龍人鳥の徒然フォト日記

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2017年 03月 16日

『ハクモクレン/布施弁天』

3月16日(木曜)。
午前、眼科へ出掛ける途中、屋敷近くでハクモクレンを愛でた。
午後、既に3時を過ぎていたが、布施弁天のハクモクレンが見たくなり、出掛けた。
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光線の具合が違う午前に、また、ここへ来たくなった。
よしっ!明朝、また、ここへ来よう。

フォト:2017年3月16日、紅龍山東海寺布施弁天にて
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# by ryujincho | 2017-03-16 23:53 | 花紀行 | Comments(0)
2017年 03月 16日

『春』

白き鳥 群れて梢を 彩りて   霹靂火
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花と雲 弥生の空に 競う白   霹靂火 


フォト:2017年3月16日、午前、屋敷近くにて
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# by ryujincho | 2017-03-16 23:52 | 花紀行 | Comments(0)
2017年 03月 16日

『ドラポタ佐久平支部便り/スキー大会 2017.3.16』

3月16日夕、大給守さんからドラポタ佐久平支部便りが到来。

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方々
毎朝、屋敷から八ヶ岳方面を眺め、小海リエックスのゲレンデが晴れていることを確認してから出発することにしています。
今朝は、ゲレンデの上に雲ひとつ無く、視界良好、絶好の滑走日和。

リフト運転開始の8:30に小海リエックスに到着。
何と、本日16日から19日までコース規制が。
「16日・17日は午前中Bコース→Hコースが一部規制、18日・19日は終日Fコース一部→Lコース閉鎖とさせていただきます」との表示あり。
リフト乗り場で確認すると、大学歯学部の全国大会が開催されるとの事。

スタート地点には、北海道、新潟、関東地区の大学歯学部スキー部の旗が掲げられ、気合いが入っておりました。
本日は、スーパーGの公開練習、明日は本番、その後、大回転、回転と、競技は19日まで行われます。
参加大学約20校、参加者約200名。
宿泊は小海リエックスホテル。

スキー場の規制情報を確認している客がいるようで、目的地を変更して他のスキー場へ向かったようで、競技終了後は一般客は少なく、学生は昼飯後は上がり、午後の練習の学生は皆無。
期せずして、空いているバーンで、高速滑走を33本。
大給
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添付写真は、これら3葉。
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大給守さんは、昨年末で隠居、江戸近郊浦安屋敷を引き払い、国許へ。
以後、周辺のゲレンデでスキー三昧。
最近は、もっぱら、屋敷から遠望出来る”小海リエックス・スキーバレー”を愛用。

情報化社会、小海リエックスのホームページを見ると、ゲレンデ規制情報が掲載されている。
屋敷から八ヶ岳方面を眺め、小海リエックスのゲレンデの天候が分かるということだから、ネットで情報を確認するまでないが、学生のスキー大会までは視認できないのもまた事実である。
だが、兎にも角にも、屋敷近くは、スキー好きにはたまらん環境にあるということである。
屋敷からスキー場を遠望し、天気が確認出来るというのは、湘南で、家から波の状態を見て、海岸へ向かうサーファーの話と共通するところがある。

彼のメールに途中で「大学歯学部の全国大会が開催されるとの事」との記述があらわれる。
ははーん、これは、何故、大学歯学部のスキー大会がこの小海リエックスで開催されているかということが後半に述べられるんだろうな思いながら、読み進んだ。
だが、それには触れられていなかった。

ということで、小生がそれに触れておきたい。
省エネ時代なので、2014年9月14日付けマイ・ブログを引用することとしたい。

------「佐久平&八ヶ岳山麓の旅/第8話/八峰の湯と松原湖畔」より抜粋-----
松原湖畔の南側に車を止める。
湖畔には松原諏方神社のほか、幾つもの神社が点在しており、是非、訪ねてみたいと思っていた、歯の神様、「白山宮」もその中のひとつである。
松原諏方神社上社を起点に逆時計廻りで湖畔を歩く。
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繋がれたボート。
並んだものが好きだ。
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浮かぶボート。
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6隻だ。
5隻でこの形なら、龍岡城五稜郭と呼応するのだが...。

湖と彼方の山々。
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天気のよい日には、赤岳、横岳、硫黄岳、夏沢峠、天狗岳などが見えるという。

松原諏方神社上社から、弁財天神社、八幡神社、子安神社、稲荷神社、熊野権現宮、松原諏方神社下社を巡り、念願の、歯の神様、白山宮に至る。
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数ヶ月前、某テレビ番組で「松原湖の白山宮は歯の神様です。歯の悪い人や歯学部志望の受験生などがお参りしています」と報じていた。
何故、白山宮が歯の神様なのかについての言及はなかった。
調べてみた。
ここ松原湖の白山宮に限らず、各地の白山神社も歯の神様と言われているところがある。
「白山(はくさん)」は「歯苦散(はくさん)」に通じ、歯の痛み、苦しみを散らしてくれるとのことだ。
これを聞き、機会あるときに訪ねてみたいと思い、今回、念願が叶った次第である。
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小海リエックスと松原湖は目と鼻の先。
スキー大会の開始前、或いは、終了後に、大学歯学部の選手諸君は、松原湖畔の白山宮に参拝することであろう。

彼のメールの最後に、「期せずして、空いているバーンで、高速滑走を33本」とある。
前回、50本というメールもあった。
元気一杯!
ピョンチャン冬季オリンピック<シニアの部>への出場も夢ではないだろう。


フォト#1~#3:2017年3月16日、大給守殿提供
フォト#4~#9:2014年9月5日(アーカイブより)
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# by ryujincho | 2017-03-16 23:51 | ドラポタ佐久平支部便り | Comments(0)
2017年 03月 10日

『日フィル/第100回さいたま定期演奏会』

3月10日(金曜)。
日本フィルハーモニー交響楽団 第100回さいたま定期演奏会を聴きに大宮ソニックシティへ。

先月下旬、知り合いから日フィルの演奏会の誘いを受けた。
指揮は、炎のマエストロ、コバケンこと小林研一郎。
ヴァイオリンは、今年で演奏活動55周年の、前橋汀子。
曲目は;
サン・サーンス「序奏とロンド・カプリツィオーソ」
マスネ「タイスの瞑想曲」
サラサーテ「チゴイネルワイゼン」 
マーラー 交響曲第1番「巨人」

コンサートに行きたいのはやまやまなれど、3月6日に白内障の手術を控えていたこともあり、コンサートに行く気などなれず、お断りした。
コンサート当日の今朝、再度の誘いがあった。
術後の調子はよく、お受けすることとした。

ソニックシティ・大ホール。
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このホールは初めて。
収容人員2,505名。
写真は開演30分前の写真で、客はまばらながら、開演前には満席に。

席は前から四番目の上手寄り。
女性の年齢に触れるのは失礼かもしれないが、前橋汀子さんは1943年生まれで、70歳超ながら、真っ赤な衣装を身に纏い、颯爽と登場。
「序奏とロンド・カプリツィオーソ」は、文字通り、助走。
「タイスの瞑想曲」は、若干、迷走。
「チゴイネルワイゼン」で、快走となった。
汀子さんのようなヴィルトーゾであっても、冒頭は調子が上がらず、徐々に調子が上がっていくということがあるようだ。

席は舞台上手寄りで、弦バス近くだったので、マーラーの交響曲第1番第3楽章の弦バスのソロが間近に流れた。
だからという訳ではないが、第3楽章あたりから調子が上がり、第四楽章に突入、繊細に流れる弦から鳥の声に聞こえる木管、そして、咆哮する金管と強打のティンパニー。
まさに、炎のコバケンの名に相応しい演奏であった。

今回の「さいたま定期演奏会」は第100回。
それもあって、最後にコバケンさんの挨拶あり。
挨拶の中で、2000年9月の第1回さいたま定期演奏会は、この日と同じマーラーの交響曲第1番であったこと、そして、中村紘子さんも出演したとの話あり。
紘子さんは昨年7月に亡くなった。
1944年の生まれ、享年72歳、亡くなるには若すぎた。
汀子さんには、薫陶を受けたヨゼフ・シゲティやナタン・ミルシテインの流れを汲む演奏家として、こらからもずっと演奏を続けて貰いたい。

マーラーの交響曲のあとにアンコールなどあろうはずもないが、100回記念として、アンコールに代え、交響曲第1番の金管が咆哮する数十小節が再び演奏された。
これは珍しいことである。

そして、珍しいことと言えば、これも100回記念ということで、帰りにロビーで記念品のプレゼントがあった。

目の調子がよかったことに感謝、埼玉県に感謝、そして、何よりも、誘ってくれた知り合いに感謝の1日であった。

フォト:2017年3月10日
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# by ryujincho | 2017-03-10 23:58 | 街歩き、村歩き、ポタリング | Comments(0)
2017年 03月 05日

『お薬師さん』

ポタリングで神社仏閣を訪ねることが結構多い。
信心深いのかと問われれば、深くはないと答えることとなる。
しかし、時として神仏にすがりたいときもある。
で、神仏にすがりたいときが来た。
「目の薬師」、薬師如来のご加護にすがりたいのである。

ということで、ここで、今一度、薬師如来について広辞苑を紐解いてみた。
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薬師如来。
薬師本願功徳経では、薬師如来は東方浄瑠璃世界の教主。
菩薩であったとき12の大願を発して成就し、衆生の病苦を救い、無明の痼疾を癒すという如来。
日光・月光菩薩を脇侍として三尊をなし、十二神将を眷属とする。
普通、左手に薬壺を持つが、古くは通常の如来形に造られた。
朝観音・夕薬師といわれるほどに庶民に信仰された。
薬師如来瑠璃光如来。薬師仏。
(出典:広辞苑)
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ここ数ヶ月の間に参った薬師如来を、そのご加護を願いながら、アップロードしておきたい。

安房国分寺、薬師如来。
2016年10月10日、安房国史跡めぐりで、国分寺跡を訪ねた。
後継寺院である真言宗智山派国分寺で「安房國四十八ヶ所 薬師霊場申歳中開帳」が催されており、有難くも、湯茶と茹で落花生の御接待を受けた。
「南無薬師如来」の幟旗、住職と檀家のご婦人、そして、ドラポタ仲間の武衛さん、南国さんと共に。
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「安房國四十八ヶ所 薬師霊場申歳中開帳」の貼紙。
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龍角寺、薬師如来坐像。
2016年11月3日、年に一度の奉安殿開扉にて薬師如来像を拝す。
撮影禁止にて、絵葉書にてアップロード。
国重要文化財、頭部は白鳳期の作、体部は火災後、江戸時代に再鋳。
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十二神将/寅神、辰神。
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郷土史家さんから薬師如来の印相について解説があった。
右手は施無畏印(せむいいん)、左手は与願印(よがんいん)とした施無畏与願印(せむい よがんいん)。
坐像の場合は左手の平を上に向け、膝上に乗せる。
与願印を示す左手の上に、薬師如来の場合は、薬壷が載っている。

薬師如来石像二十尺。
2月19日、龍尾寺(匝瑳市、旧・八日市場市)を訪ねた。
これにて、印旛沼の龍伝説に関わる龍角寺、龍腹寺、龍尾寺の三つの寺めぐりが叶った。
匝瑳市北部の龍尾寺から市街地に戻ったところ、旧道のY字路に建つ、巨大な薬師如来像に遭遇した。
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案内板によれば、「...老朽化した薬師堂に代わり、八日市場発祥のシンボルとして新たに薬師如来石像二十尺を建立安置し...」とある。
右手は施無畏印、左の与願印を示す手の平の上には薬坪がしっかりと見て取れる。

