龍人鳥の徒然フォト日記

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2017年 05月 11日

『初夏を謳歌』

5月11日(木曜)。
手賀沼北岸。
ホオジロ。
初夏を謳歌。
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フォト:2017年5月7日
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# by ryujincho | 2017-05-11 23:33 | 鳥見雑記 | Comments(0)
2017年 05月 11日

『ニセアカシア』

5月11日(木曜)。
手賀沼北岸。
フジの花は終わり、ニセアカシアが白い花を咲かせていた。
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ニセアカシア。
北米原産のマメ科ハリエンジュ属の落葉高木。
和名はハリエンジュ(針槐)。
日本には1873年に渡来した。
後に本来のアカシア(ネムノキ亜科アカシア属)の仲間が日本に輸入されるようになり、区別するためにニセアカシアと呼ぶようになった。
しかし、今でも混同されることが多い。
本来のアカシアの花は放射相称の形状で黄色く、ニセアカシアの白い蝶形花とは全く異なる。
北原白秋の「この道」に歌われる「あかしやの花」、西田佐知子のヒット曲「アカシアの雨がやむとき」(1960年)に歌われる「アカシア」、石原裕次郎のヒット曲「赤いハンカチ」(1962年)に歌われる「アカシアの花」はニセアカシアのことである。
(出典:ウィキペディア)


フォト:2017年5月11日
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# by ryujincho | 2017-05-11 23:32 | 花紀行 | Comments(0)
2017年 05月 11日

『コブハクチョウ、元気に育ってます』

5月11日(木曜)。
手賀沼南岸、代掻き前の泥田でコブハクチョウのファミリーに遭遇。
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ヒナが6羽いれば、先日(5月1日)に畔でマコモを突っ突いていたファミリーに違いない。
ズーム・アップし、ヒナの数を数える。
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更に、ズーム・アップ。
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ヒナは6羽いる。
一安心!

5月1日のブログを見てみる。
『コブハクチョウ、今期誕生第一号』

1羽は真っ白、残りの5羽は灰色であったが、6羽とも真っ白に。
成長している証しである。

鋭い監視の目を周囲に向ける母鳥。
父鳥がファミリーから少し離れた位置での監視役であるから、「あなた、ちゃんと監視しているでしょうね」と旦那の方へ鋭い視線を向けているのかもしれないが...。
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次に、ヒナだちに優しい視線を送る母鳥。
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代掻き前の水田の少し深いところで、水練。
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ふわふわクンとふあふあちゃんをアップで。
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周囲の水田は既に田植えは終わっている。
この水田も近々田植えとなろう。
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このあと、先日(5月1日)、ヒナたちが泳いでいた近くで、抱卵中であった巣を確認したところ、既に巣立っていた。
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こちらのファミリーともいずれ出遭うこととなろう。
楽しみだ。

このブログを綴りながら、珍しい名字のひとつ、「小鳥遊」が頭に浮かんだ。
猛禽類のタカがいないから、小鳥たちはゆっくりと遊べる。
よって、「小鳥遊」は「タカナシ」と読む。
この6羽のヒナのファミリーは「タカナシ・ファミリー」であって欲しい。

フォト:2017年5月11日
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# by ryujincho | 2017-05-11 23:31 | 鳥見雑記 | Comments(0)
2017年 05月 07日

『農業戦隊ヤンマージャー』

5月7日(日曜)。
手賀沼南岸を走る。
農業戦隊ヤンマージャーに出遭う。
いい面構え。
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横顔も見てみよう。
乗用車のような面構えだ。
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全体の勇姿を見てみよう。
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正式名称は、YANMAR YT470。
キャッチ・コピーが、これまた、かっこいい。
キャッチ・コピーを知りたい方は、こちらをポチッ!
「YANMAR YT470」

フォト:2017年5月7日、手賀沼南岸にて
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# by ryujincho | 2017-05-07 23:32 | Comments(0)
2017年 05月 07日

『抜き足、差し足』

5月5日(金曜)。
手賀沼北岸。
キジ・スポットを何気なく眺めていたところ、抜き足、差し足のキジの姿が。
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フォト:2017年5月5日、手賀沼北岸にて
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# by ryujincho | 2017-05-07 23:31 | 鳥見雑記 | Comments(0)
2017年 05月 05日

『ばるびぞん村 2017.5.5』

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5月5日(金曜)。
手賀沼北岸、ばるびぞん村を走る。
「ばるびぞん村」は筆者が勝手に名づけた村の名だ。
「ばるびぞん村」の一画では、去年の冬、土が入れ替えられ、5月に田植えが行われた。
だが、その中で、写真の水田は田植えは行われなかった。
大将曰く、1年置いて、米作りは来年からだと。
その通り、今年、代掻き、張水、田植えと農作業が進んた。
稲の成長が楽しみだ。

フォト:2017年5月5日、手賀沼北岸
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# by ryujincho | 2017-05-05 23:32 | Comments(0)
2017年 05月 05日

『オオヨシキリ/定位置』

5月5日(金曜)。
手賀沼南岸を走る。
梢で鳴くオオヨシキリ。
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この梢が彼の定位置だ。
オオヨシキリなんがだから、梢の直ぐ下にあるヨシの原で鳴けよと言いたいんだけれど、大きな口を開け、ギョシギョシと鳴くばかり。

フォト:2017年5月5日、手賀沼南岸にて
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# by ryujincho | 2017-05-05 23:31 | 鳥見雑記 | Comments(0)
2017年 05月 03日

『アオスジアゲハ@天神山古墳近くにて』

5月3日、太田市へ。
上野国史跡めぐり、第6弾。
関東最大の前方後円墳、天神山古墳をはじめとする太田市内の古墳めぐりに。

天神山古墳の墳丘に上る。
後円部の数十メートル先の住宅の向こうに陪冢(ばいちょう)が見える。
そちらの方へ行ってみる。
途中、芝桜の花から花へと忙しげに飛ぶアオスジアゲハに出遭った。
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小型で、翅の青色の幅が広く、春型の特徴をよく表している。

