龍人鳥の徒然フォト日記

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カテゴリ:飛鳥路( 14 )


2013年 03月 07日

『飛鳥路ポタリング/飛鳥駅前にて』 ask-14

飛鳥路のあちらこちらを巡り、飛鳥駅に戻る。

今日の jiensha、パート3 @"明日香レンタサイクル"飛鳥駅前営業所。
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播磨さんは、電動アシスト馬運転馬行風自転車から電動アシスト・ママチャリに。
按針さんは、当初、借りた電動アシスト・ママチャリのまま。
上総は、フツーのママチャリから電動アシスト・ママチャリに。
ということで、3人で5台のレンタル自転車を利用したことになる。

「平宗」とストライダ。
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ストライダさん、朝、飛鳥駅前でこの店を見て以来、ずっと、柿の葉ずし、柿の葉ずし、と唱えておりました。
ストライダさん、ブロンプトンさん、ママチャリ#3さんの3名は、二度目の昼餉(何故、二度目の昼餉なのかは、紙面の都合上、割愛させて戴きます)で、柿の葉ずしを頂戴した。
そして、ストライダさんは、飛鳥駅に戻るや否や、即、「平宗」へ直行!なのであった。

飛鳥駅前で、こんな自動販売機を見掛けた。
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誠に結構な仕組みである。

飛鳥路マップをベンチに広げ、立ち寄った先々のことに思いを巡らせる。
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二面石の今一度の拝観、ひょんなことからの狛犬コレクション、そして、龍コレクション/デジタル版が叶ったポタリングであった。
そして、意地は抜きにしての、初の電動アシスト自転車ポタリングを愉しんだのであった。

フォト:2013年2月23日

(完)
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by ryujincho | 2013-03-07 08:54 | 飛鳥路 | Comments(0)
2013年 03月 07日

『飛鳥路ポタリング/石舞台古墳』 ask-13

石舞台古墳。
あちらこちらを巡った飛鳥路ポタリングも夕方4時を過ぎた。
石舞台が、この日最後の立ち寄り先だ。
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羨道と玄室。
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玄室奥壁。
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玄室上部を見上げる。
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玄室の様子を思い比べながら、積み石を外から眺める。
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説明書きを読む。
「石舞台古墳は、こうしてつくられたと考えられています」。
納得!
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石舞台を遠望する。
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石舞台を遠望しながら、何故、墳丘が失われたのであろうかと思うのであった...。

フォト:2013年2月23日

(つづく)
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by ryujincho | 2013-03-07 07:23 | 飛鳥路 | Comments(0)
2013年 03月 06日

『飛鳥路ポタリング/岡寺 II /龍コレクション』 ask-12

岡寺。
本堂に参拝したのち、岡寺の正式名称、龍蓋寺(りゅうがいじ)の名の由来となった、龍の伝説を有するこの寺で、10年前に続き、今一度、龍コレクションに取り掛かった。

龍蓋池。
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龍蓋寺の始まり。
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龍蓋池を眺める。
池の中にある「蓋」である石を揺らすと雨が降るという言い伝えがあるとのこと。
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本堂から龍蓋池を眺める。
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「起っきゃがり龍守り」。
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石段を下る。
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仁王門を眺める。
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仁王門をくぐる。
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後続組のドクトルさんのことが気になっていたが、駐輪場に到着し、待っていてくれた。
全員で、急坂を下った。

10年ぶりの龍蓋寺での龍コレクション、念願のデジタル取材が叶った。
ハリポタの皆さんのお陰だ。
感謝、感謝!だ。

フォト:2013年2月23日

(つづく)
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by ryujincho | 2013-03-06 17:47 | 飛鳥路 | Comments(0)
2013年 03月 06日

