビシン1頭を捕獲。
鹿は既に何回か胃袋に入りました。

大給
--------------------------------

上総からの返信。
--------------------------------
1枚目の写真、ええ写真!
ここから切り出した石は何処の古墳に?と、最近、何でも古墳に結びつけてしまう癖あり。
ここ暫く、古墳めぐりをやっている関係で...。

鹿や狸の肉は喰っても、ハクビシンの肉は喰わないでせう。
剥製に?それとも、襟巻きに?

岩山に 紅葉愛でけり 鹿の声  霹靂火

上総
---------------------------------

大給守さんからの返信。
----------------------------------
人の胃袋に入るのは、鹿のロースの一部のみ。 
ドラム缶改造の燻製器で桜と胡桃のチップで燻した燻製で食します。
鹿鍋で食すこともあります。
残りの部位と、狸、ハクビシンは、焼却施設へ持ち込み、有料焼却処理です。
大給
-----------------------------------

上総からドラポタ・メンバーに送信。
-----------------------------------
方々
先日、一泊二日で三峯神社参拝。
早朝、ご来光を拝み(雲間に微かに)、雲海を眺め、温泉に入って<禊>を行い、朝7時から気温10度以下の拝殿で祝詞、御祓い、御神楽奉納、そのあと、朝食を頂戴し...ということで、すっかり清い身となりました。
そして、長瀞ラインくだり、川越観光のおまけも楽しみ、帰館。

先般の大給守殿電子飛脚便に「...シカその他の食害を看過できず、檻やワナを仕掛け...」とあり。

三峯神社の御祭神、由緒などに目を通していたところ、「御祭神は伊弉諾尊、伊弉册尊...(中略)...御神徳は家内案安全・諸業繁栄・開運成功・縁結び・交通安全・諸災消除・海上安全・大漁満足・病気平癒等の御守護をいただきます。又、御眷属・大口真神の霊験あらたかなことは古来広く世に知られるところで、養蚕倍盛・火防盗賊除・四足退散の守護神として信仰されています」とあり。

御眷属・大口真神とは、オオカミのことでありますから、害獣除けにはオオカミの存在が最善なのでありませう。

「大口真神」について、ウィキペディアを参照すると次の通りであります。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
真神(まかみ)は、日本に生息していた狼(ニホンオオカミ)が神格化したもの。
大口真神(おおくちのまがみ、おおぐちまかみ)、御神犬とも呼ばれる。
真神は古来より聖獣として崇拝された。
大和国(現在の奈良県)にある飛鳥の真神原の老狼は、大勢の人間を食べてきたため、その獰猛さから神格化され、猪や鹿から作物を守護するものとされた。
『万葉集』巻八には「大口の まかみの原に ふる雪は いたくなふりそ 家もあらなくに」(舎人娘子)と記され、少なくとも(大和国風土記の逸文と合わせ)8世紀からみられる。
人語を理解し、人間の性質を見分ける力を有し、善人を守護し、悪人を罰するものと信仰された。
また、厄除け、特に火難や盗難から守る力が強いとされ、絵馬などにも描かれてきた。
現在も埼玉県秩父地方の神社を中心に、狼が描かれた神札(お札)が頒布され、信仰を集めている。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

御眷属・大口真神をコレクションするなど罰当たりとならぬようお許し戴き、狛犬コレクターとして、<狛犬>ならぬ<狛狼>四対をコレクション。

<狛狼>四対を超アップでご披露します。
先ず、遥拝殿近くの鳥居脇の<狛狼>。
阿形像。
a0289546_131147.jpg
吽形像。
a0289546_1313193.jpg
随身門脇の<狛狼>。
阿形像。
a0289546_1345066.jpg
吽形像。
a0289546_135552.jpg
参道中程の<狛狼>。
阿形像。
a0289546_1352543.jpg
吽形像。
a0289546_1354673.jpg
社殿前、石段中程の<狛狼>。
阿形像。
a0289546_1363378.jpg
吽形像。
a0289546_1364786.jpg
上総
------------------------------------

武衛さんからの返信。
-------------------------------------
上総守殿、方々
上総守殿には三峰詣りの本懐を遂げられ、先ずはおめでとうございます。
狼(日本犬)は古墳巡りで訪ねた保渡田古墳群の八幡塚古墳出土の埴輪にもある霊獣、一方、欧州では家畜を襲う悪魔として目の敵にされてきたほど、扱いに違いがある様です。
某は一昨日から、眷属のおかみ様と真神の子孫の大口マックを連れて、ラフォーレで芝刈りを執り行い、富士山等を遠く望み、連れ添って37年になった、おかみ様の霊鎮めをしてきました。
武衛
--------------------------------------

「眷属のおかみ様と真神の子孫の大口マック」、「芝刈り、富士山、おかみ様の霊を鎮める」とは、上手いこと、言うやないか、腕、上げたなあ、と某漫才コンビの常套文句を頭の中に思い浮かべながら、独り笑いするのであった。

南国守さんからの返信。
-------------------------------------
上総守殿、方々
某の山仲間の友人は早稲田の探検部ですが、その仲間が数年前から秩父と奥多摩の境あたりで、ニホンオオカミの足跡をおっております。
定期的に定点写真観測を繰り返し、幻の映像をとらえようと、、、
鹿とか、狸、ハクビシンなどは映っているらしいですが、まだオオカミはとらえていないようです、、、
南国
--------------------------------------

上総からの返信。
---------------------------------------
南国守殿、方々

そうですか、お友達のW大探検部OBさんはオオカミを探していますか。
ネッシー、イッシー、ツチノコなんぞは?ながら、オオカミはまだいる可能性は大やと思います。

「早稲田大学探検部 オオカミ」で検索してみました。
いろいろと掲載されていますね。

この機会に、ニホンオオカミについてウィキペディアを参照し、ベンキョー。
遺跡めぐり、古墳めぐりに入れ込んでいる今の小生には、次の記述が大いにベンキョーになりました。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
日本列島では縄文時代早期から家畜としてのイヌが存在し、縄文犬と呼ばれている。
縄文犬は縄文早期には体高45センチメートル程度、縄文後期・晩期には体高40センチメートルで、猟犬として用いられていた。
弥生時代には大陸から縄文犬と形質の異なる弥生犬が導入されるが、縄文犬・弥生犬ともに東アジア地域でオオカミから家畜化されたイヌであると考えられており、日本列島内においてニホンオオカミが家畜化された可能性は形態学的・遺伝学的にも否定されている。
なお、縄文時代にはニホンオオカミの遺体を加工した装身具が存在し、千葉県の庚塚遺跡からは縄文前期の上顎犬歯製の牙製垂飾が出土している。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(筆者注)
「千葉県の庚塚遺跡」とあるが、千葉県内には同じ名称の遺跡が千葉市稲毛区と山武郡山武町にある。
更に、庚塚古墳なるものが千葉市中央区にある。

初日、希望者は奥の院までとの予定で、三峯神社には昼過ぎに到着。
しかし、二瀬ダムを過ぎた辺りから徐々に霧が出始め、三峯神社につく頃には霧、霧、霧...。
ということで、奥の院参拝は中止。
残念というか、楽チンになったというか、オオカミに遭いそびれたというか...。
上総
---------------------------------------

大給守さんからの返信。
----------------------------------------
上総守殿 方々

本日の信濃毎日新聞の東北信版記事で、21日長野市で「日本オオカミ教会」協会長を務める丸山東京農工大学名誉教授の講演会「オオカミの復活による自然生態系の再生保護と農林水産業の振興」の講演会の開催が報じられています。

シカの食害が深刻化する森林について、オオカミの復活で守ることができる。
海外からオオカミを導入する構想を説明、中国に生息する「ハイイロオオカミ」はかつて日本に生息したオオカミと同種のため、生態系に悪影響は出ないとの考えを示し、アメリカイエローストーン国立公園のオオカミ移入例を紹介したとあります。
オオカミは臆病で人を恐れるため、人前には姿を見せないとの考えを示したとの事です。

