龍人鳥の徒然フォト日記

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2017年 05月 07日

『農業戦隊ヤンマージャー』

5月7日(日曜)。
手賀沼南岸を走る。
農業戦隊ヤンマージャーに出遭う。
いい面構え。
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横顔も見てみよう。
乗用車のような面構えだ。
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全体の勇姿を見てみよう。
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正式名称は、YANMAR YT470。
キャッチ・コピーが、これまた、かっこいい。
キャッチ・コピーを知りたい方は、こちらをポチッ!
「YANMAR YT470」

フォト:2017年5月7日、手賀沼南岸にて
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by ryujincho | 2017-05-07 23:32 | Comments(0)
2017年 05月 05日

『ばるびぞん村 2017.5.5』

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5月5日(金曜)。
手賀沼北岸、ばるびぞん村を走る。
「ばるびぞん村」は筆者が勝手に名づけた村の名だ。
「ばるびぞん村」の一画では、去年の冬、土が入れ替えられ、5月に田植えが行われた。
だが、その中で、写真の水田は田植えは行われなかった。
大将曰く、1年置いて、米作りは来年からだと。
その通り、今年、代掻き、張水、田植えと農作業が進んた。
稲の成長が楽しみだ。

フォト:2017年5月5日、手賀沼北岸
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by ryujincho | 2017-05-05 23:32 | Comments(0)
2017年 05月 03日

『株式会社SUBARU』

5月3日、太田市へ。
上野国史跡めぐり、第6弾。
関東最大の前方後円墳、天神山古墳をはじめとする太田市内の古墳めぐりに。
太田市内で、古墳のほかに見ておきたいものがもうひとつあり。
それをこの目で確認した。
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今年4月、富士重工業株式会社から株式会社SUBARUに社名変更した。
中島飛行機を源流とする富士重工業株式会社は、1958年(昭和33年)、後に「てんとう虫」の愛称で親しまれることとなる軽自動車「スバル360」を発売。
以来、半世紀を越えた今、SUBARUを社名に。
富士重工も捨て難いが、SUBARUは良い社名だと思う。

フォト:2017年5月3日、太田市内および東武伊勢崎線太田駅にて
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by ryujincho | 2017-05-03 23:31 | Comments(0)
2017年 04月 25日

『利根川の瀬音』

榛名山の爆発で埋まったという古墳時代の遺跡、「日本のポンペイ」とそれに関わる二つの資料館を訪ねた。
遺跡や資料館もさることながら、吾妻川や利根川の河岸段丘や榛名山麓、赤城山麓の地形を jitensha での走りで、十二分に味わわせて貰った。

4月23日(日曜)。
利根川の支流、吾妻川の流れ。
国道291号線、吾妻橋にて。
水の色は乳白色掛かった青緑色。
今、流れている水も、あと、数キロで利根川と合流する。
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国道291号線をひたすら走る。
ずっと上り坂。
子持交差点を左に入り、「日本のポンペイ」、黒井峯遺跡(渋川市、旧・北群馬郡子持村)に至る。
黒井峯遺跡をあとにして、国道291号線を下り、恵久保(いくぼ)交差点を左折し、県道158号線を東へ走る。
国道17号線との交差点/吹屋東交差点を過ぎた辺りの高台から利根川を眺める。
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彼方の雪山を眺める。
利根川の源流域、谷川岳であろうか。
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明らかに河岸段丘の地形である坂道を利根川に向かって下る。
短い距離の急坂である。
宮田橋にて、利根川の流れを間近に眺める。
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彼方の里山の八重桜が、文字通り、花を添えてくれている。
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宮田交差点を左折、県道255号線を北へ走る。
ずっと上り坂だ。
赤城歴史資料館へ向かう道、県道151号線の入口の手前で休憩。
彼方の景色を眺める。
水上方面へ向かう信越本線の線路、そして、その向こうに、利根川の源流域の谷川岳と思しき雪山を眺める。
先ほど、宮田橋の上から谷川岳と思しき雪山を眺めたが、もっとはっきりと見える。
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県道151号線に入り、赤城歴史資料館(へ向かう。
赤城歴史資料館は赤城山麓、利根川の河岸段丘、ずーっと、上り坂。
途中から<押し>。
赤城歴史資料館(渋川市、旧勢多郡赤城村)に至る。
赤城歴史資料館からの下り坂は、あっという間。