『飛鳥路ポタリング/岡寺 I 』 ask-11

岡寺のへの長い急坂を上り、仁王門の手前で駐輪し、仁王門をくぐり、石段を上り、本堂へと向う。

仁王門。
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一昨年であったか、人麻呂さんが西国三十三箇所を巡っていたなあ、、あの激坂を上って来たんだなあ、四輪だったのかなあなどと思いながら、金網の隙間から阿形、吽形の仁王像を眺めた。

本堂への石段を上る。
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普通のママチャリで来ていたら、この石段を上る前にヘタっていたであろう。
"明日香レンタサイクル"に感謝!電動アシストに興味を示した播磨さんに感謝!である。

開運厄除け祈願の幟旗がはためく本堂前に至る。
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本堂。
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本堂天井の奉納額を見上げる。
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岡寺は、正式には『東光山 真珠院 龍蓋寺(りゅうがいじ)」と称する。
古くより「岡にある寺」、「岡寺」と称され、正式名の「龍蓋寺」よりも「岡寺」の名で通っている。

今回の飛鳥ポタリングの大きな目的はふたつあった。
ひとつは、昨秋、ウィーンで二面像を見たことから、今一度、岡寺の二面石を見たかったこと、
もうひとつは、岡寺、というよりも、龍の伝説を有する龍蓋寺で、今一度、龍のコレクションをやりたかったことである。
本堂に参拝したのち、龍コレクションに取り掛かった。

フォト:2013年2月23日

(つづく)
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by ryujincho | 2013-03-06 17:01 | 飛鳥路 | Comments(0)
2013年 03月 06日

『飛鳥路ポタリング/岡寺への道』 ask-10

岡寺。
岡寺、明日香村の東、岡山の中腹に位置している。
岡山の、長い急坂を上る。
レンタル電動アシスト自転車3人組、播磨さん、按針さん、上総は電動アシスト付きのお陰でスイスイと上っていく。
上総は、当初、この激坂を《押し》覚悟で、普通のママチャリを借り受けるも、途中、"明日香レンタサイクル"亀石営業所で電動アシスト付きに変更。
変えておいてよかったと思いつつも、ちょいと、後続の my jitensha 3人組のことも気にしながら上る。

岡寺仁王門手前の「坂乃茶屋」に至る。
暫し、後続組を待つ。
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後続組の噴ちゃん、現る。
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四国八十八箇所巡りを続行中の、bd-1噴ちゃん、自慢の脚力で上って来たのであった。
お疲れさまっ!
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ギアなしストライダの、六ちゃんも自慢の脚力で到着。
お疲れさまっ!
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ブロンプトン・ドクトルさんは、マイ・ペースでゆるりと上って来るのであろうと、駐輪して、先に岡寺へと徒歩で進む。
三重塔がまだまだ見上げるほどの位置にある。
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フォト:2013年2月23日

(つづく)
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by ryujincho | 2013-03-06 16:20 | 飛鳥路 | Comments(0)
2013年 03月 06日

『飛鳥路ポタリング/飛鳥寺』 ask-9

飛鳥寺。
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「飛鳥大仏」の標石の脇に「江戸時代の寛政4年(1792年)、飛鳥寺参拝の道しるべとして彫刻された優秀な文字で、台座は飛鳥寺創建時(588年)の礎石を用いている」との案内書きあり。

東門。
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現在は東門が正門だが、創建時は南門が正門であった。

本堂。
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本堂には入らなかったので、外から10年前に訪れたときの飛鳥大仏の御姿を思い描いた。
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有難い、お言葉。
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干支の絵馬を眺める。
我が子年をカメラに収める。
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亥年もカメラに収める。
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翌日からの越知谷プチ別荘遊び、初日の夕餉は品書きは猪鍋であったので。