新井薬師、薬師如来。
真言宗豊山派梅照院、通称、新井薬師。
地元の人は、親しみを込めて、目の薬師、お薬師さんと呼ぶとのこと。
今年(2017年)正月、ドラポタ走り初めで都内をポタリング。
最後は新井薬師参拝で締めるところであったが、夕暮れ、時間切れで参拝は叶わず。
2月25日、参拝が叶い、ほっとする。
瑠璃殿。
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作法通り、真言を唱え、<或ること>を祈願。
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中里薬師堂、薬師三尊。
2月26日、市民ギャラリーでの外開帳で、薬師三尊を拝す。
中央/薬師如来、向かって右/日光菩薩、左/月光菩薩。
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日光菩薩と月光菩薩は、造形上、対になるように対称的に造られる。
即ち、日光菩薩が右腕を上げ左腕を垂らす場合は、月光菩薩が左腕を上げて右腕を垂らすといった姿形がとられる。
中里薬師堂の日光菩薩と月光菩薩は、薬師如来を照らすが如くに、それぞれが「日の印」と「月の印」を掲げている。
ところが、「月の印」は内側ではなく、外側を向いている。
即ち、月光菩薩は「月の印」で薬師如来を照らすことなく、外側を照らしているのである。
即ち、日光菩薩と対の形になっていないということとなる。
仏師の誤解と簡単に決め付けてはいけない、何らかの訳があるのではないかと考えられている。

薬師如来の印相。
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左手は、約束通り、与願印を示す手の上に薬壷が載っている。
一方、右手は、約束通りの施無畏印ではなく、親指と薬指で輪を作っている。
解説員さんの話では、左手の薬壺の薬を右手の指でつけようとされているのではないかと。

広辞苑では「普通、左手に薬壺を持つが、古くは通常の如来形に造られた」とあり、右手については触れられておらず。
「古くは如来形」とあり、釈迦如来は施無畏与願印、大日如来は法界定印もしくは智拳印、阿弥陀如来は定印、説法印、来迎印など。
因みに、中里薬師堂の薬師如来は文化文政期に造られたもので、古いものではない。
この薬師如来の印相は特別なものと理解しておきたい。

十二神将/午神、寅神、酉神。
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薬師三尊と十二神将の三像の外開帳が終わった翌3月1日、中里薬師堂(我孫子市中里)を訪ね、今一度、懇ろにお参りした。
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扁額コレクション。
「瑠璃光堂」、誰が揮毫し、誰が扁額に彫ったのであろうか。
なかなか面白い書体の扁額である。
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こうして、薬師如来のことを綴っていると、奈良の薬師寺に参拝したくなって来る。
直近で参拝したのは、ハリポタで奈良をめぐった2008年6月のことあり、彼是、9年が経つ。
願わくば、今年中に参拝したいものである。

フォト#1、#2:2016年10月10日、館山市にて
フォト#3~8:2016年11月3日、印旛郡栄町にて
フォト#9、10:2017年2月19日、匝瑳市にて
フォト:#11、12:2017年2月25日、東京都中野区にて
フォト#13~15:2017年2月26日、我孫子市にて
フォト#13、14:2017年3月1日、我孫子市にて
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# by ryujincho | 2017-03-05 23:38 | お薬師さん | Comments(0)
2017年 03月 01日

『ドラポタ佐久平支部便り/杉の木山出し 2017.2.22~3.1』

2月22日午前、大給守殿よりドラポタ佐久平支部便りが到来。

方々
某、本日は杉の間伐材の山出し日、風も無い山の日当りの良い斜面で作業中。
長さ8m~10mの木を6mに切り揃え、3本まとめてロープに縛り、道路まで引き出します。
1本70~80kgはあります。
春に枝を払い皮を剥いてもらってあり、斜面は良く滑ります。
木こり大給

同日夕方、追伸が到来。

方々
杉の間伐材の山出し終了。
急な山の斜面を300m程、1回に3本の杉の木を引っ張りおろし、
急な斜面を登り同じことを7回くり返し、へとへとになりました。
山仕事は重労働です。
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鋸では効率が良くなく、重労働。
チェーンソーの購入を検討開始しました。
大給

同日、南国守殿返信。

大給守殿
山仕事が重労働なのは、山によく行く身としてはよ~く分ります。
畑仕事、山仕事、スキー、歴史の勉強会とリタイアー後の生活を満喫していますね。
南国

同日、上総より返信。

大給守殿
木を切りて 庵を編みて 酒を汲み 霹靂火
ログハウスの別荘に招待されるんじゃないかと思い居ります。
上総

2月25日、武衛さん、上総にて八重洲/玉乃光酒蔵で一献時、大給守さんの木こり仕事も話題に。
チェーンソーの購入検討ということは、鋸で切り倒したということじゃろうね。
鉞じゃ金太郎だし。
切り出した杉の木は、何処で何に使うんじゃろうか?
ログハウスをおっ建てるには相当の本数を切り出さねばならんし、搬送も大変じゃろうし。
その他、諸々(記述、省略)。

2月28日、玉乃光談義を踏まえ、大給守さんと電子飛脚弁にてQ&A。
「切り出した杉の木は?」。
「屋敷の庭の植木の支柱に。鎌倉、瑞泉寺庭園の支柱作りに挑戦してみたいと思っております」。

あれはいつの頃であったか。
大雪が降り、屋敷の庭の松の枝が折れてしまったと。
で、鎌倉ポタリングの際、瑞泉寺の梅の木の支柱について、ケンキュー。
その後も、各地をポタリングの途中、寺社境内、公園などの支柱をケンキュー。
折角の機会なので、小生も一緒に支柱をケンキュー。
一本支柱、三本支柱、八つ掛け支柱、布掛け支柱、鳥居支柱、T字支柱などなど。
中でも、梅の枝を支えるT字支柱は横木と縦木を嵌め込み式にして棕櫚で巻くなど、芸術的なまでに「いい仕事」をしている支柱を多く見掛けた。

3月1日、大給守殿より来信。

方々
チェーンソー、購入しました。
スウェーデン、ハスクバーナの小型チェーンソーです。 
排気量40.9CC、 出力1.5KW 毎分9,000回転。
小型ですが、良く切れます。
チェーンソー専門店で購入し、店での試し切り。
直径40cmの丸太切断は約30秒。
今回の直径12~13cmだと、人力ノコギリでは全部切断するに半日はかかりそうですが、チェーンソーなら約10秒です。
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大給

ハスクバーナ製チェーソー。
電脳網で検索、カタログを見てみた。
一般向けチェーンソー/135e 
排気量 40.9cm2
出力 1.5kw
本体重量 4・8kg
価格 ¥〇〇、〇〇〇.-(税抜き)
大給守さんが購入したのは、多分、これだな。
結構、安いやん。

パーツは、バー(刃)やチェーンなどなど。
アクセサリーは、ヘルメット、防護服、防護手袋、バイザーサングラス、防護靴などなど。

植木の松ちゃん、梅ちゃん、藤ちゃんたちが「大将、いい道具ですね。いい腕ですね。いい仕事してますね」と喜ぶような支柱が仕上がるであろう。
怪我だけはくれぐれも気をつけて。

フォト:2017年2月22日、3月1日(大給守殿提供)
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# by ryujincho | 2017-03-01 23:31 | ドラポタ佐久平支部便り | Comments(2)
2017年 02月 28日

『黒の集団、オオバン』

2月28日(火曜)、晴れ。
2月も晦日。
jitensha に跨り、日課の手賀沼に出動。
北岸でを走る。
カワセミ、コゲラ、エナガ、シジュウカラなどを鳥見。
南岸を走る。
久しぶりに、黒の集団、オオバンにカメラを向ける。
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黒の集団というと、何やら強そうに聞えるが、オオバンは怖がり。
人の気配を感じると、あっという間に湖面に飛翔。
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フォト:2017年2月28日、手賀沼北岸にて
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# by ryujincho | 2017-02-28 23:57 | 鳥見雑記 | Comments(0)
2017年 02月 26日

『新井薬師参拝』

年初、ドラポタの走り初めは、東京駅をスタートし、神社仏閣、庭園その他都内の名所旧跡をめぐり、最後は中野/新井薬師と童謡「焚き火」発祥地を訪ね、フィニッシュというコース設定であった。
しかし、中野駅近くに至ったとき、夕暮れ、時間切れで、最後の、新井薬師と童謡「焚き火」発祥地は端折った。

その後、「目の薬師」である新井薬師を端折ったことがずっと気になっていた。

で、2月25日、ドラポタ仲間の武衛さんと新井薬師をお参りした。
すっきりした。
上高田の童謡「焚き火」発祥地も訪ねた。
更に、吉良家の江戸菩提寺、功運寺も訪ねた。

「前に、ここへ来たのはいつのことでしたかね」と武衛さん。
「冬であったことは覚えていますが、さて、何年のことでであったか?早稲田通りを走っていて、都バスに意地悪運転されたことは覚えているんですけど。調べておきましょう」と上総。

帰宅後、ポタリング記録を紐解いてみた。
前回、この辺りをポタリングしたのは、2012年2月21日であった。
メンバーは、武衛さん、大給守さん、上総の3名。
コースは、<JR中野駅集合~曹洞宗天徳院/梶川與惣兵衛の墓所(「抱きとめた片手が二百五十石」。浅野を抱き留めた梶川殿はその功績で五百石の加増とか)~曹洞宗龍寶山萬昌院功運寺/江戸の吉良家菩提寺~鈴木家/童謡♪たきび♪の垣根の曲がり角~真言宗豊山派新井山薬師寺、別称・新井薬師~哲学堂~北から南へ下がって~妙法寺/日本近代建築の父、ジョサイア・コンドル設計の鉄門~一路、高田馬場へ~~中山安兵衛高田馬場之決闘助太刀ゆかりの地/水稲荷神社境内/「堀部武庸加功遺跡之碑」~甘泉園/徳川御三卿清水家下屋敷跡~面影橋/太田道灌と山吹伝説、石碑「山吹の里」~上総旧宅跡(早い話が下宿先「三ヶ島家」跡)~神田川沿い~関口芭蕉庵~Printing Museum/球形モニュメント~丸の内>と盛りだくさんな立寄り先が記されていた。

話が反れた。
5年ぶりの、新井薬師の話に戻そう。

新井山梅照院。
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通称、新井薬師。
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「新井薬師」の揮毫は東京都知事鈴木俊一によるもの。
1979年に都知事に就任した鈴木俊一は都庁の新宿移転を強力に推進し、1985年9月、都議会で建設地は新宿副都心と決定、1988年4月着工、1990年12月完成。
その間、鈴木都知事に対する風当たりは強く、、「バベルの塔」をもじって「バブルの塔」とか、税金の無駄遣いとも言われ、「タックス・タワー」と揶揄されたこともあったが、今やそんなことを言う人は誰もいないし、45階の展望室は東京の観光名所の一つとなっている。

