龍人鳥の徒然フォト日記

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2014年 11月 07日

『映画三昧/ジャージー・ボーイズ』

『ジャージー/ボーイズ』。
7月から9月に掛けて、何度か、映画館でこの映画の予告編を見た。
http://wwws.warnerbros.co.jp/jerseyboys/

9月下旬、カナダを旅した。
ナイアガラのヒルトンホテル前で或る案内を見た。
そのことについて、兄弟ブログ「上総守が行く!(二代目)」、10月14日付「秋彩カナダ/ナイアガラ大瀑布/夜景」で縷々綴った。
その抜粋は次の通りである。
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ホテル前のディスプレーに懐かしいグループのショーの案内が次々と現れる。
(中略)
Frankie Valli And The Four Seasons/November 7 & 8
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フォー・シーズンズは、1960年代、フランキー・ヴァリーのファルセットが印象的な「シェリー」で大ヒットしたグループだ。
日本では九重 佑三子+ダニー・飯田とパラダイスキングがカバーしていた。
現在、上映中のクリント・イーストウッド監督作品の映画「ジャージー・ボーイ」はフォー・シーズンズをモデルにしたもので、是非、観たいと思っている。
(中略)
フォト:2014年9月24日、ナイアガラ・フォールズにて
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10月31日、この映画を観た。
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ひとことで申すなら、「流石!クリント・イーストウッド監督や!」である。
映画を観ながらいろんなことを思った。
その幾つかをここに綴っておきたい。

<イタリア移民の子>
フランキー・ヴァリ(Frankie Valli )の本名はフランチェスコ・スティーブン・カステルチオ。
フランキーはフランチェスコから来ているのろう。
或いは、彼が敬愛するフランク・シナトラから来ているのかもしれない。
ヴァリは、彼が敬愛する女性歌手、テキサス・ジャン・ヴァリを由来とするという。
名前に関わる映画の中での会話が印象的である。
「ヴァリ。V・A・L・L・Y だ」。
「Y じゃなくって、I にすべき。VALLI。イタリア系だから母音を大事にしなきゃ。(母音の事例が次々と)」。
「わかった。VALLI だ」。
テレビ映画「ローハイド」のロディ役からマカロニ・ウェスタンに転身し、名を馳せたクリント・イーストウッドはイタリアに思い入れがあることを示しているように思えた。

余談ながら、もう一人のマカロニ・ウェスタンのスター、ジュリアーノ・ジェンマは、マカロニ・ウェスタン初出演のの作品、「夕陽の用心棒」では米国風の芸名、モンゴメリー・ウッドで出演しており、イタリアの名前を捨てている。
「Y じゃなくって、I にすべき。VALLI。イタリア系だから母音を大事にしなきゃ)」の言葉を聞いて、ふと、ジュリアーノ・ジェンマの芸名のことを思い出したのであった。
因みに、クリント・イーストウッドが出演した「荒野の用心棒」、「夕陽のガンマン」「『続・夕陽のガンマン/地獄の決斗」は、マカロニ・ウェスタン史上、最高の三部作と位置づけられている。
クリント・イーストウッド出演作品の「用心棒」は「荒野の用心棒」1作だけで、ジュリアーノ・ジェンマ出演作品は「夕陽の用心棒」、「南から来た用心棒」、「星空の用心棒」など「用心棒」作品が複数ある。
これは配給会社が途中から入れ替わったためと記憶する。

話が反れてしまった。
「ジャージー・ボーイズ」に話を戻そう。

<クリント・イーストウッドも登場>
部屋の中のテレビがある。
カーボーイ姿のクリント・イーストウッドがちらっと映る。
「ローハイド」のワンシーンであろう。
勿論、白黒テレビ(昔はモノクロなんて洒落た言い方じゃなく、白黒であった)である。
クリント・イーストウッドの登場で、場内に拍手が湧いた。

監督がちょこっと登場する映画としては、ヒッチコック映画が殊に有名だ。
小生が観たことのある映画では「白い恐怖」(1945年)、「「裏窓」(1954年)、「ダイヤルMを廻せ!」(1954年)、「サイコ」(1960年)、「鳥」(1963年)に登場している。
「サイコ」と「鳥」は中学か高校生の頃、映画館で観たものだが、それ以外は、後年、大人になってからDVDやテレビ放映で観たものである。
製作年からして当然のことではあるが、、、。
ジョン・ヒューストン監督は「天地創造」(1966年)でノア役を演じていたが、これはちょこっとしたお遊び出演以上のものであったかも。
邦画で監督がちょこっと出演した映画を思い出そうとするが思い出せない。
岡本喜八監督であったろうか、本多猪四郎監督であったろうか、、、。