赤城山麓から、再び、榛名山麓へ。
県道158号線、国道17号線(吾妻川に架かる吾妻新橋を渡る)、県道33号線、県道291号線と複雑なルートを辿り、県道291号線金井国町交差点からから県道35号線金井南交差点に出て、県道35号線を北上し、金井東裏遺跡と金井下新田遺跡を目指す。
県道291号線金井国町交差点からから県道35号線金井南交差点に出る道がこれまた河岸段丘の地形で、ずーっと上り坂。
途中で、武衛さん支給の明治板チョコ・ブラックで、エネ・チャージ。
県道35号線金井南交差点から金井交差点を目指し、走る。
この道は、どちらかというと、緩やかな上り基調。
金井東裏遺跡と金井下新田遺跡に至る。
遺跡(といっても新設の道路工事現場)を見学し、県道35号線を南へ走り、県道25号線に入り、駅前旅館に辿り着いた。

4月24日(月曜)。
渋川市の市街地から群馬県埋蔵文化財調査センター発掘情報館(旧・勢多郡北橘村)へ。
渋川市街地から坂東橋まで利根川右岸サイクリングロードを走る。
下流に向かっているので僅かに下り基調、楽チン!
坂東橋下、坂東橋緑地公園から利根川を眺める。
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国道291号線(旧称国道17号線)、坂東橋から利根川を眺める。
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利根川左岸、国道291号線(旧称国道17号線)を南下、下箱田交差点を左折、県道160号線に入り、直ぐに右折。
ずっと上り坂となる。
利根川河岸段丘、赤城山麓を上る道である。
途中、景色のよいところで休憩。
榛名山を眺める。
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上り坂の途中で休憩はしたが、<押し>はなく、群馬県埋蔵文化財調査センター発掘情報館に至る。

再び、下り、利根川左岸を南下。
下流に向かっているので僅かに下り基調、楽チン!
JR前橋駅でフィニッシュ。

榛名山麓、赤城山麓、利根川河岸段丘が作り出す上り坂はきつかった。
だが、利根川の瀬音がそれを癒してくれた。
いつも、河口から80キロ、100キロあたりのゆったりとした流れの利根川を眺めている者にとって、上流域の利根川は魅力的な流れであった。

[Memo]
利根川の源流は、大水上山(おおみなかみやま)。
大水上山は、新潟県南魚沼市、同県魚沼市と群馬県利根郡みなかみ町の境目にある標高1,834mの山で、山系は三国山脈。
谷川岳から巻機山へ連なる太平洋と日本海を分ける中央分水嶺は、大水上山頂で東へ屈曲し、藤原山、平ヶ岳へと続く。
大水上山頂が群馬県の北限点である。

P.S. 遺跡と資料館に関する詳細は、追って、兄弟ブログ「上総守が行く!(二代目)」で綴りたく思っております。

フォト:2017年4月23日、24日
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by ryujincho | 2017-04-25 23:31 | Comments(0)
2017年 03月 17日

『2週間ぶりのポタリング』

3月17日(金曜)。
晴れ、暖か。

前日、眼科へ。
「術後、10日。経過は良好です」。
「有難うございます。保護メガネの着用は?」。
「今日から、着けなくてもいいですよ」。
「jitensha に乗ってもいいですか」。
「メガネの処方は右目が安定してから」。
「メガネは掛けずに jitensha に乗ることもあり、それは大丈夫です。jitensha に乗ると、目に風が当たったりしますが、それは大丈夫ですかという意味で」。
「それなら、jitensha に乗っても大丈夫です」。

よしっ!明日、乗ろうっ!

jitensha に跨り、手賀沼へ。
2週間ぶりのポタリング。

前日に続き、白い花。
昨日はハクモクレン、今日はコブシ。
どちらもモクレン科モクレン属。
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ツクシと jitensha。
この組み合わせは、師匠の真似をして。
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ハス群生地。
白い花のあとは、白い鳥。
コブハクチョウ。
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コサギ。
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ツグミ。
秋に北から群れで飛来、国内では単独行動、そして、再び群れで北帰行。
そろそろ、越冬を終え、シベリア方面へ帰る時期かな?
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フォト:2017年3月17日
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by ryujincho | 2017-03-17 23:58 | Comments(0)
2017年 02月 07日