山門。
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境内。
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瑠璃殿。
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作法通り、真言を唱え、<或ること>を祈願。
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白龍権現水屋建立之記。
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白龍権現水屋建立之記
新井の地名の由来は古文書『新井埜草別調べ』によれば「名水湧き出でたる故に村名を新井と名づく」とあり
この地は名水随所に湧出せしが時代と共に次第に減じ都市化の進展に伴い名井ことごとく枯渇し新井の由来を知らすべき証し全て消失せり
当山梅照院の瓢箪池(新井薬師公園)もその昔冷泉滝の如く水坮り場として修行の道場となせり
故に「垢离不動明王」を安置し尊信す
白蛇常に不動明王のお傍にありて守護するが如し 
しかるに公園造成以後は冷泉の涌出も絶えたるにより窪寺伝吉氏が昭和三十五年に境内に出卋垢离不動明王堂を建立霊験灼然として今に多くの信宗をあつむ
白蛇の令を供養せんと貫主智英僧正発願せられ龍王のおすがたに三十三之宝珠を奉ずる石像を刻み明王の使者白龍権現として不動堂に祀る
この度等大悲殿の建立のおり地下二米程の處に御影石の上蓋に保護されたる大井戸を発見す 
涌き出ずる水清洌にして名井の出現を見たり 
これぞ権現の導きなりと貫主その瑞祥を奉戴す
一夜夢枕に不動明王現れ「大悲殿に聖観卋音菩薩を迎えて井戸の冷泉を閼伽水として衆生に施さば即ち利益増長抜苦与楽せん」と告げ給う 
この霊示により同信を募り島根琴次郎 相原新吉両氏と共に双竜を鋳造して水屋を建立す 
功徳の霊泉 末永くあらんことを祈念する
昭和六十年年四月吉日 発願人窪寺克己 記
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双龍/右。
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双龍/左。
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龍口から流れ出る閼伽水(あかみず)で目を洗う。
前回、ここを訪ねたとき、参拝者からこの水で目を洗うと眼病に効くと聞いたので...。

季節の花、枝垂れ梅、河津桜。
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山門をくぐり、一礼し、外へ。
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参道の両側には奉納者、賛助者の名が並んでいる。
その中に、スポーツ選手や芸能人の名も散見される。
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スポーツ選手や芸能人と新井薬師の関係は?
新井薬師はスポーツや芸能の仏様ではないし、と思いながら、帰宅後、電脳網で「新井薬師 芸能人」で検索してみた。
節分会追儺式で、岩手県指定無形民俗文化財の伝統芸能「鹿(しし)踊り」の奉納舞いや、スポーツ選手や芸能人の豆まきが行われ、それらの人たちの名が参道に並んでいたのであった。

上高田の童謡「焚き火」発祥地と吉良家江戸菩提寺である功運寺に立ち寄り、下落合駅から東西線に乗り、大手町駅で下車。

八重洲地下街「玉乃光酒蔵」へ直行。
宇和島のじゃご天にみぞれ酒、穴子の柳川にみぞれ酒、かれいの一夜干しにみぞれ酒、焼き鳥にみぞれ酒、厚焼き玉子にみぞれ酒と、新井薬師を参拝し、肩の荷が下りたことも手伝い、御酒はどんどんと進んだのであった。
仕上げは、八重洲ラーメンストリートでタンメンをすすり、フィニッシュとした。

フォト:2017年2月25日
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# by ryujincho | 2017-02-26 23:58 | 街歩き、村歩き、ポタリング | Comments(0)
2017年 02月 19日

『映画三昧/マグニフィセント・セブン』

原案『七人の侍』、『荒野の七人』 その魂を受け継ぐ『マグニフィセント・セブン』と冒頭に書かれた看板。
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原題は "The Magnificent Seven"。
近年、原題をそのまま、片仮名表記で邦題とする映画が多い。
配給会社に工夫がないと思うのが常。
ジョン・スタージェス監督、ユル・ブリンナー主演の『荒野の七人』(1960年)の原題も"The Magnificent Seven"。
前作と区別するため、今回の邦題は『マグニフィセント・セブン』としたのであろうと<好意的>に思いたい。

黒澤明監督、三船敏郎主演の『七人の侍』(東宝、1954年)は、筆者6才のときに公開された作品で、公開時リアルタイムでは観ておらず、後年、リバイバルで観た。
因みに、のちにシリーズとなる第一作目の『ゴジラ』も同じ年に公開されているが、これは観た。

余談ながら、2015年、世田谷美術館で開催された『東宝スタジオ展 映画=創造の現場』では「本展では、1954年に公開の2本の映画、東宝の代表作である『ゴジラ』と『七人の侍』に焦点をあて、美術の視点から特殊撮影と東京の時代劇の魅力を探ります」と述べられており、1954年のこの2作は、東宝の歴史において、そして、日本映画の歴史において、更に言えば、世界の映画史上において忘れてはならない作品なのである。
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ストーリーの基本は分かっており、安心して観ていられる。
新作では、基本のストーリーをどう展開するのだろうかという楽しみ方で観た。

特筆すべきは、音楽である。
作曲は、「タイタニック」ではアカデミー作曲賞を受賞しているジェームズ・ホーナー。
映画の前半、仲間がどんどん集まる場面で、エルマー・バースタインの作曲による前作のテーマ音楽の、あの ♪チャン、チャチャチャン、チャチャチャ、チャチャチャン♪ のフレーズを思わせる音楽が流れる。
そして、最後、事が成就し、”Magnicent 7”の文字が現れたときに、前作のエルマー・バースタイン作曲のテーマ音楽そのものが鳴り響いた。
鳥肌が立った。
思わず、拍手しそうになった。

そして、最後、事が成就したときに雇い主の女性が”Magnificent Seven”という言葉で彼らを讃える台詞に対する字幕は「崇高なる七人」であった。
また、鳥肌が立った。
思わず、拍手しそうになった。

この映画は、『七人の侍』と『荒野の七人』に対するオマージュだ。
「崇高なる七人」の言葉は、これら前2作に贈られた言葉でもあろう。
この映画は、『七人の侍』、『荒野の七人』の世代だけが楽しめる仕掛けが随所に散りばめられた作品でもある。
1966年生まれの監督、アントワーン・フークアに拍手!である。

邦題も、原題の片仮名書きである『マグニフィセント・セブン』で納得。
因みに、『七人の侍』の英語タイトルは"The Seven Samurai" である。
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フォト:2017年2月19日、丸の内ピカデリーにて
フォト#4:2015年4月9日、東宝スタジオ表玄関にて(アーカイブより)
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# by ryujincho | 2017-02-19 23:58 | 映画三昧 | Comments(0)
2017年 02月 15日

『ドラポタ佐久平支部便り/佐久平一望/2017.2.15 』

2月15日、大給守殿より「佐久平一望」と題し、佐久平支部便りが届いた。
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方々
小海リエックスのゲレンデも空いています。
添付フォトで、臼田稲荷山公園のロケット展望台を探して下さい。
大給
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昔、小海リエックスでゴルフをしたことがあるなあ。
そして、2014年の秋は、高峰高原下りま専科+佐久平+中山道茂田井宿~岩村田宿+旧志賀村+小諸+八ヶ岳と盛り沢山なポタリングだったなあ。
その途中、臼田稲荷山公園のロケット展望台を訪ねたなあ...。
「秋の信濃路ポタ/佐久平みち/コスモタワー」

地図上で、小海リエックス・スキーバレー/臼田/浅間山の位置関係を確認し、写真に当てはめると、臼田稲荷山公園のロケット展望台の位置はおおよそ、見当が付いた。

暖かくなったら、再び、信濃路をポタリングしてみたい。
今度は、「信濃国史跡めぐり」で、国府跡、国分寺跡、総社をメインに。

フォト:2017年2月15日、大給守殿提供
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# by ryujincho | 2017-02-15 23:58 | ドラポタ佐久平支部便り | Comments(2)
2017年 02月 14日

『エナガ』

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フォト:2017年2月14日、手賀沼北岸にて
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# by ryujincho | 2017-02-14 23:59 | 鳥見雑記 | Comments(0)
2017年 02月 14日

『エナガ』

葦の茎を懸命に突っついている姿を4コマで。
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フォト:2017年2月14日、手賀沼北端にて
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# by ryujincho | 2017-02-14 23:58 | 鳥見雑記 | Comments(0)
2017年 02月 14日

『カワセミ』

カワセミ。
この日はカワセミに遭える予感が。
手賀沼南岸を走る。
カワセミには遭遇せず。
手賀沼東端を回り、北岸へ向かおうとしたとき、猛スピードで飛ぶ2羽の鳥に追い越された。
カワセミだった。

北岸を走る。
畔を猛スピードで飛ぶ鳥に追い越された。
カワセミだ。
前方の杭に止まった。
久しぶりにカワセミにカメラを向けた。
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フォト:2017年2月14日、手賀沼北岸にて
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# by ryujincho | 2017-02-14 23:57 | 鳥見雑記 | Comments(0)
2017年 02月 14日

『カイツブリ』

ここしばらく、鳥の正面顔コレクションをトライしている。
カイツブリの正面顔を狙ってみた。
だが、そう上手くは撮れない。
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正面顔は上手く撮れなかったが、この写真のお陰で、カイツブリの目の色による識別がベンキョー出来た。

写真のカイツブリの目(虹彩)は淡黄色。
これはカイツブリで、1年中みられる留鳥である。
目(虹彩)が赤いのは、ハジロカイツブリで、冬鳥である。
ミミカイツブリも目(虹彩)が赤く、ハジロカイツブリとよく似ているが、くちばしの先端が白いことで見分けがつく。

2017年2月14日、手賀沼にて
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# by ryujincho | 2017-02-14 23:56 | 鳥見雑記 | Comments(0)
2017年 02月 14日

『ツグミ』

好きな鳥のひとつ、ツグミ。
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何故、ツグミが好きか。
それは、群れず、単独で行動しているからである。
ところが、群れないかというと、そうではなく、冬鳥として日本にシベリアから群れで渡来し、日本に着くと群れを解き、3月半ば頃になると再び群れで北へ帰る鳥なのである。

もう一枚、アップロードしておこう。
目がしっかりと撮れたので。
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フォト:2017年2月14日、手賀沼にて
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# by ryujincho | 2017-02-14 23:55 | 鳥見雑記 | Comments(0)
2017年 02月 14日

『ドラポタ佐久平支部便り/滑る/2017.2.14 』

2月14日、10:44付けで、大給守殿より「滑る」と題し、佐久平支部便りが届いた。
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方々
滑る遊びはいろいろあります。
八千穂レイクでは、凍った湖面を四輪で走り、滑りを楽しんでいます。
大給
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写真の添付がないなと思ったら、直ぐに、「滑る2」と題し、2枚の写真が送られて来た。
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1枚目の写真を眺める。
♪雪の白樺並木 夕日が映える 走れトロイカ ほがらかに 鈴の音高く...♪
昔、ダークダックスがこんな歌を歌っていたなあ...。

一方、2枚目は、そういう風景とは真逆の、凍った湖面を四輪で走り、滑る米国的(???)な遊びの写真。
この遊びに対し、武衛さんが返信。
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大給守殿
そんな暴走族まがいのことをやっているんですか!
野次馬的感想ですが。
武衛
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伊豆守殿からは、<画家>らしい返信。
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大給守殿
白樺林、素晴らしい景色ですね。
伊豆
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小生からは次の通り返信。
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大給守殿
第一信、第二信、拝受。
第一信を読んで、ソルトレイクシティを舞台にしたオートバイ競争の映画「世界最速の男」を思い出し、塩湖=氷湖のイメージでありました。
第二信添付の写真を見ると、それとはちょっと違うような感じやね。
電脳に転送して大画面でもう一度、爆走写真を楽しんでみます。
テーガヌーマ湖上ならぬ湖畔をバクソー中の上総
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15:58付けで、大給守殿より「八千穂レイク」の追加写真と共にメールが到来。
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方々
八千穂高原は白樺林がきれいな場所があります。 
雪の上を歩くにはスノーシューで快適に歩けそうです。
池は凍り、車で雪上走行、スリップ体験をするには絶好の場所となっており、貸切で数十台の車が走っていました。
軽トラで乗り込んだところ、進入禁止と言われてしまいました。
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大給
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「軽トラックで乗り込んだところ」という件(くだり)に笑ってしまった。
大給守殿は四駆も持っているはずなのに...。

