龍人鳥の徒然フォト日記

ryujincho.exblog.jp
ブログトップ
2017年 11月 16日

『旧吉田家住宅』

11月16日。
旧吉田家住宅(柏市)を見学。

長屋門。
a0289546_1023511.jpg
長屋門前の桜の大樹。
趣味の、支柱コレクション。
a0289546_10241949.jpg
長屋門の瓦。
a0289546_10302553.jpg
瓦には吉田家の家紋が焼き込まれている。
家紋は植物のカタバミと剣が組み合わされた「剣片喰(けんかたばみ)」である。

門をくぐる。
a0289546_10304462.jpg
主屋。
a0289546_10312598.jpg
茶の間。
a0289546_10344658.jpg
「ミセ」。
a0289546_10354550.jpg
「ミセ」の玄関から表を眺める。
a0289546_10383959.jpg
「ミセ」から渡り廊下を通り、書院へと進む。
a0289546_10402648.jpg
書院。
a0289546_10423089.jpg
a0289546_10443314.jpg
a0289546_10445025.jpg
廊下の角の設えをアップで。
この角の設えを見ただけでも、施主と棟梁の拘りが見て取れる。
a0289546_1045394.jpg
吉田家とは。
吉田家は大規模に農業を営みながら代々名主の職を務めていたうえ、文化2年(1805)から醤油醸造業に進出し、天保2年(1831)から穀物商を営むなど在郷商人として成長した。
また、江戸幕府御用牧として開設された小金牧の管理にも携わり、野馬奉行の下で文政9年(1826)から明治4年(1871)牧の廃止に至るまで牧士に任命され、士分格の地位が与えられていた。

醤油醸造番付。
前頭筆頭の「花井 吉田官蔵」が当家である。
a0289546_0193389.jpg
大関に「野田 茂木勇右衛門」の名がある。
これはキッコーマン醤油の前身である。
関脇の「銚子 田中玄蕃」の名がある。
これはヒゲタ醤油の前身である。

吉田家住宅とは。
往時の吉田家の姿は、明治27年(1894)に作成された銅版画に克明に描かれている。
東西に細長い広大な屋敷地を東西に二分して、東半を宅地、西半を醤油醸造場とした。
その南前方には畑が広がっていた。
その後、大正12年(1923)には関東大地震により醸造場の諸施設が倒壊したことと、この当時事業が不振であったことが重なり、これを機に廃業された。
その後、醸造場跡地は吉田家の新宅となり、南面の畑は平成8年(1996)に芝地に改められた。
旧宅地・建物と芝地は平成16年(2004)に柏市に寄贈された。

明治27年(1894)の銅版画「千葉懸下総國東葛飾郡田中村花野井 醤油醸造吉田長左衛門邸宅」。
右(東側)/屋敷、左(西側)/醤油醸造所。
a0289546_0402993.jpg
屋敷をアップで。
a0289546_113837.jpg

数年前、趣味のロケ地探訪の一環で、映画やテレビドラマでしばしば登場する坂野家住宅(常総市)を見学したことがあった。
この坂野家は新田開発に尽力した名主で、豪壮な主屋と表門、瀟洒な造りの書院など、豪農の屋敷構えはこういうものだったのだと実感した。
それに続いて、今回は、名主にして商人、そして、牧士に任命され、士分格の地位が与えられた吉田家の住宅、まことに立派なものを見学させて貰った。

フォト:2017年11月16日
[PR]

by ryujincho | 2017-11-16 23:31 | 街歩き、村歩き、ポタリング | Comments(0)


<< 『成田山紅葉狩』      『肩乗りペンギン』 >>