龍人鳥の徒然フォト日記

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2017年 05月 20日

『三峯神社参拝/霧中散策(下)』 mj-3

5月17日(水曜)、曇り、18日(木曜)、晴れ。
三峯講の講元である極々近しい人から誘われ、一泊二日の三峯神社参拝の旅に出掛けた。
初日は、奥ノ院参拝、三峯神社興雲閣泊、二日目、早朝に昇殿参拝との旅程にて。

三峯神社に到着。
霧により奥ノ院参拝は中止。
霧、霧、霧の境内を散策する。
先ず、遥拝殿(見晴台)から社殿まで<狛狼>をはじめ、あれやこれやを眺め、楽しみながら、社殿に至り、参拝。
更に、霧の境内を散策する。

日本武尊像。
霧の丘の上に日本武尊像が見える。
どこに見えるかって?
真ん中の杉の木の左側。
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丘の上に上ってみる。
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三峯神社のホームページを紐解くと、その由緒の中に日本武尊について次の通り綴られている。
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当社の由緒は古く、景行天皇が、国を平和になさろうと、皇子日本武尊を東国に遣わされた折、尊は甲斐国(山梨)から上野国(群馬)を経て、碓氷峠に向われる途中当山に登られました。
尊は当地の山川が清く美しい様子をご覧になり、その昔、伊弉諾尊(いざなぎのみこと)・伊弉册尊(いざなみのみこと)が我が国をお生みになられたことをおしのびになって、当山にお宮を造営し、二神をお祀りになり、この国が永遠に平和であることを祈られました。
これが当社の創まりであります。
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日本武尊といえば、われ等の世代はどうしても、東宝特撮映画『日本誕生』(1959年)を思い出す。
三船敏郎がヤマトタケルノミコトとスサノオノミコトの二役を演じていた。
ヤマトタケルノミコトの魂が白鳥となって、高天原に向かって飛んでいくラスト・シーンが子供心に印象的であった。

「大阪・堺ポタリング」で大鳥神社(大阪府堺市西区鳳北町)を参拝したときのことをブログに綴った記憶があり、探してみた。
あった、2011年初夏のポタリングでのことであった。
「大阪・堺ポタリング」第11話
やはり、ここでも東宝特撮映画『日本誕生』に触れていた。
更に、龍の指の数についても触れている。
紙面の都合上、ここでは詳しくは記さないが、龍の指の数について一家言あり、龍の指の数のことがきっかけて<龍コレクション>を始めたのであった。

ツツジの花。
二瀬ダムから三峯神社に上る途中、車窓からあちらこちらで花を咲かせるツツジを見て来たが、この日本武尊像が鎮座する丘でもツツジが花を咲かせている。
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霧が水滴になったのであろうか、花々に水滴がいっぱいついている。

カエルの卵?
いいえ、クモの巣と水滴がつくった景色。
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三つの水滴。
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花の色が映り込む水滴。
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4月初旬、皇居東御苑で早くも花を咲かせたツツジを見た。
「トウゴクミツバツツジ」の札が添えられていた。
トウゴクミツバツツジ、漢字表記は「東国三葉躑躅」。
宿舎の興雲閣で三峯神社の周辺で咲いているツツジの花の種類を尋ねたところ、「ミツバツツジ」とのことで、「トウゴク」かどうかは分からないとのこと。
秩父に咲くミツバツツジだから、さしづめ、「チチブミツバツツジ」といったところかもしれない。
因みに、「ミツバツツジ」の名の由来は、4、5月頃の開花と同時に、或いは、開花後に、枝先に三枚の葉がつくことからこの名がついたとのこと。