「八千穂レイク」で検索してみた。
先ず、釣りの案内。
これは、氷結していない湖面、そして、緑の森の写真と共に。
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浅間山・秩父山系の山並みが見えるロケーションの中で釣りはいかがですか。
湖面面積約37,000㎡の中にトラウト、岩魚が数多く潜んでいます。
美しい自然の恵みを感じながら、ゆっくりと楽しい時間をお過ごしください。
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次に、「八千穂レイク評定2017」の案内。
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ご来場にあたり、公道を自走して来られる車両につきましては、不法改造など法的に問題の生じる車両での来場は固くお断りさせていただきます。
また、近隣の道路では 特に速度違反、はみ出し走行などは厳禁とします。
積載車などで運搬してこられた公道走行が不可の車両に於いても、ノーマルレベルの排気音を維持できない車両、触媒装置の無い車両、液漏れのある車両につきましては、当日であっても 必ず走行をお断り させていただきます。
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軽トラックは駄目とは書かれていないが、軽トラックで来る人はいないという前提での注意書きかも。
氷上で走り回られては、トラウトや岩魚はおちおち水底で冬を越せないかもしねないなあと思ったりもして。

フォト:2017年2月14日、大給守殿提供
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# by ryujincho | 2017-02-14 23:51 | ドラポタ佐久平支部便り | Comments(2)
2017年 02月 13日

『祝!稀勢の里優勝横綱昇進記念牛久鰻ポタ/牛久市(3)』 ki-10

2月12日(日曜)。
祝!稀勢の里優勝横綱昇進記念牛久鰻ポタ。

カミヤシャトーを見学し、JR牛久駅東口へ。
東口には<反省会>をする適当な店がない。
再び、西口へ行き、駅舎下の店に入る。

先ほど、この店の前を通ったときは気づかなかったが、店先で<いいもの>が目に入った。
「☆稀勢の里関 優勝 おめでとう!!」。
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店内でも<いいもの>が目に入った。

<いいもの>/その一。
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<いいもの>/そのニ。
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白鵬の手形とサインの下には印がふたつ。
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木村庄之助の署名の下にも印がふたつ。稀勢の里の手形とサインの下の印は、ふたつではなく、ひとつ。
白鵬の印は「第六十九代横綱」と「白鵬翔之印」と彫られている。
稀勢の里の印は「稀勢の里寛之印」と彫られている。
これからは、この名の印の上に「第七十二代横綱之印」が押されることになるのだろう。
いつまでもモンゴル勢に名をなさしめる必要はない。
がんばれ、横綱稀勢の里!

JR牛久駅コンコース。
ここでも<いいもの>が目に入った。

<いいもの>/その一。
「祝 優勝 大関 稀勢の里関」。
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<いいもの>/そのニ。
「祝 第72代横綱昇進 おめでとう 稀勢の里関」。
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顔抜き看板。
「牛久へようこそ」。
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顔抜き看板は、JR社員と片手にワイングラスの河童、シャトーカミヤに牛久大仏。
いずれ、横綱 稀勢の里の顔抜き看板も新設されることになろうと期待。

こうして、取手市藤代町、龍ヶ崎市、牛久市をめぐる「祝!稀勢の里優勝横綱昇進記念牛久鰻ポタ」を終えた。

出身地は牛久市だが、「龍ヶ崎育ち」を心の拠り所として、応援している龍ヶ崎市に軍配を上げたい上総であった。

がんばれ、稀勢の里先輩!


フォト:2017年2月12日

(完)
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# by ryujincho | 2017-02-13 23:10 | 稀勢の里優勝記念ポタ | Comments(0)
2017年 02月 13日

『祝!稀勢の里優勝横綱昇進記念牛久鰻ポタ/牛久市(2)』 ki-9

2月12日(日曜)。
祝!稀勢の里優勝横綱昇進記念牛久鰻ポタ。

小川芋銭ゆかりの地を訪ねたのち、旧水戸街道/牛久宿、そして、牛久駅西口で、稀勢の里優勝横綱昇進記念の取材が叶った。

JR常磐線の踏切を渡り、駅の東側へ。

カミヤシャトー。
本館。
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神谷傳兵衛の名を冠した"CHATEAU D.KAMIYA"。
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トンボのレリーフ。
本館の潜り抜けの右壁にあるこのトンボのレリーフは、小生のお気に入り
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アップで。
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潜り抜けの左側の、ランプと扉。
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潜り抜けから、旧醗酵場である神谷傳兵衛記念館を臨む。
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旧醗酵場である神谷傳兵衛記念館から本館を臨む。
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旧醗酵場である神谷傳兵衛記念館の地上階。
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旧醗酵場である神谷傳兵衛記念館の地下。
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「合同酒精」のエンブレム。
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初めてここを訪れたのは、1980年代の前半だったと記憶。
当時は合同酒精の「牛久シャトー」と呼ばれていた。
その後、2000年代前半に、合同酒精株式会社をオエノンホールディングス株式会社に社名変更。
新会社の社名オエノンは、ギリシャ神話のデュオニソスによって大地からワインを得る力を与えられた女神オエノに由来するという。

東日本大震災で被災し、長らく復旧工事中であった。
直近で、ここを訪ねたのは、2013年の秋であった。
復旧工事の真っ最中で、本館および構内は工事用のカバーが囲いで覆われ、何も見えなかった。
2015年に秋に牛久を訪れたが、シャトーカミヤのホームページではまだ工事中との掲示があったので、訪問は見送った。
2014年3月に旧醗酵場や旧貯蔵庫の復旧工事は完了。
そして、咋2016年7月、本館の復旧工事が完了し、一般公開となった。
今回、復旧した姿を見て、稀勢の里の初優勝、横綱昇進と同じように、いや、それ以上に、祝!と言いたい。

構内のスーベニール・ショップに立ち寄った。
<いいこと>を知った。
2月18日、牛久市内で、稀勢の里の優勝横綱昇進祝賀パレードが行わわれるという。
パレードのコースは、JR牛久駅から牛久市役所までで、シャトーカミヤの近くを通るという。
そして、祝賀会はシャトーカミヤで開催されるという。

結果論ではあるが、シャトーカミヤ訪問は、稀勢の里の優勝横綱昇進の<取材>に繋がったということである。
うれしい!

フォト:2017年2月12日

(つづく)
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# by ryujincho | 2017-02-13 23:09 | 稀勢の里優勝記念ポタ | Comments(0)
2017年 02月 13日

『祝!稀勢の里優勝横綱昇進記念牛久鰻ポタ/牛久市(1)』 ki-8

2月12日(日曜)。
祝!稀勢の里優勝横綱昇進記念牛久鰻ポタ。

牛久沼の畔で鰻を食したのち、国道6号線(水戸街道)を北上し、牛久宿の南端入り口に至る。

武衛さんに、国道6号線(水戸街道)を挟んで、牛久宿南端入り口の反対側のJR常磐線の踏切を指差しながら、「踏切を渡り、細道を上って行くと、若柴宿からの道に繋がり、それが旧水戸街道です」と武衛さんに説明し、牛久宿に入る。

旧水戸街道/牛久宿の通りを走りながら立ち寄った先の詳細は、一昨年10月に走ったときのことを綴ったマイ・ブログ、「旧水戸街道ポタリング/牛久宿の巻」をご覧いただくとして、本ブログではハイライト的なことや特記事項を綴っておきたい。
「旧水戸街道ポアリング/牛久宿(二)」
「旧水戸街道ポタリング/牛久宿(三)」
「旧水戸街道ポタリング/牛久宿(四)」
「旧水戸街道ポタリング/牛久宿(五)」

一昨年10月のブログにも、河童をいろいろと掲載したが、大好きな河童なので、本ブログにも掲載しておきたい。

牛久アヤメ園。
アヤメ園を眺めながら、「前方の森から向こうは台地。このあと、訪ねる小川芋銭ゆかりの河童の碑と魚雲亭はあの辺り」と指差す。
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牛久沼に流れ込む稲荷川河口、三日月橋の袂から牛久沼を眺める大河童像。
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手に持っているものは何だろう?松明?小川芋銭画伯が使っていた筆?と思いながら、いつも眺める小河童像。
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逆光を受けて、シルエットの小河童像。
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里山の麓の細道を少し走り、坂を上り、小川芋銭ゆかりの河童碑と魚雲亭へと向かう。

河童の碑。
これまで碑に刻まれた河童の姿をメインに写真を撮ることが多かった河童の碑、今回は、背後のスダジイの大木と共に、の構図で少し煽り気味に撮ってみた
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この河童の姿は小川芋銭が描いた河童をもとに彫られているとずっと思い込んでいたが、今回、牛久市観光協会のホームページを参照したところ、そうではなかった。
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河童の碑は雲魚亭から程近い場所に建てられています。
芋銭の生前の数々の偉業を讃えるために、昭和26年に、芋銭の友人、池田龍一氏が中心となって建立されました。
碑の正面やや左側には河童の絵が描かれています。
これは、現二科展会員、中村直人氏が監修し、八柳恭次氏が描いたものです。
正面右側には『誰識古人画龍心(だれかしるこじんがりゅうしん)』の文字が刻まれています。
これは、何故、河童を描くのかとの問いかけに芋銭が答えた言葉です。
(出典:牛久市観光協会ホームページ)
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この河童の碑を幾度も訪ねているが、改めてベンキョーした。
思い込みがいけないとハンセー。

文中にある中村直人と八柳恭次について調べてみた。
何故なら、以前、牛久アヤメ園の「大河童」の作者、田畑 功を調べたところ、石垣島の石垣港離島ターミナルに立つ「具志堅用高像」の作者であることが分かり、であれば、中村直人、八柳恭次のことについて調べれば、小生の知っている作品の作者であるかもしれないと思ったからだ。

中村直人。
1905年(明治38年)、長野県上田市生まれ。
1926年(大正15年)、日本美術院に木彫「清韻」初出品初入選。
以後連続入選、日本画の横山大観、彫刻家の平櫛田中、洋画家の藤田嗣治などから若手木彫家として高い評価を受け、期待をされる。
1952年(昭和27年)、藤田嗣治の待つパリに行き、絵画に転身する。
1964年(昭和39年)、13年ぶりに帰国、二科会会員として絵画を出品、以後、日本最初の彫刻家・画家として活躍する。
1981年(昭和56年)、逝去。享年76歳 。     

八柳恭次。
出身地別彫刻家一覧なるサイトに「秋田県出身の彫刻家」として八柳恭次の名がある。
鋸山 日本寺のホームページに「鋸山の中腹に彫刻された大仏『薬師瑠璃光如来坐像』は、当初は台座共9丈2尺の磨崖仏像でしたが、江戸末期になって、自然の風触による著しい崩壊があり、頭部の半分が崩れ落ち、膝の部分も埋没した状態になってしまいました。昭和に入り彫刻家八柳恭次氏の指導のもとに昭和44年、4ヵ年年の歳月を費やし大仏の復元が完成いたしました」とあり、八柳恭次の名がある。
某氏のブログに「靖国神社の狛犬/この狛犬は大東亜戦争中、陸軍省が彫刻家、後藤直に製作を依頼。後藤氏は京都にある籠神社の狛犬を元に石膏の原型を完成させ、真鶴の小松石を使い刻みが始まりましが、諸事情により未完のまま放置。昭和39年清瀬一郎が叙勲した際、叙勲記念として八柳恭次(後藤直氏の直弟子)が未完の狛犬を完成させ奉納した」とあり、八柳恭次の名がある。
鋸山の磨崖仏、靖国神社の狛犬、何れも馴染みのある彫刻である。
次回、機会あれば、八柳恭次の名を思い出しながら、眺めてみたい。