干支の亥と猪鍋の取り合わせじゃ、罰が当たりそうな気もしたので、素朴な感じの石仏様にお参り。
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五輪塚五輪塔/蘇我入鹿首塚と飛鳥寺西門。
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最後に、東門入口に掲げられていた、格調高い案内文を掲載しておこう。
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昔から何も変っていないような風情を湛える中を走る。
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前から順に、ドクトルさん、六ちゃん、噴ちゃん、按針さん、播磨さん。
久方ぶりに《片手ハンドル・片手カメラ・頭三脚》手法で撮ってみた。
結構、上手く撮れてるじゃん、と思うのは自分だけか...。

フォト:2013年2月23日(飛鳥大仏の写真は某サイトから借用)

(つづく)
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by ryujincho | 2013-03-06 11:09 | 飛鳥路 | Comments(0)
2013年 03月 06日

『飛鳥路ポタリング/橘寺/狛犬コレクション 』 ask-8

橘寺の狛犬。
石段を上る。
おっ、狛犬だ!
飛鳥で狛犬コレクションとは思いもしなかった!
カメラを向ける。
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狛犬の影から赤い服を着たご婦人がひょっこり現れる。
真新しい、真っ白な狛犬に服の赤がいいコントラストとなっている。

東門の前に鎮座し、しっかりと寺を邪悪なものから護っている。
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いつ、新しい狛犬が建立されたのか、確認し忘れた。
そんなときは、電話でお寺に確認するのが一番だ。
「先日、お寺を参拝させて戴きました。東門の新しい狛犬はいつ、建立されたのでしょうか」。
「さて、昨年でありましたでしょうか」。
「昨年というと2012年ですね。私の調べによりますと、2011年に撮られた、新しい狛犬の写真があります」。
「2011年の冬、確か、2月だっと思います。信者さんが建立されました。前の狛犬は風化して崩れそうになっていたので、新しいものとなりました」。
「前の狛犬は何時頃のものだったのでしょうか」。
「確か、昭和30年頃のものだったと思います」。

以前の狛犬は、こんな姿だった。
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猿石、亀石、二面石、それぞれに風化はしているが、まだまだ、昔の面影を残しているのに比べ、昭和30年生まれの狛犬が風化してしまったとは、誠に複雑な気持ちだ。
真新しい狛犬が年月を経て風格が出て来ることも楽しみだ。

フォト:2013年2月23日(以前の狛犬の写真は某サイトから借用)

(つづく)
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by ryujincho | 2013-03-06 09:38 | 飛鳥路 | Comments(0)
2013年 03月 06日

『飛鳥路ポタリング/橘寺 II 』 ask-7

橘寺の二面石。
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昨秋、中欧を旅した。
ウィーンのシェーンブルン宮殿で二面像に出遭った。
昨年11月16日付のブログで次のように綴っている。
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二面像。
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前後二面の像はどういう意味を表しているのであろうか。
二面は、前が若く、後ろは老いているように見え、この像に相対するもう一つの像は若い女性のように見える。
老いを隠して、という意味なのであろうか。
二面といえば、飛鳥の橘寺境内に「二面石」なるものを見たことがある。
北面を善、南面を悪とした「善悪二業一心所造」を表すという説明がなされていたと記憶する。
12月初旬に、再び、飛鳥を訪れることになっている。
もう一度、この二面石を眺めながら、「善悪二業一心所造」の意味をベンキョーしてみたい。
然為すれば、シェーンブルン宮殿の「二面像」の意味を推し測れるかもしれない。
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12月初旬が今回の2月訪問となった訳だが、「善悪二業一心所造」なる小難しい能書きは何処にもなかった。
「右善面、左悪面と呼ばれ、我々の心の持ち方を現したもの」との説明の方が、極々、分かり易い。

因みに、モノの本によれば、第2話で掲載した、吉備姫王墓(きびつひめのおほきみのはか)にある猿石四体のうち三体の背面に顔が彫られており、二面石になっているとある。
これらの猿石は柵の中に置かれているので、背面を見ることはできないが、写真をじっと見ていると、背面にそれらしきものがあるように見える。

