龍人鳥の徒然フォト日記

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カテゴリ:街歩き、村歩き、ポタリング( 83 )


2016年 11月 20日

『軽快な調べ』

11月20日(日曜)。
いい天気。
そんなときは jitensha に乗って、ぶらりと手賀沼一周と思い、手賀沼公園方面へ。
手賀沼公園近くで軽快なメロディーが流れて来た。

デキシー・ジャズ・バンド。
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デキシーには欠かせないバンジョー、そして、お洒落なハットのベース・マン。
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ソロは、先ず、トランペットから。
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ソロを終えて、ニッコリ!
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次はピアノ(キーボードだけどね)。
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次はトロンボーン。
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次はクラリネット。
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トランペットとトロンボーンの間に、デキシーでは異質な楽器のホルンが。
或る集合住宅の趣味の人たちが集まって結成されたバンドなので、ホルンだってOK、と司会者さん。
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いいものを聴かせて貰ったあと、口笛を吹きながら、軽快に手賀沼を一周。

フォト:2016年11月20日
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by ryujincho | 2016-11-20 23:58 | 街歩き、村歩き、ポタリング | Comments(0)
2016年 11月 17日

『築地本願寺』

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11月14日のスーパームーンは、68年ぶりの大接近であったという。
残念ながら生憎の天気で、スーパームーンを見ることはできなかった。
その3日後、築地で一献の約束があり、少し早めに出立、築地本願寺に立ち寄った。

丸みを帯びた本堂の屋根、そして、その屋根に建つ尖塔。
丸みを帯びた本堂の屋根のモチーフは菩提樹の葉、そして、その中央に描かれているのは蓮の花。
ライトアップに照らされ、明るく輝くその姿は、スーパームーンを感じさせるものがあった。

フォト:2016年11月17日
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by ryujincho | 2016-11-17 23:58 | 街歩き、村歩き、ポタリング | Comments(0)
2016年 09月 30日

『街歩き/駒場&渋谷/2016.9.30/(下)』 

9月30日(金曜)、晴れのち曇り。
2ヶ月に1回の大放談会の日である。
大放談会といっても、メンバーは備前さん、伊豫さん、そして、小生の3名。
まあ、格好よく言えば、鼎談である。
史跡めぐりなど軽く散策したあと、一献傾けながら歓談というのが毎度のパターン。
今回は備前さんの企画で、彼が少年期を過ごしたという町を散策し、一献という趣向。
東大駒場キャンパス構内のレストランで昼餉を摂り、少々、ワインも頂戴し、日本民藝館を見学。
つづいて、駒場公園を抜け、渋谷方面へ。

駒場公園南門を入ると、洋館が現れる。
旧前田公爵邸である。
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建物を回り込むと表玄関が現れた。
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旧前田公爵邸。
1929年(昭和4年)、旧加賀百万石の前田家第16代当主、前田利為(としなり)の本邸として建てられた。
当時の駒場の田園の野趣に合わせ、英国のチュー ダー様式を取り入れた建築。
玄関ポーチの扁平アーチに英国チューダー様式の特徴をみせている。
保存整備工事のため、平成28年7月から平成30年9月まで休館となっている。

東大駒場キャンパス北沿いの道を東へ歩き、山手通り/東大裏交差点を渡り、住宅街の一角にある鍋島松涛公園に立ち寄る。
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「どの家かは分からぬも、正面のどれかが山本富士子の家」と備前さん。
山本富士子といえば、長谷川一夫と並んで、大映の男優、女優の二枚看板。
今でこそ、物まねといえば、歌手の物まねが多いが、昔は、声帯模写と称し、有名人の声色、動物の鳴き声などが主流であった。
山本富士子の声帯模写を得意としたのは、桜井長一郎であった。
山本富士子の特徴は、余り口を開けず、小声で、時折、息を吸うというものであった。
山本富士子は1931年生まれの84歳、最近、映画やテレビでその姿を見たことはないが、今も健在だ。

池の水草が白い花を咲かせている。
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バイカモ(梅花藻)と思われる。
バイカモは冷涼で流れのある清流を好む植物。
池の水は澄んでおり、湧水である。