雲魚亭。
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雲魚亭
昭和12年の9月に小川芋銭の旧宅の敷地内に芋銭夫人と長男が新築した画室兼居宅。
芋銭は同年9月末にここに移り住み、古希記念新作展などの準備に当るが、翌昭和13年1月末に脳溢血で倒れ、12月17日に永眠するまでは、療養のための居宅となってしまいました。
現在は、小川芋銭記念館として一般に公開されており、土日祝日は室内も公開しています。
(出典:牛久市観光協会ホームページ)
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ここを訪れるときは土曜日が多いのだが、開館時間を過ぎた夕方4時以降に辿り着くことが多く、建物の中に入ったことはなかった。
今回は、3時に到着したので、中に入ってみた。
芋銭の作品や手紙などが展示されている(館内は撮影禁止)。
いつも思うことだが、芋銭の描く河童は独特の姿をしている。

雲魚亭から眺めた夕日と富士の風景写真を何処かでみたことがある。
雲魚亭の<留守居役さん>にその場所について尋ねたところ、外の庭からとのことでその場所に案内してくれた。
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この場所は以前から知っており、写真を撮ったことがあった。
以前のブログを読み返してみたところ、「木立の間から牛久沼を垣間見ながら、カッパはいないかと目を凝らす。」とのキャプションが記されており、そのときは夕日と富士のことは全く知らず、夕日と富士山のスポットであることはのちに知ったことであったのだ。

時刻は夕方3時過ぎ。
太陽は西に傾いてはいるが、夕日にはまだ早い。
夕日を眺めてみたいが、次の行程もあるので、出発する。

芋銭の墓所であり、樹齢500年以上といわれる榧(かや)の大木がある得月院に立ち寄り、再び、旧水戸街道、牛久宿の通りへ出て、北進し、池波正太郎の『鬼平犯科帳/雲竜剣』に登場する正源寺に立ち寄る。

牛久市内の観光も大事だが、稀勢の里の初優勝・横綱昇進関連の<取材>もせねばならない。
牛久市は稀勢の里の出身地でありながら、過去、稀勢の里ゆかりのものを見たのは国道6号線(水戸街道)の駅前交差点角にある店先に立てられた幟旗1本だけであったなあと思いながら、走っていたところ、<いいもの>を連続して見つけた!

<いいもの>その一/八百屋の店先に立てられた幟旗「稀勢の里 応援団 牛久市観光協会」。
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<いいもの>その二/酒屋の店先に立てられた幟旗「稀勢の里 応援団 牛久市観光協会」と窓の貼り紙「第七十二代横綱 祝 稀勢の里 茨城県牛久市出身 平成二十九年一月二十五日」。
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旧水戸街道、牛久宿の北端に至り、国道6号線(水戸街道)と合流、JR牛久駅西口に至る。

駅前のショッピングセンターの外壁に掲げられた、<いいもの>を見つけた!
「祝 新横綱昇進 稀勢の里関」。
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後刻、この西口でもっと<いいもの>を見つけることになるのだが、このときはそんなことも知らず、踏切を渡り、東側の「シャトーカミヤ」へと向かう。

フォト:2017年2月12日

(つづく)
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# by ryujincho | 2017-02-13 23:08 | 稀勢の里優勝記念ポタ | Comments(0)
2017年 02月 13日

『祝!稀勢の里優勝横綱昇進記念牛久鰻ポタ/龍ヶ崎市(5)』 ki-7

2月12日(日曜)。
祝!稀勢の里優勝横綱昇進記念牛久鰻ポタ。

稀勢の里の母校、龍ヶ崎市立松葉小学校、同市立長山中学校を訪ね、ショッピングセンター・サプラで開催中の「稀勢の里資料室」特別展示場で数々の資料と写真を見るなど龍ヶ崎ニュータウンを楽しんだあと、県道243号線を西進し、国道6号線(水戸街道)沿い、牛久沼の畔の「うなぎ街道」へと向かう。

県道243号線沿い。
龍ヶ崎市のモニュメント。
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JR常磐線の跨線橋、龍ヶ崎大橋で牛久沼を背景に今日の jitensha 。
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国道6号線(水戸街道)沿いの牛久沼の畔には数軒の鰻屋があり、「うなぎ街道」と呼ばれている。

今回のポタリングは、、稀勢の里優勝横綱昇進記念鰻ポタのほかに、武衛さんの「一昨年亡くなった従兄が、昔、牛久沼畔の鰻屋でご馳走してくれました。店の名前は忘れましたが、再び牛久の鰻を味わいたく思っています」との希望も加えたポタである。

武衛さんは店の名は分からないとのこと。
「元祖 鶴舞家」に入ることにする。
この店は「うなぎ街道」の中で、ここを通る都度、いつも目を惹く、「元祖 鶴舞家」と大書された看板が立っており、入る店を決めていなければ、この大きな看板に引き寄せられるのである。
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うな重(上)を注文する。
従兄さんを偲んで、そして、稀勢の里優勝横綱昇進を祝して、ビールで乾杯としたいところであるが、ポタリングの途中であり、ノンアルコールのキリン・フリーを注文する。
「では、乾杯」。
「ノンアルコールのビールは、久しぶり」。
「ノンアルコール・ビールは妙な甘さがしますよね」。
「そう、りんごジュースが発酵したような、という味やね。初めて、ノンアルコール・ビールを飲んだのは、今は去ること、40年前、サウジアラビアに長期出張したとき。スイス製やったね。そのときに、りんごジュースが腐ったような味であったのがずっと頭に残ってます」。
といいながらも、ノンアルコール・ビールを飲み干す。
飲んでいると、段々慣れてくるのか、ビールの味になって来るから不思議だ。

うな重、肝吸い、香の物が運ばれて来た。
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グルメ・フォトは撮らない主義だが、この日は特別。
慌てて撮ったので、仲居さんが置いたままの位置で、肝吸いが左ではなく、右になっている。
やっぱり、グルメ・フォトは苦手だ。

鰻を頬張る。
旨い!
稀勢の里が優勝したら牛久で鰻を、と思い続けて来たことがようやく叶った一瞬であった。
そして、武衛さんは従兄さんを偲ぶ供養の鰻を味わうのであった。

カモが群れている牛久沼を眺めながら、うな重を食す。
「牛久沼って、龍ヶ崎市なんですね」。
「そう、その通り。ずっと、牛久市だと思っていたのですが、数年前、ジャパン・バード・フェスティバルで龍ヶ崎市の野鳥の会が出展していて、『牛久沼の野鳥観察は我々、龍ヶ崎の野鳥の会がやっているんです。牛久沼は龍ヶ崎市の管轄なんです』との話を聞き、初めて知りました。名前は牛久沼だけど、牛久市じゃなくって、龍ヶ崎市なんだよと何だか自慢げに聞こえる話を言いっ振りでした。地図をみると、確かに、牛久沼の畔、そして、沼に流れ込む川の河口付近は龍ヶ崎市を示す一点破線が引かれています」。

仲居さんに「いつも表を通るとき、何が『元祖』なのかなあと思い続けていました」と元祖の由来について尋ねたところ、「うな丼の元祖ということになっているんです」と。
答えは簡単であった。

若柴宿から県道243号線に出て、龍ヶ崎ニュータウン方面へ東進し、その後、西進し、国道6号線(水戸街道)に出たので、若柴宿から牛久宿を結ぶ旧水戸街道はカットとし、「鶴舞家」から国道6号線(水戸街道)を北上し、牛久宿へと向かう。

国道6号線(水戸街道)沿いの、龍ヶ崎市のモニュメント。
牛久沼をバックに。
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少し走ると、左手に鰻屋「山水閣」があらわれた。
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大きなガラス窓に、いいものを見つけた。
「祝 稀勢の里 横綱昇進」。
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しばらく走り、牛久宿の南端入り口に至る。

フォト:2017年2月12日

(つづく)
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# by ryujincho | 2017-02-13 23:07 | 稀勢の里優勝記念ポタ | Comments(0)
2017年 02月 13日

『祝!稀勢の里優勝横綱昇進記念牛久鰻ポタ/龍ヶ崎市(4)』 ki-6

2月12日(日曜)。
祝!稀勢の里優勝横綱昇進記念牛久鰻ポタ。

稀勢の里の母校、龍ヶ崎市立松葉小学校、同市立長山中学校を訪ねたあと、長山中学校の先生に教えて貰ったショッピングセンター・サプラで開催中の「稀勢の里資料室」特別展示場へと向かう。

龍ヶ崎ショッピングセンター・サプラ「稀勢の里資料室」特別展示場。
先ず、龍ヶ崎市立長山中学校から提供された資料をゆっくりと見た。
それらの資料については、前話で縷々綴った。
その続きとして、ここでは、毎日新聞とスポニチ提供の写真資料を中心に綴ることとしたい。

パネル「祝 優勝 横綱昇進 稀勢の里関 毎日新聞」。
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パネル上段、右から2枚目。
最も大事な写真。
この場面は、何度、見ても胸がスカッ!とする。
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パネル上段、右から3枚目。
初場所14日目、初優勝が決まったときの様子を伝える1月22日(日曜)付けスポニチ。
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横綱昇進決定とその後の様子を伝えるパネル。
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「田子ノ浦親方夫妻に見守られる中、祝いのタイを持ち上げる稀勢の里(中央)=東京都千代田区の帝国ホテルで2017年1月25日 毎日新聞」。
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「第72代横綱に昇進し、大観衆の前で奉納土俵入りを披露する稀勢の里。太刀持ち 高安、露払い 松鳳山=1月27日 毎日新聞」。
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稀勢の里の横綱土俵入りは雲竜型。
明治神宮奉納土俵入りで締めた化粧回しは、土俵の鬼、初代若乃花が約60年前に締めていたものを着用した。
土俵の鬼、若乃花が活躍した当時は、まだ、家にはテレビがなく、ラジオで若乃花を応援しながら、大相撲を楽しんでいたことを思い出す。
稀勢、頑張れ!土俵の鬼、若乃花がついているから...。

1月26日付毎日新聞/茨城版。
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写真上段のキャプションには「龍ヶ崎市庁舎には、早速、『祝 横綱昇進 稀勢の里』の横断幕が掲げられ、職員が万歳を三唱した」とある。

「サプラ」2階から特別展示場を俯瞰。
幟旗「贈 稀勢の里関江 茨城郷土後援会」。
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この幟旗を見て、初場所開催中の1月11日に国技館前で撮った幟旗の写真を引っ張り出して来て、見比べてみた。
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同じデザインの幟旗であった。
稀勢の里の幟旗に、白鵬、日馬富士、鶴竜、豪栄道、照ノ富士らの幟旗とは異なる点を見つけた。
他の横綱、大関の幟旗の寄贈者は個人の名となっているが、稀勢の里の幟旗は後援会の名となっている。
稀勢の里のタニマチは、個人よりもタニマチの集まりである後援会が主体となっているのかもしれない。

展示会場に置かれていたリーフレット。
「自由にお取りください」とのことだったので、貰った。
(表面)
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長山中学校で見たデザインとよく似ている。
だが、文言が異なる。
長山中学校で見たものは「祝 優勝 稀勢の里(龍ヶ崎市立松葉小学校・長山中学卒業) おめでとうございます 龍ヶ崎市」となっており、優勝を祝ってのものだった。
こちらは「祝 第72代横綱 稀勢の里(龍ヶ崎市立松葉小学校・長山中学卒業) おめでとうございます 龍ヶ崎市」となっており、初優勝後、横綱昇進を祝ってのものである。
稀勢の里の姿をシルエットであらわしているのは、どちらも同じだが、中学校で見たものは回しを締めたもの、こちらは化粧回しに綱を締めてのものである。