『南極観測60周年を思いながら』

2月7日(火曜)。
晴れ、最高気温8度、北寄りの風、強し。
昨日に続き、手賀沼へ出動。
今月の手賀沼出動はこれで四連荘。

南岸を東へ向け、走る。
昨日は西風で、完全に追い風だったが、今日は北寄りの風。
追い風ではあるが、左後方からの風、時として左横からの強い風に煽られて jitensha が右へ押し流される。

波立つ湖面。
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白波をアップで。
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余りに風が強いので、このまま南岸を走り、東端を回り、北岸に入り、手賀沼一周という毎度のパターンは諦め、手賀大橋を渡り、半周で終わりとすることにした。

手賀大橋南詰の「道の駅 しょうなん」の脇を通り、橋へと向かう。

「道の駅 しょうなん」脇の「チーバくん」の幟旗が強風で捲くれ上がってしまっている。
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少し顔を出したチーバくん。
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懸命に顔を出してくれたチーバくん。
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手賀大橋を渡る。
波立つ湖面。
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白波をアップで。
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橋の上は、もろに風を受ける。
煽られて倒れそうになる。
常磐線や地下鉄東西線は風が強いと江戸川鉄橋で徐行したり、運転を取りやめたりする(今日はどうだったかは不明ながら)。
瀬戸大橋を走るJR瀬戸大橋線も同様の対応である(同上)。
橋の上で jiensha に乗って、ひっくり返って、怪我でもしたら、アホやといわれるだけである。
jitensha から降り、<押し>で進む。

最近、南極観測60周年のテレビ番組を幾つか見た。
1956年(昭和31年)11月8日、第1次観測隊の「宗谷」は東京を出港、順調に南極の氷海に接岸し、1957年(昭和32年)1月29日、南極・オングル島で上陸式を挙行。
その日から60周年を迎えたのだ。
番組では、昭和基地の建設、ブリザードの中での作業などが映し出された。
そして、後に、タロとジロの姿も。
筆者、小学低学年の頃に見た記憶が蘇って来る。
その頃、テレビはまだ家にはなかったから、映画館のニュース映画で見たのであろう。

手賀大橋を<押し>で渡りながら、ブリザードはこんなもんじゃない、ヤワなことやと恥じ入りながら橋を渡った。

夜のニュースで東京地方は風速20メートルであったと報じていた。
手賀沼半周としたこと、jitensha を押して橋を渡ったこと、こりゃ。まあ、しゃーないことや、と心の中で思った。

フォト:2017年2月7日
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by ryujincho | 2017-02-07 21:45 | Comments(0)
2017年 02月 06日

『梅の花』

2月6日(月曜)。
晴れ、最高気温14度、西風強し。
2月に入り、1日は昼飲み会、酒を飲んだ二日酔い気味の翌日は何となく過ごし、3日は所用ありということで、jitensha に乗っていなかった。
だが、4日、5日、そして、今日と手賀沼出動、三連荘。

いつもとは違う道から手賀沼へ。
強い西風を避けるため、風除けとなる里山沿いの道を西へ走る。
梢で鳥の声。
梢を見上げ、鳥影を探していたところ、左側に立っていた杭から鳥が1羽、飛び立った。
黒い羽、オレンジ色の胸、ジョウビタキのオスであった。
左の杭に鳥が止まっていることに全く気付かなかった。
高さといい、距離といい、鳥見写真を撮るのに絶好の位置だった。
残念と思っても仕方がない。
この道にジョウビタキのオスがいることが分かっただけでも儲けものとポジティヴに考えることとした。

手賀沼西岸、かわせみ池近くの梅林に立ち寄ってみる。
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梅林といったって、全く剪定されていない、梅の雑木林である。
ベニマシコが来ていたり、メジロが来ていたりで、結構、鳥見で楽しませてくれる梅林であるが、今日は、全く、
鳥影がない。
先日、テレビで太宰府天満宮の「飛梅」の開花した様子を見たなあと思いながら、雑木梅林の白い梅の花を楽しむのえあった。

手賀沼南岸を走る。
相当に西風が強い。
強い西風を背に受けて、完全追い風モード。
ペダルを漕がずとも、サイクルコンピューターの時速表示は19km/hから20km/hの間を行ったり来たりしている。
楽チン!