支柱コレクション。
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数年前、盟友、大給さんの国許御屋敷の松の支柱を検討すべく、手始めに、鎌倉・瑞泉寺の梅の支柱をコレクションして以来、支柱が気になり、コレクションするようになった。
鍋島松涛公園の、この支柱は大型の鳥居型支柱である。

鍋島松涛公園。
江戸時代、この辺り一帯は紀州徳川家の下屋敷があった。
1876年(明治9年)、佐賀の鍋島家に払い下げられ、鍋島家は茶園を開いて「松濤園」と名付け、「松濤」という名で茶の販売を行っていた。
1932年(昭和7年)、茶園は廃止、公園化、東京市に寄贈され、1950年(昭和25年)、渋谷区の管轄となった。

鍋島松涛公園から松涛美術館の脇を抜け、道玄坂下の飲み屋街に。
この店に入ったわけではないが、看板の面白さに惹かれて、カメラを向けた。
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面白い点その1:「ヨロシク!ユウチャン」とあるが、看板に描かれた顔は、ユウチャンではなく、アキラと思われる。
面白い点その2:「串カツ片手に大暴れ ソースは二度漬け禁止だぜ!!」のキャッチ・コピー。

更に、面白い点がふたつ。
それはアップで。
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面白い点その3(看板、左上):「総天然色」ならぬ「総天然食」。
昔は「総天然色」と言っていた。
いつの頃からか「カラー作品」という表示になった。
今じゃ、カラーとかモノクロとか書かれた映画看板やポスターにお目に掛かったことはない。
面白い点その4(看板左下):「日活」ならぬ「串活」。
小・中学生の頃、東映、東宝、松竹、大映、日活の大手五社が華やかりし頃、お袋から日活の映画だけは絶対に見てはいけません!ときつく言われていたことを思い出す。
この看板を見て、この看板に描かれた日活映画のパロディをなるほど!と思える世代は何歳くらいまでであろうか...。

昼のワインの酔いも抜けぬまま、ビールと日本酒を頂戴する。
そして、大放談を。

帰路、再び、JRと井の頭線を結ぶコンコースに立ち寄り、渋谷駅前スクランブル交差点を渡る群衆を眺める。
昼前より人は増えている図に満足!
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次回は、12月上旬、三浦半島/観音崎の予定。
楽しみ、楽しみ...。

フォト:2016年9月30日

(完)
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by ryujincho | 2016-09-30 23:58 | 街歩き、村歩き、ポタリング | Comments(0)
2016年 09月 30日

『街歩き/駒場&渋谷 2016.9.30/(上)』 

9月30日(金曜)、晴れのち曇り。
2ヶ月に1回の大放談会の日である。
大放談会といっても、メンバーは備前さん、伊豫さん、そして、小生の3名。
まあ、格好よく言えば、鼎談である。

史跡めぐりなど軽く散策したあと、一献傾けながら歓談というのが毎度のパターン。
今回は備前さんの企画で、彼が少年期を過ごしたという町を散策し、一献という趣向。

集合刻限と場所は、11時30分、京王井の頭線駒場東大前駅。
井の頭線に乗るのは数十年ぶりである。
JR渋谷駅・東京メトロ渋谷駅と京王井の頭線を結ぶコンコースで、岡本太郎の『明日の神話』を鑑賞する。
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前回、この巨大壁画を鑑賞したのは、壁画がここに設置された年、2008年のことで、これも久しぶりである。

この壁画は、1969年、メキシコオリンピックに向けてメキシコ中心部に建築中だったホテルのために製作されたが、依頼主の経済的事情で作品の所在は不明となり、その後、2003年にメキシコ国内で発見され、日本に移送、修復し、各地で一般公開の後、吹田市、広島市、長崎市、東京都渋谷区などが誘致運動をした結果、2008年、渋谷のこの地に恒久的に設置されることになったたという曰く付きの壁画である。

このコンコースでは、巨大壁画の鑑賞のほか、もうひとつ楽しみがある。
それは、渋谷駅前スクランブル交差点を渡る群衆の図である。
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ウィークデーの午前11時過ぎなので、まだ、群衆の数は少ない。
夕方、もう一度、来てみようと思いながら、井の頭線に乗車。

