龍人鳥の徒然フォト日記

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2017年 09月 03日

『有珠山・昭和新山(下)/ロープウェイからの眺望』 us-3

8月29日。
有珠山の洞爺湖展望台にて昭和新山の形成過程とミマツタイヤグラムに関わる解説を聞く。
続いて、有珠山の「繰り返される大地の変動」に関わる解説を聞く。
続いて、火口原展望台で大有珠、小有珠、有珠新山などに関わる解説を聞く。

洞爺湖展望台も火口原展望台も霧で何も展望出来なかったが、ガイドさんの解説と写真によって<心眼>で景色を見た。

ロープウェイに乗り、下山。
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下るに連れて、霧が晴れて来る。
ロープウェイからの景色を楽しむ。

左に、洞爺湖と中島が見える。
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正面に、昭和新山が見える。
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アップで。
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噴煙が見える。
更にアップで。
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上りのロープウェイとすれ違う。
こういうときはどうしても写真を撮りたくなるのが常だ。
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右手に海が見える。
噴火湾(内浦湾)の湾口あたりのようだ。
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再び、正面の昭和新山を眺める。
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この高さから眺めながると、畑であったところが隆起・噴火して誕生した昭和新山の形成過程がよく理解できる。

ガイドさんから「或る時期の間、当地、北海道有珠郡壮瞥町の名が年に6度、全国に伝わったことがあります。さて、それは何故でしょう」とのクイズもどきがあった。
その答えは、当地は、第55代横綱、北の湖の出身地で、初場所、春場所、夏場所、名古屋場所、秋場所、九州場所で北の海の出身地が館内放送で呼ばれるから、であった。

有珠山、そして、昭和新山を間近に見ながら火山をベンキョー。
我が国が火山国、地震国であることを改めて認識した。

フォト:2017年8月29日

(完)
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by ryujincho | 2017-09-03 23:42 | 北海道2017 | Comments(0)
2017年 09月 03日

『有珠山・昭和新山(中)/大地の変動』 us-2

8月29日。
有珠山の洞爺湖展望台にて昭和新山の形成過程とミマツタイヤグラムに関わる解説を聞く。
続いて、有珠山の「繰り返される大地の変動」に関わる解説を聞く。

上段/同じ位置から見えた以前の洞爺湖・中島・羊蹄山。
下段/同じ位置から見える今の洞爺湖・中島・羊蹄山(※左の稜線に隠れたようになっている)。
何故、同じ位置からなのに、見える風景が変わったのか。
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1977年噴火当時、中島や羊蹄山がここ東外輪山から展望できました。
ところが、1977年噴火で大有珠は大きく押し出され、大有珠の崩落斜面が外輪山沿いの小道を覆いました。
その毛kkあ、今は中島や羊蹄山を見通すことは出来ません。

北外輪山は約200m、東外輪山は約20m押し出されました。
眼下の昭和新山が1945年に麦畑で誕生したように、大地の変動が再び繰り返されました。
「繰り返される大地の変動」こそが、有珠山の噴火活動の特徴でs。

ロープウェイの保安点検簿によると、1977年噴火に先立ち東外輪山が約25cm押し出されました。
前兆地震も増えました。
有珠山の地震や地番変動は、災害をもたらすだけでなく、一方では噴火前兆を教えてくれる大切な指標です。
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上段/かつてここから中島や羊蹄山が見通せた(1955年頃、松田写真館(松田忠之)による)。
下段/噴火1年後/大有珠の視野が外輪山に迫り、羊蹄山や中島が隠れ始めた。
今や大有珠の背後となり、全く見通せない(1976年8月26日、三松三朗氏撮影)。
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「火口原展望台へ行ってみますか?霧で何も見えないとは思いますが、ひょっとしたら、一瞬、霧が晴れて見えるかもしれません」とガイドさん。
有珠山に来ることはもうないかもしれないし、折角なので、<心眼>で火口の景色を眺めてみたいと思い、火口原展望台へと向かう。

ガイドさんの案内で霧の中を歩く。
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平坦な道、緩やかな坂道、石段を上り、火口原展望台に到着。
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ガイドさんの解説に耳を傾ける。
1977年の有珠山噴火の様子。
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1977年8月13日から12月12日までの有珠山の変化。
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説明板に写真を重ねての解説もあり。
下段写真、左/小有珠、その手前/有珠新山、右奥/大有珠(火口原より 2008年9月27日)。
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説明板に目を通す。
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銀沼大火口は、1977年の有珠山噴火で出来た、直径350mの過去最大級の火口です。
向かって右手には、「小有珠」、「有珠新山」、「大有珠」と続く溶岩ドームがそびえ立っています。
左手下方の「外輪山遊歩道」は、南側尾根と通り、伊達市へ至る登山ルートとなっています。
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説明板の写真、左から、駒ケ岳、噴火湾、銀沼大火口、小有珠、有珠新山、大有珠。