農産物、森林の鹿による食害は深刻で、ハンターの老齢化による減少がシカの増加の直接理由であり、オオカミ導入は解決策であるかもしれません。
ペットの飼育ができず、自然に放したことによる、ミンク、ハクビシンなども害獣で、オオカミ導入の方がましであるかと思います。
大給
----------------------------------------

上総からの返信。
-----------------------------------------
大給守殿、方々

おはようございます。
信濃毎日新聞記事の紹介、サンキューです。

やはり、オオカミで害獣を退治しようと考えている学者先生がいるんですね。
この先生はハイイロオオカミの移入を考えているようですね。
先日、ニホンオオカミについてウィキペディアでベンキョーした際、「」ニホンオオカミは、同じく絶滅種である北海道に生育していたエゾオオカミとは、別亜種であるとして区別される。エゾオオカミは大陸のハイイロオオカミの別亜種とされているが、ニホンオオカミをハイイロオオカミの亜種とするか別種にするかは意見が分かれており、別亜種説が多数派であるものの定説にはなっていない」とありました。
この先生は、ニホンオオカミは中国に生息するハイイロオオカミと同種と考えているようですね。

以前、山階鳥類研究所での鳥の分類の講座で、ユーラシア大陸の西と東にいる鳥でもDNAを調べば直ぐに同種、亜種、別種が分かり、最早、形態や色での識別、分類など、これまでの手法は通じないというようなことを聴いた記憶があり、ニホンオオカミがハイイロオオカミの同種、亜種、別種かは、ニホンオオカミの剥製が残っていることでもあり、DNAを調べれば直ぐに分かることではないかと思うのであります。

ニホンオオカミとハイイロオオカミが同種と判明しない限りは、ハイイロオオカミを移入しては駄目だと思うのであります。
何故なら、ニホンオオカミが生きているなら、移入した<外来種>のハイイロオオカミに駆逐されてしまうからであります。
最もよいのは、W大探検部OBによりニホンオオカミが発見されることであり、これを期待したいと思います(W大OBとしても)。

大給守殿の電子飛脚便を読みながら、某の敬愛する動物カメラマン、ジム・ブランデンバーグの撮ったオオカミの写真が目に浮かびました。
「ジム・ブランデンバーグ」で検索してみてください。
オオカミのみならず、数々の、素晴らしい動物写真が現れます。

「ジム・ブランデンバーグ」関連でこんなブログも綴っています。
2014年8月4日付け
「心象風景/ジム・ブランデンバーグ」
2012年2月10日付け
「ジム・ブランデンバーグ写真展 "A TRIBUTE TO NATURE" (Ⅰ)」
「ジム・ブランデンバーグ写真展 "A TRIBUTE TO NATURE" (Ⅱ)」

ニホンオオカミの話に戻ります。
ウィキペディアによれば、ニホンオオカミの耳は短いとあり、剥製の写真を見てもそのように見えます。
三峯神社で6対の<狛狼>を”発見”しましたが、顔の長いもの、短いもの、耳の長いもの、短いものなど、形態はいろいろでありました。
社殿内に鎮座した、真っ白な<狛狼>の顔は長く、耳も流れるように長く、まさに神の使いに相応しい姿でありました。

この機会に、国立科学博物館に足を運び、ニホンオオカミ(の剥製)を見てみたいと思い居ります。

信濃毎日新聞記事の紹介、サンキューでした。

上総
------------------------------------------

三峯神社での<狛狼>コレクションは、ブログ「三峯神社参拝」全8話の中で、第1話、第2話、第7話、第8話として掲載している。
『三峯神社参拝/霧中散策(上)』
『三峯神社参拝/霧中散策(中)』
『三峯神社参拝/朝日の中の散策(上)』
『三峯神社参拝/朝日の中の散策(下)』

これら以外の<狛犬>コレクションもここに掲載しておきたい。

飴。
<狛狼コレクション>+<龍コレクション>。
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<狛狼>単独で。
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煎餅。
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宿舎「興雲閣」土産物店ビニ袋。
ビニ袋とて、コレクターには”貴重”。
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絵馬/其の一。
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絵馬/其の二。
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「御眷属・大口真神の霊験あらたかなことは古来広く世に知られるところで、(中略)四足退散の守護神として信仰されています」と前述した。
ということではあるが、三峯神社境内散策の途中、「熊に注意」の立て看板を見た。
a0289546_1113640.jpg
-----------------------------
登山道周辺には熊が生息しています。
・鈴やラジオ等、音の出るものを携行し、人がいることを気づかせてください。
熊に遭遇したら
・子熊に遭遇したら、近くに親熊がいます。そっと立ち去ってください。
・大声や物をなげつけると熊は興奮します。目を離さず、静かに後退して、熊が立ち去る機会を
 与えてください。
秩父市
------------------------------

三峯神社の御眷属、狼の地で、斯様な注意書きがあるのは、何とも皮肉な話である。
今も、狼が生息していたなら、昨今、問題となっている熊の生息状況も変わっていたであろう。

フォト#1、#2:2017年5月15日付け、大給守殿
フォト#3~#21:2017年5月17日、18日

(完)
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# by ryujincho | 2017-05-23 23:31 | いきものがかり | Comments(0)
2017年 05月 22日

『太田道灌ゆかりの地を訪ねて/川越』

5月18日、晴れ。
一泊二日の旅。
秩父神社参拝、三峯神社参拝、長瀞ライン下り、旅の最後は川越観光。

川越といえは、時の鐘。
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川越といえば、サツマイモ。
サツマイモも、近年は、こうしたお洒落な姿に。
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川越といえば、小生にとっては、時の鐘でもサツマイモでもなく、太田道灌ゆかりの地。

川越市役所前。
石碑/「川越城大手門跡」。
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太田道灌像。
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台座に嵌め込まれた説明板。
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太田道灌公像
川越は、古代から、この地方の文化の中心であった。
長禄元年(西暦1457年)に太田氏が川越城を築き、更に江戸城を築いて川越の文化を江戸に移したので、川越は江戸の母と呼ばれた。
明治以後も引続き埼玉県第一の都府として、大正11年(1922年)、他に魁けて市制を施行した。
ここに市制50周年を迎えるに当り市庁舎を新築し、川越市開府の始祖とも仰ぐ太田道灌公の銅像を建て、古き歴史を偲びつつ新しき未来を開こうとするものである。
昭和47年7月吉日
川越市長 加藤 瀧二
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正面の御姿を、ぐぐっと近寄って。
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斜めからの御姿を、ぐぐっと近寄って。
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左手の設えを、ぐぐっと近寄って。
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右手の設えを、ぐぐっと近寄って。
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山吹の枝が右の手にしっかりと握られている。

山吹伝説について。
兄弟ブログ「上総守が行く!」で縷々綴ったことがあり、それをここで引用しておきたい。
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2012年7月28日付け
「太田道灌ゆかりの地を訪ねて/江戸の巻/新宿中央公園、久遠の像」(抜粋)

七重八重 花は咲けども 山吹の 実のひとつだに なきぞかなしき

山吹伝説。
或るとき、道灌が鷹狩りに出かけた折、俄か雨に遭ってしまった。
近くの農家に駆け込み、蓑を貸してくれないかと頼んだところ、若い娘が山吹の枝を差し出した。
蓑を貸してくれと頼んだのに花の枝とは何事か、花では雨がしのげぬではないかと、内心腹立たしく思いながら、雨の中を帰っていった。
城に戻った道灌、早速、このことを家臣に語ったところ、家臣の一人が「後拾遺集に醍醐天皇の皇子 中務卿兼明親王(なかつかさきょうかねあきしんのう)の詠まれた『七重八重花は咲けども山吹のみ(実)のひとつだになきぞかなしき』との歌が御座りまする。農家の娘は『みのひとつだになきぞかなしき』と蓑ひとつない貧乏を山吹の花に例えたので御座りまする」といった。
それを聞いた道灌は己の不明を大いに恥じ、歌道に益々精進するようになった。