フォト:2017年5月3日、
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# by ryujincho | 2017-05-03 23:33 | 虫撮りの記(2017年) | Comments(0)
2017年 05月 03日

『mmの世界/クヌギカメムシ@天神山古墳』

5月3日、太田市へ。
上野国史跡めぐり、第6弾。
関東最大の前方後円墳、天神山古墳をはじめとする太田市内の古墳めぐりに。

天神山古墳の墳丘に上る。
虫の姿が目に入る。
古墳も気になるが、虫撮りも。
風で葉が揺れ、上手く撮れない。
相棒の武衛さんに手伝って貰う。
武衛さんには葉の右を、小生は葉の左を掴み、右手カメラで撮った。
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一瞬、ヨコヅナサシガメの幼虫かと思ったが、そうではない。
クヌギカメムシの幼虫であった。
クヌギカメムシの幼虫と成虫は姿が随分と異なる。
幼虫は赤みを帯び、丸っぽいが、成虫は薄緑色で体形は細い。
天神山の墳丘は木々が生えており、その多くはクヌギの木であり、クヌギカメムシの生息地になっているのだ。

今年も「mm(ミリ)の世界」のシーズン到来だ。
楽しみ、楽しみ...。

フォト:2017年5月3日、天神山古墳(太田市)にて
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# by ryujincho | 2017-05-03 23:32 | 虫撮りの記(2017年) | Comments(0)
2017年 05月 03日

『株式会社SUBARU』

5月3日、太田市へ。
上野国史跡めぐり、第6弾。
関東最大の前方後円墳、天神山古墳をはじめとする太田市内の古墳めぐりに。
太田市内で、古墳のほかに見ておきたいものがもうひとつあり。
それをこの目で確認した。
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今年4月、富士重工業株式会社から株式会社SUBARUに社名変更した。
中島飛行機を源流とする富士重工業株式会社は、1958年(昭和33年)、後に「てんとう虫」の愛称で親しまれることとなる軽自動車「スバル360」を発売。
以来、半世紀を越えた今、SUBARUを社名に。
富士重工も捨て難いが、SUBARUは良い社名だと思う。

フォト:2017年5月3日、太田市内および東武伊勢崎線太田駅にて
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# by ryujincho | 2017-05-03 23:31 | Comments(0)
2017年 05月 02日

『下がり藤』

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藤の花の季節。
藤の花をみると、亀戸天神の、花房の長い藤が頭の中に思い浮かぶ。
だが、それは去年の5月までのこと。
去年5月4日、ドラポタの盟友、大給守殿からの次のような「佐久平便り」で、頭の中の思い浮かぶ藤の花は一変した。
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「金は内藤 志摩守 裾からぼろが 下がり藤」。

佐久市岩村田は、信濃岩村田藩内藤家、1万6千石の小藩の領地でありました。
家紋は藤の花房でしょうか。
小藩故、財政はひっ迫しており、藩主といえ、羽織っている綿入れ半纏の裾から綿がはみ出して垂れ下がる始末であったとか。
領民はその有様を揶揄して「金は内藤 志摩守 裾からぼろが 下がり藤」と 陰口をたたいたとか。
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これを読んで、綿入れ半纏の裾からはみ出して垂れ下がる綿を藤に例えるとは、岩村田にはセンスのよい領民がいたという証しなんじゃないかと思った。
そして、家紋好きの小生、信濃岩村田藩内藤家の家紋について調べてみた。

岩村田藩内藤家。
1万5千石、高遠藩主内藤氏と同族、元禄16年(1703年)武蔵国赤松より移封し、幕末に至る。
家紋は次の三つを有す。
・岩村田藤・・・図柄は「下がり藤」
・五七桐
・「藤」の字

次に、「下がり藤」の家紋の由来について調べようとしたところ、ドラポタの盟友、南国守殿から次のようなe-mailが届いた。
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藤は長寿で繁殖力が強いところから藤原氏(鎌足)が大和に下賜したときに
家紋(丸に下り藤)に取り入れられ、日本で最も長く栄えたとされる藤原氏に
あやかろうと各地で家紋に採用されたとか、、、
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なるほど、家紋「下がり藤」には藤原氏が関わっていたのだ。
内藤氏は、その名の一文字、「藤」に引っ掛けて、「下がり藤」を家紋としたのかもしれない。

岩村田藩は、いつの時代に財政が逼迫していたのであろうか。
浅田次郎著『一路』で、主人公一行が江戸への参勤交代の途中、所持金が不足し、岩村田藩に用立てを頼む場面が登場する。
この物語は、文久2年(1862年)師走から翌年にかけての話。
このときの岩村田藩、第7代藩主は、若くして家督を継いだ内藤志摩守正誠(まさあきら)。
内藤正誠は、日光祭礼奉行、奏者番、寺社奉行などを歴任し、戊辰戦争では新政府軍に与して宇都宮城の戦いや北越戦争に出兵している。

小説『一路』では、岩村田藩は借金を申し入れられる側であるから、財政が逼迫していたとは思えないし、藩主の役職、活躍ぶりからして、裾から綿が垂れ下がるような綿入れを着ていたとも思えない。
となると、財政が逼迫していたのは、初代から第6代藩主の時代のこととなる。
「金は内藤 志摩守 裾からぼろが 下がり藤」を知ってから1年が経過した今、大給守殿にその解明をお願いしておこうと改めて思うのであった。

信濃の藤はこれから。
大給守殿の御屋敷の「下がり藤」、そして、旧中込学校の「下がり藤」の景色が目に浮かぶ。

フォト:2017年5月1日、手賀沼北岸にて
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# by ryujincho | 2017-05-02 23:31 | 花紀行 | Comments(0)
2017年 05月 01日