波立つ湖面。
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白波をアップで。
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手賀沼東端から北岸に入る。
今度は、チョー、強力な向かい風。
サイクルコンピューターの時速表示は、10km/h、9、8、7...と下がっていく。
漕ぐ、漕ぐ、漕ぐ、5km/hをキープして。

輝く湖面。
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強い風を避け、入り江で休息するカモたち。
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明日はジョウビタキのオスを撮るぞ!と固い決意だが、さて?

フォト:2017年2月6日
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by ryujincho | 2017-02-06 23:58 | Comments(0)
2017年 01月 27日

『世界遺産 ラスコー展(Ⅱ)』

「世界遺産 ラスコー展」。
本ブログの前編で、謎の「記号」について綴ってみた。

本ブログでは「記号」のことだけに留めようと思ったが、再現された5ヶ所の洞窟壁画のうち、5ヶ所目の「井戸の場面」は先の4ヶ所と画風を異にしているなど興味深い点が多々あるので、「井戸の場面」について少々触れておきたい。

「井戸の場面」。
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井戸の場面
・物語を感じさせる場面で、洞窟の最深部である「井戸状の空間」に描かれました。
・傷つき、腸がはみ出たバイソンが、トリの頭をした男を突き刺しています。
・男の下にあるのは、トリを彫刻した投槍器(槍投げの補助具)と思われます。
・向かって左側にはケサイがあり、その尻尾の下に6つの点が描かれています。
・第3章でご覧いただいた<ラスコー洞窟のランプ>はここで発見されました。
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腸がはみ出たバイソン。
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トリの頭をした男、足元の投槍器。
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左/ケサイ、尻尾の下に6つの点。
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この洞窟壁画を眺めながら、昨年11月に訪ねた保渡田古墳群(群馬県高崎市)の八幡塚古墳から出土した埴輪群と重ね合わせるのであった。
埴輪群の中に、弓矢で射られ、臀部に矢が刺さり、血の滲んだイノシシがあった。
時代は大きく異なれど、何かを表現したいという欲求に駆られることは共通しているのかもしれない。

左端の「ケサイ」とは?
その姿は「第5章 ラスコーの壁画研究」のパネル「クロマニョン人がみた動物たち」にあった。
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右から二頭目が「ケサイ」である。
ケサイについて調べてみたところ、「ケサイ(毛犀)。ケブカサイ(毛深犀)ともいう。2万~10万年前の大氷河時代の終りに、ヨーロッパから北アジアにかけて広く分布していた大型で毛深いサイ」とあった。

「第5章 ラスコーの壁画研究」での映像解説の中で記憶に残ったことは次の通りである。
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描かれたウシは、胴が太く、頭と首は小さく、細く、四肢は細く、短いのが特徴である。
複数のウシが描かれているが、どのウシも同様の特徴で描かれている。
ラスコーの壁画は、一人の<画家>が描いたのではなく、複数の人たちで描かれたはずなので、誰かリーダーがいて、こういう形で描くようにと指示したのではないかと思われる。
因みに、リーダーの<画家>はシャーマン的な人であったかもしれないとの説もある。
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この解説を聞いて、複数のウマも同様の特徴で描かれていることに気付いた。
リーダーがいて、その指示のもと、同様のパターンで描く。
クロマニョン人は、個々の動物のみならず、壁画全体の仕上がりもイメージしながら、統一感の絵ある壁画を描き残そうとしたとすれは、これは素晴らしい芸術心、美的感覚を持った人たちであったことが伺える。

