龍人鳥の徒然フォト日記

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2017年 06月 04日

『都内動物園/五反田/馬の像』

都内動物園。
五反田駅前/東京デザインセンター内/馬の像。
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都内を街歩きしていると、動物の像に出遭うことがある。
都内で、真っ先に思い浮かぶ動物の像といえば、それは、渋谷駅前の忠犬ハチ公。
この五反田駅前ビル内の馬の像を見て思い出す像は、感じがよく似た、日本橋三丁目交差点角のキリン像。
ということで、都内で見掛けたことのある動物の像を思い出すままに書き出してみた。

<犬>
渋谷駅前 ハチ公像(初代/安藤照 作、二代目/安藤士 作)
東大構内 ハチ公と上野英三郎博士像(植田努 作)
東京タワー前 南極観測ではたらいたカラフト犬像(撤去?)
上野公園 西郷隆盛像(人物/高村光雲、犬/後藤貞行 作)
靖国神社 軍犬慰霊像

<馬>
皇居前広場 楠正成騎馬像(人物頭部/高村光雲、人物体部/山田鬼斎、石川光明、馬/後藤貞行 作)
日暮里駅前 太田道灌騎馬像(橋本活道 作)
有栖川公園 有栖川宮熾仁親王騎馬像(大熊氏廣 作)
上野公園 小松宮彰仁親王騎馬像(大熊氏廣 作)
靖国神社 戦歿馬慰霊像
五反田駅前 馬の像

<キリン>
日本橋三丁目交差点角 キリン像(安藤泉 作)

<鳥>
靖国神社 鳩魂塔

<霊獣、想像上の動物>
都内神社仏閣 龍、狛犬、獅子
日本橋 麒麟、獅子(渡辺長男 作)
日比谷シャンテ前広場 ゴジラ像
新宿歌舞伎町・東宝ビル屋上 ゴジラ像

フォト:2017年6月3日、五反田駅前
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by ryujincho | 2017-06-04 23:31 | いきものがかり | Comments(0)
2017年 06月 03日

『大隈重信像』

6月3日(土曜)。
久しぶりに母校へ。

大隈重信像。
大隈講堂と共に、という典型的なアングルで。
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大熊重信像は、彫刻家 朝倉文夫の作。
現役時代、作者が朝倉文夫であることは知らなかった。
後年、「太田道灌ゆかりの地を訪ねて」の一環で、旧・東京都庁跡、東京フォーラムに置かれた太田道灌像を訪ねた際、この像が朝倉文夫作で、その繋がりで、大隈重信像も彼の作であることを知った。
現役の頃は知らず、後年、知ったことに、ちょっと恥ずかしい気がした。

「太田道灌ゆかりの地」といえば、「大隈重信ゆかりの地」である佐賀市を訪ねてみるのもいいかもしれないとの話が浮上したことがあった。
2012年、仕事で九州へ行く機会があり、大学時代の友人で、佐賀県久留米市在住の M.T.君と博多で一献、傾けた。
そのとき、M.T.君から「兄貴は慶大卒だけど、同窓会をこちらでやったとき、皆で、佐賀市の大隈重信記念館と大隈重信の生家へ行ったこと、あり。我々も、こちらで同窓会をやり、大隈重信記念館と生家を訪ねるというのもいいかもしれない」との話があった。
あれから5年、大隈重信ゆかりの地、佐賀訪問はまだ叶っていない。

フォト:2017年6月3日
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by ryujincho | 2017-06-03 23:35 | 街歩き、村歩き、ポタリング | Comments(0)
2017年 06月 03日

『イラン人女優タラネ・アリドゥスティ』

6月3日。
久しぶりに、母校へ。
構内を散策していたところ、こんな立て看板が目に入った。
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イラン人女優(アカデミー賞外国語作品受賞作主演)
タラネ・アリドゥスティさんをお迎えして
-映画鑑賞会とトークショー-

Special Welcoming Evento with Iranian Actress
Taranen Alidoosti
-Film Screenings & Talk-

◎日時:2017年6月10日(土曜)13:40開始 (開場 13:00)
◎会場:早稲田キャンパス22号館201教室
※入場無料・事前登録不要
★奔放未公開2作品の上映(ペルシア語、英語字幕)とご本人のトークショー(Q&Aを含む、17:40~)
主催:早稲田大学イスラーム地域研究機構 共催:株式会社スターサンズ/ドマ
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こういうところを拾い上げていくのが大学らしいところである。