『オオヨシキリ』

手賀沼の畔。
葦の原で、オオヨシキリが賑やかに鳴く季節となった。
葦の原よりも梢で鳴くのが好きなオオヨシキリもいる。
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大きく口を開いて鳴く姿がよい。
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フォト:2017年5月1日、手賀沼南岸にて
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# by ryujincho | 2017-05-01 23:32 | 鳥見雑記 | Comments(0)
2017年 05月 01日

『コブハクチョウ、今期誕生第一号』

手賀沼のコブハクチョウ。
手賀沼を jitensha で一周しながら、今期、この目で確認出来ていた営巣中のコブハクチョウは、南岸で3ヶ所、北岸で1ヶ所である。

5月1日、6羽のヒナが泳いでいるのが目に入った。
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南岸で営巣中の西から二番目の巣が最も近く、そこで孵化したヒナかと思い、そちらの巣に目を遣ったが、そうではなかった。
左から、釣り人、母鳥と6羽のヒナ・ファミリー、そして、右端の白く見えるのが南岸、西から二番目の営巣中の姿。
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営巣中の姿をアップで。
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南岸の営巣3ヶ所を確認したところ、南岸の一番、西にあった巣から巣立ったファミリーであった。

フォト:2017年5月1日、手賀沼南岸にて
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# by ryujincho | 2017-05-01 23:31 | 鳥見雑記 | Comments(0)
2017年 04月 25日

『利根川の瀬音』

榛名山の爆発で埋まったという古墳時代の遺跡、「日本のポンペイ」とそれに関わる二つの資料館を訪ねた。
遺跡や資料館もさることながら、吾妻川や利根川の河岸段丘や榛名山麓、赤城山麓の地形を jitensha での走りで、十二分に味わわせて貰った。

4月23日(日曜)。
利根川の支流、吾妻川の流れ。
国道291号線、吾妻橋にて。
水の色は乳白色掛かった青緑色。
今、流れている水も、あと、数キロで利根川と合流する。
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国道291号線をひたすら走る。
ずっと上り坂。
子持交差点を左に入り、「日本のポンペイ」、黒井峯遺跡(渋川市、旧・北群馬郡子持村)に至る。
黒井峯遺跡をあとにして、国道291号線を下り、恵久保(いくぼ)交差点を左折し、県道158号線を東へ走る。
国道17号線との交差点/吹屋東交差点を過ぎた辺りの高台から利根川を眺める。
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彼方の雪山を眺める。
利根川の源流域、谷川岳であろうか。
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明らかに河岸段丘の地形である坂道を利根川に向かって下る。
短い距離の急坂である。
宮田橋にて、利根川の流れを間近に眺める。
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彼方の里山の八重桜が、文字通り、花を添えてくれている。
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宮田交差点を左折、県道255号線を北へ走る。
ずっと上り坂だ。
赤城歴史資料館へ向かう道、県道151号線の入口の手前で休憩。
彼方の景色を眺める。
水上方面へ向かう信越本線の線路、そして、その向こうに、利根川の源流域の谷川岳と思しき雪山を眺める。
先ほど、宮田橋の上から谷川岳と思しき雪山を眺めたが、もっとはっきりと見える。
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県道151号線に入り、赤城歴史資料館(へ向かう。
赤城歴史資料館は赤城山麓、利根川の河岸段丘、ずーっと、上り坂。
途中から<押し>。
赤城歴史資料館(渋川市、旧勢多郡赤城村)に至る。
赤城歴史資料館からの下り坂は、あっという間。

赤城山麓から、再び、榛名山麓へ。
県道158号線、国道17号線(吾妻川に架かる吾妻新橋を渡る)、県道33号線、県道291号線と複雑なルートを辿り、県道291号線金井国町交差点からから県道35号線金井南交差点に出て、県道35号線を北上し、金井東裏遺跡と金井下新田遺跡を目指す。
県道291号線金井国町交差点からから県道35号線金井南交差点に出る道がこれまた河岸段丘の地形で、ずーっと上り坂。
途中で、武衛さん支給の明治板チョコ・ブラックで、エネ・チャージ。
県道35号線金井南交差点から金井交差点を目指し、走る。
この道は、どちらかというと、緩やかな上り基調。
金井東裏遺跡と金井下新田遺跡に至る。
遺跡(といっても新設の道路工事現場)を見学し、県道35号線を南へ走り、県道25号線に入り、駅前旅館に辿り着いた。

4月24日(月曜)。
渋川市の市街地から群馬県埋蔵文化財調査センター発掘情報館(旧・勢多郡北橘村)へ。
渋川市街地から坂東橋まで利根川右岸サイクリングロードを走る。
下流に向かっているので僅かに下り基調、楽チン!
坂東橋下、坂東橋緑地公園から利根川を眺める。
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国道291号線(旧称国道17号線)、坂東橋から利根川を眺める。
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利根川左岸、国道291号線(旧称国道17号線)を南下、下箱田交差点を左折、県道160号線に入り、直ぐに右折。
ずっと上り坂となる。
利根川河岸段丘、赤城山麓を上る道である。
途中、景色のよいところで休憩。
榛名山を眺める。
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上り坂の途中で休憩はしたが、<押し>はなく、群馬県埋蔵文化財調査センター発掘情報館に至る。

再び、下り、利根川左岸を南下。
下流に向かっているので僅かに下り基調、楽チン!
JR前橋駅でフィニッシュ。

榛名山麓、赤城山麓、利根川河岸段丘が作り出す上り坂はきつかった。
だが、利根川の瀬音がそれを癒してくれた。
いつも、河口から80キロ、100キロあたりのゆったりとした流れの利根川を眺めている者にとって、上流域の利根川は魅力的な流れであった。

[Memo]
利根川の源流は、大水上山(おおみなかみやま)。
大水上山は、新潟県南魚沼市、同県魚沼市と群馬県利根郡みなかみ町の境目にある標高1,834mの山で、山系は三国山脈。
谷川岳から巻機山へ連なる太平洋と日本海を分ける中央分水嶺は、大水上山頂で東へ屈曲し、藤原山、平ヶ岳へと続く。
大水上山頂が群馬県の北限点である。