駒場東大前駅で下車。
自宅を出る前に、電車の時刻を電脳網の「乗換案内」でチェック。
到着駅を「東大駒場」と打ち込んだところ、これは間違いで、「駒場東大前」が正しいことに気付く。
普通、東大本郷とか東大駒場とかいうのに、何故、駅名は駒場東大前なんだろう、駅員さんに問うてみようと思いつつ、問わずに改札を通過。
その答えは、昼餉のときに自然発生的に知ることとなり、スッキリ。
その答えは、後ほど綴ることとしたい。

東大駒場キャンパス。
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昼餉は東大構内で、というのが本日の趣向。
我々の世代は、大学構内の食堂となると、いわゆる、ガクショクである。
しかし、昨今は然様なガサツなものではない。
レストラン風、いや、洒落たレストランで、その名も"ルヴェ ソン ヴェール駒場"。

食事を注文。
「酒、飲みましょか」。
「散歩のあとの一献だけど、まっ、いいか。飲みましょう」。
「シェリー酒があります」。
「それにしましょう」。
「シェリー酒といえば、リバプールの中華レストランでのことを思い出しますね。伊豫さん、IM さん、KI さん、小生の4人で出張。リバプールの中華レストランで夕食を摂ったとき、シェリー酒大好き人間の KI さんが TIO PEPE、TIO PEPE と何度も言うんで、中華レストランにそんなもん、ある訳ないやんと言いながら、駄目もとで聞いてみたら、ありましたね」。

「備前さんは、いつ頃から目黒に住んでいたんですか」。
「昭和27年から」。
「小学1年生ですね」。
「そう。夜行列車で上京したんだよね。いまでいうところの、瀬戸だね」。
「昭和20年代、30年代は夜行列車がいっぱいありましたね。親父が東京へで出張するときは、『銀河』で。神戸駅へ見送りに行った記憶があります。『銀河』、ええ名前です」。
「こちらへ来た当時の井の頭線は路面電車のようなもので、駒場駅と東大前駅というのがあったのだけれど、この二つの駅を合体して、駒場東大前駅になったんだ」。
「そうですか。それで謎が解けました。何故、東大駒場前駅じゃなくて、駒場東大前なのかと思っていたもので」。
いつ新駅になったのかと調べてみたところ、1965年(昭和40年)であるから、小生が大学生となり、上京する3年前であった。
親戚の家へ行くのに、隣の、池の上駅で下車していたのだが、池の上駅のひとつ手前の、駒場東大前は開業3年目のまだ新しい駅だったのだ。
今の今まで、知らんかった、街歩きのお陰で、京王電鉄の歴史をベンキョーできたんや、と思うのであった。

シェリー酒が運ばれて来た。
「久しぶりのシェリー酒、旨いですね」。
「ロンドンで飲んだジン・トニックも旨かったなあ」。
「どんなジンかな」。
「ビフィーター、ゴードン...」。
「この間、テレビでジン・トニックの薀蓄を語っていた番組を見ました。ジンはシップスミス VJOP、トニック・ウォーターはフィーバー・ツリー。この組み合わせのジン・トニックが本場ロンドンの味だと。シップスミス VJOPの香り付けは普通より量の多いジュニパーベリー。フィーバー・ツリーのトニック・ウォーターはキニーネ入り。元々、トニック・ウォーターはマラリア予防のキニーネを飲み易くするために作られた薬用飲料水で、更に飲み易くするためか、ジンを加えるようになったということのよう」。
「インドでのマラリア予防。それで、ボンベイ・サファイアというジンもあるんだね」。
「そうそう、ボンベイ・サファイアの、あの青い、透き通ったボトルが旨さを誘いますね」。

