カテゴリ:お薬師さん( 2 )


2017年 03月 20日

『お薬師さん/其の二』

2月26日、新井薬師を参拝した。
「新井薬師参拝」

3月6日、ここ数ヶ月の間に参拝した「お薬師さん」について、ブログに綴った。
「お薬師さん」
この「お薬師さん」のブログを綴りながら、薬師如来の印相と薬壷の持ち方について興味を覚えた。
テレビ放送「新井薬師」で新たな印相と薬壷の持ち方を<発見>したので、それについて書き残しておきたい。

3月18日、テレビ東京「出没!アド街ック天国」で「新井薬師」が登場。
冒頭、本堂内に安置された本尊の薬師如来が映った。
一瞬のことであったが、薬壷は両手で持たれているように見えた。
番組はどんどんと進んで行った。

ベスト20の第1位は「新井薬師 梅照院」であった。
ナレーションは次の通りであった。
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8のつく日はよりお薬師様のご利益があるとされる日。
境内には乾物や植木などのお店も出て賑わう。
縁日の時は本堂の内部も見学できる。
じっくり鑑賞したいのが145年ぶりに復活した「十二神将」。
本尊の薬師如来様を守護する12体の武神。
明治元年の大火で焼失してしまったが、2013年に完成。
再び、勇壮なお姿を拝めるようになった。
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ナレーションと共に映し出されたのは十二神将であった。
冒頭、その印相と薬壷の持ち方が気になった御本尊、薬師如来が再び映し出されることはなかった。

薬師如来の印相と壷の持ち方が気になったままでは落ち着きが悪いので、録画で確認してみた。

本尊 薬師如来、脇侍 日光菩薩、月光菩薩。
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薬師如来をアップで。
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やはり、薬壷は両手で持たれていた。

印相は定印(じょういん)。
坐像で、両手の手のひらを上にして、膝の上で上下に重ね合わせた形である。
これは仏が思惟(瞑想)に入っていることを指す印相である。

これで、印相と薬壷の持ち方が異なる三つの薬師如来像を拝んだこととなる。
即ち、
・施無畏与願印(左手の与願印を示す手の上に薬壷)の薬師如来像。
・左手は与願印を示す手の上に薬壷、右手は親指と薬指で輪を作り、左手の薬壺の薬を右手の指でつけよう
 とされている薬師如来像。
・定印で薬壷を包むが如くに持つ薬師如来像

復活した十二神将も掲載しておこう。
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薬師如来、日光菩薩、月光菩薩の脇侍、そして、十二神将が揃って安置された梅照院。
御礼参りも兼ねて、「8の日」にもう一度、参拝したいと思っている。

フォト:2017年3月18日、テレビ東京”提供”
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by ryujincho | 2017-03-20 23:51 | お薬師さん | Comments(1)
2017年 03月 05日

『お薬師さん』

ポタリングで神社仏閣を訪ねることが結構多い。
信心深いのかと問われれば、深くはないと答えることとなる。
しかし、時として神仏にすがりたいときもある。
で、神仏にすがりたいときが来た。
「目の薬師」、薬師如来のご加護にすがりたいのである。

ということで、ここで、今一度、薬師如来について広辞苑を紐解いてみた。
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薬師如来。
薬師本願功徳経では、薬師如来は東方浄瑠璃世界の教主。
菩薩であったとき12の大願を発して成就し、衆生の病苦を救い、無明の痼疾を癒すという如来。
日光・月光菩薩を脇侍として三尊をなし、十二神将を眷属とする。
普通、左手に薬壺を持つが、古くは通常の如来形に造られた。
朝観音・夕薬師といわれるほどに庶民に信仰された。
薬師如来瑠璃光如来。薬師仏。
(出典:広辞苑)
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ここ数ヶ月の間に参った薬師如来を、そのご加護を願いながら、アップロードしておきたい。

安房国分寺、薬師如来。
2016年10月10日、安房国史跡めぐりで、国分寺跡を訪ねた。
後継寺院である真言宗智山派国分寺で「安房國四十八ヶ所 薬師霊場申歳中開帳」が催されており、有難くも、湯茶と茹で落花生の御接待を受けた。
「南無薬師如来」の幟旗、住職と檀家のご婦人、そして、ドラポタ仲間の武衛さん、南国さんと共に。
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「安房國四十八ヶ所 薬師霊場申歳中開帳」の貼紙。
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龍角寺、薬師如来坐像。
2016年11月3日、年に一度の奉安殿開扉にて薬師如来像を拝す。
撮影禁止にて、絵葉書にてアップロード。
国重要文化財、頭部は白鳳期の作、体部は火災後、江戸時代に再鋳。
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十二神将/寅神、辰神。
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郷土史家さんから薬師如来の印相について解説があった。
右手は施無畏印(せむいいん)、左手は与願印(よがんいん)とした施無畏与願印(せむい よがんいん)。
坐像の場合は左手の平を上に向け、膝上に乗せる。
与願印を示す左手の上に、薬師如来の場合は、薬壷が載っている。