摂社末社。
ずらっと並んだ摂社末社。
この写真の右手手前、写真に入っていないところから摂社末社は並んでいる。
左手、霧の中に僅かに見える白い社は伊勢神宮。
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真新しい伊勢神宮の社。
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2013年10月の式年遷宮の後、真新しい社になったのかもしれない。何でも書き留めておきたい小生、社に掲げられた神社名を書きとめておこうと思うも余りの多さにギブ・アップ。
ウィキペディア「三峯神社」を開いてみると、全て記載されていた(ウィキの記述は時折、間違いもあるが、やはり便利)。
ひとつずつ、神社名を見ていくと、神社は結構訪ねているが、馴染みのある名、そうでないものなど、いろいろあり、それらについて、一口コメントを記しておこう。
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御仮屋(大口真神)
祖霊社(開山以来の歴史の祖霊、勤山者、氏子総代又各地の三峯講社関係者や講元、世話人)
国常立神社(国常立尊・瓊瓊杵尊・神倭岩余彦尊)
日本武神社(日本武尊)・・・堺ポタリングの際、大鳥大社を参拝、日本武尊像を眺めたなあ...。
伊勢神宮(天照皇大御神・豊受姫大神)・・・小学校の修学旅行以来、幾度か参拝。直近は2013年の式年遷宮後。
月讀神社(月夜見命)・・・土浦ポタリングの際に、月讀神社なる神社の存在を知った。
猿田彦神社(猿田彦命・天宇受賣命)・・・伊勢参りの際には、こちらの神社にも。
塞神社(八衢彦神・八衢姫神・久那斗神)・・・すみません、馴染みのない名の神社です。
鎮火神社(火産靈命・水速女命・埴山姫命)・・・同上
厳島神社(市杵嶋姫命)・・・幾度か参拝しています。
杵築神社(大国主命・事代主命)・・・「きづきじんじゃ」、すみません、馴染みのない神社です。
琴平神社(大物主命・崇徳天皇)・・・讃岐のこんぴらさん、786段マイナス1段下がり785段の石段、更に奥の院にも。
屋船神社(屋船豊受姫命)・・・「さいじんじゃ」、すみません、馴染みのない神社です。
稲荷神社(宇迦御靈命)・・・各地で。
浅間神社(木花開耶姫命)・・・各地で。
菅原神社(菅原道眞)・・・天満宮、天神社、各地で。一浪後は京都北野の天神さんだった。感謝!
諏訪神社(武御名方命)・・・各地で。勿論、諏訪大社も。
金鑽神社(天照皇大御神・素盞嗚神・日本武命)・・・「(かなさなじんじゃ」、武蔵国五ノ宮としてその名を知る。
安房神社(天太玉神)・・・安房国総社の鶴谷八幡宮は訪ねたが、安房国一ノ宮の安房神社は欠礼した。
御井神社(水速女命)・・・「みいじんじゃ」、すみません、馴染みのない神社です。
祓戸神社(瀬織津姫命・速開都姫命・氣吹戸主命・速佐須良姫命)・・・「はらえどじんじゃ」、すみません、馴染みのない神社です。
東照宮(徳川家康)・・・東照宮といえば、日光。江戸府内では上野と芝。
春日神社(武甕槌命・天兒屋根命・齋主命・比賣神)・・・奈良の春日大社、そして、各地で。
八幡宮(誉田別命・息長帶姫命・比賣神)・・・各地で。
秩父神社(八意思兼命・知知夫彦神)・・・今回の三峯神社参拝の前に「知知夫神社」にも。
大山祇神社(大山祇命)・・・ドライブで、そして、しまなみ海道ポタリングで。
二ツ宮(大山祇命)・・・「ふたつみや」?、さて?
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二代目講元に、いろいろな山や神社の講があるが、何故、三峯講になったのかと尋ねたところ、三峯神社にはいろいろな神社が集まっているからとのことであった。
摂社末社の社が並ぶ光景を見て、なるほど!と思った。

霧の中の掲載散策を終え、社務所の前を通った。
齢を重ねた昨今、余り関係のなくなった「厄年表」だが、下段の「昭和23年」の文字が目に入った。
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「年祝い表(数え年)」のところに「古希 昭和23年」とある。
そうだったんだ、今年、数え年で古希だったんだ。
しかし、既に誕生日は過ぎている。
何事も満年齢で過ごして来ている。
家族でやってくれた還暦の祝いも満年齢であった。
来年、祝って貰おう、生きていれば、のことだけどね...。

フォト:2017年5月17日

(つづく)
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by ryujincho | 2017-05-20 23:33 | 秩父の旅 | Comments(0)


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