山吹伝説、更なる言い伝え。
山吹の枝を差し出した農家の娘の名は紅皿。
後に、道灌は紅皿を江戸城に呼んで和歌の友としたとの説もある。
道灌、亡き後、紅皿は大久保に庵を建てて尼となり、死後、その地に葬られ、大聖院(新宿6丁目)の境内にある碑は紅皿の墓ともいわれている。
また、大聖院の脇の坂は山吹坂と称されている。
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今回、川越を訪ねたことで、またひとつ、「太田道灌ゆかりの地」の消し込みが叶った。
「太田道灌ゆかりの地」を列挙し、めぐり始めたのは2012年のこと。
足掛け5年での「川越」達成と相成ったこととなる。

ここで、「太田道灌ゆかりの地を訪ねて」を思いたった2012年のときのことを、兄弟ブログ「上総守が行く!」を引用して、振り返っておきたい。

「太田道灌ゆかりの地を訪ねて/江戸の巻」の2012年7月22日付け第1話と、2012年7月28日付け第7話で、「太田道灌ゆかりの地」を次の通り列挙している。
※〇印:訪問済み、△印:未訪問を、今回、印した。
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「太田道灌ゆかりの地を訪ねて/江戸の巻」 第1話(抜粋)

退職前のことである。
「上総の昼餉散歩」と称して、昼餉を終えたあと、時折、仕官先江戸屋敷の周辺を散歩することがあった。

或る日、御濠端を「上総の昼餉散歩」していたところ、平川橋の袂近くに「太田道灌公追慕之碑」なるものが建立されていることに気付いた。
毎年の「赤穂浪士討入凱旋の旅」の中で、皇居東御苑内の"松の大廊下跡"に立ち寄ることがあり、平川橋を渡り、平川門から入場することが多いにも拘らず、この「太田道灌公追慕之碑」には、ついぞ、気付かなかった。

これまで、JR日暮里駅前の「太田道灌騎馬像」や/面影橋(豊島区高田)近くの「山吹の里の碑」を訪ねたり、不忍通りで地名標識「道潅山下」に出遭ったりしているが、「太田道灌公追慕之碑」に遭遇した機会に、太田道灌ゆかりの地として他にどんなところがあるのだろうと思い、調べてみた。

前述の碑や像に加え、いろいろとあった。
<都内>
〇平川橋/追慕之碑
〇有楽町/東京国際フォーラム・ガラス棟/立像
〇不忍通り/地名標識「道灌山下」
〇西日暮里駅西側/道灌山跡(西日暮里公園)
〇日暮里駅西側/月見寺(本行寺)/道灌が築いた斥候台跡に「道灌丘之碑」
〇日暮里駅前/騎馬像
〇豊島区高田 面影橋付近/山吹の里の碑
△同/山吹の里公園
〇新宿中央公園/久遠の像
<神奈川県>
〇鎌倉市/英勝寺/扇谷上杉家家宰太田道灌屋敷跡
△伊勢原市/伊勢原観光道灌まつり
△同市上糟屋/扇谷上杉氏糟屋館跡(産業能率大学)
△同市下糟屋/大慈寺/首塚
△同市上糟屋/洞昌院/胴塚
<埼玉県>
〇さいたま市岩槻区/(旧)岩槻区役所庁舎前/立像
〇同/芳林寺/騎馬像
〇同/岩槻城址(公園)
〇同/地名「太田」
〇川越市役所庁舎(川越城大手門跡)/立像
〇入間郡越生町/山吹の里歴史公園
(以下、省略)
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「太田道灌ゆかりの地を訪ねて/江戸の巻」 第7話(抜粋)

「江戸の巻」を綴りながら、新たに都内おける「ゆかりの地」が幾つか見つかった。
△新宿区/地名「山吹町」
△新宿区6丁目/大聖院/紅皿の碑
△新宿区6丁目/大聖院脇/山吹坂
△荒川区/道灌山学園保育福祉専門学校
△根津神社/文明年間、太田道灌が社殿を奉建。
これらは、何れ、「江戸の巻」Part II で巡ってみたい。
新宿区山吹町は走行済みなるも、地名標識の取材も兼ねて、もう一度。
根津神社は幾度も訪問済みだが、道灌ゆかりの地であることを念頭に、再び。

(追記)
〇長野県佐久市/『久遠の像』(佐久市立中央図書館脇)
新宿中央公園の『久遠の像』のブログを見た、盟友、大給守殿から「佐久市にもよく似た像があります」とのメッセージと共に写真が送られて来た。
何故、佐久市に『久遠の像』があるのかは不明なるも、新たな「ゆかりの地」が見つかった。
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この機会に、上記で列挙した「太田道灌ゆかりの地」の頭に、訪問済みは〇印、未訪問は△印を付けて整理してみた。
併せて、訪問済みの期日もこの機会に整理してみた。
「江戸の巻」・・・2012年4月21日
「岩槻の巻」・・・2012年6月10日
「江戸の巻」(新宿中央公園/久遠の像)・・・2012年6月18日
「鎌倉の巻」・・・2012年12月23日
「江戸の巻」(皇居内/道灌堀)・・・2014年4月7日(註)
「佐久の巻」2014年10月18日
「越生の巻」・・・2016年2月27日
「川越の巻」・・・2017年5月18日
(註)皇居内/道灌堀はリスト外。皇居乾通り一般公開のお陰で見学することが叶った。

マイ・ブログの「太田道灌ゆかりの地を訪ねて」の関連記事も整理してみた。
「江戸の巻」、「岩槻の巻」、「鎌倉の巻」
「佐久の巻」
「越生の巻/龍穏寺」
「越生の巻/山吹の里歴史公園」

今回、三峯講二代目講元の企画のお陰で、太田道灌ゆかりの地の川越を訪ねる機会を得た。
二代目講元に感謝!である。

そして、この機会に、これまでの「太田道灌ゆかりの地を訪ねて」の実績整理も出来た。

残るは、「伊勢原の巻」と「江戸の巻」(Part II)。
さて、これらの達成はいつの頃となろうか。
楽しみである。

フォト:2017年5月18日
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# by ryujincho | 2017-05-22 23:31 | 太田道灌ゆかりの地を訪ねて | Comments(0)
2017年 05月 21日

『長瀞ラインくだり(四)』 nt-4

5月18日、晴れ。
三峯神社参拝のあと、長瀞ラインくだりを楽しむ。

長瀞ラインくだり。
親鼻橋乗船場から長瀞乗船場までを下る。
秩父鉄道荒川橋梁の煉瓦造りを愛で、急流の波しぶきを愛で、清流を愛で、奇岩を愛で、舟下りを楽しんだ。

岩畳乗船場で下船。
土産物店の通りを歩く。
この通りは「岩畳通り」というそうだ。
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岩畳通りをツバメが飛び交う。
ラインくだりの舟に乗船するときに、親鼻橋の上空で群れ飛ぶツバメを見た。
岩畳通りを飛び交う一羽が土産物店の軒先に飛び込んだ。
野鳥を追い掛けるのは本位ではないが、折角の機会なので、<長瀞鳥見>をさせて貰うことにした。

軒先にとまるツバメ。
ようこそ、元気に南から。
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更に、1羽が軒先に。
小枝らしきものをくわえている。
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小枝をくわえて、営巣中の巣へ。
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体の向きを変えて、小枝を巣に据える。
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巣の先端が気になるのか、手直しを始める。
手で直すのではなく、くちばしで直すのだから、「手直し」ではなく、「くちばし直し」に言い方を訂正。
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こうやって、小枝や泥を何度も運び、営巣するのである。
健気である。

秩父鉄道長瀞駅前/ラインくだり案内所。
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静かな流れ。
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急流。
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この急流の写真を見ると、我々の乗船時に比べ、相当に水量が多い。
急流というよりも激流であったかもしれない。
我らには、激流よりも急流が丁度いい。

記憶を辿るに、長瀞を訪れたのは1975年の秋以来のことである。
1975年の夏、関西勤務から東京勤務となり、引越しして来て間もない頃、宝登山神社に参拝し、長瀞ラインくだりを楽しんだ。
宝登山神社は、秩父神社、三峯神社と共に、秩父三社の一社であり、今回、秩父神社と三峯神社に参拝したことで、42年ぶりに秩父三社の参拝が叶ったこととなる。