薬師如来石像二十尺。
2月19日、龍尾寺(匝瑳市、旧・八日市場市)を訪ねた。
これにて、印旛沼の龍伝説に関わる龍角寺、龍腹寺、龍尾寺の三つの寺めぐりが叶った。
匝瑳市北部の龍尾寺から市街地に戻ったところ、旧道のY字路に建つ、巨大な薬師如来像に遭遇した。
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案内板によれば、「...老朽化した薬師堂に代わり、八日市場発祥のシンボルとして新たに薬師如来石像二十尺を建立安置し...」とある。
右手は施無畏印、左の与願印を示す手の平の上には薬坪がしっかりと見て取れる。

新井薬師、薬師如来。
真言宗豊山派梅照院、通称、新井薬師。
地元の人は、親しみを込めて、目の薬師、お薬師さんと呼ぶとのこと。
今年(2017年)正月、ドラポタ走り初めで都内をポタリング。
最後は新井薬師参拝で締めるところであったが、夕暮れ、時間切れで参拝は叶わず。
2月25日、参拝が叶い、ほっとする。
瑠璃殿。
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作法通り、真言を唱え、<或ること>を祈願。
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中里薬師堂、薬師三尊。
2月26日、市民ギャラリーでの外開帳で、薬師三尊を拝す。
中央/薬師如来、向かって右/日光菩薩、左/月光菩薩。
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日光菩薩と月光菩薩は、造形上、対になるように対称的に造られる。
即ち、日光菩薩が右腕を上げ左腕を垂らす場合は、月光菩薩が左腕を上げて右腕を垂らすといった姿形がとられる。
中里薬師堂の日光菩薩と月光菩薩は、薬師如来を照らすが如くに、それぞれが「日の印」と「月の印」を掲げている。
ところが、「月の印」は内側ではなく、外側を向いている。
即ち、月光菩薩は「月の印」で薬師如来を照らすことなく、外側を照らしているのである。
即ち、日光菩薩と対の形になっていないということとなる。
仏師の誤解と簡単に決め付けてはいけない、何らかの訳があるのではないかと考えられている。

薬師如来の印相。
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左手は、約束通り、与願印を示す手の上に薬壷が載っている。
一方、右手は、約束通りの施無畏印ではなく、親指と薬指で輪を作っている。
解説員さんの話では、左手の薬壺の薬を右手の指でつけようとされているのではないかと。

広辞苑では「普通、左手に薬壺を持つが、古くは通常の如来形に造られた」とあり、右手については触れられておらず。
「古くは如来形」とあり、釈迦如来は施無畏与願印、大日如来は法界定印もしくは智拳印、阿弥陀如来は定印、説法印、来迎印など。
因みに、中里薬師堂の薬師如来は文化文政期に造られたもので、古いものではない。
この薬師如来の印相は特別なものと理解しておきたい。

十二神将/午神、寅神、酉神。
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薬師三尊と十二神将の三像の外開帳が終わった翌3月1日、中里薬師堂(我孫子市中里)を訪ね、今一度、懇ろにお参りした。
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扁額コレクション。
「瑠璃光堂」、誰が揮毫し、誰が扁額に彫ったのであろうか。
なかなか面白い書体の扁額である。
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こうして、薬師如来のことを綴っていると、奈良の薬師寺に参拝したくなって来る。
直近で参拝したのは、ハリポタで奈良をめぐった2008年6月のことあり、彼是、9年が経つ。
願わくば、今年中に参拝したいものである。

フォト#1、#2:2016年10月10日、館山市にて
フォト#3~8:2016年11月3日、印旛郡栄町にて
フォト#9、10:2017年2月19日、匝瑳市にて
フォト:#11、12:2017年2月25日、東京都中野区にて
フォト#13~15:2017年2月26日、我孫子市にて
フォト#13、14:2017年3月1日、我孫子市にて
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by ryujincho | 2017-03-05 23:38 | お薬師さん | Comments(0)