(裏面)
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横綱 稀勢の里 プロフィール

基本情報
所属部屋 田子ノ浦部屋
本名    萩原 寛
四股名暦 萩原→稀勢の里
番付    横綱
生年月日 昭和61年7月3日
身長 187.0cm
体重 175.0kg
得意技 左四つ・寄り・突き

戦歴・受賞暦

優勝
幕内優勝 1回
重量優勝 0回
幕下優勝 1回
三段目優勝 0回
序二段優勝 0回
序の口優勝 0回

殊勲賞 5回
敢闘賞 3回
技能賞 1回

金 星 3回

生涯戦歴 764勝460敗(89場所)
幕内戦歴 670勝417敗(73場所)

番付推移
初土俵  平成14年3月場所
新十両  平成16年5月場所
新入幕  平成16年11月場所
新三役  平成18年7月場所
大関昇進 平成24年1月場所
横綱昇進 平成29年1月場所

年表
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年表の書き下しは省略するが、第5話で「報道によれば、小学校・中学時代は野球もよくしたようで、高校野球の茨城県の強豪校、常総学院からスカウトが来たが、中学を卒業したら相撲界に進むとの固い決意の下、断ったという」と野球に関わることに触れたので、年表に「小学生時代 少年野球チーム 龍ヶ崎ハリケーンズに入り、野球を始める」と記されていることを補足としてここに書き下しておきたい。

さあ、次は牛久沼の畔で鰻だ。
県道243号線を西進し、牛久沼方面へと向かう。

フォト:2017年2月12日
フォト#10:2017年1月11日

(つづく)
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# by ryujincho | 2017-02-13 23:06 | 稀勢の里優勝記念ポタ | Comments(0)
2017年 02月 13日

『祝!稀勢の里優勝横綱昇進記念牛久鰻ポタ/龍ヶ崎市(3)』 ki-5

2月12日(日曜)。
祝!稀勢の里優勝横綱昇進記念牛久鰻ポタ。

稀勢の里の母校、龍ヶ崎市立松葉小学校と龍ヶ崎市立長山中学校を訪ねたあと、中学校の先生に教えて貰ったショッピングセンター・サプラで開催しているという「稀勢の里資料室」特別展示場へと向かう。

先生の話では、開催期間は2月6日までだったが、2月20日まで延長されたとのこと。
本来なら、我らが中学校を訪ねたのは日曜日で中学校の展示室の見学は出来なかったし、「サプラ」での特別展示期間も終わっていたことになる。
ラッキー!

龍ヶ崎ニュータウンの中を走り、「サプラ」に到着。
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「出展!母校・龍ヶ崎市立長山中学校所蔵 稀勢の里資料室」。
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出展!母校・龍ヶ崎市立長山中学校所蔵 稀勢の里資料室

開催によせて
2017年一月場所で見事優勝を飾り、1月25日の協会臨時理事会で横綱への昇進が決定した「龍ヶ崎育ち」の稀勢の里関。
この度、母校である龍ヶ崎市立長山中学校の「稀勢の里資料室」より写真や物品の一部をお借りして、「出張資料室」として展示させていただくこととなりました。
稀勢の里関のこれまでの歩みを垣間見ることのできる少年時代の写真をはじめ、貴重な品々を2月6日までの期間限定で展示しております(※2月20日まで期間延長)。
また、この度の横綱昇進を受け、本市としましても、稀勢の里関に対し、龍ヶ崎市初となる市民栄誉賞の授与を決定いたしました。
茨城出身横綱の誕生を市を挙げてお祝いするとともに、ますますの活躍を市民の皆さんと応援していくことができましたら幸いです。

【稀勢の里資料室について】
稀勢の里関を応援する場や今後の活躍を記す場として、龍ヶ崎市立長山中学校の開校30周年記念事業の一環で平成24年9月に同施設内に設置されたものです。
今回展示されている物品以外にも、稀勢の里関にゆかりある品々が多く展示されています。
お問い合わせ 龍ヶ崎市立長山中学校
TEL:0297-66-1766(平日午前9:00~午後4:00
※休日の見学は実施しておりません。来校の際には職員室にお声をかけてください。

稀勢の里関 プロフィール
本名:萩原 寛。
昭和61年(1986年)7月3日、兵庫県芦屋市生まれ。
2歳時に龍ヶ崎市に転入。
龍ヶ崎市立松葉小学校、同市立永山中学校卒。
(中学2年時に牛久市へ転出)
平成14年(2002年)2月、鳴門俊英親方(元横綱隆の里)の鳴門部屋(千葉県松戸市)へ入門。
同年春場所初土俵。
平成24年(2012年)1月場所で大関昇進。
現在、田子ノ浦部屋に所属。
平成29年(2017年)1月場所で悲願の初優勝。

稀勢の里関の横綱昇進をお祝いして
中山一生 龍ヶ崎市長コメント
稀勢の里関の横綱を破っての優勝、並びに平成28年年間最多勝に輝いての横綱昇進は、これまで応援を続けてきた母校の後輩達をはじめ龍ヶ崎市民にとって悲願であり、わがまちにとりまして大きな誇りです。
市民の明るい希望や活力を与えるとともに、市の名声を高めた稀勢の里関の功績を讃え、龍ヶ崎市第一号となる龍ヶ崎市市民栄誉賞を第72代横綱稀勢の里関に贈ることができることは私にとりましても大きな喜びです。
これからのすばらしい活躍を期待しています。

【本展示に関するお問い合わせ】
龍ヶ崎市 総合政策部 企画課
TEL:0297-64-1111(代表)
(平日8時30分~17時15分)
-------------------------------------

「龍ヶ崎育ち」という言葉が使われている。
いい言葉だ。
本場所のアナウンスでは「牛久市出身」と紹介されるが、そのあとに「龍ヶ崎市育ち」と付け加えて欲しいくらいだ。
龍ヶ崎市民はそんなことを声高にいうこともなく、奥ゆかしさを感じる。

稀勢の里の雄姿。
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展示物は、長山中学校提供の写真と資料、毎日新聞・スポニチ提供の写真となっている。

先ず、長山中学校提供の資料から。
幟旗。
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「頑張れ!稀勢の里先輩 龍ヶ崎市立長山中学校」の文字と共に染め抜かれた稀勢の里の姿は浮世絵の力士のようで、なかなかよい。

体操着に押された手形。
関取になった後の手形(後段に掲載)と比べると、中学生のときはまだ手指が細かったように見える。
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右上/関取になった後、母校の校庭でキャッチボールの図。
額の下に「寄贈 荻原 寛 様」とある。

報道によれば、小学校・中学時代は野球もよくしたようで、高校野球の茨城県の強豪校、常総学院からスカウトが来たが、中学を卒業したら相撲界に進むとの固い決意の下、断ったという。

先ほど、龍ヶ崎市立長山中学校を訪ねた際に撮った「校庭とバックネット」をここに掲載しておこう。
校庭に、荻原少年の姿が見える(心眼で)。
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石膏立体手形。
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直筆サイン「萩原」。
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直筆サイン「萩原」
平成16年11月に、四股名を「萩原」から「稀勢の里」に変更したが、変更前の「萩原」時代の本人直筆サインです。
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直筆サイン「稀勢の里」。
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直筆サイン「稀勢の里」
平成16年11月に、四股名を「萩原」から「稀勢の里」に変更したが、変更後の「稀勢の里」になってからの本人直筆サイン入り手形です。
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番付表。
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番付表
稀勢の里が大関時代の番付表です。
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番付表の中央上段に「平成二十五年一月十三日/十五日間 於 国技館 大相撲挙行仕候」とある。
平成25年初場所の番付表である。
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番付表の右の余白に「謹賀新年 稀勢の里 寛」と青い印が押されている。
稀勢の里が後援会の人たちに配った番付表なのであろう。

パネル 「祝 横綱昇進 龍ヶ崎育ち 松葉小・長山中学校 稀勢の里」。
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右上をアップで。
初優勝、横綱精進決定時に幾度も報道で紹介された<名言>。
「天才は生まれつきです。もうなれません。努力です。努力で天才に勝ちます。 萩原」。
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中央上段をアップで。
これも、初優勝、横綱精進決定時の報道で紹介された<挿絵付き作文>。
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最後の学校生活(上ばきグリッパー) 
萩原 寛
この中学校生活が俺の最後の学校生活となる。
俺は今、中学校というのにピリオドをうち社会人としての第一歩を踏み出そうとしている。
そして最後となる学校生活は忘れられない思い出がたくさんある。
その中でも俺の心にのこっていること、それは上ばきだ。
(中略。全文掲載したいところではありますが)
そして、この上ばきとも別れをしなくてはならない。
俺の今かいているペンもそしてクラスのみんなも、中学校とも、、、、、、。
しかし俺は自分のきめた道に旅立つ。
ありがとうございました。
あえてさようならとはいいません。
そして今、俺の最後の学校生活が終わった。
(挿絵:空になった土鍋に向かって、両手を合わせ、「ごっつあんですっ」という、大銀杏を結った関取の図)
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長山中学校提供の写真や資料を見ながら、稀勢の里の人柄、中学時代の将来への思いと決意、そして、萩原少年を取り巻く学校関係者の愛情が見てとれる。

次は、毎日新聞とスポニチ提供の展示を続編で。

フォト:2017年2月12日

(つづく)
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# by ryujincho | 2017-02-13 23:05 | 稀勢の里優勝記念ポタ | Comments(0)
2017年 02月 13日

『祝!稀勢の里優勝横綱昇進記念牛久鰻ポタ/龍ヶ崎市(2)』 ki-4

2月12日(日曜)。
祝!稀勢の里優勝横綱昇進記念牛久鰻ポタ。

旧水戸街道/若柴宿をめぐった後、県道243号線を右折、東進し、龍ヶ崎ニュータウンにある、稀勢の里が通っていた小学校と中学校へと向かう。

龍ヶ崎市立松葉小学校。
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龍ヶ崎市立長山中学校。
校庭の金網に横断幕。
これを眺めながら正門へ。
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正門。
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正門にインターフォンは見つからない。
正門の扉は開いている。
<無断>ではあるが、構内へ入れて貰う。
前庭に建つ校訓。
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「この校訓は心技体、いや、心智体だね」。
「稀勢の里の少年時代が目に浮かぶような校訓だね。特に三つ目が」。

校舎入り口へと進む。
校舎に張られた横断幕。
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表の金網に張られていた横断幕は「祝 優勝 横綱昇進 稀勢の里 龍ヶ崎市」となっており、小学校に張られていたものと同じ龍ヶ崎市が作成したものであったが、こちらは「祝 優勝おめでとう 先輩 稀勢の里関 龍ヶ崎市立長山中学校」となてTおり、生徒たちの名で作られたものである。
「稀勢の里関」の頭に添えられた「先輩」の文字が泣かせる。

校舎の窓にも生徒たちの祝福の言葉が。
こちらは「がんばれ 横綱 稀勢の里先輩」。
より後輩らしい応援の言葉。
これも泣かせる。
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ドアに貼られた祝いのポスター。
「祝 優勝 稀勢の里(龍ヶ崎市立松葉小学校・長山中学校) おめでとうございます  茨城県龍ヶ崎市」。
シルエットで稀勢の里をあらわしている。
いいセンス!
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ちょうど、そこへ先生が来られた。
「稀勢の里関、おめでとうございます。今日は展示室を見学することは出来ますか」。
「申し訳ありませんが、今日は休日なので、見学はできません。平日は見学が出来ます。こちらに掲示してある通り、サプラで特別展示をやっていますので、そちらへどうぞ。サプラは小学校の少し先にあります」。
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「ひとつ、お聞きしたいことがあります。横綱の出身地、牛久市についてであります。私の理解では、生まれは兵庫県芦屋市、幼き頃に龍ヶ崎市へ、学校は松葉小学校卒、長山中学校卒、中学のときに龍ヶ崎市から牛久市へ、ということです」。
「その通りです。中学2年のときに龍ヶ崎から牛久に引っ越したのですが、中学は転校することなく、そのまま、本校に通っていました。ということで、実家が牛久市なので、出身地は牛久市となっています」。
「よく分かりました。タニマチが龍ヶ崎市ではなく、牛久市にいるので、牛久市出身といっているという説がありますもので...」。
「そういう話を聞いたことはありません。サプラの展示を楽しんでください」。
「お引止めしました。有難うございました」。