42年ぶりの長瀞ラインくだり、いいところに連れて来て貰った。
三峯講二代目講元に感謝!である。

旅はまだ続くが、「長瀞ラインくだり」の巻はこれでお終い。
次は、川越へ。

フォト:2017年5月18日

(完)
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# by ryujincho | 2017-05-21 23:34 | 秩父の旅 | Comments(0)
2017年 05月 21日

『長瀞ラインくだり(三)』 nt-3

5月18日、晴れ。
三峯神社参拝のあと、長瀞ラインくだりを楽しむ。

長瀞ラインくだり。
親鼻橋乗船場から長瀞乗船場までを下る。
秩父鉄道荒川橋梁の煉瓦造りを愛でる。
一つ目の急流が現れる。
ビニールシートを被ったり、外したりしながら、急流を楽しむ。
それを過ぎると、静かな流れに。
次に、二つ目の急流が現れる。
この急流は結構長い。
ビニールシートを被ったり、外したりしながら、急流を楽しむ。
二つ目の急流を乗り切り、再び、静かな流れに。
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左の岩を大きく回り込み、静かな流れの中を更に進んで行く。
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左、岩の角を曲がると、彼の有名な「岩畳」がずっと続く。
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岩畳に観光客の姿が。
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遠足の子供たちの姿も。
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崖の上に人影は、先日、録画で見た超リバイバル映画『帰らざる河』(1954年)のワン・シーンを思い出させる。
それは、主人公らを乗せた筏が急流を下る、それを断崖の上からインディアン(今では「ネイティブ・アメリカン」と呼ぶべきであるが)が見下ろすというシーンである。
崖の上の小学生から「おっちゃん、ちょっと、映画の見過ぎと違う?」と言われそうだが...。

「瀞」を間近に眺める。
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「瀞」(とろ、どろ)とは、河水が深くて流れの静かなところ(広辞苑)。
全体的には「瀞」であったも、時には急流もある。
岩の形や位置によって、小さな渦を巻くところもある。
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静かな流れに棹をさす。
静かな流れの中を進んで行く。
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前方、右に黄色いゴムボートらしきものが見える。
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ズーム・アップ!
乾舷に"RAFTING"の文字が見える。
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長瀞はラフティングのメッカである。
インターネットで検索すると、「長瀞/荒川でラフティング」と題し、豪快なラフティングの写真と共に、こんな紹介記事があった。
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長瀞は、荒川上流部に位置する渓谷で、国指定の名勝・天然記念物に指定されているほか、埼玉県立長瀞玉淀自然公園にも指定されている風光明媚な渓谷です。
埼玉県秩父郡長瀞町にあります。
荒川ライン下りと岩畳(特別天然記念物)が有名で、カヌーやラフティング、キャンプを楽しむアウトドア趣味のメッカとなっています。
長瀞は、変化に富んだ水の流れが大きな魅力。
荒川の急流が刻んだ岩畳の中をゆったりのんびりと、ときにはスリリングな早瀬のホワイトウォーターも! 
アクティブに水と遊ぶ長瀞が、いま大人気です。
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ゴールの、長瀞乗船場が近づいて来た。
岩畳上船場から更に下流の高砂橋乗船場へ向かうコースの舟が流れを下って行く。
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岩畳上船場が見えて来た。
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しばし、岩畳乗船場出発組の舟の棹さばきを見物。
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岩畳乗船場で下船。
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岸から、下流へ下って行く舟とラフティングボートを見送る。
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山、緑、川、舟...。
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フォト:2017年5月17日

(つづく)
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# by ryujincho | 2017-05-21 23:33 | 秩父の旅 | Comments(0)
2017年 05月 21日

『長瀞ラインくだり(二)』 nt-2

5月18日、晴れ。
三峯神社参拝のあと、長瀞ラインくだりを楽しむ。

長瀞ラインくだり。
親鼻橋乗船場から岩畳乗船場までを下る。
秩父鉄道荒川橋梁の煉瓦造りを愛で、一つ目の急流を楽しむ。
一つ目の急流を過ぎ、静かな流れにを楽しむ。
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カヤックで遊ぶ人たち。
うらやましい。
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ハリポタの盟友、六々さん所有のカヤックで遊んだこともあう。
マイ・フィールドの手賀沼で乗ってみようかとも思い、アウトドアの店、mont-bell や WILD-1で、ARFEQ 製VOYAGER 460Tを候補にして購入を検討したこともあるが、諸般の事情で購入計画は頓挫した。

静かな流れを行く。
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二つ目の急流に近づく。
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タイミングを見計らって、ビニールシートを被る。
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ビニールシートを膝まで下ろし、流れを楽しむ。
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この二つ目の急流は結構長い。
先ほど、一度、急流に突っ込み、波を被ったが、続いて、二度目の突っ込みが予想される白い流れが見えて来た。
タイミングを見計らって、再び、ビニールシートを被る。

下船後、分かったことだが、こんなことがあった。
次男坊夫婦は後続の舟に乗っていた。
波がどういう動きをしたのかは不明ながら、ビニールシートを被っていたにも拘らず、次男坊の座っていたところに波が直撃し、次男坊は”水も滴るいい男”に。

ということで、この次男坊スプラッシュ・アトラクション事件の<記念>として、先発の舟ではあるが、ビニールシート越しに撮った、この急流シーンでの連続写真を全て駆使し、<ノーカット版>て再現しておきたい。
掲載枚数が多く、、少々くどくなるが、ご容赦願いたい。
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うわぁー、岩にぶつかるぅーっ!
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角度的に、岩にぶつかりそうに見えるだけで、もちろん、セーフ!
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こうやって、急流を下る連続写真を眺めてみると、白い波の形や動きがどのように変化しているかがよく分かる。
次男坊はビニールシートを被っていたにも拘らず、大波を被ったとのこと。
どんな形の、どんな動きをした波かは想像がつかないが、波もまた<自然の驚異>のひとつである。

急流を乗り切り、静かな流れに。
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左の岩を大きく回り込み、静かな流れの中を更に進んで行く。

フォト:2017年5月18日

(つづく)
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# by ryujincho | 2017-05-21 23:32 | 秩父の旅 | Comments(0)
2017年 05月 21日

『長瀞ラインくだり(一)』 nt-1

5月18日、晴れ。
三峯神社参拝のあと、長瀞ラインくだりを楽しむ。

長瀞ラインくだり。
親鼻橋乗船場。
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親鼻橋の上空をツバメが舞い飛ぶ。
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見えないって?
では、鳥見ング(トリミング)加工して。
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岩畳乗船場へ向け、出発。
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秩父鉄道荒川橋梁。
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煉瓦造りの橋脚。
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煉瓦造り、大好き!
<煉瓦造りコレクション>。
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楕円形の橋脚を、超アップで。
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秩父鉄道荒川橋梁について調べてみた。
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秩父鉄道荒川橋梁
上長瀞駅 - 親鼻駅間で荒川(長瀞渓谷)を渡河。
全長153メートル、荒川本流の最も上流に架かる鉄道橋。
橋脚高さ、約20メートル。
秩父鉄道の前身、上武鉄道の時代の、1914年(大正3年)に架設。
橋梁は汽車製造製。
(出典:ウィキペディア(抜粋))
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橋梁は「汽車製造製」とある。
これは汽車製造株式会社(1896-1972)のことである。
汽車製造株式会社は、1896年(明治29年)に井上勝らによって設立された汽車製造合資会社を前身とする。
井上勝は、幕末に活躍した長州五傑の一人で、明治維新後は、官僚として、また、民間人として、日本の鉄道の発展に寄与したことから「日本の鉄道の父」と呼ばれた人物である。
都内ポタリングの中、自転車倶楽部、ドラポタの盟友、武衛さんの案内で、品川の東海寺大山墓地内にある井上勝の墓に参ったことがある。
墓所のすぐ傍を東海道新幹線が通っており、井上勝は日本の鉄道の父、これも何かの縁なのだろうなと思ったことがある。
汽車製造株式会社は、1972年に我が旧仕官先と合併したこともあり、秩父鉄道荒川橋梁に親しみを覚えるのであった。