P.S. 遺跡と資料館に関する詳細は、追って、兄弟ブログ「上総守が行く!(二代目)」で綴りたく思っております。

フォト:2017年4月23日、24日
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# by ryujincho | 2017-04-25 23:31 | Comments(0)
2017年 04月 16日

『小貝川残桜花見ポタリング/河口~豊田堰~文巻橋の巻』 kp-7

4月15日(土曜)。
小貝川残桜花見ポタリング。
相棒は、ドラポタ、武衛さん。

コースは、水海道駅~福岡堰~小目沼橋~間宮林蔵生家・記念館~岡堰~豊田堰~河口(利根川合流地点)~布佐駅。

午後2時、岡堰を出発。
小貝川左岸をゴールの河口、即ち、利根川合流地点を目指して走る。
相変わらず、強い向かい風。
天気予報では「昼から所により雷雨」とのことであった。
空は晴れから、明るい曇り、そして、何となく怪しげな空模様に。
「武衛さん、こりゃー、文巻橋で切り上げ、藤代駅から輪行とするのが賢明のよう」。
「そうしませう」。

午後3時少し前、文巻橋西詰に至る。
ゴールまで残り約10kmであるが、雨に降られては元も子もない。
文巻橋からJR常磐線藤代駅へ向かう。
藤代駅の50mくらい手前で、雨がパラ、パラ、パラと。
急ぎ、駅へ。
濡れることなく、藤代駅に到着。

本来なら、反省会ということになるのだが、この日は元々、反省会はなし、としていたので、そのまま、輪行にて帰館。

自宅に到着して、つらつら考えるに、この日、4月15日のポタは、小生、68歳最後のポタであった。
天気の都合とはいえ、予定通りのゴールに至らず、記念すべき(???)ポタリングは何となく中途半端に終わってしまった。
ということで、残りの区間を走るべく、翌16日、再び、小貝川へ出掛けることにした。

4月16日(日曜)、晴れ。
満69歳初日ポタリング。
前日、15日は小貝川上流から下流へと走ったが、この日は下流から上流へ走ることにした。

手賀沼北岸~手賀川左岸~布佐~栄橋(利根川)を走り、小貝川河口に至る。

手賀沼北岸、ビオトープ付近で営巣中のコブハクチョウ。
右の藪の中と左の水上に白く見えるのがコブハクチョウのカップル。
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右側、巣の上のコブハクチョウをアップで。
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左側、泳ぎながら監視中のコブハクチョウをアップで。
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いつも心地のいい、さえずりを聞かせてくれるホオジロのシルエット。
たまたま、逆光だったんだけどね。
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縄張りを見張り中の、モズ。
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布佐の町を経由して、利根川に架かる栄橋を渡る。
利根川右岸を走る。
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小貝川河口、利根川との合流地点を眺める。
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小貝川左岸を走る。
小貝川の最下流に架かる橋、戸田井橋東詰を過ぎ、豊田堰に至る。
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豊田堰を左岸から右岸へ渡る。
堰を流れ落ちる水を眺める。
前日、岡堰で見たような鯉の群れや鯉の流れ落ちはないかと覗き込むも、そうした光景は見えず、ただ、水が勢いよく流れ落ちるだけ。
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満々と水を湛えた豊田堰。
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ズームアップ。
堰に流れ込む川幅はこれくらい。
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筑波山を借景とする福岡堰や中島や水神岬を有する岡堰に比べると、豊田堰は殺風景である。

秋、堰に水が溜まっていない頃の風景は、第6話で貼り付けた2010年10月27日付けブログ『小貝川/豊田堰"水事情"視察』 をご覧いただきたい。

小貝川右岸を遡る。
jitensha を止め、豊田堰を眺める。
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更に遡り、川の流れを眺め、豊田堰を遠望する。
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今日の jitensha。
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JR常磐線の鉄橋をくぐり、文巻橋に至る。
これで、前日に予定していたコースを完走となった。

小貝川サイクリングロードから外れ、JR藤代駅に至る。
さて、ここから輪行で帰えろうか、自走で帰ろうか?
69歳初日のポタリングである。
自走で帰ろう!

旧水戸街道/藤代宿を抜け、取手方面へと走る。
この道は「旧水戸街道ポタリング」で走ったことがあり、馴染みのある道だ。
国道6号線(水戸街道)を横切り、JR常磐線の踏切を越える。
この踏切の名称が好きだ、
「旧陸前浜街道踏切」。
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陸前浜街道は、「街道」の名称が付されるところから、江戸時代の街道と混同・錯覚されることがあるが、通称や俗称的なものでもなく、明治政府により、明治5年(1872年)4月29日に定められた公道名である。(出典:ウィキペディア)

「旧水戸街道」。
こちらは江戸時代の街道名を記す標柱。
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--------------------------
水戸街道は江戸時代に江戸と水戸を結ぶ重要な街道でした。
日本橋を起点に千住で日光街道から分岐して、新宿・松戸・小金・我孫子・取手・藤代・若柴・牛久・荒川沖・中村・土浦・中貫・稲吉・府中・竹原・堅倉・小幡・長岡の各宿を経て、水戸城下に至りました。
取手市域では、現在の大利根橋付近で利根川を渡り、取手宿に入り、吉田村を経て、水田地帯の道を真直ぐに藤代宿に達し、東に折れ、さらに北へ向かい、宮和田村の小貝川の渡しに着きます。
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利根川に流れ込む相野谷川に架る土橋東詰の道標。
「水戸十八里」、反対側には江戸十一里」と刻まれている。
「来應寺」とは、左折し、相野谷川沿いにある寺である。
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取手の町を通り抜け、利根川に架かる利根大橋を渡り、帰館。