<裏声>
デモ・テープを送った音楽事務所を訪問。
ことごとく門前払い。
一軒の音楽事務所でのこと。
フランキー・ヴァリが一声、唄ったところ、その裏声を聴いて「黒人ならいいんだけどね」と門前払い。
この言葉を聞いて、1950年代、♪オンリー・ユー♪で大ヒットしたプラターズのことを思い出した。
あの頃は、ファルセットなんていうお洒落な言い方ではなく、裏声と言うておった。
アメリカの唄にはファルセットが伝統的にあるようだ。
♪グッドナイト・ベいビー♪でヒットした本邦のコーラス・グループ、キング・トーンズは和製プラターズであったかと。
おっと、フォー・シーズンズのことから脱線しそうだ。
次に進もう。

<フォー・シーズンズのヒット曲、♪シェリー♪誕生の経緯>
この唄はボブ・ゴーディオの作詞、作曲によるものだ。
元々の仲間三人組にボブ・ゴーディオが加わらなければ、誕生しなかったということになる。
というよりも、作詞作曲の才能豊かなボブ・ゴーディオをメンバーに加えたことが成功に繋がったということである。
この唄が日本で流行った頃は、ただの裏声のお兄さんが唄っているという程度であった。
しかし、それからウン十年後に映画を観て、この唄が誕生した経緯を知り、♪シェリー♪がただのヒット曲ではないことを思い知った次第である。

<フランキー・ヴァリのソロによるヒット曲、♪君の瞳に恋している♪誕生の経緯>
この唄は、ボブ・クルー作詞、ボブ・ゴーディオ作曲によるものだ。
映画の中で、フォー・シーズンズが絶頂期の頃、ボブ・ゴーディオとフランキー・ヴァリが他の二人には内緒で「ソロで唄えよ。サキソフォーンを入れた曲を作るから」、「ホーンも入れてくれよな」と会話を交わすシーンがあった。
この曲はホーンもフィーチャーされており、ボブ・ゴーディオはそのときの約束を守ったのであった。

<エド・サリバン・ショー>
エド・サリバン・ショーは本邦でもテレビ放映されていたことがあった。
映画に登場するエド・サリバンの、あのちょっと猫背気味の後ろ姿がホンモノそっくりであった。

<グループ名"The Four Seasons"の名の由来>
ボウリング場のラウンジ演奏のオーディションに落ちたとき、ふと見たボウリング場のネオン・サイン"The Four Seasons"がグループ名となったのであった。
そのときの会話は粋であった。
「いつまでも泥棒をやってる訳にはいかないからな」と字幕に出た。
それまでのグループの名は"The Four Lovers(フォー・ラヴァーズ)"。
"lovers"と"robbers"を引っ掛けたのであろう。
三人組の時代は悪ガキで盗みもやったいたのだから。

映画「ジャージー・ボーイズ」を観たことでもあり、ミュージカル「ジャージー・ボーイズ」について調べてみたようとウィキペディアを紐解いてみた。
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ジャージー・ボーイズ(Jersey Boys ) は、ボブ・ゴーディオ作曲、ボブ・クリュー作詞、マーシャル・ブリックマンおよびリック・エリス脚本によるジュークボックス・ミュージカル。
1960年代、ロックンロール・グループのフォー・シーズンズの結成、成功、解散を脚色したドキュメンタリー・スタイルを採っている。
このミュージカルは四季(フォー・シーズンズ)ごとに場面展開され、それぞれの場面を別のバンド・メンバーがそれぞれの視点によりバンドの経歴や音楽を語り継ぐ。
(中略)タイトルの『ジャージー・ボーイズ』はフォー・シーズンズのメンバー達がニュージャージー州出身であることに由来している。
2005年、ブロードウェイで開幕し、2度の全米ツアーを行なった他、イギリスのロンドンのウエスト・エンド・シアター、ネバダ州ラスベガス、イリノイ州シカゴ、カナダのオンタリオ州トロント、ビクトリア州メルボルンを含むオーストラリア各地、シンガポール、南アフリカ、オランダでも上演された。
2006年、トニー賞においてミュージカル作品賞を含む4部門を受賞し、2009年、ローレンス・オリヴィエ賞においてミュージカル作品賞を受賞した。
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更に読み続けた。
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『Buddy – The Buddy Holly Story 』、『マンマ・ミーア!』の成功後、フォー・シーズンズのオリジナル・メンバーであるボブ・ゴーディオとプロデューサーのボブ・クリューはフォー・シーズンズの楽曲を使い、同様のジュークボックス・ミュージカルを製作することを検討した。脚本にリック・エリスおよびマーシャル・ブリックマン、演出にデス・マカナフを迎えた、、、
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フォー・シーズンズのメンバーの一人で、映画『ジャージー・ボーイズ』の製作総指揮に名を連ねているボブ・ゴーディオは『Buddy – The Buddy Holly Story 』、『マンマ・ミーア!』のミュージカル製作にも携わっていたことを初めて知った(無知であった)。