余談ながら、「噴火湾」について、少々、補足を。
「噴火湾」は別称で、正式名称は「内浦湾」。
渡島半島の東側にある、ほぼ円形(直径約50km)の湾。
別称「噴火湾」は、1796年(寛政8年)、当地を訪れた英国のスループ型軍艦兼探検船プロビデンス号のブロートン海尉が、内浦湾がほぼ円形であることや、周囲を取り囲む駒ヶ岳や有珠山などの火山を見て「これは Volcano Bay だ」と語ったことに由来するといわれる。
しかし、内浦湾には陥没量に見合うだけの火山噴出物が周囲に分布しておらず、カルデラに海水が入り込んで出来た湾ではないといわれている。

火口原を眺めてみたかったが、ガイドさんの解説、説明板、そして、<心眼>でその風景を想像した。

(つづく)
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by ryujincho | 2017-09-03 23:41 | 北海道2017 | Comments(0)
2017年 09月 03日

『有珠山・昭和新山(上)/ミマツダイヤグラム』 us-1

8月29日。
洞爺湖湖畔の洞爺湖温泉、壮瞥温泉を過ぎ、南へ向かう。
昭和新山が見えて来た。
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昭和新山。
1943年(昭和18年)12月28日、壮瞥町周辺で最初の有感地震が起こり、以降、地震が頻発。
翌1944年(昭和19年)初めから、フカバ集落の湧水の温度上昇、洞爺湖に渦巻きが発生、フカバ集落周辺で隆起活動が続く。
6月23日、東九万坪台地で遂に大噴火が起こり、以降、10月30日まで17回の大噴火を繰り返し、17次の大噴火をもって降灰の伴う噴火は収束し、1945年(昭和20年)9月20日、全活動が停止した。
こうして、有珠山の麓にあった平地に火山が形成されたのであった。
山肌が赤色に見えるのは、かつての土壌が溶岩の熱で焼かれて煉瓦のように固まったからである。

山肌の赤色をアップで。
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ロープウェイに乗り、有珠山山頂へ。
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山頂は霧、霧、霧。
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先ず、洞爺湖展望台へ。
本来なら、眼下に昭和新山、左手の彼方に洞爺湖が一望できるそうだが、霧で何も見えない。
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昭和新山の形成過程に関わる解説を聞く。
ガイドさんからは、壮瞥郵便局長であった三松正夫氏の観察記録を中心に説明があった。

昭和新山形成過程のスケッチ。
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「昭和新山隆起圖(昭和18年12月~昭和20年12月)」。
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新火山の誕生は、1948年(昭和23年)、オスロで開かれた世界火山会議において報告され、そのときに提出された隆起図は世界で唯一の火山誕生の記録として評価され、ミマツダイヤグラムと命名された。

三松正夫氏とミマツダイヤグラムに敬意を表して、アップで。
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「活動の様子を観測する三松正夫さん 現在の滝之町三叉路にあった郵便局裏から」。
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戦争中のことなので、十分な観測器具がなく、隆起の高低が分かるように基準線となる糸を張ったという(図の赤い線がそれ)。

ガイドさんからこのような説明を聞くまで、三松正夫氏のことは全く知らなかった。
当地を訪ねていなければ、知らないままで終わっていたかもしれない。
齢を重ねても知らないことは多々あり、当地を訪ねてよかったと思った。

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昭和新山は、昭和18年(1943年)の有珠山噴火で誕生した火山です。
粘性の高い溶岩が冷えて形成された溶岩ドームは、世界的にも珍しい例です。
個人の所有でありながら、国の特別天然記念物に指定されています。
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「昭和新山は個人の所有」とある。
1946年(昭和21年)、三松正夫氏が私財を投じて土地ごと購入し、天然記念物への申請などの保護に努めた。
1951年(昭和26年)、国の「天然記念物」に指定され、1957年(昭和32年)、国の「特別天然記念物」に指定された。
昭和新山は現在も三松家の私有地である。

フォト:2017年8月29日

(つづく)
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by ryujincho | 2017-09-03 23:40 | 北海道2017 | Comments(0)
2017年 09月 03日

『雨霧に煙る洞爺湖』

8月29日。
雨霧に煙る洞爺湖。
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墨絵のような洞爺湖の風景、これもまた一興である。

フォト:2017年8月29日
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by ryujincho | 2017-09-03 23:39 | 北海道2017 | Comments(0)
2017年 09月 03日

『七飯町大沼/千の風になって』

8月29日。
七飯町/大沼国定公園。
前日、立待岬から駒ケ岳を眺めた。
大沼を訪ね、間近に駒ケ岳を眺めることを楽しみにしていたのだが、生憎の小雨、曇り空。
<心眼>で駒ケ岳を眺める。
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有難いことに、記念撮影台の看板に駒ケ岳の写真あり。
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モニュメント「千の風になって」。
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このモニュメントは、、名曲「千の風になって」が作家の新井満さんによってこの地で作られたことを記念し、建立されました。
モザイク状の石は、七飯町特産の安山岩です。
いのち・再生の祈りを込めて、円盤の中央はもりあがった形になっています。
どうぞ、千の風に吹かれながら、美しい景観をお楽しみください。
2008年4月25日
千の風プロジェクト実行委員会
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千の風に吹かれながら、今一度、美しい景観を楽しむ。
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沖野の小島にほんのりと赤い色が見える。
紅葉が始まっているのだ。
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遊覧船が航跡を描きながら進む。
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大沼はオオハクチョウの飛来地でもある。
オオハクチョウの飛来は、数ヶ月後。
オオハクチョウの代役で、カルガモを。
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フォト:2017年8月29日
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by ryujincho | 2017-09-03 23:38 | 北海道2017 | Comments(0)
2017年 09月 03日