こうして、「小貝川残桜花見ポタ」は、天気のお陰(お陰と言ってよいだろう)で、68歳最後のポタ+69歳最初のポタに仕上がった次第である。

走行距離。
4月15日:40km、16日:44km。
(参考)小貝川/福岡堰~河口(利根川合流地点)の走行距離は約42km。

68歳、最後のポタリングにお付き合い戴いた武衛さんに感謝!である。
そして、アーカイブから登場した、2010年の大給守さん、2013年の伊豆守さん、南国守さんにも感謝!である。

フォト:2017年4月16日

(完)
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# by ryujincho | 2017-04-16 23:31 | 小貝川残桜花見ポタリング | Comments(0)
2017年 04月 15日

『小貝川残桜花見ポタリング/岡堰の巻/其の二』 kp-6

4月15日(土曜)。
小貝川残桜花見ポタリング。

岡堰。
ジョギングおじさんに教えてもらった「鯉の流れ落ち」を楽しんだのち、堰に浮かぶ「中島」と「水神岬」へ。

中島。
間宮林蔵と岡堰、明治期の岡堰、昭和期の岡堰、現在の岡堰の歴史が、この中島に凝縮されている。
間宮林蔵像。
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明治期の岡堰。
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昭和期の岡堰。
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現在の岡堰に携わった人たちに関わる碑。
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その裏面。
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以前は、岡堰の歴史と変遷が書かれた掲示板があったのだが、あるのは掲示板の枠のみで、枠内の記述は失せていた。

ということで、岡堰の歴史と変遷の詳細については、2009年9月22日に訪ねたときのことを綴った、こちらをブログをどうぞ。『伊能忠敬、間宮林蔵師弟ゆかりの地を訪ねて/下総国岡村編』 第16話

中島から、少し上流に位置する水神岬へ向かう。

水神岬。
水神社と岡堰築造記碑。中島を眺める。
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アップで。
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水神岬の残桜。
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2009年3月27日の大給守さんと小貝川花見ポタリングをしたときは、沿線の桜はまだ蕾であったが、ここ水神岬でようやく開花した桜を見ることが出来たのであった。
そのときの桜は、こちらのブログをどうぞ。
『小貝川CRポタ with 大給守殿』 第5話

前回、2010年の水神岬の桜は開花が始まったばかりで<花見下見ポタリング>あった。
今回の水神岬の桜は残桜、まさに<残桜花見ポタリング>であった。
8年の歳月を経て、水神岬で、二度目の<花見>。
満足!

「8年前と同じ枝の桜をカメラに収めましたよ」と大給守さんに報告しておこう。

水神社と「岡堰築造記碑」。
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「岡堰築造記碑」。
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アップで。
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以前と比べ、全体的には綺麗に整備されているが、「岡堰築造記碑」の文字は苔であろうか汚れであろうか、文字は判読し辛い状態になっている。

2010年の<花見下見ポタリング>の前年の秋に挙行した「伊能忠敬、間宮林蔵師弟ゆかりの地を訪ねて」で、中島の石碑と水神岬の石碑の内容を確認のため、連続して二度、岡堰を訪ねたことがあった。
その二度目のときのことを綴ったブログを、前掲の中島の石碑と水神岬の石碑の解説として、どうぞ。
『伊能忠敬、間宮林蔵師弟ゆかりの地を訪ねて/下総国岡村編』 第18話

4月の福岡堰や岡堰、豊田堰の「小貝川三大堰」は田植えの時期を控え、満々と水を湛えているが、秋に見た三つの堰はいずれも川幅だけで、露出した堰の低地は緑の草に覆われている。
そんな話を、今回の同行者、武衛さんに話した。

その風景は、2009年9月20日と同年10月17日の様子を綴った、こちらのブログをどうぞ。
『福岡堰&岡堰/水事情視察』
『小貝川/豊田堰"水事情"視察』

午後2時、岡堰を出発。
小貝川左岸をゴールの河口、即ち、利根川合流地点を目指して走る。
相変わらず、強い向かい風。
天気予報では「昼から所により雷雨」とのことであった。
空は晴れから、明るい曇り、そして、何となく怪しげな空模様に。
「武衛さん、こりゃー、文巻橋で切り上げ、藤代駅から輪行とするのが賢明のよう」。
「そうしませう」。

午後3時少し前、文巻橋西詰に至る。
ゴールまで残り約10kmであるが、雨に降られては元も子もない。
文巻橋からJR常磐線藤代駅へ向かう。
藤代駅の50mくらい手前で、雨がパラ、パラ、パラと。
急ぎ、駅へ。
濡れることなく、藤代駅に到着。

本来なら、反省会ということになるのだが、この日は元々、反省会はなし、としていたので、そのまま、輪行にて帰館。

自宅に到着して、つらつら考えるに、この日、4月15日のポタは、小生、68歳最後のポタであった。
天気の都合とはいえ、予定通りのゴールに至らず、記念すべき(???)ポタリングは何となく中途半端に終わってしまった。
ということで、残りの区間を走るべく、翌16日、再び、小貝川へ出掛けることにした。

フォト:2017年4月15日

(つづく)
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# by ryujincho | 2017-04-15 23:36 | 小貝川残桜花見ポタリング | Comments(0)
2017年 04月 15日

『小貝川残桜花見ポタリング/岡堰の巻/其の一』 kp-5

4月15日(土曜)。
小貝川残桜花見ポタリング。
岡堰に向け、小貝川左岸を走る。

「後ろから、車が来ま~す」、「もう1台、来ま~す」、「3台目も来ま~す」。
後ろを走っている武衛さんの声掛けあり。
車に追い越されるとき、緊張する。
そして、車が追い越し、過ぎ去ったとき、ほっとして、若干、右側にぶれるときがある。
連続して追い越されるとき、例え、若干でも右にぶれたら危ない。
武衛さんの声掛けに感謝!である。

