龍人鳥の徒然フォト日記

ryujincho.exblog.jp
ブログトップ
2017年 05月 18日

『下がり藤 Part 2』

5月2日付けブログで「下がり藤」のことについて縷々綴った。
『下がり藤』
信濃岩村田藩内藤家の家紋とそれに纏わる話の〆として、「大給守殿の御屋敷の『下がり藤』、そして、旧中込学校の『下がり藤』の景色が目に浮かぶ」と結んだ。

そうこうしている中、5月15日、大給守殿から旧・中込学校の藤の写真が送られて来た。
a0289546_648115.jpg
旧・中込学校は国内の学校建築のうち現存する最古級の擬洋風建築物。
近年、改修工事を終え、往時の姿を再び現した。
藤の色と白い校舎の色が佳き雰囲気を醸し出している。

更に、5月18日、大給守殿殿から、「砂ずりの藤」と題し、御屋敷の庭の藤の写真が送られて来た。
a0289546_6562571.jpg
a0289546_6564299.jpg
確かに、「砂すりの藤」である。

今年も藤の花を大いに楽しんだ。
残るは、「金は内藤 志摩守 裾からぼろが 下がり藤」と領民が揶揄したように、信濃岩村田藩内藤家の財政が逼迫したのはいつの時代であったか、これの解明のみである。

砂ずりの 裾たくし上げ 志摩守   霹靂火

5月2日付けブログでは家紋の「下がり藤」について縷々触れたが、ここでは家紋の「上がり藤」について少々触れておきたい。

「上がり藤」の由来を調べたところ、諸説あるが、「下がり藤」の家紋家が本家・分家の区別をつけるために「上がり藤」が作られたとか、家の勢力が下がるのを嫌って運気を上げる「上がり藤」にしたという説が有力のようだ。

「下がり藤」は下へ垂れ下がるという自然の摂理に従って作られた家紋であり、運気を下げるというようなことは当たっていないと思うのだが、如何であろうか。

来年は白い藤をメインに写真を撮ってみようと思っている。

フォト:2017年5月15日、18日、大給守殿提供
[PR]

by ryujincho | 2017-05-18 23:31 | 花紀行 | Comments(0)


<< 『江戸川ポタリング/矢切の渡し...      『初夏を謳歌』 >>