日本も西洋も、飛鳥時代もハプスブルグ家の時代も、人の心の中を思うことは同じなのかもしれない。

フォト:2013年2月23日、2012年10月21日

(つづく)
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by ryujincho | 2013-03-06 08:57 | 飛鳥路 | Comments(0)
2013年 03月 06日

『飛鳥路ポタリング/橘寺 I 』 ask-6

橘寺。
聖徳太子誕生の地に、太子自身が創建したとされる。
正式には「仏頭山上宮皇院菩提寺」と称す。
「橘寺」と別称する理由は、「田道間守(たじまもり)が中国から持ち帰った橘(蜜柑の原種)」の言い伝えによるもの。

石段を上る。
狛犬が見える。
狛犬コレクションについては、後ほど、綴ってみたい。
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狛犬が鎮座する東門をくぐる。
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本堂(太子堂)
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崩れかけた壁も風情がある。
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御詠歌。
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黒駒像と本堂階段を下る播磨さん。
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黒駒像の脇の説明板に「聖徳太子は、愛馬 黒駒に乗って各地の説法に行かれました」とある。
播磨さんの耳にはイヤホンが入れられている。
播磨さんは競馬が趣味だ。
競馬の実況中継を聴いているのであった。
「黒駒や必勝祈願に苦笑して」 霹靂火

本堂より境内を眺める。
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本堂の南側の「二面石」を眺める。
「二面石」を今一度見ることが、今回の飛鳥訪問の目的のひとつであった。
「二面石」のことについては、後ほど、綴ってみたい。

「天井画」の案内板に誘われて、往生院に入る。
玄関先で、誠に結構なお言葉に遭う。
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天井画。
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鐘楼のある風景。
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東門を抜ける。
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今日の jitensha、パート2。
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左奥、ストライダ・レッド/六ちゃん、ブロンプトン・ブルー/ドクトルさん、手前左から、電動アシスト・ママチャリ・レッド/上総、電動アシスト・ママチャリ・レッド/按針さん、bd-1・シルバー/噴ちゃん、電動アシスト・ママチャリ・レッド/播磨さん(その他2台は他所さんの自転車)。
上総のレンタル車が、フツーのママチャリ・グリーンから電動アシスト・ママチャリ・レッドに変ったことは第4話で綴った通りである。
石舞台の近くで昼餉を済ませた後、「あれっ、バッテリーの残りが少ない」と播磨さん。
"明日香レンタサイクル"石舞台営業所に立ち寄り、バッテリーの交換を依頼。
交換の仕方が分からないとのことで、電動アシスト"馬運転馬行(マウンテンバイク)"風レッドから電動アシスト・ママチャリ・レッドに変えたのであった。
飛鳥駅前には幾つかのレンタサイクルがあるが、"明日香レンタサイクル"は複数個所に営業所があるので、何かと便利だ。
電動アシスト自転車は誠に便利なものだが、バッテリーが切れると《無用の長物》と化す乗り物でもあることを実感する。

フォト:2013年2月23日

(つづく)
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by ryujincho | 2013-03-06 02:36 | 飛鳥路 | Comments(0)
2013年 03月 05日

『飛鳥路ポタリング/飛鳥と明日香』 ask-5

岡寺に至る坂の下の入口あたりで昼餉の場所を探していたところ、趣きのある家並みに遭遇した。
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万葉歌と思しきものに目を惹かれた。
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「今日もかも 明日香の川の 夕さらず かはづ鳴く瀬の さやけくあるらむ」上古麻呂(かみのこまろ)
原文は;
「今日可聞 明日香河乃 夕不離 川津鳴瀬之 清有良武」上古麻呂
意味は;
今日もまた、明日香の川は、夕暮れになると、蛙の鳴いている瀬が清らかなことでしょう。