小貝川沿いのサイクリングロードはおおむね専用であるが、時々、一般道となるときがある。
因みに、稲豊橋と岡堰の区間は、右岸は専用、左岸は兼用である。

岡堰を左岸から右岸へ渡る。
jitensha を止め、田植えの季節を控え、満々と水を湛えている堰の上流側を眺める。
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jitensha は倒れたのではなく、風が強いので、風で倒れるのを避けるため、倒して止めたのである。
この写真を見ながら思うこと、それは武衛さんの倒し方が格好よく、これが正しい倒し方であったなあということである。

満々と水を湛えた堰に浮かぶ「中島」。
中島は桜色である。
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アップで。
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堰を流れ落ちる水。
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下流側の流れも眺める。
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♪あーあー 川の流れのよーにー...♪の歌が頭を過ぎる。

ジョギングおじさんと歓談中の武衛さん。
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ジョギングおじさん曰く「堰の流れのところに鯉が集まっているのが見えるでしょう。時々、この鯉が流れ落ちることがあるんです」と。
先ほど、堰の流れを眺めたときは全く気づかなかった。
流石、地元の人である。

目を凝らして、堰の流れのところを見る。
確かに、鯉が群れている。
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一匹の鯉が落ちそうになりながら、必死にこらえ、セーフ!
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鯉の群れは右から左へと移動していく。
一ヶ所に留まることは難しく、斜めになって流れの力を交わしているようだが、堰に沿って右から左へ流されているようだ。
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真ん中辺り。
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左端で群れる。
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一匹、落ちそうになるが、セーフ!
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二匹ばかり、流れ落ちる姿を見ることが出来た。

流れに必死に堪える鯉は、大河、利根川を泳ぐチャンスを捨てている。
流れ落ちた鯉は、下流の豊田堰を越えることが出来れば、利根川を泳ぐことが出来るのである。
さて、どちらが幸せか...。

「鯉の滝登り」ならぬ、「鯉の流れ落ち」の瞬間をカメラに収めることは出来なかったが、岡堰の春の風物詩を味わわせてもらった。
ジョギングおじさんに感謝!である。

右岸に渡り、堰に浮かぶ「中島」、「竜神岬」へ向かう。

フォト:2017年4月15日

(つづく)
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# by ryujincho | 2017-04-15 23:35 | 小貝川残桜花見ポタリング | Comments(0)
2017年 04月 15日

『小貝川残桜花見ポタリング/間宮林蔵生家と記念館の巻』 kp-4

4月15日(土曜)。
小貝川残桜花見ポタリング。
小貝川左岸を走る。

間宮林蔵生家、間宮林蔵記念館。
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林蔵さん、お久しぶりです。
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間宮林蔵記念館に入る。
入館料、65歳以上 50円也。
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先ず、DVDのスイッチをオン。
間宮林蔵樺太探検を切り絵紙芝居で描いた映像を見る。
そして、展示物を見る。
以前と変わりない。
変わりないことがよいことである。

林蔵さんの後ろ姿。
そして、左端に、武衛さんの後ろ姿。
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生家。
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生家の東隣りで翻る鯉のぼり。
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懐かしの、看板。
「武衛さん、この看板、前回、見たときから比べると更に文字が薄くなっていますが、歴史を示す看板です。『林蔵最中 痛罵の栗坊や 伊奈町上平柳店 本店/取手駅前 御菓子司 青柳』の右側に『科学博記念銘菓』とあります。科学博は1985年のつくば万博のことです。リニアモーター・カーやケーブルをいっぱい装着した二足歩行のロボットが登場。今や、リニアモーター・カーや二足歩行ロボットは現実のものとなりました」。
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アップで。
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「上総さん、2月の『祝!稀勢の里優勝横綱昇進記念牛久鰻ポタ』のときに立ち寄った若柴宿の星宮神社で鳥居の注連縄にぶら下がった藁細工は何を意味しているのだろう?ということでしたが、それに似たものがぶら下がっていますよ」。
「どれどれ」と道の脇に鎮座する神社の鳥居を眺める。
「星宮神社のものとよく似ていますね。カメラに収めておきましょう」。
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「藁細工には『白雪』と墨書されていますね」。
「藁細工には、神酒奉納の意味があるのかもしれませんね」。
「それも踏まえ、龍ヶ崎市役所に星宮神社の藁細工の意味を聞いてみることにします」。

再び、土手の道に上がり、小貝川を眺めながら走る。
「さっきの神社は水神社とばかり思い込んでいましたが、鳥居の扁額は八幡宮となっていましたね」。
「隣りに鎮座していた神社は水神社でした」。
「やっぱり、そうでしたか」。
小貝川沿いには水神社が多く、神社を見ればすべて水神社と思い込んでいたようで、八幡宮は<新発見>であった。

2009年9月22日に訪ねたときのことを綴った、こちらもブログをどうぞ。
『林蔵最中 痛罵の栗坊や 伊奈町上平柳店 本店/取手駅前 御菓子司 青柳』の看板の『科学博記念銘菓』の文字はまだ薄れておらず、今回の薄れ方を見て、8年の歳月を感じるのである。
水神社はしっかりとカメラに収めているが、八幡宮には全く触れておらず、水神社で頭がいっぱいであったことを示している。
『伊能忠敬、間宮林蔵師弟ゆかりの地を訪ねて/常陸国上平柳村編』 第14話

旧水戸街道若柴宿/星宮神社の鳥居の注連縄にぶら下がった藁細工については、今年2月12日のポタリングのことを綴った、こちらのブログをどうぞ。
このブログの後半に星宮神社の藁細工が登場します。
『祝!稀勢の里優勝横綱昇進記念牛久鰻ポタ』 第3話

小貝川左岸を走り、間宮林蔵ゆかりの地、岡堰へ向かう。

フォト:2017年4月15日

(つづく)
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# by ryujincho | 2017-04-15 23:34 | 小貝川残桜花見ポタリング | Comments(0)
2017年 04月 15日

