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2013年 09月 29日

『独り占め Part II 』

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フォト:2013年9月27日、利根運河にて
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by ryujincho | 2013-09-29 22:18 | Comments(0)
2013年 09月 29日

『独り占め』

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フォト:2013年9月27日、利根運河にて
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by ryujincho | 2013-09-29 21:51 | Comments(0)
2013年 09月 29日

『共存共栄』

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2013年9月27日、利根運河にて
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by ryujincho | 2013-09-29 21:19 | Comments(0)
2013年 09月 29日

『キバナコスモス/三景』

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フォト:2013年9月27日、利根運河にて
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by ryujincho | 2013-09-29 20:59 | Comments(0)
2013年 09月 27日

『ふたつの、大本山』

今日は、9月27日。
丁度、一ケ月前、まだまだ、暑い最中であった8月27日、大放談会のメンバー、備前さん、伊豫さんと共に、鶴見の総持寺を訪れた。

「香積台(こうしゃくだい)」(総合受付)
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「香積台。これはまた立派な建物ですねぇ」、「二条城の如き趣きですねぇ」などと宣いながら、金鶏門をくぐり、大祖堂へ向う。

大祖堂。
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大祖堂は、一般的にいわれる開山堂と法堂を兼ねた本堂客殿である。
昭和40年(1965年)、二祖・峨山禅師の600回大遠忌を記念して、竣工・落慶したそうだ。
コンクリート造りではあるが、なかなか趣きのある建物である。
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堂内に入る。
丁度、午後の法要が始まったところであった。
面白いと言っては罰があたるかもしれないが、法要の所作はなかなか面白いものであった。

大祖堂から少し離れたところに仏殿が見える。
仏殿は、大祖堂に比べるとこじんまりとした木造の建物である。
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再び、門の方へ向う。
玉兎門、中雀門、金鶏門を横通ししている回廊を眺める。
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床は光るほどに磨かれている。
地べた写真ならぬ、床置き写真を撮ってみた。
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大祖堂での法要を終えた坊さんたちが回廊を歩んで来る。
市川海老蔵似の若い坊さんに備前さんがインタビュー。
「みなさん、ここで1年間、修行されるんですか」。
「そうです、人によっては、総持寺に加え、永平寺でも修行する人もいます」。
「総持寺も永平寺も大本山ですが、何か違いはあるのでしょうか」。
「どちらも大本山ですが、違いは、総持寺には檀家さんがおられるということかと」。

雲水群像。
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ここで、総持寺の歴史について簡単に触れておこう。
省力化のためには、関係文を転記するのが最もよい。
だが、総持寺のホームページには盛り沢山のことが書かれているので、ここではウィキペディアを転記(一部、筆者加筆)することとしたい。
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能登国櫛比庄(現在の石川県輪島市)の真言律宗の教院「諸嶽観音堂」が「総持寺」の前身である。
元亨元年(1321年)、 曹洞宗四世の瑩山紹瑾は、「諸嶽観音堂」への入院を住職の定賢から請われる。
同年、住職の定賢より「諸嶽観音堂」を寄進され、寺号を「総持寺」、山号は「諸嶽観音堂」に因み「諸嶽山」と改名し、禅院とする。
元亨2年(1322年)、 後醍醐天皇より「曹洞賜紫出世第一の道場」の綸旨を受けて、官寺、大本山となり、曹洞宗を公称する。
元和元年(1615年)、徳川幕府より法度が出され、永平寺と並んで大本山となる。
明治44年(1911年)、現在地に移転。
(鶴見への移転に至る背景は、総持寺のホームページをご覧ください)
この寺基移転に伴い、能登の「総持寺」(石川県輪島市門前町)は「総持寺祖院」と改称されている。
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「鶴見に、斯様に立派なお寺があるとは知りませんでした」。
「永平寺は鬱蒼とした木々に囲まれた静かな佇まいながら、ここ、総持寺は大都会のお寺!という感じですね」。
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「総持寺の『総持』は、どういう意味なんでしょうかね」。
「また、調べておきましょう」。
後刻、備前さんから「総持寺の総持とは梵語だそうです。意味は善を持して失わず、悪をおこさぬようにする意だそうです」の旨、電子飛脚便が到来した。
成程!いい言葉だ!
そう思いながら、梵語そのものではどのようなものなのだろうかと広辞苑を紐解いてみた。
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【総持(そうじ)】
[仏](梵語 dharani 陀羅尼の漢訳)善を持して失わず、悪を起さないようにする意。
⇒陀羅尼・⇒真言
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「⇒陀羅尼・⇒真言」とあるので、陀羅尼、真言についても、広辞苑を紐解いてみた。
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【陀羅尼(だらに)】
(梵語 dharani 総持・能持と漢訳。よく善法を持して散失せず、悪法をさえぎる力の意)梵文の呪文を翻訳しないで、そのまま読誦するもの。
一字一句に無辺の意味を蔵し、これを誦すれば、もろもろの障害を除いて種々の功徳を受けるといわれる。
一般に、短いものを真言、長いものを陀羅尼という。
秘密語。密呪。呪。明呪。
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【真言(しんごん)】
[仏]
①真実の語。
②(梵語の mantra の訳語)密教で、心理を表す秘密の言葉。呪。陀羅尼。
③真言宗の略。
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ベンキョーになった。
因みに、永平寺の「永平」は、中国に初めて仏法が伝来した後漢明帝のときの元号「永平」からであり、意味は「永久の和平」である。
「永平」と「総持」、相通じる言葉と思える。
どちらも大事なことだ。