イラン人女優、タラネ・アリドゥスティのことを今冬、新聞で読んだような記憶があった。
ネット検索してみた。

2017年1月28日付け日刊スポーツ電子版
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イラン人女優、トランプ氏に抗議しアカデミー賞欠席
【ロサンゼルス27日=千歳香奈子通信員】世界に広がる反トランプの動きが、米最高峰の映画賞にまで波及した。
今年のアカデミー賞の外国語映画賞候補作「セールスマン」に主演しているイラン人女優タラネ・アリシュスティ(33)がトランプ大統領(70)に抗議し、2月の発表・授賞式をボイコットすると表明。
トランプ氏は近くイランなど7カ国の国民へのビザ発給停止を指示する大統領令に署名する見通し。
昨年のカンヌ映画祭で2冠を獲得した「セールスマン」は最有力候補作とみられている。

アリシュスティは自身のツイッターで「トランプ氏のイラン人へのビザ発給停止は人種差別です。文化イベントへの出席者にも適用されるかどうかにかかわらず、抗議のためアカデミー賞への出席を辞退します」とツイートした。

トランプ氏は、テロの恐れを理由に、イラン、イラク、シリア、イエメン、リビア、ソマリア、スーダンの中東、アフリカ7カ国の国民に対する入国ビザの発給を30日間停止する措置を検討。
近く発給停止を指示する大統領令に署名するとみられており、これに反発した形だ。

「セールスマン」は、2012年「別離」でイランに初のアカデミー賞をもたらしたアスガー・ファルハディ監督の作品で、昨年のカンヌ国際映画祭で主演男優賞と脚本賞の2冠を獲得。
ミュンヘン国際映画賞では最優秀作品賞を受賞した。
「ヒトラーの忘れもの」(デンマーク)など最終候補に残る5作品の中でオスカー最有力とみられている。

アカデミー賞の授賞式は2月26日、ハリウッドのドルビー劇場で行われる。
今年は主演男優賞候補のデンゼル・ワシントン(62)ら過去最多の6人の黒人俳優がノミネート。
主演女優賞候補にはゴールデン・グローブ賞の授賞式でトランプ氏に抗議し、トランプ氏がツイッターで「彼女はハリウッドで最も過大評価された女優の1人だ」と反撃したメリル・ストリープ(67)も名を連ねる。
毎年世界が注目する華やかな授賞式だが、今年は出席者らからトランプ氏批判が相次ぐ可能性もある。
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2017年2月27日付日本経済新聞電子版
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米アカデミー賞、反トランプのイラン人監督が受賞
 【ロサンゼルス=共同】米映画界最大の祭典、第89回アカデミー賞の発表・授賞式が26日(日本時間27日)、米ハリウッドのドルビーシアターで開かれた。
イスラム圏7カ国からの市民の入国禁止を決めたトランプ米大統領の大統領令に反対していたイラン人のアスガル・ファルハディ監督作品「セールスマン」が、外国語映画賞を受賞した。
ファルハディ氏は大統領令に反対し、発表・授賞式を欠席。
式典ではトランプ氏への批判や皮肉が相次いだ。
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余談。
Taranen Alidoosti
立て看板のカタカナ表記は「タラネ・アリドゥスティ」。
新聞のカタカナ表記は「タラネ・アリシュスティ」。
ローマ字表記の Alidoosti からすると、立て看板の「アリドゥスティ」でよいと思うのだが...。

トランプの、ビザ発給停止を指示する大統領令は未だに尾を引いている。
先ほど、大学構内で、杉原千畝の顕彰碑を見学したばかりである。
トランプは杉原千畝のことを知っているのであろうか、と思ってしまうのであった。

フォト:2017年6月3日
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by ryujincho | 2017-06-03 23:34 | 街歩き、村歩き、ポタリング | Comments(0)
2017年 06月 03日

『杉原千畝顕彰碑』

杉原千畝顕彰碑/早稲田大学構内。
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外交官としてではなく
人間として当然の
正しい決断をした

命のビザ発給者
杉原千畝
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6月3日(土曜)。
久しぶりに母校へ。
キャンパスを散策。
以前から、杉原千畝顕彰碑を訪ねてみたいと思っていた。
さて、構内の何処に建立されているのであろう。
スマホで検索すると、「早稲田キャンパス11号館と14号館の間に建立されました」とある。
11号館、14号館といわれても、卒業してから45年、号館までは覚えていない。
構内案内図を眺める。
直ぐに分かった。

杉原千畝。
1900年、岐阜県生まれ。
1918年、早稲田大学高等師範部英語科(現在の教育学部英文学科)に入学。
1919年、官費留学生として日露協会学校に留学するため、中退。
1924年、外務省に入省。
1940年、リトアニアの日本領事館領事代理として、ナチスの迫害から逃れてきたユダヤ系避難民約6,000人に対し、日本の通過ビザを発給し、命を救った。
1986年、没。享年86年歳。

「命のビザ発給者」である杉原千畝を顕彰する碑は各地に建立されている。
1985年、イスラエルに、2000年、生誕地の岐阜県に、2001年、リトアニアに。
そして、2011年、没後25周年のレリーフが早稲田大学構内に建立された。