学校の先生がタニマチのことまでは承知されていないのは当然のことであろう。
「牛久市出身」は、あくまで実家があるからということ。
タニマチは牛久市に多くいるのであろう。

第一話で次の通り綴った。
-------------------------
2月初旬、或る集まりがあった。
そこで、稀勢の里の優勝、横綱昇進が話題となった。
茨城県人、取手市在住の友人曰く、「稀勢の里のタニマチは、龍ヶ崎市にはおらず、牛久市にいるので、牛久市出身としている]
と。なかなか面白い話である。
----------------------------

実家が牛久市にあるから、牛久市出身、これはこれで是とする。
一方、話題としては、牛久市にタニマチが多いから、牛久市出身、これもなかなか捨て難いものがある。

龍ヶ崎市は、「牛久市出身」に拘らず、「龍ヶ崎育ち」の稀勢の里を一生懸命に応援していることが感じ取れ、好感が持てる。

牛のようにどっしりと、そして、龍のように強くである。
稀勢の里は、龍ヶ崎と牛久、ふたつの縁のある地を持つ幸せ者なのである。

長山中学校から、再び、松葉小学校方面へ走り、特別展示会場「サプラ」へと向かう。

フォト:2017年2月12日

(つづく)
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# by ryujincho | 2017-02-13 23:04 | 稀勢の里優勝記念ポタ | Comments(0)
2017年 02月 13日

『祝!稀勢の里優勝横綱昇進記念牛久鰻ポタ/龍ヶ崎市(1)』 ki-3

2月12日(日曜)。
祝!稀勢の里優勝横綱昇進記念牛久鰻ポタ。

藤代宿の東端、小貝川/宮和田の渡しに至り、少し、上流の国道6号線(現・水戸街道)の文巻橋を渡り、龍ヶ崎市に入る。

龍ヶ崎市内の旧水戸街道を走りながら、立ち寄りった先については、一昨年10月に走ったときのことを綴ったマイ・ブログ、「旧水戸街道ポタリング/若柴宿の巻」をご覧いただくとして、本ブログではそれ以外の<特記事項>を綴っておきたい。
「旧水戸街道ポタリング/若柴宿(上)」
「旧水戸街道ポタリング/若柴宿(中)」
「旧水戸街道ポタリング/若柴宿(下)」

小貝川右岸から左岸から対岸の宮和田の渡しを眺める。

「上総さん、富士山が見えます」と武衛さん。
「よく、気づいて貰いました。サンキューです」と上総。

小貝川左岸からの富士の姿。
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ズームアップ。
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東の筑波、西の富士。西の富士をカメラに収めたなら、関東平野を挟んで東にそびえる筑波山の姿も撮ってやらねば。
先ほど、文巻橋から撮った筑波山に加え、富士山を眺めた同じ場所からの筑波山もカメラに収める。
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ズームアップ。
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日本百名山、標高順、第1位は、申すまでもなく、富士山(3776m)、そして、標高順、第100位は筑波山(877m)。
何故、筑波山が日本百名山なのかという議論があるようだが、それはここでは語らない。
ただただ、東の筑波、西の富士、なのである。

若柴宿。
一昨年10月にも訪ねた「鬮神社」へ。
前回のブログでも記したが、「くじ」は、「籤」ではなく、「鬮」の漢字が使われている。
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鬮神社。
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この雰囲気が好きだ。
前回、訪ねたときにも思ったことだが、宮崎駿監督のアニメーションに登場してもよさそうな雰囲気だ。

財布からロト6の券を取り出し、祠の前に置き、当たりを祈願。
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祠の前に置かれた杓文字には合格祈願や宝くじ当選祈願が記されている。
<記録>として、前回、訪ねたときも祈願の杓文字の写真を撮ったので、今回も撮ってみた。
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前回(2015年10月20日)、撮ったものもここに掲載しておこう。
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前回と今回を見比べてみたところ、面白いことが分かった。
今回の左から六つ目の杓文字には「オータム宝くじ高額当選お願いします」とあり、前回の左から二つ目は「宝くじが大きく当たりますように」とある。
願い事の下に書かれた名前を見ると同じ名前であった。
他人様のお願い事を眺めているようでは、オイラのロト6の当たりは望めないな...。

稀勢の里は、密かに、この神社にお参りし、優勝と横綱昇進を祈願したかもしれないと思いながら、表通りの旧水戸街道へ戻る。

街道筋には大きな屋敷が並ぶ。
見越しの松に白梅の図。
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新田義貞ゆかりの藁干観音の言い伝えのある金龍寺にも梅の花が真っ盛り。
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本堂。
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龍コレクション。
眼に金色が塗りこめられている龍も珍しい。
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扁額コレクション。
金龍寺の名に相応しい金文字の扁額。
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星神社。
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意味深な形の注連飾り。
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「男山」と墨書されている。
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この注連縄の形と「男山」の墨書に込められた意味を、機会があれば、龍ヶ崎市教育委員会に尋ねてみようと思う。

前回は、鳥居近くにある神社の由緒書きに目を通し、その場で参拝して終わったが、今回は参道を進む。
すると、武衛さんが「上総さん、こちらに相撲ネタになることがありますよ」と教えてくれた。

「献納 一力長五郎」の札と共に一対の燈篭(常夜灯)が立ち、その脇に「一力長五郎の略歴」が書かれていた。
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一力長五郎の略歴
長五郎は当地富士の下出身の力士。
幕末期の江戸大相撲で活躍。
幕末期の江戸大相撲で活躍。
本名は山崎安好で文化11年(1815)生まれ。
安政6年(1859)前頭筆頭に昇進、上位陣に強く大物食いの長五郎と言われた。
同年8月巡業先の奥州一ノ関で病没(44才)。
星宮神社には長五郎が奉納した燈籠2基がある。
死を前に「牛久沼越しに富士山の見える場所に墓を作ってくれ」と遺言を残した。
文久3年(1863)地元有志により冨士の下の牛久沼が見える場所に墓が建てられた
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武衛さんが、道路脇の「若柴宿案内図」の左下に、小さく、小さく、書かれた「一力長五郎墓」の文字を見つけた。
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説明板にある通り、牛久沼が見える場所なのであろう。
次回、機会があれば、墓参に行ってみたい。

常陸国あるいは茨城県出身力士を調べてみた。
(江戸時代)
稲妻雷五郎(7代横綱、常陸国河内郡阿波崎村(現・茨城県稲敷市)、文政の三傑・古今十傑
(明治以降)
常陸山谷右エ門(19代横綱)、水戸市
男女ノ川登三(34代横綱)、つくば市
武双山正士(元大関)、水戸市
大内山平吉(元大関)、ひたちなか市
多賀竜昇司(元関脇)、日立市
水戸泉政人(元関脇)、水戸市
日立龍栄一(元前頭)、日立市
大至伸行(元前頭)、日立市
雅山哲士(元大関)、水戸市
稀勢の里寛(72代横綱)、牛久市
髙安 晃(最高位、関脇)、土浦市

一力長五郎の名はない。
江戸時代の力士の記録は相当に有名でないと、一般の資料には出ないのであろう。
江戸時代の記録を詳細に調べてみなければ、説明板に書かれた略歴以上のことは分からない。

稀勢の里は、相撲教習所で一力長五郎のことを勉強したであろうか。
相撲教習所で教えられなくとも、郷土の力士であるから知っていると信じたい。

今回は稀勢の里関連ポタ。
武衛さんのお陰で、相撲関連で、一力長五郎なる関取の<取材>が出来た。

今のところ、龍ヶ崎市に入り、稀勢の里関連取材は出来ていない。
綴ったのは、稀勢の里は密かに鬮神社にお参りしたんじゃないかとか、郷土の力士、一力長五郎のことを知っているだろうかとか、想像の範囲でのことだけである。

稀勢の里が通っていた小学校と中学校での取材に期待出来る。
旧水戸街道を横切る県道243号線を右折、東進し、龍ヶ崎ニュータウンにある、稀勢の里が通っていた小学校と中学校へと向かう。

フォト:2017年2月12日
フォト#5、#9:2015年10月20日(アーカイブより)

(つづく)
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# by ryujincho | 2017-02-13 23:03 | 稀勢の里優勝記念ポタ | Comments(0)
2017年 02月 13日

『祝!稀勢の里優勝横綱昇進記念牛久鰻ポタ/取手市藤代町』 ki-2

2月12日(日曜)。
祝!稀勢の里優勝横綱昇進記念牛久鰻ポタ。
JR藤代駅に降り立つ。

藤代駅は東西に位置する藤代宿の真ん中あたりにある。
一先ず、西へ走り、藤代宿の西端から出発し、東へ走り、東端の小貝川/宮和田の渡しに至る。
旧水戸街道/藤代宿の通りを走りながら立ち寄った先については、一昨年10月に走ったときのことを綴ったマイ・ブログ、「旧水戸街道ポタリング/藤代宿の巻」をご覧いただくとして、本ブログではそれ以外の<特記事項>を綴っておきたい。
「旧水戸街道ポタリング/藤代宿の巻(中)」
「旧水戸街道ポタリング/藤代宿の巻(下)」

旧水戸街道/藤代宿の通りを走りながら、国道6号線(現・水戸街道)と交わる片町交差点の角で、稀勢の里関連取材、第1号が叶った。

片町交差点角、某国会議員事務所の窓に「祝 横綱 稀勢の里」のポスターが。
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「祝 横綱 稀勢の里」ののあとに議員の名があるが、それは、念のため、モザイク処理。
ここは取手市藤代町であり、稀勢の里の出身地である牛久市でも卒業小・中学校の所在地である龍ヶ崎市でもないが、牛久市も龍ヶ崎市もこの議員さんの選挙区であるから、取手市藤代町の選挙事務所に祝いのポスターが貼られていても特段、おかしくはない。

取手市藤代町で見たのは、唯一、この某議員事務所の「祝 横綱 稀勢の里」のポスター」だけであった。

藤代宿の東端、小貝川/宮和田の渡しに至る。
宮和田の渡しは、今はない。
対岸、そして、上流側の国道6号線(水戸街道)の文巻橋、下流側JR常磐線の鉄橋を眺める。
上流側へ走り、文巻橋を渡りながら、筑波山を眺める。
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アップで。
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鳥見写真も。
小貝川のカンムリカイツブリ。
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文巻橋を渡り切り、龍ヶ崎市に入る。

フォト:2017年2月12日

(つづく)
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# by ryujincho | 2017-02-13 23:02 | 稀勢の里優勝記念ポタ | Comments(0)
2017年 02月 13日

『祝!稀勢の里優勝横綱昇進記念牛久鰻ポタ/序』 ki-1

稀勢の里が優勝したら、牛久へ鰻を食べに行こうとずっと思い続けて来た。

大相撲初場所、稀勢の里は、見事、初優勝!
そして、横綱昇進も決定!
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稀勢の里の優勝、横綱昇進が決まったとき、新聞、テレビでは一斉に稀勢の里のこれまでの足跡につき報道した。