『小貝川残桜花見ポタリング/間宮林蔵ゆかりの地、専称寺の巻』 kp-3

4月15日(土曜)。
小貝川残桜花見ポタリング。
小貝川左岸を走る。

稲豊橋に至る。
この辺りの地名は「狸渕(むじなふち)」。

土手下の道を走る。
この辺りの地名は「上平柳」。
間宮林蔵の生誕地である。

間宮家菩提寺、専称寺。
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間宮家の墓。
向かって左/間宮林蔵の墓、道/両親の墓。
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当寺の間宮林蔵の墓は生前墓。
もうひとつの墓は、深川にある。
深川の墓所については、2009年9月19日に訪ねたときのことを綴った、こちらのブログをどうぞ。
『伊能忠敬、間宮林蔵師弟ゆかりの地を訪ねて/江戸編』 第8話
『伊能忠敬、間宮林蔵師弟ゆかりの地を訪ねて/江戸編』 第9話

顕彰碑「間宮先生埋骨之處」。
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専称寺の墓所と顕彰碑の詳細については、2009年9月22日に訪ねたときのことを綴った、こちらのブログをどうぞ。
『伊能忠敬、間宮林蔵師弟ゆかりの地を訪ねて/常陸国上平柳村編』 第11話

間宮林蔵生家へ向かう。

フォト:2017年4月15日

(つづく)
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# by ryujincho | 2017-04-15 23:33 | 小貝川残桜花見ポタリング | Comments(0)
2017年 04月 15日

『小貝川残桜花見ポタリング/沈下橋、小目沼橋の巻』 kp-2

4月15日(土曜)。
小貝川残桜花見ポタリング。
福岡堰から小貝川右岸を下流に向け、走る。
向かい風である。

小目沼橋に至る。
小目沼橋は、右岸/つくばみらい市平沼と左岸/同市下小目に架かる木製の沈下橋。
つくばみらい市といっても、木製の沈下橋が架かる鄙びた雰囲気は出ない。
筑波郡谷和原村の平沼と下小目に架かる沈下橋と、合併前の旧名でいった方が雰囲気が出る。

「武衛さん、ちょいと演出しますんで、合図するまでここで待っていてください。ご覧の通り、欄干はないので、横風、突風で川に落ちないように気をつけてください」。
そう言い残し、上総が先に右岸から左岸に渡る。
左岸から「ヨーイ、スタート!」の合図を出す。
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橋の上からスマホ・カメラで右岸の風景を撮る武衛さん。
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橋の下からスマホ・カメラで木製の沈下橋の構造を撮る武衛さん。
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「橋の下から煽った構図で今日の jitensha を撮るのが恒例なんですけど、今日は風が強く、jitensha が倒れて、川にドブンになってはいかんので、普通の、今日の jitensha にしておきましょう」とくっちゃべりながら、今日の jitensha を撮る。
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左岸、土手の上のサイクリングロードから小目沼橋を眺める。
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2月半ば、「祝!稀勢の里優勝横綱昇進記念牛久鰻ポタリング」と題し、藤代から牛久まで走った際、小貝川に架かる文巻橋を渡った。
そのとき、橋から上流、下流を眺めながら、「ドラポタでは2010年に大給守さんと、2013年に伊豆守さん、南国守さんと小貝川をポタリングしたけれど、武衛さんとは未だなので、いずれ、近いうちに小貝川ポタリングを企画します」ということにした。
それが、この日、叶ったのであった。

小貝川は、福岡堰の景色、間宮林蔵ゆかりの地、岡堰の景色などお気に入りの場所はいろいろあるが、最も気に入っているのは、この木製の沈下橋、小目沼橋である。
そこへ武衛さんを案内でき、嬉しく思うのであった。

これまで幾度が小貝川をポタリングしているが、そのうち、次の三つの「小貝川/小目沼橋」の様子をここに掲載しておこう。

2009年6月7日に挙行した「小貝川/沈下橋と大堰を訪ねて」 第4話。
これは、初の小貝川ポタリングで、一人ポタであった。
「小貝川/沈下橋と大堰を訪ねて」 第4話
「小貝川/沈下橋と大堰を訪ねて」 第5話

2010年3月27日に挙行した「小貝川CRポタリング with 大給守殿」 第4話。
これはドラポタを結成した翌年春、大給守さんと共に。
花見を兼ねての小貝川ポタリングであった。
「小貝川CRポタリング with 大給守殿」 第4話

2013年6月8日に挙行した「麦秋の小貝川を走る」(小目沼橋関連写真は#1、2、6、7、8)。
これはドラポタ・メンバー、伊豆守さん、南国守さんと共に。
「麦秋の小貝川を走る」

こうして小貝川ポタリングの記録を紐解いてみて、今回の小貝川ポタリングは2013年6月以来の約4年ぶりであることが分かった。

小貝川左岸を下流に向け、走る。
下流から小目沼橋を眺める。
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アップで。
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小貝川左岸を走り、次は間宮林蔵ゆかりの地を目指す。

フォト:2017年4月15日
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# by ryujincho | 2017-04-15 23:32 | 小貝川残桜花見ポタリング | Comments(0)
2017年 04月 15日

『小貝川残桜花見ポタリング/福岡堰の巻』 kp-1

4月15日(土曜)。
久しぶりに、小貝川へ。
題して、「小貝川残桜花見ポタリング」。
福岡堰、そして、岡堰の中島と竜神岬の残桜を期待して。

天気予報では、晴れ、南西の風やや強く、昼から所により雷雨。
午後からの天気が気になるが、まあ、それはそれとして。

メンバーは、ドラポタ、武衛さんと上総。

関東鉄道/水海道駅。
今日の jitemsha、左/武衛さん、右/上総。
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これまで幾度か、小貝川をポタリングした。
これまでは、我孫子から守谷を経由して小貝川に架かる稲豊橋へ、或いは、利根川に注ぐ小貝川河口から遡上するというコースであったが、今回は水海道駅から小貝川に架かる大和橋へ、という初めてのルートを取ることにしたのであった。