フォト:2017年6月3日
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by ryujincho | 2017-06-03 23:33 | 街歩き、村歩き、ポタリング | Comments(0)
2017年 06月 03日

『早稲田大学演劇博物館 2017.6.3』

6月3日(土曜)。
久しぶりに母校を訪ねた。

東京六大学野球春のリーグ戦。
早慶戦で慶応が勝てば、慶大の優勝。
早大が勝てば、立大の優勝。
で、早大が勝ち、立大が1999年秋以来、35季ぶりに優勝を決めた。
我が母校が優勝した訳ではないが、久しぶりに母校へ行ってみようと思い立った。
そんな中、早稲田大学演劇博物館で『テレビドラマ博覧会』なるものが催されていることを知り、これはちょうどよいと、この日、出掛けたのであった。

久しぶりに演劇博物館を眺める。
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新宿区指定有形文化財 建造物
演劇博物館
所 在 地  新宿区西早稲田一丁目六番地
指定年月日 昭和62年3月12日

正式には早稲田大学坪内博士記念演劇館という。
昭和3(1928)念0月に坪内逍遥の古希と「シェークスピア全集」の完訳を祝って学界・演劇界の有志1500余名の協賛により建設された。
建築の意匠は逍遥の発案によりイギリスのエリザベス朝(16世紀後半)の様式で、シェイクスピア時代の劇場フォーチュン座を模して設計されている。

鉄筋コンクリート造、地上3階、地下1階、建坪は約400平方メートルで、内部は逍遥記念室をはじめ八つの展示室、図書閲覧室がある。

また、外部は実際にシェイクスピア劇が上演できるようになっており、館の正面は舞台、2階の廊下は上舞台、建物の両翼は桟敷、前庭は一般席となる。

なお、正面舞台上に掲げてあるラテン語は、「全世界は劇場なり」という意味で、シェイクスピア時代の劇場グローブ座に掲げてあった看板の句である。

東京都新宿区教育委員会
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現役時代、教養課程で、シェイクスピアの原書を読まされたことを思い出す。
あの頃は<勉強>と思っていたので、読んだというよりも読まされた感が強かった。
作品は『ハムレット』であった。
日本語に訳しても意味不明の点が多々あり、川出書房であったか、筑摩書房であったか、翻訳本を買った記憶がある。
大隈講堂での映画会で、ローレンス・オリビエ監督・主演の『ハムレット』(1948年)を観たのもその頃のことである。
その20年後、倫敦に数年間、住まいすることとなるが、そのときはそんなことは夢想だにしなかった。

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2017年度春期企画展
テレビの見る夢 − 大テレビドラマ博覧会

ドラマはテレビの見る夢だ。
ドラマの作り手たちは、さまざまな家族や恋愛や仕事のあり方、社会問題や未来へのヴィジョンを、フィクションという夢のかたちにして、私たちの日常に送り届けてくれる。
私たちはその夢に泣いたり笑ったりしながら、ときには自分たちの生活や人生を重ね合わせてきた。

本展では、テレビ創成期から現代に至る名作ドラマの数々を、ストーリーに回収されないこまやかな表現に着目しながら、映像、スチル、台本、衣裳、製作ノートなどの多彩な資料とともに振り返る。
心に残るドラマの記憶をみなさまと共有できれば幸いである。
今なお新しい夢をもたらしてくれるドラマの魅力を再発見し、テレビの将来にあかるい希望を託すものにしたい。
(早稲田大学演劇博物館ホームページより)
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日本での地上波テレビ放送の開始は1953年(昭和28年)。
我が家にテレビがやって来たのは、1958年(昭和33年)。
ご他聞に漏れず、子供らは「テレビ、買ってよ」の大合唱、親は「まだまだ」と言い続けるも、翌年4月10日の皇太子明仁親王(今上天皇)と美智子妃ご成婚を控えて、親は購入を決心というパターン。
我らの世代は、テレビの歴史と共に歩んで来たといってもよいくらいなのだ。
本展覧会は、5月13日から8月6日まで。

フォト:2017年6月3日
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by ryujincho | 2017-06-03 23:32 | 街歩き、村歩き、ポタリング | Comments(0)
2017年 06月 03日

『高田馬場 2017.6.3』

6月3日(土曜)。
久しぶりに母校を訪ねた。

東京六大学野球春のリーグ戦。
早慶戦で慶応が勝てば、慶大の優勝。
早大が勝てば、立大の優勝。
で、早大が勝ち、立大が1999年秋以来、35季ぶりに優勝を決めた。
我が母校が優勝した訳ではないが、久しぶりに母校へ行ってみようと思い立ち、高田馬場駅に降り立った。