橋梁の次は、橋脚について。
橋が大好きと思しきブロガーさんが綴ったブログなどから次のようなことが分かった。
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橋脚は楕円形の煉瓦製4段積み。
現在は橋脚の最上部1段はコンクリート製、下部3段は煉瓦造りとなっている。
煉瓦の積み方はイギリス積み。
橋脚の一部は花崗岩で補強されている。
橋脚に使われている煉瓦は、大宮町(現在の秩父市)への路線延長には、渋沢栄一の経済的な支援があったので、おそらく日本煉瓦製造(埼玉県深谷市)の製品と推測される。
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煉瓦について。
当時の煉瓦製造会社としては、日本煉瓦製造、品川白煉瓦、大阪窯業東京工場などがあった。
日本煉瓦製造の工場は埼玉県榛沢郡上敷免村(現在の深谷市上敷免)にあったことから、地理的には荒川橋梁の工事現場に近いこと、日本煉瓦製造や秩父鉄道に関わりのある渋沢栄一の存在があったこと、更に、同時期に架橋された秩父鉄道黒谷川橋梁の煉瓦に日本煉瓦製造の工場名を示す「上敷免製」の刻印があることなどから、荒川橋梁の煉瓦は日本煉瓦製造製と考えるのが妥当かもしれない。

橋の話が長くなってしまった。
長瀞ラインくだりの流れに話を戻そう。

一つ目の急流。
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タイミングを見計らって、席に準備されたビニールシートを被る。
ビニールシートで波しぶきを上手くかわすのだ。
ビニールシート越しにシャッターを切る。
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波を被る恐れはなくなった。
ビニールシートを膝の上まで降ろし、シャッターを切る。
先ほどまで乾いていた舟縁(ふなべり)や底板が波しぶきで濡れている(船頭さんの足元に注目)。
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急流はひとつでは終わらない。
長瀞ラインくだりは、まだまだ続く。

フォト:2017年5月18日

(つづく
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# by ryujincho | 2017-05-21 23:31 | 秩父の旅 | Comments(0)
2017年 05月 20日

『三峯神社参拝/朝日の中の散策(下)』 mj-8

5月17日(水曜)、曇り、18日(木曜)、晴れ。
三峯講の講元である極々近しい人から誘われ、一泊二日の三峯神社参拝の旅に出掛けた。
初日は、奥ノ院参拝、三峯神社興雲閣泊、二日目、早朝に昇殿参拝との旅程にて。

二日目。
早朝に起床し、ご来光を拝み、雲海を楽しみ、午前7時の昇殿参拝、朝餉を終え、出発時間まで再び境内を散策。
これで、前日の霧中散策、翌朝の早朝散策につづく、三度目の境内散策となる。
三度目の境内散策の主な目的は、朝日の中の<狛狼>を眺めることであった。

前日の霧中散策は、遥拝殿(見晴台)近くの鳥居から随身門を抜け、社殿に向かったことでもあり、同じ参道を辿ることとした。

遥拝殿(見晴台)近くの鳥居脇の<狛狼>像や随身門脇の<狛狼>像をめぐり、更に参道を進む。

参道で狛犬コレクション。
右、<狛狼>阿形像。
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左、<狛狼>吽形像。
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阿吽形、両方とも端正な顔立ちである。
阿形像は口を開き、厳しい表情であるが、何処か大人しげな感じもする。
前日は気づかなかったが、阿形の口を見ると「犬歯」がない(見えていない?)。
これが厳しい表情を和らげているのかもしれない。
一方、吽形像の口を見ると「犬歯」が僅かに覗いている。
しかし、厳しさを増すほどには覗いておらず、程よくという感じである。
これが厳しい表情を和らげているのかもしれない。

吽形像の左横顔を見ながら、気づいたことがある。
それは、たてがみ(といってよいのだろうか。人間でいうところの、もみあげ)が僅かに赤く見える。
阿形像はどうだろう?と思い、今一度、見てみたがその形跡はない。
赤い色は光線のせいであろうか、苔が変色したのであろうか、それとも当初は彩色が施されていたのであろうか...。
余り考えると「地下鉄の電車は何処から入れたのでしょう」状態になるので、考えないこととする。

社殿に向かう石段に至る。
石段、中ほどの左右に<狛狼>が鎮座。
石段で狛犬コレクション。

右、<狛狼>阿形像。
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左、<狛狼>吽形像。
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つい、先ほど、朝7時の昇殿参拝で、拝殿内に鎮座する阿形像、吽形像の<狛狼>を目にした。
拝殿内の<狛狼>とこの石段の<狛狼>は、耳の長さや体躯のしなやかさよく似ているように思えた。
似ているように思えた。
唯一、異なるのは、拝殿内の<狛狼>は真っ白な体躯、耳の内側と口は真っ赤ということである。

拝殿。
つい、先ほど、朝7時の昇殿参拝を終えたばかりである。
拝殿の中の様子が目に浮かぶ。
既に参拝客の姿も。
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こうして、一泊二日の三峯神社参拝を終えた。

最後に、三峯神社の「峯」という文字、そして、鳥居と<狛狼>について、触れておきたい。

「峯」という文字について。
我がパソコンでは、「みつみねじんじゃ」を漢字変換すると「三峰神社」となる。
だが、ホームページでは「三峯神社」となっており、「峰」ではなく、「峯」が使われている。
一方、地名や駅名、山の名などは「三峰」となっており、「峰」が使われている。
三峯神社の境内では、「三峯」のほか、「三峰」、更に「参峰」(「参峯」ではない)の表記も散見された。
今回、ブログを綴るにあたっては「峯」に統一して使った。

ということで、この機会に、「峯」、「峰」、「嶺」の文字について調べてみた。
広辞苑を紐解くと、[峯]はなく、[峰・嶺]となっている。
-----------------------------
[峰・嶺]
①山のいただきのとがった所。山頂。ね。
②物の高くなった所。
③刀剣の歯の背。棟(むね)。
④烏帽子の頂上。
⑤櫛の背。
------------------------------

更に、インターネットで検索してみる。

調べ/その1/デジタル広辞林:
この辞書における「みね」は[峰・嶺]となっており、意味は広辞苑と同じである。
但し、「み(御)」は接頭語との説明があり、これはベンキョーになった。

調べ/その2/デジタル大辞泉:
この辞書における「みね」は[峰・峯・嶺]となっており、意味は広辞苑や大辞林とほぼ同じである。
但し、《「み」は接頭語。「ね」は山の頂。山を神域とみていう語》との説明があり、これはベンキョーになった。

調べ/その3/Yahoo!知恵袋(抜粋+アルファ):
-----------------------------------
「みね」には、「峰」、「峯」、嶺」がある。
常用漢字は「峰」だけである。。
人名用漢字には「峰」、「峯」、「嶺」の3字体がある。
「峯」は「峰」の異体字である。
異体字とは、標準字体と同じ意味・発音を持つが、表記に差異がある文字のこと。
「峯」の方が「峰」より先に生まれたのに異体字とは奇妙ではあるが、標準字体に対し異体字(旧字体ではない)ということである。

「峯」は、神が降りてくる神木のある山、神がかり、神秘的なことに出逢う場所を表した漢字である。
「夆」は、神の領域にある「鉾杉」や「神杉」のようなまっすぐ伸びた木の秀つ枝(ほつえ=上の方の枝)に、神が降ってくる形である。
「丰」が秀つ枝で、「夂」が上から降るときの後ろ足の形なのである。
そのような木のある山を「峯」といい、そのような神霊に遭遇することを「逢」という。

「嶺」は「やまへん」と「領」から成り立っており、「領」はひざまずいて神意を聴き入る姿や、服の襟首という意味で、ひざまずいたり、襟首というのは、一段低い格好や場所であるから、「嶺」は山頂に対していわば「肩」の部分、山頂より低い場所を表している。
--------------------------------------