料理が運ばれて来た。
「ワイン、飲みましょか」。
「散歩は千鳥足になるかも。でも、飲みましょ」。

昼餉を終えて、柳宗悦によって創設された「日本民藝館」へ。
これは小生の希望で。
柳宗悦は、叔父の嘉納治五郎の別荘が我孫子(千葉県)にあったことから、我孫子に住まいするようになり、同地に志賀直哉らを呼び、我孫子に文人らが集結し、白樺派文学が進展するきっかけをつくったことにより、我孫子市には「白樺文学館」なるものがあり、そこで、柳宗悦の草稿を見たり、地下の音楽室では夫人で声楽家の柳兼子の歌声を聴いたりしたこともあり、駒場の「日本民藝館」を是非訪れてみたいと常々思ったいたので、丁度、よい機会を得、リクエストしたのであった。

日本民藝館本館。
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入館料1100円也。
展示の民藝品の数々を鑑賞。
よくぞ、これだけのものを蒐集したな、そして、分類も、と思うほどに。
展示品もさることながら、建物の内部の造りそのものも見応えがある。

備前さんが係りの人と何やら会話をしたあと、戻って来た。
「大原孫三郎の援助を得て、1936年(昭和11年)に、この地に日本民藝館ができたとのこと」と。
大原孫三郎は、倉敷紡績(クラボウ)、倉敷絹織(クラレ)など経済界で活躍する一方、大原美術館を開設するなど文化事業にも熱心な人であった。
大原孫三郎が柳宗悦の民藝運動にも関わりを持っていたとは知らなかった。
ベンキョーになった。

館内は撮影禁止なので、外で何枚か<カメラ取材>を。
本館入り口の水鉢。
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同じく、本館入り口の水甕(かな?)。
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本館南西角外壁。
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本館南面外壁。
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道を挟んで西側の日本民藝館西館。
こちらは、旧柳宗悦邸を民芸館にしたもの。
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西館の脇に碑が建っている。
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碑の裏面に刻まれた文字。
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不二之碑
日本民藝館創立五十周年記念
昭和六十一年十月
柳 宗理 建立
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柳宗理は、日本民藝館三代目館長。
初代館長は柳宗悦、二代目は陶芸家の濱田庄司(1894-1978)、三代目は宗悦の長男でプロダクトデザイナーの柳宗理(1915-2011)、四代目は実業家(富士ゼロックス元会長)の小林陽太郎(1933-2015)、現在はプロダクトデザイナーの深澤直人となっている。

昭和61年(1986年)が50周年、今年は80周年。
ということで、只今、『創設80周年特別展/柳宗悦・蒐集の軌跡―日本の工芸を中心に-』が開催されているのであった。

見慣れた銘板、登録有形文化財。
「第13-0053号/この建造物は貴重な国民的財産です/文化庁」。
日本民藝館本館、西館共に、登録有形文化財に指定されている。
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「駒場公園を抜けて、渋谷方面へ歩いてゆきましょう。途中、あれこれと眺めながら」との備前さんの案内に従い、日本民藝館をあとにした。

フォト:2016年9月30日

(つづく)
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by ryujincho | 2016-09-30 23:57 | 街歩き、村歩き、ポタリング | Comments(0)
2016年 09月 21日

『こち亀 2016.9.21』

こち亀。
こちら葛飾区亀有公園前派出所。
今月3日、集英社は、神田明神で行われた『こち亀』連載40周年記念絵巻奉納式後の記者会見で、2016年9月17日発売の『週刊少年ジャンプ』をもって連載を完結、同日発売のコミック200巻で最終巻とすることを発表。

TVニュースや新聞で「こち亀、亀有駅ジャック」がしきりに報道される。
亀有駅構内の床面、壁面、階段、エスカレーターなどあらゆる場所をコミック200巻すべての表紙で埋め尽くされている様子が写し出されたり、写真が掲載されたりしている。

長男が生まれたのは、『こち亀』が始まった1976年、次男が生まれたのは1979年。
息子達に『キン肉マン』のコミック本を買ってやった記憶はあるが、『こち亀』のコミック本を買ってやった記憶はない。
小生自身は『こち亀』を読んだことはなく、『こち亀』がどんなものかは主人公の名が両さんということくらいしか知らない。

亀有駅はポタリングで、一、二度、使ったくらいで、余り馴染みのある駅ではないが、現役時代、通勤で毎日この駅を通過しており、そういう意味では馴染みがある駅と言えなくもない。