「大放談会」は単なる飲みながらの放談であったが、1年くらい前から、「ミニ歴史めぐり」のあと、飲み会をやることが慣例となった。
これまで、「赤穂浪士ゆかりの地/泉岳寺、浅野屋敷跡」、「奥の細道ゆかりの地/千住」、「近藤勇ゆかりの地/流山」、「日蓮ゆかりの地/池上本門寺」を訪ねた。
今回は、伊豫さんの発案で鶴見の総持寺となった。
いいところへ連れて行った貰った。
伊豫さんに感謝!である。

次回は11月下旬の開催。
御茶ノ水・聖橋をはさんで、ニコライ堂と湯島聖堂を訪ね、神田あたりで一献というプランだ。
題して、「ふたつの聖堂」。
楽しみ、楽しみ...。

=備考=
本ブログでは、「総持寺」と記しているが、能登も鶴見も旧字体の「總持寺」であることをここに特記しておきたい。

フォト:2013年8月27日
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by ryujincho | 2013-09-27 09:29 | Comments(0)
2013年 09月 26日

『夕空に遊ぶ』

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フォト:2013年9月16日、手賀沼東端にて
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by ryujincho | 2013-09-26 18:17 | Comments(0)
2013年 09月 26日

『北の鎌倉』

手賀沼夕を暮れポタ。
その帰り、旧村川別荘の前を通り掛かった。
何やら、灯りが連なって見える。
旧村川別荘で「竹灯籠の夕べ」なる催しが開かれていた。
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旧村川別荘。
それは、西洋史学者、村川堅固、堅太郎親子の別荘で、今は文化遺産となっている。
或る書き物に「村川堅太郎は山川出版社の『高校世界史教科書』で馴染みのある学者」とあった。
この教科書には随分とお世話になったが、村上堅太郎の名はよくは覚えていない。

この地は、明治から大正、昭和初期にかけて、嘉納治五郎、柳宗悦、志賀直哉、武者小路実篤、バーナード・リーチ、杉村楚人冠、柳田國男など多くの著名な文化人が居を構えたり、別荘を持ったことから、「北の鎌倉」と称された。

フォト:2013年9月14日
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by ryujincho | 2013-09-26 11:01 | Comments(0)
2013年 09月 19日

『兎の餅つき』

夕暮れ散歩。
9月19日、中秋の名月だ。
かわせみ池にて月を眺める。
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里山の端に昇る月を眺める。
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散歩のとき、いつもメモ帳代わりに携行しているコンデジで月を撮っていたところ、「写りますか」と背後からおっちゃんの声。
おっちゃんの手にもコンデジ。
「月の形は写りますよ。でも、コンデジだから、兎の餅つきまでは写りませんよ」。

「兎の餅つき」の由来である健気な兎の話を思い起しながら、月を眺める。
月の模様は、世界の国々によって、いろいろあるようだ。
由来は別として、日本の「兎の餅つき」に近い模様としては、中国の「兎が薬草をついて漢方薬をつくっている」やベトナムの「おばあさんが足でコメを踏んで脱穀している」などがあるようだ。

フォト:2013年9月19日17時41分、18時1分
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by ryujincho | 2013-09-19 23:58 | Comments(2)
2013年 09月 18日

『家路』

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フォト:2013年9月18日
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by ryujincho | 2013-09-18 23:58 | Comments(0)
2013年 09月 17日

『手賀沼ばるびぞん村/お疲れさま』

手賀沼を夕暮れポタリング。
稲刈りは終わった。
今年の米作りの作業もそろそろ終わりに近づいているようだ。
お疲れさま。
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手賀沼ばるびぞん村東地区にて。

手賀沼を朝ポタリング。
稲刈りは終わった。
稲木(いなぎ)の前でくつろぐ案山子くんと案山子さんたち。
お疲れさま。
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手賀沼ばるびぞん村西地区にて。

フォト:2013年9月14日、9月17日
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by ryujincho | 2013-09-17 23:58 | Comments(0)