「嶺」は山頂より低い場所を表している、とある。
一方、広辞苑や広辞林、大辞泉では「峰」、「峯」、「嶺」は同義語とされているので、矛盾する。
だが、「峯」と「嶺」が同じ時代に使われていたとするなら、前者は山頂、後者は山頂より低い部分を指す文字で、山の部位をきちっと区別して使われていたとも考えられる。
これについては今後の課題とする。
そして、「峯」が「峰」に、いつ、変じたのかも今後の課題とする。

ということで、少し疑問は残るが、今回の調べで、「峯」という文字は神が降りてくる神木のある山を表す文字であることが分かった。
「峯」、スタイリッシュでいい文字である。

鳥居と<狛狼>について。
今回の三峯神社参拝で、3基の鳥居と1基の随身門、6対の<狛狼>を見た。
(1)三峯神社下、駐車場近くの、三ツ鳥居と<狛狼>1対。
  車窓から、写真はなし。
  ※三ツ鳥居とは、明神鳥居とその両脇に小規模な鳥居を組み合わせた鳥居様式。
(2)遥拝殿(見晴台)近くの鳥居と<狛狼>1対。
(3)随身門と<狛犬>1対。
(4)参道中ほどで、<狛狼>1対。
(5)拝殿に向かう石段の中ほどで、<狛狼>1対。
(6)拝殿前の鳥居。
(7)拝殿内の<狛狼>1対。

鳥居はこのほか、下界の国道140号線沿い、大輪地区の表参道入口(標高370m)に”一ノ鳥居”があるという。
この”一ノ鳥居”の脇には<狛狼>が鎮座していると思われる。
更に、奥ノ院およびその途中にも鳥居や<狛狼>があるのではないかと想像する。
機会あれば、それらも見てみたい。

旅はまだまだ続くが、「三峯神社参拝」の巻はこれでお終い。
次は、長瀞ライン下り、そして、川越へ。

フォト:2017年5月18日

(完)
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# by ryujincho | 2017-05-20 23:38 | 秩父の旅 | Comments(0)
2017年 05月 20日

『三峯神社参拝/朝日の中の散策(上)』 mj-7

5月17日(水曜)、曇り、18日(木曜)、晴れ。
三峯講の講元である極々近しい人から誘われ、一泊二日の三峯神社参拝の旅に出掛けた。
初日は、奥ノ院参拝、三峯神社興雲閣泊、二日目、早朝に昇殿参拝との旅程にて。

二日目。
早朝に起床し、ご来光を拝み、雲海を楽しみ、午前7時の昇殿参拝、朝餉を終え、出発時間まで再び境内を散策。
これで、前日の霧中散策、翌朝の早朝散策につづく、三度目の境内散策となる。
三度目の境内散策の主な目的は、朝日の中の<狛狼>を眺めることであった。

前日の霧中散策は、遥拝殿(見晴台)近くの鳥居から随身門を抜け、社殿に向かったことでもあり、同じ参道を辿ることとした。

遥拝殿(見晴台)近くの鳥居。
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前日の霧中散策では気づかなかったが、左右の高台に<狛狼>が鎮座なさっていた。
御無礼仕りましたと、これまでに撮った<狛狼>以上に、念入りに写真を。

狛犬コレクション。
右、<狛狼>阿形像/その1。
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右、<狛狼>阿形像/その2/横顔。
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左、<狛犬>吽形像/その1。
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左、<狛犬>吽形像/その2。
左目は金色っぽく見える。
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アップで。
やはり、金色だ。
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更にアップで。
左目のみならず、右目にも金色の名残りが。
建立時は両眼とも金色だったのだ。
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この一ノ鳥居の<駒狼>は趣き深いものを感じさせる。
長い間、風雪に耐えて来たことは、ひと目で分かる。
それが趣き深いものを感じさせるのであろう。
丸顔の<駒狼>に親しみを覚える。

参道を進み、随身門へ。
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随身門。
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扁額コレクション。
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狛犬コレクション。
右、<狛狼>阿形像。
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左、<狛狼>吽形像。
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前日、霧中散策の中で、この随身門脇の<狛狼>を見て、その印象を次の通り綴った。
---------------------------------------
通常、狛犬の表情は、吽形像より阿形像の方が厳しく見える。
だが、この<狛狼>は吽形像の方が厳しい表情に見える。
これは、阿形像、吽形像の「犬歯」の作りの違いによるものかもしれない。
-----------------------------------------

その翌朝、こうやって、再び、この随身門脇の<狛狼>を見ているのであるが、やはり、この<狛狼>に限って、吽形の方が厳しい表情に見える。

随身門を抜け、参道を進む。
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フォト:2017年5月18日

(つづく)
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# by ryujincho | 2017-05-20 23:37 | 秩父の旅 | Comments(0)
2017年 05月 20日

『三峯神社参拝/昇殿参拝』 mj-6

5月17日(水曜)、曇り、18日(木曜)、晴れ。
三峯講の講元である極々近しい人から誘われ、一泊二日の三峯神社参拝の旅に出掛けた。
初日は、奥ノ院参拝、三峯神社興雲閣泊、二日目、早朝に昇殿参拝との旅程にて。

二日目。
早朝に起床し、ご来光を拝み、雲海を楽しんだ。
温泉に入り、昇殿参拝前の禊をする。

朝7時の昇殿参拝は、通常の昇殿参拝とは異なるものであることを知った。
朝夕の「日供祭(にっくさい)」の朝の部のときに昇殿し、参拝というものであった。
日供祭は、毎日、朝と夕に祭神にお供え物をする祭祀で、祭神に召し上がっていただくお供えを行うと共に、氏子や崇敬者の安寧を祈るというものである。

昇殿参拝の刻限、午前7時となる。
拝殿へと向かう。
5月半ばとはいえ、標高1100メートル、早朝の気温は10度以下。
着るものをしっかりと着て。

昇殿参拝時の写真はない。
記憶を辿りながら、その様子を綴っておきたい。
記憶を辿っての記述なので、記憶違いがあれば、ご容赦願いたい。

宿舎の興雲閣から渡り廊下を歩き、拝殿へと向かう。
途中、手水場があり、手水を使う。
手水場の端に紐で手拭き用の和紙が吊るされている。
手拭いがぶら下げられている手水舎は時折見掛けることがあるが、手拭き用の和紙というのは初めてだ。
手水舎にぶら下っている手拭いを使ったことはないが、手拭き用の和紙は使わせて貰った。

拝殿に入る。
床机椅子がずらっと置かれている。
二代目講元一行、総勢20数名は真ん中の席に。
その他に、家族連れが左右の席に数組。

拝殿の外扉は開かれている。
扉からの冷気が足元を流れて行く。
冬は無理だな、初夏から秋までだなと思いながら、拝殿内の冷気、否、神気を楽しむ。

拝殿中央には祭神が祀られているのであろう(じっと見ると罰当りとなるので、見ず)。
その左右に眷属の阿形の狼、吽形の狼が鎮座。
狼は真っ白、耳の内側と口の中は真っ赤、耳は後ろにたなびくように長い。
更にその外側の左右に、男神であろうか、衣冠束帯姿の像が鎮座している。

渡り廊下の方で太鼓の音が響く。
神官が現れた。
祭神に向かって、右に一人、中央に一人、左に三人の神官が座す。
右に座した一人の神官が、阿形の狼像の前に置かれた大きな太鼓を叩く。
大きな太鼓を叩くリズムは木魚を叩くリズムによく似ている。
神仏習合の時代があったことを思わせるリズムである。
太鼓に合わせ、神官全員で禊払い、大払いが唱和される。
法事のとき、坊さんがお経を唱和するときの響きに何処となく似ている。
これも神仏習合の時代あったことを思わせる。
つづいて、神官から参拝者に対し清めの言葉があった後、大幣(おおぬさ)が左右左と振られ、お祓いを受ける。
つづいて、祝詞の奏上が行われる。
つづいて、右に座した三人の神官が奏する笛や太鼓に合わせ、神楽が舞われる。
この神楽は二代目講元をはじめとする我ら一行の講からの奉納によるものである。
つづいて、二代目講元と副講元が玉串を奉納。
席にいる我らも立ち上がり、講元の二礼二拍手一礼に合わせ、同様に二礼二拍手一礼し、参拝。