ミュージカル『Buddy – The Buddy Holly Story 』(初演:1989年)は、20余年前、彼の地に住まいしていた頃、ロンドンのヴィクトリア駅近くの「アポロ・シアター」で観たことがある。
日本での公演について調べてみたところ、1997年に『バディ〜バディ・ホリー物語』の邦題で陣内孝則の主演で日本でも公演されていた。
観たかった。
Buddy Holly はロックンロール草創期に活躍した歌手であり、陣内孝則にピッタリ。
観たかったなあ。
ミュージカル『マンマ・ミーア!』(初演:1999年)は後に映画化され、本邦では劇団四季で上演されていることは申すまでもなきことかと。

フォー・シーズンズを大ヒットに導いた影の立役者、ボブ・クルー(ウィキペディアでは「クリュー」となっているが、映画では「クルー」と字幕にあったので、ここでは「クルー」と表記する)についても触れておかねばならない。
彼はフォー・シーズンズの♪シェリー♪をはじめとする数々のヒット曲を世に送り出したプロデューサーにして作詞家でもある。
フランキー・ヴァリがソロで唄い、ヒットした♪君の瞳に恋してる♪などを作詞。
本年9月11日、死去。享年83歳。合掌。

フィクション、ノン・フィクション、ボブ・ゴーディオとフランキー・ヴァリは映画の製作総指揮に名を連ねているので、ほぼノン・フィクションと思いたい。

今日は11月7日。
ナイアガラで Frankie Valli And The Four Seasons の唄声が流れる日だ。



フォト#1:2014年9月24日、ナイアガラ・フォールズにて
フォト#2:電脳網にて検索借用
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by ryujincho | 2014-11-07 05:01 | 映画三昧 | Comments(0)
2014年 11月 04日

『日没後の空が面白い』

手賀沼公園から夕陽を眺める。
昼間、雲のない青空だったから日の入りは典型的な夕陽の風景であった。
こんなときは日没後の空の変化が面白い。
16:59:35の空。
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フォト:2014年11月4日、手賀沼公園にて
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by ryujincho | 2014-11-04 23:58 | Comments(0)
2014年 11月 03日

『夕陽くらべ/手賀沼にて』

11月3日午後、手賀沼を時計回りで一周。
この日の空は不思議な空。
雲がほぼ一面に低く垂れ込めている。
雲の切れ目から青空が見えている。
雲が低く垂れ込めているのに、曇りではなく、明るいという不思議な空。
テーガヌーマ湖の上沼南岸に差し掛かったとき、低く垂れ込めた雲と地平線の間に夕陽が。
毎々、手賀沼を一周しながら湖畔のあちらこちらから夕陽を眺めるのは好きだが、夕陽を撮ろうという気には余りならない。
しかし、今日の夕陽は普段の夕陽と違い、雲との対比が面白く、写真を撮っておこうと思わせる夕陽である。
メモ帳代わりに携行しているコンデジを取り出す。
夕陽を撮る。
夕陽色に染まるススキを配して。
(16:38:13、フォト・データによる)
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最近、スマホ写真にも凝って(?)いる。
スマホを取り出し、撮ってみる。
(時刻不詳、16:40くらい)
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コンデジ写真の太陽とスマホ写真を見比べてみる。
コンデジ写真はカメラが太陽に向いており、手前は少し暗く写っている。
スマホ写真の夕陽は斜めに光を放っているように写っている。
それは、カメラの違いによるものか、或いは、スマホ写真は露出がススキに合っており、それからすると、スマホ・カメラは太陽に向かず、下向きで太陽に対する角度が異なるせいか、或いは、夕陽は数秒、十数秒で姿を変えるから、コンデジ撮影とスマホ・カメラ撮影の時間差によるものか、、、。
カメラを変えての<夕陽くらべ>もなかなか面白い。

フォト:2014年11月3日、手賀沼上沼南岸にて
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by ryujincho | 2014-11-03 19:21 | Comments(0)
2014年 11月 02日

『大給守さんの国許便り/鷹の爪』

「大給印鷹の爪2014収穫に御座りまする」。
11月1日、参勤交代で国許在の、盟友、大給守さんから斯様な電文と共に鷹の爪の写真が送られて来た。
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「鷹の爪は厄除けに御座りまする。鷹の爪を株ごと入れた花瓶が落下し、花瓶は割れるも、その他はほぼセーフ。これ、鷹の爪のお陰に御座りまする」、「鷹の爪が厄除けとは存じませなんだ」、「藁に鷹の爪を差し込んだ飾り物なども御座りまする」、「実は国許で鷹の爪を育て居りまする。秋の収穫と相成りまする」との会話を交わしたのが東日本大震災直後のこと。
震災の年の秋、新たな魔除けとして<大給印鷹の爪>を株ごと頂戴した。
その後も調味用として鷹の爪を何度も頂戴した。
新鷹の爪の朱色は殊のほか美しく、古鷹の爪は渋い色となり、これもまた独特の色合いである。

鷹の爪 息災感謝し 秋むかえ  霹靂火
鷹の爪 オリーブの中で 丸くなり  霹靂火

フォト:2014年11月1日
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by ryujincho | 2014-11-02 23:58 | Comments(2)