子供たち向けの案内キャラクターになった「トリ人間」。
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ラスコー洞窟内部の写真。
「牡牛の広間:入り口側からの眺め」(写真右下記載のキャプション)。
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『身廊』内の眺め:左壁に黒い牝ウシ、右壁に《泳ぐシカ》、左奥に《背中合わせのバイソン》」(同上)。
前述では、《泳ぐシカ》と《背中合わせのバイソン》の写真掲載は割愛したが、展示で素晴らしい造形を見た。
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「軸状ギャラリーの入口:牡牛の広間からの眺め」(同上)。
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首から上が黒い牝ウシ。体が赤褐色の牝のウシは、首から上が黒く描かれている。ほっそりとした首や角、長い尻尾が優美である」(同上)
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「突き当たりのひっくり返るウマ。この空間の突き当たりでは、体が黄褐色で、たてがみと脚が黒いウマが真っ逆さまにに落ちていくかのように描かれている。(写真右中央)」(同上)。
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ラスコーの壁画は非公開となっている今、洞窟内の<ナマ>の写真は貴重である。

あれこれ綴って来た本ブログも、愈々、最後となった。
最後ではあるが、会場に入ったときに目を通した主催者の挨拶文を掲載しておこう。
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ご挨拶
今から2万年ほど前、フランス南西部のヴェゼール渓谷にある洞窟に、壮大な壁画が描かれました。
そこはラスコー洞窟、壁画を描いたのはクロマニョン人です。
ラスコー洞窟の壁画は、クロマニョン人が描いた数ある壁画の中でも色彩の豊かさや、技法、そして600頭とも言われる圧倒的な数の躍動感あふれる動物画が格別に素晴らしく、1979年に世界遺産にも登録されました。
壁画を保存するため、洞窟は現在非公開となっていますが、その魅力を広く人々に知ってもらうべく、フランス政府公認のもと制作された展覧会が世界巡回している「LASCAUX INTERNATIONAL EXHIBITION」です。
そして、世界各国で人気を博しているこの巡回展に日本独自のコンテンツを加えたのが「世界遺産 ラスコー展」です。
本展では、謎に包まれたラスコー洞窟の全貌を紹介するとともに、1ミリ以下の精度で再現した実物大の洞窟壁画展示によって、研究者ですら入ることができない洞窟内部の世界を体験することができます。
また、クロマニョン人が残した芸術的な彫刻や多彩な道具にも焦点をあて、2万年前の人類の豊かな創造性や芸術のはじまりを知る旅にご案内いたします。
最後になりましたが、本展の開催にあたり、貴重な資料を出品いただきました、フランスの国立考古学博物館、国立先史博物館、古人類学研究所、アキテーヌ博物館をはじめ国内外の博物館、研究機関、ご後援、ご協賛、ご協力を賜りました関係各位に心から御礼申し上げます。
主催者
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フランスの西南部、ドルドーニュ県、ヴェゼール渓谷のモンティニャック村の近郊に位置するラスコー洞窟は1963年に閉鎖され、壁画は非公開となっているが、1983年、一般見学が可能なように、オリジナルの洞窟の近くにレプリカの洞窟「ラスコー2」が作られた。
更に、遠隔地での展示が可能なようにレプリカの洞窟「ラスコー3」が作られ、フランス国内で巡回の後、カナダやアメリカを巡回、日本では、今年、上野の国立科学博物館、東北歴史博物館、九州国立博物館を巡回することとなっている。
オリジナルの洞窟近くでは、昨2016年12月、「ラスコー4」がオープンしたとAFP通信は伝えている。

見物客の吐く息で壁画は損傷し、洞窟は閉鎖されたが、レプリカを次々と製作し、一般公開しているのは、文化に優れたフランスらしいない失敗をしてしまった(日本でも高松塚古墳で同様の失敗をしている)が、それをリカバーする努力もなされている現われであろう。

レプリカは「ラスコー2」、「ラスコー3」、「ラスコー4」と名付けられているが、しからば、「ラスコー1」は?
それは、オリジナルのラスコー洞窟壁画であることは申すまでもなきことであろう。

「世界遺産 ラスコー展」公式ショップにて。
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牡ウシの足元の、四角形の記号をもう一度...。
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発見!牡ウシの足元のみならず、胴、首、顔にも記号らしきものが...。

