龍人鳥の徒然フォト日記

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2017年 04月 16日 ( 1 )


2017年 04月 16日

『小貝川残桜花見ポタリング/河口~豊田堰~文巻橋の巻』 kp-7

4月15日(土曜)。
小貝川残桜花見ポタリング。
相棒は、ドラポタ、武衛さん。

コースは、水海道駅~福岡堰~小目沼橋~間宮林蔵生家・記念館~岡堰~豊田堰~河口(利根川合流地点)~布佐駅。

午後2時、岡堰を出発。
小貝川左岸をゴールの河口、即ち、利根川合流地点を目指して走る。
相変わらず、強い向かい風。
天気予報では「昼から所により雷雨」とのことであった。
空は晴れから、明るい曇り、そして、何となく怪しげな空模様に。
「武衛さん、こりゃー、文巻橋で切り上げ、藤代駅から輪行とするのが賢明のよう」。
「そうしませう」。

午後3時少し前、文巻橋西詰に至る。
ゴールまで残り約10kmであるが、雨に降られては元も子もない。
文巻橋からJR常磐線藤代駅へ向かう。
藤代駅の50mくらい手前で、雨がパラ、パラ、パラと。
急ぎ、駅へ。
濡れることなく、藤代駅に到着。

本来なら、反省会ということになるのだが、この日は元々、反省会はなし、としていたので、そのまま、輪行にて帰館。

自宅に到着して、つらつら考えるに、この日、4月15日のポタは、小生、68歳最後のポタであった。
天気の都合とはいえ、予定通りのゴールに至らず、記念すべき(???)ポタリングは何となく中途半端に終わってしまった。
ということで、残りの区間を走るべく、翌16日、再び、小貝川へ出掛けることにした。

4月16日(日曜)、晴れ。
満69歳初日ポタリング。
前日、15日は小貝川上流から下流へと走ったが、この日は下流から上流へ走ることにした。

手賀沼北岸~手賀川左岸~布佐~栄橋(利根川)を走り、小貝川河口に至る。

手賀沼北岸、ビオトープ付近で営巣中のコブハクチョウ。
右の藪の中と左の水上に白く見えるのがコブハクチョウのカップル。
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右側、巣の上のコブハクチョウをアップで。
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左側、泳ぎながら監視中のコブハクチョウをアップで。
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いつも心地のいい、さえずりを聞かせてくれるホオジロのシルエット。
たまたま、逆光だったんだけどね。
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縄張りを見張り中の、モズ。
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布佐の町を経由して、利根川に架かる栄橋を渡る。
利根川右岸を走る。
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小貝川河口、利根川との合流地点を眺める。
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小貝川左岸を走る。
小貝川の最下流に架かる橋、戸田井橋東詰を過ぎ、豊田堰に至る。
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豊田堰を左岸から右岸へ渡る。
堰を流れ落ちる水を眺める。
前日、岡堰で見たような鯉の群れや鯉の流れ落ちはないかと覗き込むも、そうした光景は見えず、ただ、水が勢いよく流れ落ちるだけ。
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満々と水を湛えた豊田堰。
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ズームアップ。
堰に流れ込む川幅はこれくらい。
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筑波山を借景とする福岡堰や中島や水神岬を有する岡堰に比べると、豊田堰は殺風景である。

秋、堰に水が溜まっていない頃の風景は、第6話で貼り付けた2010年10月27日付けブログ『小貝川/豊田堰"水事情"視察』 をご覧いただきたい。

小貝川右岸を遡る。
jitensha を止め、豊田堰を眺める。
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更に遡り、川の流れを眺め、豊田堰を遠望する。
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今日の jitensha。
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JR常磐線の鉄橋をくぐり、文巻橋に至る。
これで、前日に予定していたコースを完走となった。

小貝川サイクリングロードから外れ、JR藤代駅に至る。
さて、ここから輪行で帰えろうか、自走で帰ろうか?
69歳初日のポタリングである。
自走で帰ろう!

旧水戸街道/藤代宿を抜け、取手方面へと走る。
この道は「旧水戸街道ポタリング」で走ったことがあり、馴染みのある道だ。
国道6号線(水戸街道)を横切り、JR常磐線の踏切を越える。
この踏切の名称が好きだ、
「旧陸前浜街道踏切」。
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陸前浜街道は、「街道」の名称が付されるところから、江戸時代の街道と混同・錯覚されることがあるが、通称や俗称的なものでもなく、明治政府により、明治5年(1872年)4月29日に定められた公道名である。(出典:ウィキペディア)

「旧水戸街道」。
こちらは江戸時代の街道名を記す標柱。
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水戸街道は江戸時代に江戸と水戸を結ぶ重要な街道でした。
日本橋を起点に千住で日光街道から分岐して、新宿・松戸・小金・我孫子・取手・藤代・若柴・牛久・荒川沖・中村・土浦・中貫・稲吉・府中・竹原・堅倉・小幡・長岡の各宿を経て、水戸城下に至りました。
取手市域では、現在の大利根橋付近で利根川を渡り、取手宿に入り、吉田村を経て、水田地帯の道を真直ぐに藤代宿に達し、東に折れ、さらに北へ向かい、宮和田村の小貝川の渡しに着きます。
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利根川に流れ込む相野谷川に架る土橋東詰の道標。
「水戸十八里」、反対側には江戸十一里」と刻まれている。
「来應寺」とは、左折し、相野谷川沿いにある寺である。
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取手の町を通り抜け、利根川に架かる利根大橋を渡り、帰館。

こうして、「小貝川残桜花見ポタ」は、天気のお陰(お陰と言ってよいだろう)で、68歳最後のポタ+69歳最初のポタに仕上がった次第である。

走行距離。
4月15日:40km、16日:44km。
(参考)小貝川/福岡堰~河口(利根川合流地点)の走行距離は約42km。

68歳、最後のポタリングにお付き合い戴いた武衛さんに感謝!である。
そして、アーカイブから登場した、2010年の大給守さん、2013年の伊豆守さん、南国守さんにも感謝!である。

フォト:2017年4月16日

(完)
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by ryujincho | 2017-04-16 23:31 | 小貝川残桜花見ポタリング | Comments(0)