飛鳥川沿いを走る。
竹林の伐採風景に遭遇する。
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伐採された青竹が音を立てて勢いよく燃えている。
地元の人の話によると、竹林が飛鳥川の土手を崩すくらいに広がってしまっているので、ボランタリーの人たちによって竹林の伐採がなされているとのことであった。
万葉歌の如く、飛鳥川は「清有良武」であって欲しいと思う。

話は少し逸れるが、「あすか」は「飛鳥」とも「明日香」とも書く。
これについて、一度調べなければと思いつつ、時が過ぎた。
この機会に調べてみた。
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飛鳥は、古い時代においてのみ公的であった名称ではなく、近年においても1956年の合併によって明日香村がうまれるまではこの地域に飛鳥村があり、地方自治体の名称として飛鳥は存在した。
また、現在においても、明日香村の大字(おおあざ)として飛鳥という地名は存在している。
「あすか」の語源については、外来語由来説、地形名称由来説などがあるが、はっきりとしたことはわかっていない。
『万葉集』に「飛ぶ鳥の」歌がいくつかみえる。
飛鳥(とぶとり)の 明日香の里を置きて去(い)なば君が辺は見えずかもあらむ
飛鳥の 明日香の河の上ッ瀬に生(お)ふる玉藻は下ッ瀬に流れ触らふ玉藻なす
飛鳥の 明日香の川の上ッ瀬に石橋渡し下ッ瀬に打橋渡す石橋に生ひ靡(なび)ける
「飛鳥」を「飛ぶ鳥」とよませ、「明日香」の枕詞となっていることがわかる。
(出典/wikipedia)
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更に、「あすか」の語源について、外来語由来説、地形名称由来説などを調べてみた。
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<外来説その1>
渡来人が日本に来て安住の宿とした場所を「安宿(あすか)」となずけた。
「安宿(あすか)」は、朝鮮語でアンスク、これが訛ってアスカになったという説。

<外来説その2>
古代朝鮮語で「村」を意味する「スカ]に、接頭語の「ア」がついて出来たという説。

<外来説その3>
仏教発祥の地インドのアショカ王の名前から転化したものであるという説。
インドではアスカとは理想の楽園という意味の言葉だとも言われている。

<鳥 説>
古代においては、年号に白雉(はくち)、朱鳥(しゅちょう)、白鳳(はくほう)と用いられているように、鳥はしばしば瑞兆として尊ばれた。
アスカの音はイスカという鳥の名前から転じたとする説。

<地形説>
地形を表現する単語が合成されて出来たもので、 ア(接頭語)スカ(洲処-川の水や海水によって生じた砂地)、或いは、アス(浅(あ)す-川や海が浅くなる、又は、水が涸れる)+カ(処)、もしくは、アス(崩地(あす))+カ(処)であるという説。
飛鳥地方は、川原(かわはら)とか豊浦(とゆら)といった水辺に関係ある地名が残っており、水で覆われていた部分が山の浸蝕土砂の堆積等によって陸地化する過程で生まれた地名である。
この説によると横須賀も同じ語源であり、アスカから訛った場合として、安積(あさか)、朝香(あさか)、浅香(あさか)等があるという。

<聖地説>
スカという語が、イスケ、イスズ、ミソギ等と同様、禊(みそぎ)をする等の神聖な意味を持ち、神聖地に用いられたという。
(出典/あすかむらキッズウェブ)
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何れの説もなかなか面白い。
小生は苗字の由来を知るのが好きで、その調べ事のなかで、苗字は地名を由来としていることが多い、地名は地形から来ていることが多いなどを知った。
そうしたことから、「あすか」の語源については、地形説に一票を投じたい。
横須賀もアスカと同じ語源であるということもベンキョーになった。
なお、「飛鳥(飛ぶ鳥)」が「明日香」の枕詞となっていることから、鳥説も捨て難い。

フォト:2013年2月23日

(つづく)
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by ryujincho | 2013-03-05 10:55 | 飛鳥路 | Comments(0)