稀勢の里は牛久市出身で、中学卒業後、即、相撲界に入ったことは承知していたので、卒業した中学校は牛久市内の中学校と思っていたが、龍ヶ崎市内の中学校であると報じられた。
で、調べてみた。
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生まれは、兵庫県芦屋市。
幼き頃に龍ヶ崎市へ。
龍ヶ崎市立松葉小学校、長山中学校卒。
中学2年のとき、龍ヶ崎市から牛久市へ。
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Yahoo!mapで、松葉小、長山中をチェックしてみた。
龍ヶ崎市内は、一昨年の10月、「旧水戸街道の旅」で通過しており、そのとき、松葉小、長山中の近くを走っていたことが分かった。

長山中学校には「稀勢の里資料室」が設けられていると報じられていたので、「牛久鰻ポタ」のときに立ち寄ってみるのもいいなと思った。

2月初旬、或る集まりがあった。
そこで、稀勢の里の優勝、横綱昇進が話題となった。
茨城県人、取手市在住の友人曰く、「稀勢の里のタニマチは、龍ヶ崎市にはおらず、牛久市にいるので、牛久市出身としている」と。
なかなか面白い話である。

jitensha club/ドラポタの面々に「稀勢の里優勝横綱昇進記念牛久鰻ポタをするつもり」とメールを送った。
すると、武衛さんから「牛久鰻ポタ、お供します。某には、牛久と鰻に思い出があります。昔、筑波の伯母の処に寄った際に、一昨年亡くなった従兄が牛久沼畔の鰻屋でご馳走してくれたことです。店の名前は分かりませんが、再び牛久の鰻を味わいたく思っています」との返信があった。

次の通り、案内を送信した。
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武衛殿
cc:ドラポタ各位

ドラポタのご案内です。

企画名:「祝!稀勢の里優勝横綱昇進記念牛久鰻ポタ」

期日:2月12日(日曜)
集合場所:JR藤代駅北口
集合刻限、場所:午前8時32分(常磐線藤代駅着時刻)

コース:
藤代駅
~藤代宿
~若柴宿
~龍ヶ崎市立松葉小学校・長山中学校(稀勢の里展示室・・・日曜日、見学できればいいのだが)
~旧水戸街道から外れて、新・水戸街道(国道6号線)へ
~新・水戸街道(国道6号線)牛久沼沿い、通称、牛久うなぎ街道の店へ
~牛久宿
~牛久アヤメ園/河童の像
~小川芋銭河童碑、雲魚亭
~シャトーカミヤ
  (本館は、東日本大震災以降、永らく大改修工事中であったが、HPを見たところ、工事中の特記はなく、完工している模様)
~牛久駅

以上、よろしくお願いします。
上総
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稀勢の里について、藤代宿、若柴宿、牛久宿を走りながら<取材>したことを、一昨年10月の「旧水戸街道の旅」を綴ったブログも交え、続編で綴っていきたい。

フォト:2017年2月12日、竜ヶ崎ニュータウン/ショッピングセンター SAPLA にて

(つづく)
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# by ryujincho | 2017-02-13 23:01 | 稀勢の里優勝記念ポタ | Comments(0)
2017年 02月 11日

『手賀沼鳥見 2017.2.11/梅にメジロ/ウメッシュ!』 tb-4

2月11日。
手賀沼鳥見。
「梅にメジロ」、前話では撮影枚数124枚中、ハイライト的に6枚をアップロードした。
それで終えようと思ったが、メジロたちがそれぞれに「ぼくもアップロードしてください」、「おいらも」、わたしも」というので、「梅にメジロ/ウメッシュ!」と題し、その続編を。

花に埋もれて、ウメッシュ!。
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ウメッシュ!三態、連続写真で。
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頂きで、ウメッシュ!四態、連続写真で。
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あっちの花蜜が甘いかな?
スウィング三態、連続写真で。
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コゲラも花見に。
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あっちの花へ移ろうかな。
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「梅にメジロ」、撮影枚数124枚のうち、最もお気に入りの「ウメッシュ!」がこれ。
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メジロさんたち、いっぱい遊んでてくれて、サンキュー!

フォト:2017年2月11日

(完)
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# by ryujincho | 2017-02-11 23:54 | 鳥見雑記 | Comments(0)
2017年 02月 11日

『手賀沼鳥見 2017.2.11/起承転結/梅にメジロ/』 tb-3

2月11日(土曜)、晴れ。
手賀沼鳥見。
手賀沼西端、かわせみ池近くの剪定されていない雑木林的な梅林で、アトリに遊んで貰った。
南岸から東端を回り、北岸を走っている途中で、コゲラ、シジュウカラ、エナガに遊んで貰った。
今日は、オスのジョウビタキには遭えなかったなと思った瞬間、遭え、且つ、三度目の正直でカメラに収めることが出来た。

ジョウビタキのオスに遭遇したのは幸運。
幸運は更に続く。
ジョウビタキがいた近く梅の木に鳥影が。
鳥影は、勿論、梅にメジロ!
少なくとも、3、4羽はいる。
花見を楽しんでいる風の一羽。
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花に顔を突っ込んで、花蜜を味わっている一羽。
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花に埋もれて花蜜を味わっている一羽。
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正調「梅にメジロ」の姿を見せてくれる一羽。
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高みから景色を楽しんでいる一羽。
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「梅にメジロ」、撮影枚数124枚のうち、最もお気に入りの写真がこれ。
題して、「ウメッシュ!」。
数年前にも使った標題だが。
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この日の鳥見は、手賀沼西端、かわせみ池近くの、梅林雑木林で出会った顔なじみの Birder さんとの会話で始まった。
その中で、Birder さん曰く、「梅にメジロを狙って、ここへ来たのだが、メジロはおらず、アトリがいます」と。
この日の鳥見は「梅にメジロ」に始まり、「梅にメジロ」で終わることとなった。
起承転結(承と転は???だが...)、誠に上手く仕上がった鳥見であった。

ということで、ここで本ブログを終えたいところだが、もう少し、「梅にメジロ」を続編でアップロードしておきたい。

フォト:2017年2月11日

(つづく)
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# by ryujincho | 2017-02-11 23:53 | 鳥見雑記 | Comments(0)
2017年 02月 11日

『手賀沼鳥見 2017.2.11/三度目の正直/ジョウビタキ(♂)』 tb-2

2月11日。
手賀沼鳥見。
手賀沼南岸から東端を回り、北岸に入る。

昨年12月にヒクイタを撮ったスポットで jitensha をとめる。
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昨年12月、ここでヒクイナに遭遇した。
以降、ここでヒクイナに遭遇したことはなく、いつも、姿を見せてくれるのはバン。
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コゲラ。
上へ登って行こうかな、それとも...。
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それとも、別の枝に飛び移ろうかな...。
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シジュウカラ。
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ズームアップ。
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最近、トライしている<正面顔コレクション>を狙うも、梢に美味い餌があるのであろう、それに集中して、顔は上げてくれず。
しかし、<正面真ん丸>図もなかなか面白い姿だ。

葦の原に鳥影。
エナガだ。
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顔を見せてくださいなと念じたところ、応えてくれた。
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このあとも、手賀沼北岸遊歩道を走りながら、コゲラ、シジュウカラ、エナガに遭遇し、鳥見を楽しみながら、手賀沼公園近くまで来た。
今日は三度目の正直と思って、期待していたのだが、遭えなかったなあと思った瞬間、居た!
ジョウビタキのオスが!
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逃げないでね、ちょっと、こっちを向いてくれると嬉しいんだけど、と念じたところ、横顔を見せてくれた。
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ちょっと、移動して、且つ、ズームアップで。
でも、背中姿だ。
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木に飛び移った。
レンガ色の背景がいいのか悪いのか...。
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逃げないでね、ちょっと、こっちを向いてくれると嬉しいんだけど、と念じたところ、横顔を見せてくれた。
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先日来、手賀沼北岸、里山の細道の杭で、そして、南岸の手賀大橋袂近くの葦の原で、二度、ジョウビタキのオスを撮り損ねたが、三度目の正直、遂にその姿を撮ることが叶った。
住宅地近くの遊歩道なので、背景がちょいと気に入らないが、贅沢を言っちゃいけない。

<三度目の正直記念>として、<鳥見ング図>にしてみた。
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鳥見写真は「目」が大事だが、眼は黒い顔の中に埋もれてしまっている。

ジョウビタキのオスに遭遇したのは幸運。
幸運は更に続く。
ジョウビタキがいた近く梅の木に鳥影が。

フォト:2017年2月11日

(つづく)
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# by ryujincho | 2017-02-11 23:52 | 鳥見雑記 | Comments(0)
2017年 02月 11日

『手賀沼鳥見 2017.2.11/梅林雑木林で談笑/アトリ』 tb-1

2月11日(土曜)、晴れ。
手賀沼に出動。
手賀沼西端、かわせみ池近くの剪定されていない雑木林的な梅林に立ち寄る。
毎度、変わらぬパターン。

顔なじみの Birder さんがいた。
「おはようございます。何か、来ていますか」。
「梅にメジロと思って、ここに来たのですが、メジロはおらず、アトリがいます。ちょうど、この正面の奥の枝にアトリが数羽、とまっています」。
枝かぶりの向こうに目を凝らす。
「すみません。右目が白内障になってしまったもので、枝かぶりの向こうでは、左目、近眼+右目、白内障じゃ視力不足です」。
「そうですか。実は私も右目の眼圧が高く、緑内障です。眼圧を下げる目薬をさしています。右目でファインダーを覗いて、左目でファインダーの外の様子を見るというのが常識ですが、右目が不自由なので、左目でファインダーを覗いています。白内障の手術は?」。
「3月初めで予約しています」。
「白内障の手術をした人は元気いっぱいになっています。心臓のカテーテル手術をした人はパワー全快です」。

そんな会話を交わしているうちに、アトリが前面に出て来てくれた。
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ズームアップ。
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地面に降り立って。
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この写真、首を少し傾けているが、正面顔が撮れている。
最近、鳥の正面顔のコレクションにトライしている。
正面顔を<鳥ミング>して、コレクションに。
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正面顔より、やはり、斜め横顔がカワユイ。
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「この間は、風の強い日が続きましたが、そのときは自転車は?」。
「風のきつい中、4、5、6、7、8日と手賀沼出動、5連勝。途中、1日は余りに強い風で半周でギブアップしましたけどね」。
「電動アシスト付き自転車は、風が強いと電気をよく食うんです」。
「なるほど、上り坂だけじゃないんですね。向かい風でもアシストするという理屈はよく分かります」。
この Birder さん、愛車を2台、持っている。
1台はメルセデス、もう1台は某社製電動アシスト付きチャリ。

「カメラとレンズを修理に出して、戻って来たので、今日はその試し撮り。試し撮りは終わったので、これで帰ります」。
「はい、私も来月初め、レンズ交換しておきます。では、また」。

手賀沼南岸を走る。
湖面は穏やか。
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カンムリカイツブリの群れ。
風はさほどなく、寒さもそれほどでもないのに、全員、首をすくめている。
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河津桜の蕾がほころび始めている。
鉄塔もうれしそうだ。
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ハス群生地。
枯れたハスは水面上に残っていたが、年が明けてから、どんどん、水没。
初夏に若い葉が水面に出る準備はもう始まっているのかもしれない。
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水没したハス群生地で、コブハクチョウたちが群れている。
セミ・ズームアップで。
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フル・ズームアップで。
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手賀沼東端に至る。
先日は、強風下、白波を立てていた湖面も今日は穏やか。
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手賀沼北岸を走る。
三度目の正直の鳥が撮れた。
その写真も含め、北岸での鳥見の様子は続編で。

フォト:2017年2月11日

(つづく)
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# by ryujincho | 2017-02-11 23:51 | 鳥見雑記 | Comments(0)