『函館みやげ/マンホール・コレクション』

8月29日。
函館港を散策中に見たマンホール。
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各地で絵柄マンホールを見て来た。
この函館のマンホールは絵葉書のような出来栄え。
マンホール・コレクションのベスト・テンの上位に入る出来栄え。

フォト:2017年8月29日
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by ryujincho | 2017-09-03 23:37 | 北海道2017 | Comments(0)
2017年 09月 03日

『函館市青函連絡船記念館 摩周丸』

8月29日、函館港を散策。

函館市青函連絡船記念館 摩周丸。
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船は、普通、船首部から船尾部への順で眺めるものであるが、鉄道連絡船においては、最も特徴のある船尾部から見るのがよろしかろうと思い、その順とした。

青函連絡船に乗ったことはない。
幼き頃、講談社の絵本で鉄道連絡船のことを知ったという記憶がある。
実際に青函連絡船をこの目で見たのは、20年くらい前に青森へ出張に行った際、遠目に、岸壁に繋がれた連絡船を見たのと、今回、函館で見た、その二度だけである。
青森で見た連絡船の船名は?と思い、ネット検索したところ、「青函連絡船メモリアルシップ 八甲田丸」とあった。
20年前に見たときもそうだったのだろうが、「羊蹄丸」ではなかったろうかと思ったりして...。

青函連絡船「摩周丸」を眺めていたところ、ちょうど、津軽海峡フェリーが函館港に入って来た。
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津軽海峡フェリーは、函館と青森、函館と大間を結ぶフェリーである。
入港したフェリーの船名は「ブルードルフィン2」。
時計を見ると、午前8時20分。
時刻表を見ると、青森 5時20分発/函館 9時着、ブルードルフィン2とあった。
入稿したのは、青森・函館航路のフェリーであった。

本州と九州を結ぶのは、関門橋、関門トンネル、新関門トンネル。
関門橋はバスで、新関門トンネルは新幹線で通ったことがあるが、関門トンネルを通った記憶はない。

本州と四国を結ぶのは、明石大橋・大鳴門橋、瀬戸大橋、しまなみ海道の3ルート。
明石大橋・大鳴門橋は乗用車やバスで、瀬戸大橋はJRで、そして、しまなみ海道は乗用車や橋と島の一般道を自転車で通ったことがある。

本州と北海道を結ぶ、青函トンネル。
北海道往復は飛行機ばかりで、JRで青函トンネルを通ったこともないし、津軽海峡フェリーを乗ったこともない。
次回は、JRかフェリーに乗ってみたいものである。

フォト:2017年8月29日
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by ryujincho | 2017-09-03 23:36 | 北海道2017 | Comments(0)
2017年 09月 03日

『ナナカマド/函館港』

8月29日、函館。
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北海道ではナナカマドが赤い実をつけると、もう、秋だなあ、と思うのだそうだ。
今、8月の下旬。
北海道の秋は既に始まっているのだ。

フォト:2017年8月29日
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by ryujincho | 2017-09-03 23:35 | 北海道2017 | Comments(0)
2017年 09月 03日

『函館朝市/熊コレクション』

熊コレクション/その1。
鮭をくわえた、オーソドックスな熊。
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夕張メロンをくわえた熊。
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首から札をぶらさげた熊。
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札にはこのように書かれている。
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いらっしゃいませ
名前 ケンちゃん
年齢 3才 
分類 ひぐま
性格 おとなしく動かない
お店の販売員に、同じ名前のお祖父ちゃんがいます。
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この熊の口元が何だか変。
何が変なのか、「同じ名前のお祖父ちゃんがいます」で分かった。
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上あごに、入れ歯をしているのであった。

フォト:2017年8月29日
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by ryujincho | 2017-09-03 23:34 | 北海道2017 | Comments(0)
2017年 09月 03日

『函館朝市/カニ、カニ、カニ』

タラバガニ。
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観察/その1。
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観察/その2。
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観察/その3。
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観察/その4。
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毛ガニ。
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いつぞや、札幌で食べたタラバガニの焼きガニは旨かったなあ。
タラバも旨いけれど、毛ガニの方が好きだなあ。
昔、浜松町にあった居酒屋「宇多美」で毛ガニをよく食ったなあ、確か、小ぶりの毛ガニで、一杯800円だったなあ...。

カニの数え方。
函館朝市の店先の値札には「1尾」と書かれている。
カニの数え方は、生きているカニは「匹」、生きていない状態のカニは「杯」だと思っていたが、市場などでは「尾」と数えるとのこと。
因みに、半身は「1肩」、胴体から切り離された爪や足は「1本」というそうだ。

フォト:2017年8月29日
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by ryujincho | 2017-09-03 23:33 | 北海道2017 | Comments(0)