最後に、祭主からの挨拶を頂戴し、昇殿参拝を終えた。
渡り廊下の方で太鼓の鳴り、神官は下がり、つづいて、我らも。
拝殿内に元の静けさが戻った。

造船業に携わっていた者として、その仕事柄、起工式や入魂式で神事を間近に見て来たこともあり、この日の祭祀は誠に興味深いものがあった。
昇殿参拝は、仕事柄、顧客と共に金比羅宮で、あるいは、プライベートでは熊野速玉大社で行ったこともある。
また、伊勢神宮では垣内参内を行ったこともある。
何れの参拝も甲乙をつけるものではないが、今回は「日供祭」、そして、冷気漂う早朝の参拝でもあり、今回の三峯講昇殿参拝は誠に印象深いものとなった。

拝殿内の設えについて記しておこう。
上述の通り、正面に祭神、左右に眷属の狼像、更に左右に衣冠束帯姿の男神が安置されていた。
そして、拝殿外側に施された極彩色の彫刻と同様に、拝殿内にも極彩色の彫刻が施されていた。
三峯神社の建物は皆、新たに築造されたものではないかと思わせるくらいに見事な色彩を放っているが、建物は江戸時代のもので、昭和の大修理、平成の大修理を重ね、今の姿となっているとのことである。
拝殿内は、一時期、彫刻の代わりに絵になっていたこともあるが、その後、彫刻が復活したとのことである。

こうして昇殿参拝を終えた。
二代目講元をはじめ三峯講の一行の皆さんは心を新たにされ、清々しい表情。
宿舎の興雲閣に戻り、朝餉を頂戴した。

日供祭、昇殿参拝の様子は記憶を辿ってのものであり、一部、記憶違いがあればご容赦願いたい。

(つづく)
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# by ryujincho | 2017-05-20 23:36 | 秩父の旅 | Comments(0)
2017年 05月 20日

『三峯神社参拝/早朝散策(下)』 mj-5

5月17日(水曜)、曇り、18日(木曜)、晴れ。
三峯講の講元である極々近しい人から誘われ、一泊二日の三峯神社参拝の旅に出掛けた。
初日は、奥ノ院参拝、三峯神社興雲閣泊、二日目、早朝に昇殿参拝との旅程にて。

二日目、早朝、遥拝殿(見晴台)から、彼方の雲を微かに赤く染めるご来光に手を合わせる。
そして、雲海を眺め、楽しむ。

前日と同様に、日本武尊像と摂社末社の前を通り、宿舎へ。

前日、霧の中に微かに姿を見せていた日本武尊像を丘の下から眺める。
「どこに見えるかって?真ん中の杉の木の左側」。
これは第3話で霧の中に立つ日本武尊像を掲載したときのキャプションであったが、さて、今回は?
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ミツバツツジと共に。
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ご尊顔をアップで。
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摂社末社。
前日は霧の中に並び、翌朝は朝日の中に並ぶ、さて、どちらの景色がよかろうか...。
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これらの摂社末社についてのh詳細は、第3話で縷々述べた通りである。

社殿前の鳥居と燈篭。
燈篭にはまだ灯りが。
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社殿前の石段にはまだ通行止めの柵が置かれたまま。
時計を見ると、丁度、5時。
拝殿の扉はまだ閉じられている。
拝殿の扉が開き、参拝が出来るようになるのは6時からかもしれない。
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ご来光を拝み、そして、雲海に出遭い、喜ばしい限りの早朝散策であった。

この日の朝の最も大事なこと、それは、朝7時からの昇殿参拝。
昇殿の前に、温泉に浸かり、禊をするのが決まり事とのこと。
禊の歴史を紐解いてみたところ、「『記紀』によるとイザナギノミコトが黄泉 (よみ) 国から帰ったとき,筑紫日向の橘の小戸 (おど) の檍原 (あはぎはら)の流れで禊をしたのに始るとされる」とあった。

宿舎の興雲閣に戻り、温泉に浸かる。
禊は勿論のことだが、標高1100メートル、5月半ばとはいえ、気温は10度以下、早朝散策で体は冷えてしまっており、体を温めるのに温泉が丁度いい。、
興雲閣の湯は、源泉名を大滝温泉三峰神の湯といい、泉質はナトリウム-塩化物泉。
聞くところによると下界の源泉からトラックで湯を運んでいるとも。
いずれにせよ、誠に結構な湯である。

昇殿参拝の刻限となる。
拝殿へと向かう。

フォト:2017年5月18日

(つづく)
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# by ryujincho | 2017-05-20 23:35 | 秩父の旅 | Comments(0)
2017年 05月 20日

『三峯神社参拝/早朝散策(上)』 mj-4

5月17日(水曜)、曇り、18日(木曜)、晴れ。
三峯講の講元である極々近しい人から誘われ、一泊二日の三峯神社参拝の旅に出掛けた。
初日は、奥ノ院参拝、三峯神社興雲閣泊、二日目、早朝に昇殿参拝との旅程にて。

初日の奥ノ院参拝は霧のため中止。
霧の境内を散策。
初日の夕食時、禰宜さんから、条件が整えば、雲海を見ることが出来るれるとの話があった。
翌朝の天気次第だが、東京地方の日の出は4時30分頃、ご来光を拝もうと思っていたことでもあり、これに、ひょっとしたら、雲海見物のチャンスもあることとなった。

二日目、朝4時起床。
窓の外を見る。
空に雲が広がっているが、晴れ基調。
前日の散策のスタート地点でもあった遥拝殿(見晴台)へと向かう。
前日は霧が立ち込め、何も見えなかったが、さて、今朝はどのような景色を見せてくれるのだろうかと思いながら...。

4:29、遥拝殿(見晴台)に立つ。
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先日とはまったく別の景色であった。
空には雲が広がっているが、下界は雲海といってよいだろう。

雲海を、そして、その動きを眺めながら撮った写真は、午前4時29分から4時51分の間の22分間で26枚。
その中から<厳選>して時系列でアップロードしておこう。

4:31、前日の、濃い霧が立ち込め、手前の木立しか見えなかった風景とは打って変わって...。
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4:34、崖の道。
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4:35、雲海。
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4:39、山肌に沿って雲海が上っていく。
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4:45、気温が僅かに変化したのであろうか、雲海が少し薄くなったような...。
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4:48、彼方の雲がうっすらと赤く朝日に染まる。
ご来光に二礼二拍一礼。
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4:50、雲海は徐々に薄くなって来る。
「今日は晴れ!」との兆しを示すかの如く、彼方の空は徐々に明るさを増して来る。
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4:51、明るい空に向かって、もう一度、二礼二拍一礼。
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雲海を見るのは、2013年秋の乗鞍岳、2014年秋の高峰高原以来のことであった。
乗鞍岳と高峰高原は、自転車で上まで登るのは至難の業というか苦手(ヒル・クライムが得意な人もいるけれど)、自転車を携行し、バスで頂上まで上がり、そこから下界へ向かって下るというもの。
乗鞍岳は畳平(標高2702m)から乗鞍高原(約1500m)まで、高峰高原は車坂峠(1973m)から小諸市内(675m)まで。
こうしたことを我が自転車倶楽部の仲間内では、「下りま専科」と称している。

今回の三峯神社参拝で、三峰神社(標高1102m)から二瀬ダム(約550m?)までの間、「下りま専科」コースだなあと思うも、狭い道幅からして、(そして、年齢からして)、これは無理もしれないなあ、とも思った。

話が反れてしまった。
秩父の雲海、いいものを見せて貰った。

フォト:2017年5月18日

(つづく)
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# by ryujincho | 2017-05-20 23:34 | 秩父の旅 | Comments(0)
2017年 05月 20日

