2018年 01月 18日
1月16日(火曜)、晴れ。 ドラポタ走り初め。 里見公園で、明戸古墳石棺や国府台城跡を見学後、次は、東京医科歯科大市川キャンパス内にある法皇塚古墳を目指し、東へ走る。 住宅街を抜けると県道1号線に突き当たる。 その右手が東京医科歯科大市川キャンパスである。 正門を入る。 守衛室も事務所もない。 構内に入るのはフリーパスのようだ。 ということで、フリーパスで入れて戴く。 正門近くに立つ案内図を見る。 その手前の広場の名は、法皇塚広場。 どんな古墳なんだろうと、何だか、嬉しくなってくる。 南東側から眺める。 自販機の奥の、森のように見えるのが法皇塚古墳。 法皇塚古墳 この古墳は、直径58m、高さ5mという市川市最大の前方後円墳です。 昭和44年の発掘調査のとき、後円墳から横穴式石室を有する主体部が発見され、そこから甲冑、太刀、鉄鏃、ガラス玉、馬具関係品、その他の副葬品が発見されました。 これらの副葬品を納めた古墳は、今までに下総南部の地域では認められなかった極めて貴重な存在で、築造年代は6世紀前半の頃と思われます。 また、出土品は市川考古博物館に展示されています。 東京医科歯科大学教養学部 ----------------------------------- 法皇塚古墳 市川市国府台二丁目、東京医科歯科大学構内の北端に位置する。 この付近は、里見公園から須和田丘陵に連続するその中継地点に当たり、明戸古墳には北方200m、弘法寺古墳には南方約300mで達する。 江戸川沿いの南北に細長い丘陵の末端近くに位置することになり、かつては江戸川を一望のもとに収めることのできた佳勝の地であったに違いない。 明治年間に軍用地整備のため、国府台一帯が整地された際にも、墳裾以外はあまり手を加えることがなかったと伝えられている。 従って、現在でも墳丘の全容をみることができる。 昭和26年、故後藤守一博士が発掘調査されたことがあるが、この時は北側の封土をかなり深くまで発掘したが、埋葬主体は発見できず、わずかに家形埴輪片を含む若干の遺物を採集したにとどまったと言われる。 昭和40年春、明治大学考古学研究室が墳丘及び付近の地形測量を実施した。 その結果、法皇塚古墳は、下総西南部の地域では最大の前方後円墳であることが判明した。 即ち、前方部を西側に向けて主軸方位N40度Wを指し、長軸全長58m、後円部径現存24m、高さは5mあまり、前方部先端幅現存28m、高さはやはり5mあまりを測る。 古墳の墳裾は軍用地整備のためか、一部が石垣となったり、削り取られたりしていて、明確にその規模を把握できないが、測量図をもとにして復原してみると、主軸全長65m、後円部直径30m、前方部の幅35m、高さは前方部・後円部ともに5.5mほどの規模となる。 後円部よりもやや前方部の発達した段階の古墳の姿を示しているとみてよいであろう。 次いて、昭和44年3月に法皇塚の発掘調査を実施することになった。 調査は市川市の委嘱のもとに明治大学考古研究室がこれを行った。 発掘調査の結果、法皇塚古墳の埋葬主体は後円部に造られた横穴式石室であることが判明した。 石室は西南に向かって開口し、軟質の凝灰岩や硬質砂岩を中心とするので、架構したものが全く痕跡をとどめていなかったが、石室床面は板石を亀甲張りしたもので、豊富な副葬品が検出された。 また、墳丘には埴輪片が散在しており、いずれも原位置を保って埋置してあったり、石室玄関近くに人物埴輪が発見されたりしたことが、それを証していると思われる。 かつて故後藤守一博士が、前方部において家形埴輪を採集されたことも、前方部における埴輪埋置の方法を探る上で極めて貴重な資料と言わねばならない。 発見された副葬品 ①甲冑 一領、②太刀 四口分、③鉄鏃 一括、④馬具鏡板付轡 一対、⑤馬具轡 一対、⑥鉄地金銅張雲珠 二個、⑦地金銅張辻金具 二個、⑧地金銅張鞍金具 一具分、⑨鉄製輪鎧片、⑩銅釧 一対、⑪ガラス丸玉 一括、⑫鉄地金銅張留金具 一括、⑬鉄具片、⑭金銅装帯状飾金具 一帯分、⑮用途不明鉄器 一括、⑯人骨及び歯牙 一括 以上の副葬品は、市川考古博物館(市川市北国分町)に展示されています。 