由来好きの小生、以前、亀有の名の由来を調べたことがある。
地名は地形を由来とするという一般的原則の通り、亀の甲羅に似た土地だったことから「亀が成す」、「かめなす」となり、「かめなし」に転化、「かめなし」の「なし」は「無」で縁起が悪いので、「有」に変え、「亀有」になったのだと。

TVや新聞で「こち亀 亀有駅ジャック」の報道を幾度も見るうちに、どうしても<取材>に出掛けたくなって来た。
7月下旬に公開された映画『シン・ゴジラ』をまだ観ておらず、まだやっているだろうかと上映館を調べたところ、MOVIX亀有で上映していたので、『こち亀』取材と『シン・ゴジラ』鑑賞を兼ねて亀有へ出掛けた。

床面ジャック!
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こち亀 全200巻 表紙一挙大公開!!
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こち亀ファンなら、表紙を見ただけで、どんなギャグが飛び出したかが分かるのだろうなあ、などと思いながら、カメラを向ける。
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記念すべき第200巻は改札口前の床面に堂々(???)の登場!
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南口を<取材>。
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改札口を入る。
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改札口内を<取材>。
壁面ジャック!
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階段ジャック!
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エスカレーター手摺りジャック!
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息子に問い合わせてみた。
長男は海外出張中とのことなので、次男に。
「亀有駅で、こち亀、取材して来たんだけど」。
「結構、愛読していました」。
「では、一両日中に、ブログにアップしておこう。一両日中は、両さんとの掛詞やで」。
ということで、こち亀ファンではない小生ではあるが、一時代を画した作品に敬意を表し、そして、息子達も含め、こち亀ファンへのレポートとして、アップロードする次第である。

フォト:2016年7月21日
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by ryujincho | 2016-09-21 23:58 | 街歩き、村歩き、ポタリング | Comments(0)
2016年 07月 23日

『前橋、気温24℃』

7月23日(土曜)、曇り。

上野国史跡めぐり。
JR新前橋駅の北方に所在する国府跡、国分僧寺・尼寺跡、総社、東山道跡などをポタリング。

帰路、東へ走り、利根川を渡河、JR前橋駅へ。
群馬県庁に立ち寄り、32階展望台から東西南北の景色を眺める。

北側の窓からの眺望。
眼下に、前橋市街地前橋公園、利根川の流れ。
後背地は右に赤城山の山裾、左に榛名山の山裾。
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猛暑、酷暑で名高い前橋ではあるが、この日の気温は予報では28℃、実際は24℃で、地元の人たちもビックリの涼しさであった。

フォト:2016年7月23日
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by ryujincho | 2016-07-23 23:58 | 街歩き、村歩き、ポタリング | Comments(0)
2016年 07月 21日

『梅雨明けはまだ』

7月21日(木曜)、雨。
武蔵国史跡めぐり。
武蔵国の総社、大國魂神社。
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3日前、東海以西は梅雨明けとなったが、関東の梅雨明けはまだ先とのこと。
苔むした狛犬は喜んでいるかもしれない。

フォト:2016年7月21日
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by ryujincho | 2016-07-21 23:58 | 街歩き、村歩き、ポタリング | Comments(0)
2016年 07月 09日

『家並み』

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フォト:2016年7月8日、「房総のむら」にて
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by ryujincho | 2016-07-09 01:04 | 街歩き、村歩き、ポタリング | Comments(0)
2016年 05月 12日

『富士と兄弟タワーズ 2016.5.12』

5月12日(木曜)。
前日の高湿度、強風とは打って変わって、カラッとした気持ちのいい朝。
我が天守から、富士、そして、東京タワーと東京スカイツリーの兄弟タワーズがくっきりと。
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フォト:2016年5月12日6時33分
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by ryujincho | 2016-05-12 07:55 | 街歩き、村歩き、ポタリング | Comments(0)
2016年 04月 30日

『街歩き/有楽町に神戸の薫り』

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フォト:2016年4月30日
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by ryujincho | 2016-04-30 23:58 | 街歩き、村歩き、ポタリング | Comments(0)