フォト:2017年1月26日

(完)
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by ryujincho | 2017-01-27 23:52 | Comments(0)
2017年 01月 27日

『世界遺産 ラスコー展(Ⅰ)』

1月26日、上野・国立科学博物館で開催中の「世界遺産 ラスコー展」を楽しんだ。
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「ラスコー展」に行こうかどうしようかと昨年秋から思案。
年が明け、1月21日(土曜)、TBS「世界ふしぎ発見!30周年スペシャル」を見た。
番組の中で、雑誌「ナショナルジオグラフィック」が毎年世界から選抜する“エマージング・エクスプローラー(新しい時代を切り開く研究者)"の一人、洞窟壁画を研究するカナダの新進気鋭の古人類学者ジェネビーブ・ボン・ペッツィンガー女史が紹介された。
彼女が注目したのは、動物画ではなく、これまで見過ごされてきた図形や記号で、ヨーロッパ中の洞窟の図形や記号を調査し、その解読に挑戦しているのである。

洞窟壁画の中に、図形や記号があることをこの番組で知り、図形や記号を是非見たいと思い、「ラスコー展」に行こうと決心した。

TBS「世界ふしぎ発見!」から、少々、画像を拝借して。
古人類学者ジェネビーブ・ボン・ペッツィンガー女史。
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図形と点。
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ヨーロッパ中の洞窟で集めた32の記号。
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自然界や生活のことを表した記号との仮定のもと、女史は一生を掛けてその解読に挑むという硬い決意。
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1940年、世紀の大発見をした4人の少年のうちの一人、シモン・コエンカス少年(再現映像)。
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今や好々爺となったシモン・コエンカス氏が登場。
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国立科学博物館「ラスコー展」へ。

「ラスコー展」は全8章で構成されている。
第1章 衝撃の発見、壁画の危機、そして、閉鎖
第2章 封印された洞窟を開く よみがえるラスコー
第3章 洞窟に残されていた画材・道具・ランプの謎
第4章 ラスコー洞窟への招待
第5章 ラスコーの壁画研究
第6章 クロマニョン人の世界 芸術はいつ生まれたか
第7章 クロマニョン人の正体 彼らはどこから来たのか
第8章 クロマニョン人の時代の日本列島

第1章 衝撃の発見、壁画の危機、そして、閉鎖。
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ラスコー洞窟とその壁画は、1940年に地元の少年によって偶然発見されました。
その素晴らしさは感動を呼び、多くの見物客が訪れましたが、そのために壁画の損傷が進みました。
壁画を構成に残すため、現在、洞窟は閉鎖され非公開となっています。
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偶然の発見
1940年9月8日のこと、モッティニャツク村のマルセル・ラヴィダ少年の飼い犬が穴に落ちてしまいました。
秘密の地下通路を発見したと思った少年は、4日後、友だち3人と、間に合わせのランプをもって現場へ戻りました。
入り口を広げて入ったところ、それは新発見の洞窟でした。
驚いたことに、その中には、無数の古そうな壁画が描かれていました。
(以下、調査の様子、研究者や見物客の吐く炭酸ガスの影響で壁画が劣化、閉鎖に至る記述の掲載は省略します)
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TBS「世界ふしぎ発見!」ではシモン・コエンカス少年が登場、「ラスコー展」では犬の飼い主であったマルセル・ラヴィダ少年の名が登場。
解説では「犬が穴に落ちてしまった...」とあるが、或る資料では「犬が追いかけていたウサギが穴に逃げ込んだので...」とある。
細かいことをいうつもりはない。
洞窟内に描かれた無数の動物たちと、犬、ウサギ、そして、少年たちの<動物つながり>、更には、少年たちの<探検心>が「世紀の大発見」に結びついたということである。

第4章 ラスコー洞窟への招待。
次の5ヶ所が再現されている。
・「褐色のバイソン・ヤギの列・ウマの列」
・「黒い牝ウシ・ウマの列・謎の記号」
・「背中合わせのバイソン」
・「泳ぐシカ」
・「井戸の場面」