『三峯神社参拝/霧中散策(下)』 mj-3

5月17日(水曜)、曇り、18日(木曜)、晴れ。
三峯講の講元である極々近しい人から誘われ、一泊二日の三峯神社参拝の旅に出掛けた。
初日は、奥ノ院参拝、三峯神社興雲閣泊、二日目、早朝に昇殿参拝との旅程にて。

三峯神社に到着。
霧により奥ノ院参拝は中止。
霧、霧、霧の境内を散策する。
先ず、遥拝殿(見晴台)から社殿まで<狛狼>をはじめ、あれやこれやを眺め、楽しみながら、社殿に至り、参拝。
更に、霧の境内を散策する。

日本武尊像。
霧の丘の上に日本武尊像が見える。
どこに見えるかって?
真ん中の杉の木の左側。
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丘の上に上ってみる。
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三峯神社のホームページを紐解くと、その由緒の中に日本武尊について次の通り綴られている。
--------------------------------
当社の由緒は古く、景行天皇が、国を平和になさろうと、皇子日本武尊を東国に遣わされた折、尊は甲斐国(山梨)から上野国(群馬)を経て、碓氷峠に向われる途中当山に登られました。
尊は当地の山川が清く美しい様子をご覧になり、その昔、伊弉諾尊(いざなぎのみこと)・伊弉册尊(いざなみのみこと)が我が国をお生みになられたことをおしのびになって、当山にお宮を造営し、二神をお祀りになり、この国が永遠に平和であることを祈られました。
これが当社の創まりであります。
----------------------------------

日本武尊といえば、われ等の世代はどうしても、東宝特撮映画『日本誕生』(1959年)を思い出す。
三船敏郎がヤマトタケルノミコトとスサノオノミコトの二役を演じていた。
ヤマトタケルノミコトの魂が白鳥となって、高天原に向かって飛んでいくラスト・シーンが子供心に印象的であった。

「大阪・堺ポタリング」で大鳥神社(大阪府堺市西区鳳北町)を参拝したときのことをブログに綴った記憶があり、探してみた。
あった、2011年初夏のポタリングでのことであった。
「大阪・堺ポタリング」第11話
やはり、ここでも東宝特撮映画『日本誕生』に触れていた。
更に、龍の指の数についても触れている。
紙面の都合上、ここでは詳しくは記さないが、龍の指の数について一家言あり、龍の指の数のことがきっかけて<龍コレクション>を始めたのであった。

ツツジの花。
二瀬ダムから三峯神社に上る途中、車窓からあちらこちらで花を咲かせるツツジを見て来たが、この日本武尊像が鎮座する丘でもツツジが花を咲かせている。
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霧が水滴になったのであろうか、花々に水滴がいっぱいついている。

カエルの卵?
いいえ、クモの巣と水滴がつくった景色。
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三つの水滴。
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花の色が映り込む水滴。
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4月初旬、皇居東御苑で早くも花を咲かせたツツジを見た。
「トウゴクミツバツツジ」の札が添えられていた。
トウゴクミツバツツジ、漢字表記は「東国三葉躑躅」。
宿舎の興雲閣で三峯神社の周辺で咲いているツツジの花の種類を尋ねたところ、「ミツバツツジ」とのことで、「トウゴク」かどうかは分からないとのこと。
秩父に咲くミツバツツジだから、さしづめ、「チチブミツバツツジ」といったところかもしれない。
因みに、「ミツバツツジ」の名の由来は、4、5月頃の開花と同時に、或いは、開花後に、枝先に三枚の葉がつくことからこの名がついたとのこと。

摂社末社。
ずらっと並んだ摂社末社。
この写真の右手手前、写真に入っていないところから摂社末社は並んでいる。
左手、霧の中に僅かに見える白い社は伊勢神宮。
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真新しい伊勢神宮の社。
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2013年10月の式年遷宮の後、真新しい社になったのかもしれない。何でも書き留めておきたい小生、社に掲げられた神社名を書きとめておこうと思うも余りの多さにギブ・アップ。
ウィキペディア「三峯神社」を開いてみると、全て記載されていた(ウィキの記述は時折、間違いもあるが、やはり便利)。
ひとつずつ、神社名を見ていくと、神社は結構訪ねているが、馴染みのある名、そうでないものなど、いろいろあり、それらについて、一口コメントを記しておこう。
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御仮屋(大口真神)
祖霊社(開山以来の歴史の祖霊、勤山者、氏子総代又各地の三峯講社関係者や講元、世話人)
国常立神社(国常立尊・瓊瓊杵尊・神倭岩余彦尊)
日本武神社(日本武尊)・・・堺ポタリングの際、大鳥大社を参拝、日本武尊像を眺めたなあ...。
伊勢神宮(天照皇大御神・豊受姫大神)・・・小学校の修学旅行以来、幾度か参拝。直近は2013年の式年遷宮後。
月讀神社(月夜見命)・・・土浦ポタリングの際に、月讀神社なる神社の存在を知った。
猿田彦神社(猿田彦命・天宇受賣命)・・・伊勢参りの際には、こちらの神社にも。
塞神社(八衢彦神・八衢姫神・久那斗神)・・・すみません、馴染みのない名の神社です。
鎮火神社(火産靈命・水速女命・埴山姫命)・・・同上
厳島神社(市杵嶋姫命)・・・幾度か参拝しています。
杵築神社(大国主命・事代主命)・・・「きづきじんじゃ」、すみません、馴染みのない神社です。
琴平神社(大物主命・崇徳天皇)・・・讃岐のこんぴらさん、786段マイナス1段下がり785段の石段、更に奥の院にも。
屋船神社(屋船豊受姫命)・・・「さいじんじゃ」、すみません、馴染みのない神社です。
稲荷神社(宇迦御靈命)・・・各地で。
浅間神社(木花開耶姫命)・・・各地で。
菅原神社(菅原道眞)・・・天満宮、天神社、各地で。一浪後は京都北野の天神さんだった。感謝!
諏訪神社(武御名方命)・・・各地で。勿論、諏訪大社も。
金鑽神社(天照皇大御神・素盞嗚神・日本武命)・・・「(かなさなじんじゃ」、武蔵国五ノ宮としてその名を知る。
安房神社(天太玉神)・・・安房国総社の鶴谷八幡宮は訪ねたが、安房国一ノ宮の安房神社は欠礼した。
御井神社(水速女命)・・・「みいじんじゃ」、すみません、馴染みのない神社です。
祓戸神社(瀬織津姫命・速開都姫命・氣吹戸主命・速佐須良姫命)・・・「はらえどじんじゃ」、すみません、馴染みのない神社です。
東照宮(徳川家康)・・・東照宮といえば、日光。江戸府内では上野と芝。
春日神社(武甕槌命・天兒屋根命・齋主命・比賣神)・・・奈良の春日大社、そして、各地で。
八幡宮(誉田別命・息長帶姫命・比賣神)・・・各地で。
秩父神社(八意思兼命・知知夫彦神)・・・今回の三峯神社参拝の前に「知知夫神社」にも。
大山祇神社(大山祇命)・・・ドライブで、そして、しまなみ海道ポタリングで。
二ツ宮(大山祇命)・・・「ふたつみや」?、さて?
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二代目講元に、いろいろな山や神社の講があるが、何故、三峯講になったのかと尋ねたところ、三峯神社にはいろいろな神社が集まっているからとのことであった。
摂社末社の社が並ぶ光景を見て、なるほど!と思った。

霧の中の掲載散策を終え、社務所の前を通った。
齢を重ねた昨今、余り関係のなくなった「厄年表」だが、下段の「昭和23年」の文字が目に入った。
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「年祝い表(数え年)」のところに「古希 昭和23年」とある。
そうだったんだ、今年、数え年で古希だったんだ。
しかし、既に誕生日は過ぎている。
何事も満年齢で過ごして来ている。
家族でやってくれた還暦の祝いも満年齢であった。
来年、祝って貰おう、生きていれば、のことだけどね...。

フォト:2017年5月17日

(つづく)
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# by ryujincho | 2017-05-20 23:33 | 秩父の旅 | Comments(0)