小貝川に架かる大和橋を渡り、小貝川左岸を遡上する。
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走るのは、未舗装の道ではなく、舗装路の一般道を。
小貝川沿いは、土手に、ほぼ全区間、サイクリングロードが整備されているが、この辺りは未整備で、河川敷に整備された道を走る jitensha もある。

福岡堰。
桜並木で、今日の jitensha。
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疎水に浮かぶ、花筏。
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疎水に浮かぶ、花筏ならぬ、カヤック。
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左岸から右岸へ堰を渡る。
田植えの季節を控え、堰の上流は満々と水を湛えている。
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借景の、筑波山。
今日は、霞んでいるが...。
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堰を流れ落ちる水。
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いつも気になる、遠くに見える不思議な建物をズームアップ。
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ローディー3人が通り過ぎる。
景色を眺めることもなく...。
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小貝川右岸を下る。
ゴールは小貝川河口、利根川合流地点。
雷雨にならなければそういう予定なのだが、空模様を眺めながら臨機応変にと思いながら...。

フォト:2017年4月15日

(つづく)
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# by ryujincho | 2017-04-15 23:31 | 小貝川残桜花見ポタリング | Comments(0)
2017年 04月 10日

『ウグイス/口笛鳴き真似大作戦』

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4月10日(月曜)、晴れ。
晴れとなれば、愛馬を駆って、手賀沼一周に。

手賀沼北岸を西から東へ走る。
北岸東端近く、遊歩道脇の藪の中からウグイスの声が聞こえて来る。
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早速、口笛でウグイスの鳴き真似をしてみる。
ウグイスは縄張り意識が強く、鳴き真似の声を聞くと、自分の縄張りに余所者が侵入して来たと思い、藪の中から姿を現すことが多い。
藪から出て来たら、こっちのもの、その姿をカメラに収めることが叶うのである。
この鳴き真似作戦、これまで幾度か成功しているのである。

おっ、竹薮から姿を現した。
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笹竹から潅木に飛び移る。
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「おまえ、どこの組のもんやねん」と言わんばかりに、こちらを睨む。
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地面近くから高所近くへと移り、縄張りを誇示するかのように、大きく口を開けて、鳴く。
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更に高所へ移り、周りに睨みを利かせる。
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枝から枝に移動して、再び、鳴く。
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鳴き終り、すまし顔に。
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遂に、潅木のてっぺんに。
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口笛鳴き真似誘い出し作戦、大成功!
これまでに幾度かこの作戦でウグイスに遊んでもらったことがあるが、
これほど長く、表に出て、遊んでくれたウグイスは珍しい。
ウグイスくん、サンキュー!です。

フォト:2017年4月10日
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# by ryujincho | 2017-04-10 23:51 | 鳥見雑記 | Comments(0)
2017年 04月 04日

『正面顔コレクション/オオジュリン』

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正面顔写真を撮り始めた小生の気持ちを汲んで、しっかりとこちらを向いてくれた。
オオジュリンはいいヤツだ。

一点透視図法的な正面顔との対比で、横顔も掲載しておこう。
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フォト:2017年4月4日、手賀沼南岸にて
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# by ryujincho | 2017-04-04 23:24 | 鳥見雑記 | Comments(0)
2017年 04月 04日

『春の、ヒヨドリ』

くちばしを、サクラの花粉で黄色く化粧して...。
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フォト:2017年4月4日、手賀沼南岸にて
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# by ryujincho | 2017-04-04 23:23 | 鳥見雑記 | Comments(0)
2017年 04月 04日

『なんか、ええもん、見えまっか?』

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フォト:2017年4月4日、かわせみ池近くにて
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# by ryujincho | 2017-04-04 23:22 | 鳥見雑記 | Comments(0)
2017年 04月 04日

『春、タンポポにムクドリ、タンポポにムスカリ』

3月30日から4月3日まで関西行脚。
その途上の4月2日、気象庁が東京都心で桜(ソメイヨシノ)が全国で最も早く満開になったと発表したというニュースを聞いた。
このニュースを聞いて、手賀沼西端、かわせみ池へ「サクラにカワセミ」を撮りに行こうと思った。

4月4日、かわせみ池へ出掛けた。
サクラは、まだ、三分咲き。
カワセミがサクラの木にとまる気配はない。
「花に鳥」の被写体はないものかと辺りを見回す。
「タンポポにムクドリ」が仕上がった。
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その近くで、ムスカリが開花している。
「タンポポにムスカリ」が仕上がった。
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「タンポポにムクドリ」、「タンポポにムスカリ」、上手く、韻が踏めた。

フォト:2017年4月4日、かわせみ池にて
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# by ryujincho | 2017-04-04 23:21 | 花紀行 | Comments(0)
2017年 04月 03日

『桜前線/太秦』

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太秦映画村のソメイヨシノは一分咲き。
枝垂れ桜は満開。

フォト:2017年4月3日
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# by ryujincho | 2017-04-03 23:24 | 花紀行 | Comments(0)
2017年 04月 03日

『桜前線/東山五条』

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ソメイヨシノは蕾が膨らむも、開花にはもうしばらく。
枝垂れ桜は満開。
関東では咲き終わったハクモクレンが満開。

フォト:2017年4月2日、大谷本廟参道にて
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# by ryujincho | 2017-04-03 23:23 | 花紀行 | Comments(0)
2017年 04月 03日

『桜前線/西ノ京』

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薬師寺境内のソメイヨシノは蕾が膨らも、開花にはもうしばらく。
エドヒガンらしき白色系の桜は満開。

覆屋で覆われているのは、東塔。
2009年より解体修理中で、2020年に修理完了の予定だという。

フォト:2017年4月1日、薬師寺にて
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# by ryujincho | 2017-04-03 23:22 | 花紀行 | Comments(0)
2017年 04月 03日

『桜前線/斑鳩の里』

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法隆寺境内のソメイヨシノは一分咲き。

フォト:2017年4月1日、法隆寺にて
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# by ryujincho | 2017-04-03 23:21 | 花紀行 | Comments(0)