「ラスコー展」の全貌をここに綴るつもりはなく、図形や記号を中心に綴っておきたい。

「黒い牝ウシ・ウマの列・謎の記号」の壁画の中の<記号>を視認!
解説。
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黒い牝ウシ・ウマの列・謎の記号
・中央に大きく描かれた黒い牝ウシの背後を、様々なポーズをした20頭のウマが行進しています。
・ウシの角は先端だけが黒く塗られ、鼻先の線は舌を出しているようにも見えます。
・奇蹄類で1本指のウマと、偶蹄類で2本指のウシを脚は、しっかり描き分けられています。
・ウシの足元にある謎の四角形記号は、赤・黒・茶・紫で色づけられています。
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「ウシの足元にある謎の四角形記号は、赤・黒・茶・紫で色づけられています」とある。
有難い解説である。

特殊ライトで浮かび上がる「黒い牝ウシ・ウマの列・謎の記号」。
ウシの足元の、謎の四角形記号を視認。
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特殊ライトが消え、彩色された壁画が現れる。
謎の四角形記号をしっかりと見る。
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アップで。
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再び、特殊ライトが点灯し、謎の四角形記号の輪郭がくっきりと現れる。
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アップで。
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「ラスコー展」での記号に関わる解説は、然程、多くはなく、この「黒い牝ウシ・ウマの列・謎の記号」に関わる1行の解説のほか、後程、巡った二つのコーナーで解説があったのみである。

第5章の「ラスコーの壁画研究」のコーナーでの映像解説によれば、紫色が使われているのは、謎の四角形記号、ただひとつであるとのこと。
紫は貴重な顔料であったのかもしれない。
紫は何を意味していたのであろうか。
そして、枡形に仕切られた四角形は何を意味しているのであろうか。
映像解説の中で、枡形に色を塗っている様子が映し出された。
そのとき、この四角形は図形や記号ではなく、色合いを調合するパレットの役目をしていたのではないかと想像した。
ひょっとしたら、この素人考えが新説となるかも...。

壁画の記号のほか、第6章の「クロマニョン人の世界 芸術はいつ生まれたか」のコーナーに展示されていたトナカイの角で作られた投槍器に、線刻された動物と共に、楕円や菱形などの記号が刻まれていた。
楕円と菱形をTBS「世界ふしぎ発見!」で登場した「32の記号」で探してみた。
楕円(oval)はあるが、菱形は見当たらなかった。

TBS「世界ふしぎ発見!」の中で、古人類学者ジェネビーブ・ボン・ペッツィンガー女史は、洞窟の壁に描かれた図形や記号のみならず、無数に描かれた「点(dot)」の集合体にも拘っていた。
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「ラスコー展」では、顔に点で<化粧>する様子が展示されていた。
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この<化粧>も何か意味するものがあるのであろう。

以上が、「記号の謎」についてである。。
記号のことだけに留めようと思ったが、再現された5ヶ所の洞窟壁画のうち、5ヶ所目の「井戸の場面」は先の4ヶ所と画風を異にしており、続編で、「井戸の場面」について少々触れておきたい。

フォト#2~#8、#16:2017年1月21日from TBS「世界ふしぎ発見!」
フォト#1、#9~#15、#17、#18:2017年1月26日@「ラスコー展」

(つづく)
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by ryujincho | 2017-01-27 23:51 | Comments(0)
2017年 01月 01日

『丁酉初詣』

初詣は、毎年恒例、成田山新勝寺。
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龍コレクション/其の一。
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本堂から境内を眺めるの図。
毎年、三が日で300万人余の初詣客があるという。
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本堂翼より三重塔を眺めるの図。
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龍コレクション/其の二。
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各地の国府跡・国分寺跡・総社めくりを始めてから、塔と大幡竿が気になることと相成り、初詣では塔と竿の龍の飾りをコレクション。

成田山参道。
創業元禄弐年 清酒「仁勇・不動」醸造元 鍋店(なべだな)で金百五十文也の甘酒を頂戴する。
これも恒例。
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川村佐平治商店で金山寺味噌を購う。
これも恒例。
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「恒例の」を済ませると、何だか、ほっとする。

丁酉(ひのと とり)の、新たな1年が始まった。

フォト:2017年1月1日
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by ryujincho | 2017-01-01 23:51 | Comments(0)