東京医科歯科大学 教養学部事務部総務掛 (参考文献 市川市史第一巻原始の古代より) ----------------------------------- これらの説明に目を通し、写真を撮っていたところ、「縦書きかと思ったら、横書きでした」と武衛さんの声が。 武衛さんの声は、掲示板の説明書きに目を通したあと、南側の墳裾に置かれた、もうひとつの説明板に目を通していたときに発されたものであった。 内容は前掲の説明と同じであるが、記録としてこれも読み下しておこう。 縦書きで読みそうになる横書きなので、段落は原文通りで記しておこう。 なお、原文では、標題の「法皇塚古墳」の「法皇」が「法王」となっているのはご愛嬌ということにしておこう。 -------------------------------------- 法王塚古墳(前方後円墳) 昭和43年3月、明治大学考古学研究 室によって発掘調査が実施されてもの で、埋葬主体は後円部に造られた横穴 式石室であり、墳形、埋葬施設、副葬 品の検討から古墳時代の末期に築造さ れたものであることが判明した。 古墳は、軍用地整備のため、一部分 が石垣となったり削り取られたりして 明確にその規模を把握できないが、測 量図をもとに復原してみると、主軸全 長65米、後円部直径30米、前方部の幅 35米、高さ前方部、後円部ともに55米 ほどの規模で、下総西南地域で最大の 古墳である。 -------------------------------------- 法皇塚古墳の全体を眺めるべく、南側の説明板の位置から時計回りで古墳を一回りしてみることにした。 西側から。 前方部の先端部分。 左手/後円部、右手/前方部。 左手/後円部、右手/前方部。 後円部。 後円部に生える、大きな古木。 後円部の先端と、大学の建物。 --------------------------------------------- 前方部を西側に向けて主軸方位N40度Wを指し、長軸全長58m、後円部径現存24m、高さは5mあまり、前方部先端幅現存28m、高さはやはり5mあまりを測る。 古墳の墳裾は軍用地整備のためか、一部が石垣となったり、削り取られたりしていて、明確にその規模を把握できないが、測量図をもとにして復原してみると、主軸全長65m、後円部直径30m、前方部の幅35m、高さは前方部・後円部ともに5.5mほどの規模となる。 後円部よりもやや前方部の発達した段階の古墳の姿を示しているとみてよいであろう。 ----------------------------------------------- 古墳上に積もる落ち葉を踏みしめながら、昨年5月の「上野国史跡めぐり」で、太田市内の天神山古墳、女体山古墳、塚廻り古墳と3基の古墳をめぐったとき、女体山古墳で周堀跡に溜まった落ち葉を搔き集め、袋詰めにしていた農家の人と、暫し、歓談したことを思い出した。 先ほど、訪ねた明戸古墳石棺の説明書きの中に「考古博物館による測量図」があった。 そして、ここ、法皇塚古墳の説明書きの中に「出土品は市川考古博物館に展示されています」と書かれていた。 一昨年の5月、「下総国/国府跡・国分寺跡・総社めぐり」の途中、市川考古博物館を訪ねたことがある。 そのときは、下総国府跡や下総国分寺・国分尼寺跡関連の展示や、古代寺院の龍角寺関連の展示に気を取られ、法皇塚古墳の出土品が展示されていたという記憶はない。 次回、市川考古博物館を訪ね、古墳時代の展示をじっくりと見学してみたい。 次の訪問先は、弘法寺境内にある弘法寺古墳だ。 東京医科歯科大 市川キャンパスから弘法寺へ向け、県道1号線を南へ走る。 フォト:2018年1月16日 (つづく)
by ryujincho
| 2018-01-18 23:34
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