駅前商店街のマスコット・キャラクターが目に入る。
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群馬県の「ぐんまちゃん」とキャラが被っているが、あちらは県名、こちらは江戸時代の旗本たちの馬術練習場。
どちらも大事な、おウマさんのマスコット・キャラ。

マスコット・キャラの下に立ち、早稲田通りを挟んで、向かいのビルを眺める。
向かいのビルには、数年前に閉店したが、ムトウ楽器店があった。
先月半ば、矢切の渡しに乗船した。
そのときのことをブログに綴った際、ムトウ楽器店のことに触れた。
そんなこともあって、向かいのビルを眺めたのであった。

因みに、先月半ばに綴ったブログは、こうであった(抜粋)。

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先ほど、柴又から乗船した老夫婦の奥さんはスマホで細川たかしの「矢切の渡し」をを流していた。
そのとき、細川たかしじゃなくって、ちあきなおみでお願いします、と言おうと思ったが、気が小さいのでそんなことも言えず。

小生は、ちあきなおみが歌う「矢切の渡し」が好きだ。
歌謡曲「矢切の渡し」は、そのヒットまでに紆余曲折があったようだ。
ウィキペディアにその経緯が縷々書かれている。
その中から抜粋してここに引用させて戴く。
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矢切の渡し(曲)
「矢切の渡し」は、石本美由起の作詞、船村徹の作曲による演歌。
1976年(昭和51年)、ちあきなおみのシングル「酒場川」のB面曲として発表された。
それから6年が経った1982年(昭和57年)、ちあき盤「矢切の渡し」は梅沢富美男の舞踊演目に用いられたことで好評を博し、同年6月に開始したTBS系列のテレビドラマ『淋しいのはお前だけじゃない』(梅沢も出演した)の挿入歌としても使用されて話題を集めた。
そこで、同年10月21日に本作をA面としたシングルが改めて発売された。
翌1983年(昭和58年)に多くの歌手によって競作され、中でも細川たかしのシングルが最高のセールスとなった。
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「細川たかし 識」の石碑は「昭和59年3月吉日」となっており、ヒットした翌年のものであることが分かる。
細川たかしは歌は上手いが、「おれ、上手いやろ」という気持ちが表に出過ぎて、いわゆる、鼻に付くというやつで、細川たかしファンには申し訳ないことだが、感じが悪い。
プロの歌手なんだから、歌が上手いのは当たり前。
そういうことで、細川たかしは好きではないのである。

その点、ちあきなおみは、いい。
ちあきなおみは、1969年、「雨に濡れた慕情」でデビュー。
高田馬場駅前のムトウレ楽器店でデビュー曲のキャンペーンがあった。
当時、小生は新宿区戸塚町、都電の面影橋近くに下宿していたW大の学生で、クラシック音楽を聴くことが趣味であったので、ムトウレコード店によく通っていた。
そんなこともあり、ちあきなおみなる女性歌手が来店するということを事前に知り、ミーハーでもあったので、当日、ルンルン気分で、店へ足を運んだのであった。

店は1階がポピュラー音楽と歌謡曲、2階がクラシック音楽のコーナーとなっており、ちあきなおみは2階から1階へ階段を下りながら、「雨に濡れた慕情」を歌うという憎い演出であった。

当時は知らなかったが、ちあきなおみは1947年生まれ、小生は1948年生まれ、なおみさんは1歳年上のお姉さんだったのだ。

以来、日劇で彼女のショーを見たりして、ずっと、彼女のファンなのである。
今は、YouTube やテレビ東京系のBSジャパンの懐かしの昭和歌謡番組などで彼女の歌が聴ける、彼女の姿を見ることができるだけであるが、テレビ東京系の「演歌の花道」で来宮良子のナレーションで始まる、ちあきなおみの「矢切の渡し」は何度聴いても絶品である。

(2017年5月13日付けブログ『江戸川ポタリング/矢切の渡し(下)』 より抜粋)
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早稲田通りを大学の方へ向かって歩く。
西早稲田交差点の角で「旧跡 高田馬場跡」の説明板を眺める。
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江戸時代、この辺りは「戸塚村」。
小生はこの辺りに下宿しており、当時は「新宿区戸塚町」。
今は「新宿区西早稲田」。
西や東より、「戸塚町〇丁目」でよかったのに。
この辺りに下宿していた当時は、斯様に立派な説明板などはなかった。
あるのは、「安兵衛湯」なるよき名の銭湯であった。
その銭湯も今はなく、マンションになっている。
彼是、50年も前の話である。

水稲荷神社境内の堀部武庸加功遺跡碑は、今回は素通りとし、大学へと向かう。

フォト:2017年6月3日
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by ryujincho | 2017-06-03 23:31 | 街歩き、村歩き、ポタリング | Comments(0)